《輝の一等星》リブラ
「これで開けなさい!」
 開いた木箱に手を突っ込んだ涼が、カギを妖義に投げてから指を取り出して、それを右手中指にれると、『結界グラス』が広がる。
 妖義が扉を開くと、すれ違いざまにポンポンと、彼に頭を叩いてから、その後ろまで迫っていた人影に向かって右手を向けた。
「…………っ!」
 牢から飛び出した涼の青い右拳を人影は両手の爪のようなものを自の前に出して、防ごうとしたのだが。
 カチッ、ズドン、という低い音があたりに響き、指から生えている10本の長い爪は々に崩れ去り、影は涼と數歩距離を取った。
「脳筋が閉じ込められているならカプリコーンと一緒に簡単に殺せたのに、そう簡単にはいかせてくれないみたいね」
「誰が脳筋よ!」
 バラバラになった爪の殘骸を見ながら、失禮極まりないことを言ったのは、銀髪のだった。
確か、星団會にもいた――『リブラ』とかいうといったか。あのときも、初対面にも関わらずひどい呼び名で呼んできた記憶がある。
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リブラは短い銀髪にかない死んだ魚のような目、どこの高校だろうか白と藍の地味なの組み合わせながらも可らしいと思える制服を著ているが、高校生というよりも、なぜかコスプレをする病人のような、殘念さを覚える容姿だった。
「こんなバカ力、ここまで筋がってないとできないでしょう?」
「出會い頭からよくもまあ、そんな喧嘩腰でいられるわね」
 眉一つかさないリブラに若干のイラつきをじながらも、本気で怒って冷靜さを失ったら負けだとわかっているため、軽い深呼吸をして握った手を開いた。
 リブラが変なことを言っているが第一この破壊力は涼の筋力ではなく、『フェンリル』のものなのだから、怒ることはない。
 庇うようにして妖義の前に立った涼は、リブラと向かい合う。
「あんたたちって仲間じゃなかったのね?」
「本當に頭の中が筋か、からっぽらしいわね。オルクス様とあのり上がりの蛇が仲間のはずがないしょう、そこで震えてる小も――ただ今までオルクス様が捨て置いただけに過ぎないのよ」
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 そう……、といった涼はし安心していた。
 窮屈な場所に閉じ込められることになったとはいえ、ここの城では悪いようには扱われなかった。ご飯は味しかったし、風呂も広いところを使わせてもらったので、小さいとはいえそんな恩に対して反することになると思ったからだ。
「すでに城の大部分は私たちが制圧したわ。舊王アルタイルの末裔……いや、今はただの雑魚小娘かもしれないけれど、あとはお前さえ殺せば全てが終わるの」
「これは私がいるっていう前提の計畫的なものだったの? それとも、始めはアンタレスを殺すための行で、私がついで、おみそだったのかしら?」
「當然後者よ、踏ん反り返っているだけの仮初の王ごときいつでも倒せるのだから」
「――なら、今ここで証明して見せようかしら」
 リブラの答えに一瞬だけ、涼は言葉を詰まらせながらも、拳をリブラ突きつける。
 これも挑発なのだろうか、それとも、本音……?
 アンタレスは確か協力という言葉を使っていたが、涼には彼の考えていることがわからなかった。キャンサーはオルクスたちにも『信念』というものがあるといっていた。もちろん、彼らの信念の意味なんて分からない。
いや、それよりも聖や周りにいる他の皆がどんなことを思い、考え、行しているのか、涼は知らなかった。
だから、自分は目の前で起きていること、つまりは表側で行われていることしか、自分は知らないのではないかと考えてしまう。
周りが優しすぎるから、今まで何も考えてこなかった。
自分の行が本當に肯定されているのか、それとも、本當は他者から否定されるべきものなのか、あるいは否定も肯定もする価値もないものなのか、わからない。
 自分の行が、この戦いにおいて、なんの意味もなしていないとすれば。
 もしも、彼がいうように涼が殺されてこの戦いが終わるようなことになれば、終わりの瞬間まで、自分は何も知らなかったことになる。己の無知がゆえに、知らぬ間に敗北していたことになる。
(そんなの……)
 ぐるぐると頭の中で考えていると、ぶわっ、と全に鳥が立つ。見ると、いつの間にかリブラが『結界グラス』を展開させていた。
「ぼーとしていると、殺すわよ?」
 リブラの両手にはさっき折ったはずの爪が生えており、その長さは彼の腕よりも長くなっていた。
 これはいったい……と、警戒していると、後ろから震える聲でか細い聲が聞こえてきた。
「リブラの『結界グラス』は『正義の執行』だよ、展開した直後からこの場は私たちの処刑場になる」
「意味わかんないし、辛そうだし、貴は眠ってなさい」
 処刑場になる……?
 その表現の意図したところはわからなかったが、とにかく、リブラがこの場で涼と妖義を本気で殺しにかかっているというのはわかった。
 正面から向かっていいものか、だが、相手の力が計り知れない現狀では、うかつに近づかないほうがいい。
 それに後ろにいる妖義は一度攻撃をけている、が小さいし早めに手當てをしたいが……。
「そうは行かせてくれない……かしら」
 リブラはその手に生えた恐ろしく長い爪で涼の首めがけて切り付けてきたが、それを何とか『フェンリル』の破壊力によって壊して回避。爪は壁に突き刺さったかと思えば、壁ごと切り裂き、その痕からは月のがれていた。
(何なのよこの破壊力、よっぽどこいつのほうが筋満載じゃないのよ!)
