《輝の一等星》城落とし
そこは宿の屋の上であった。
目の前にそびえ立つ城とその隣で丸く輝く月を肴にしながら、武虎一郎は酒を傾け、その隣にいる賭刻黎は牛の瓶を手に持っていた。
「――その後、瀕死の狀態の華はお主と赤坂元気に保護されたというわけじゃ」
「だが、あのは記憶を失っていて、戦うことはおろか、自分の名前すらも忘れてしまっていた。そんなをトップに置くなんてできなかった當時の俺たちは、人員が集まり組織として統制が取れ始めていたにもかかわらず、リベレイターズを手放してしまった」
そう、華はその場では殺されなかった。しかし、その後、記憶を失った彼は自分自のことさえもわからない狀態で、監されたのだ。
檻の中で、碌な治療もさせてもらえずに幽閉された彼であったが、その數日後、赤坂元気らが救出した。
「その後、華は、それから記憶は戻らないものの結婚し、一人の子を産み、しばらくの間平穏な日常を送って死した――お主には、華の生涯はお前の目にはどう映った?」
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そんなことを武虎一郎に聞いてみると、盃にった酒をし零しながらも一気に飲み干して、小さく「んなもん、知るかよ」と呟いた。
當人でなければ自の人生の価値などわからない、ということらしい。
んー、と手を挙げて背筋をばした黎が立ち上がって、飲み終わった牛の瓶を武虎一郎へと投げると、太刀を手に取った。
「今宵の戦、お主は見學しているのじゃろう?」
「約束の果てを見るのもいいが、何より、お前と、あいつらを守らなきゃならねぇだろうが」
「城の名前を考えればお主が単騎で突っ込んでも面白いと思うのじゃが」
「面白いの一言だけで、殺そうとするな」
「後方待機もよかろう……しかし、殿は死亡率が高いと聞くが?」
「戦線のお前らよりは低いだろう」
武虎の答えに、ふっ、と笑った黎は屋の端へと歩いていき、もう一度彼の方を向く。
「それでは、行ってくる」
武虎一郎が返事をしたのかはわからなかったが、黎は重力にを任せて屋から飛び降り、その小さな足を地面につけると、人気のない夜の街並みを走っていく。
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コオロギの音も梟の鳴き聲も聞こえない街は靜かなもので、華の足音だけがあたりに響いていた。
難攻不落と呼ばれている『昇竜城しょうりゅうじょう』の攻略において、賭刻黎のとった作戦というのは、とても作戦と言えるものではなかった。
その特徴を強いて言うのならば、『夜襲』ということくらいだろうか。
作戦容は、簡単に言えば、黎が単騎で正面突破。城の兵士たちが黎に気を取られている間に後方から昴萌詠たち三人が侵して、涼を奪還するというものだ。
ほとんど力任せの作戦はあまりにも短絡的なもので、考えなしだとか言われるかもしれないが、難攻不落の堅城であるからこそ、余計な小細工は通用しないもの。
力任せの総力戦で勝つしかないのだ。
「いや、それはちと、違うかのう……」
実のところ、選択肢はこれ一つじゃなかった。
武虎一郎の力を使えば空からの強襲ということもできたし、飛鷲涼の救出だけを優先するならば、別にこんな戦爭じみたことをしなくても良い。
結局のところ、黎がこの作戦を押した理由はただ一つだった。
華の作った借りを返すため。
彼の姿はここにはないが、このけじめをつけておかなければ、黎は先には進めないと考えていた。
黎の持つこの刀は、すでに人を守るためではない。敵を切るためにある。
「…………っ!」
黎が街を走っていると、目の前に巨大な影が見えて、黎はしだけ速度を緩める。
両手両足を鎖で繋がれているそれは、一人の中年の男であった。
「ったくよ、久しぶりに外に出たと思ったら、ガキ數人殺せって――くそ、うぜえ!」
そう呟いた男が、木槌を振り回すと、まるでおもちゃのように簡単にその周りの家屋が壊れる。
中にいた人々の悲鳴が聞こえてくるも、その姿は見えない。災害の源から逃げるのは人間の本能として當たり前なのかもしれない。
「大なぁ、俺はまだあいつを主だなんて認めてねぇぞ!」
獨り言にしては大聲で、怒気を振りまく男がその手に持つ大木槌で、辺りを破壊していく。
目の前に黎がいることに気付いていないようだった。
「……変わっておらぬようじゃな、その破壊力だけは」
黎が小さく呟くと、その聲が聞こえたのか、その大男――グラフィアスは振り向く。
自の半分以下の黎の姿を見下ろし、ふっ、と鼻で笑った。
「てめぇが賭刻黎かよ?」
「お主と話している暇などない――と言いたいところじゃが、まだ妾たちの作戦開始時刻には時間もある、しばかし相手をしてやってもよかろう」
「ガキがぬかしやがる」
ギャハハ、と年甲斐のない笑い聲をあげたグラフィアスはその木槌で地面をたたく。
黎に向けられてのものではなかったため、彼はかずにいるつもりであったが、次の瞬間にはやむを得なく飛び上がっていた。
木槌が大地に衝突した瞬間、まるで地割れが起こったかのように地鳴りと共に地面は分斷されたからだ。
「どんな馬鹿力じゃ……」
そう呟きながら著地すると、今度は、黎へ向かってその木槌が振り下ろされていた。
刀でけるわけにもいかず、ただ避けていると、今度は地面が割れていないことに気付き、慌てて刀を抜く。
地面が割れるほどの力はいくらグラフィアスの力が強くとも『両手』でなければ、ならない現象だ。
つまり、この木槌による攻撃は本命じゃない。
空中で黎が構えているとグラフィアスはやはり、片手で木槌を下しており、代わりに空いた手にはまるで大砲のような巨大な銃口の銃が握られていた。
「ぶっ飛びやがれ!」
引き金を引くと同時に、半徑が人の頭程度の弾丸が黎に襲い掛かってくるが、この程度ならば問題ない。
黎は手に持つ刀でその弾丸を二つに切ろうと刀を回した――のだが、彼の刀は宙を切る。
「……っ!」
パンッ、という音と共に、黎の目の前で弾丸は『破裂』した。
その瞬間、これが単なる銃でも、大砲でもなく、拡散銃だったことを理解する。
まるで漁師網のように襲い掛かってくる鉄の破片に黎は、何かあきらめたように「ふう……」とため息をついて、もう一度刀を振るった。
やはり、この男は一筋縄ではいかないらしい。
しばかり、修業したところで、あまり意味がなかった。
勝ち誇った笑みを浮かべるグラフィアスであったが、地面に足をつけた黎のに一片の傷もないのを見て、眉を顰める。
「どうにも、妾はまだ、修羅にはなり切れておらぬようじゃ」
「……どういう、意味だ?」
「言葉通りの意味じゃ、まだ戦いに油斷もあるし、初激でいきなり殺せぬ甘えもある」
じゃからのう、と言った黎は、一呼吸おいてから、手に持った太刀を構えなおす。
そんな黎の構えを見て、グラフィアスの表が変わった。
「その姿、この気配、迫力……貴様、まさか!」
黎は何も答えなかった。
いや、極限の集中をしている彼には、おそらく、全ての音が聞こえており、同時に何も聞こえていないのだろう。
次の瞬間、黎の姿が消えた。
この場にいた彼以外の誰も、彼の軌道を見ることができた者はいないだろう。
グラフィアスのに真夏の夜にもかかわらず、冷たい風が通り過ぎる。
「お、まえ……いつの間に!」
自の後ろに立つ黎に気付いたグラフィアスが振り返って、ぶ。
彼の表には驚愕があった。
すでに刀を鞘に納めている黎は、振り返らずに、ポツリと言った。
「……すまぬのう、妾は20年前にお主が殺し損ねた小娘とはちとばかし格が違うのじゃ」
「なに……っ!」
グラフぃアスは木槌を振るおうと腕を上げたが、すぐに違和に気付いたのか、目を見開く。
まず、彼の力自慢の両腕が切れて地面に落ちた、そして、次に彼のが分裂し、破裂した。彼にはすでに話すこともできないようだった。
勝利の余韻に浸ることも振り返ることさえなく、再び駆け出した黎はすぐに、巨大な城の城門の前へとたどり著く。
そして、その場で軽く深呼吸をすると、居合の狀態から、目の前の門を真っ二つに切り崩した。
「さて、城落としと灑落こむかのう」
集まってくる兵士たちを見ながらそうつぶやいた黎は笑っていた。
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