すぐに、涼は左眼を赤く染め上げ、その姿をしっかりと確認する。
 しかし、リブラは切り付けてくるこの瞬間であっても、表を変えないどころか、視線をかさない。普通は視線を見ればしくらい、相手の行を読めるはずなのだが、彼の場合直前の軌道を読まなければ予想もできない。まるで人形のようだ。
 狹いところなら一撃で済むと考えていたが、相手に當たらない上に、この狹さでは何かしら対策を立てようと頭を働かせている前に勝負が決まってしまう。
「逃げるわよ!」
 後退した涼はそのまま背を向けて妖義を両手で抱き上げて、から離れていく。この部屋は連れてこられたときは、あまり注意して見ていなかったのだが、どうやら涼の座敷牢が部屋の壁側にあってその奧が広くなっている。り口は一つしかないが部屋の奧に逃げることは可能だった。
 そんな涼の行にリブラは追ってくることもせず、切れ味の良い爪を下して佇んでいるだけ。
 これなら逃げられる、と確信する。
 出り口が一つしかなくて、それとは逆方向に走っているのだから、リブラは余裕をこいているのかもしれないが、涼にはこの右手がある。地面を壊して進めるほどの破壊力を持ったこの『フェンリル』が。これで壁を壊せば、一先ずリスクが高いものの退路が一つ出來上がる。
「……っ!」
 だが、次の瞬間、涼の思は見事に崩れ去ることになった。
 もうしで部屋の奧だというときに、涼の目の前に地面から鉄のような灰の檻が生えて、彼たちの前に立ちふさがったのだ。
 迷わずに『フェンリル』を使うもその檻は壊れない。
「なんでよ、いつもは鉄だろうと鉛だろうと、破壊できるのに……」
 今までこの右手を信用してきた涼が驚きのあまり思わず呟くと、腕の中からすぐに解答がきた。
「ここが、処刑場だからだよ……」
 妖義の言葉を聞いてからもう一度檻を見てみるが、なるほど、この檻はリブラが立つ場所から半徑10メートルほどの球でできているようだ。
 つまり、これがリブラの『結界』の力。
 せっかく牢屋から出られたのにまた閉じ込められたわけか、と思いながら檻にれてみると、ひんやりとしていた。
「何でできているのよ、これ?」
 涼が抱き上げているは小さく首を振る。
ということは、この檻をどうにかするというのは現実的ではないか……。
「これ以外にあいつの能力って何があるの?」
「武みたいなのを作れるんだよ。あれみたいなやつ」
 妖義が言ったのは、リブラの指からぶら下がっている爪だった。もしも同じ質で作られていたのならば、涼の『フェンリル』で壊されるはずがないのでほかの質か、あるいは質量か積によって強度も変わるということだろうか。
 とにもかくにも、この爪を無限に量産されるのであればやはり、リブラと闘い続けるのは現実的ではないだろうと、腕の中で苦しそうにしている妖義を見てそう思う。
 そのとき、涼たちの行に対して無表のままゆっくりと近づいてくるリブラに対して、一つだけ頭に浮かんだことがあった。
「……ねえ、あいつの『結界』は範囲の外に出ようとしたら必ず発するのかしら?」
 妖義に言ったのだが、彼にはわからないらしく、なんの返答も來なかった。
 壁際にまで妖義を抱いて歩きながら、涼は、それならば、と思って妖義に聞いてみる。
「私にその命、預けて貰えないかしら?」
 ノータイムで頷いた妖義に、どうしてこんな簡単に信用してくれたのだろうという疑問を持ちながらも、涼はニヤリと笑う。
 リブラに関しての報量がない現狀では想像することしかできないが、この賭けが功する可能とリブラと正面から闘って勝つ可能を天秤にかけて、どちらが生き殘れるかを考えたときに、やはり、この賭けに乗るほうが現狀では良いだろう。
「ここは城の何階だったかしら?」
「13階……だったと思う」
 それなら十分、と檻から離れた涼は、リブラに接近していき、ある程度の距離を維持したまま、その近くで止まり近くにある壁に向けて右手を向ける。
「なに、するの……?」
「いいから、見ておきなさい」
 カチッ、ズドンという音と共に、壁は見事に吹き飛び、破片は遙か下の地面に落ちていった。
 落ちたら確実に死ぬだろう、真下を見下ろしながら、涼は軽く深呼吸をする。
「行くわよ」
 そういった涼は妖義の返事も待たずに、何もない空間へと足を踏み出す。
 當然、重力によって彼たちのは宙から落ちていく。下に何かがあれば別かもしれないが、何もしなければ確実に死に至るだろう。
 しかし、風を切りながらも、涼は笑っていた。
 なぜならば、彼たちが飛び降りてからすぐ目の前に灰の檻が出來上がっていたのだから。
 この檻はフェンリルで破壊できないほどの強度を持っている。つまり、人二人がし高いころから落ちてきてもしっかりとけ止めてくれるくらいのものはある。
 目で計って二メートルほどで檻にけ止めてもらえる距離から落ちたはずだが、ガンッ、といもので頭を打つとやはりかなり痛かった。
 しかし、妖義の頭を支えるようにしながら飛び込んだ涼はリブラの『結界』の範囲に沿うようにして、弧を描いてを転がしていくと、一つ下のフロアの壁が迫ってくる。
 どうやら、この賭けは勝つことができたらしい。
一度『フェンリル』を使って開けると、涼たちは倉庫のような場所へ転がり込んだのであった。
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