輝の一等星》箱の中の

「……よし! これでは止まったでしょう」

袖を割いて妖義のに巻き、止を終えた涼が言うと、妖義は「ありがと~」といつもの調子で返してきてくれた。

難を逃れた……わけではないのはわかっていた。リブラの作る檻は一階下のこの部屋をもかこっており、つまり、上の階にいるリブラが移しなければ涼たちもまた移できない狀況であった。

最悪なのはリブラが涼たちを無視して上の階へと行こうとした場合だ、涼たちは檻と壁に挾まれる形となり、たとえ迫ってくる天井を『フェンリル』で破壊できたとしても、その速度が早ければ壁を破壊しきる前に――圧死する。

相手を閉じ込める能力なんて大したことはないと思っていたが、その持ち主の能力が高ければ考えた以上に厄介な能力である。

しかし、リブラは移をしていないのか、妖義の手當て中に檻の範囲にはほとんど変わらなかった。

上の階で何かを探しているのか、あるいは、ただ涼たちをここに閉じ込めておきたいのか。

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「それにしてもこの部屋……なんでこんなに手れされてないのよ?」

涼たちが飛び込んだ部屋は倉庫らしく、埃をかぶった武やら書やらが置かれており、さえ違えば育館の倉庫みたいだ。

その中で、ケホケホッ、と咳をしている妖義に問うと、ないを張って彼は答える。

「わかんないよ~、私はいつも眠っているだけだし~」

「いや、それなんの自慢にもならないわよ……」

そんなツッコミをれていると、ガタンッ、という音がしたので、涼は驚いてをすくませて、音のしたほうを見る。別段ここが靜かというわけではなく、部屋の外は闘う兵士たちの聲のせいでかなりうるさいのだが、それでも、同じ空間にあるというだけで気になってしまう。

座り込み休んでいる妖義から離れて、涼は音のしたほうへと歩いていく。幸い、小さな部屋であったので、リブラの『結界グラス』の影響は関係なかった。

今は夜、しかもこの倉庫には電気がなかったため、月明かりだけを頼りに暗い中、音の正を探っていると、大きな木箱があることに気付く。それはアンタレスが涼に渡したものよりも遙かに大きく、まるでよくゲームとかで見る金銀財寶がっている寶箱のようだ。

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「これ、は……」

れてみると、箱の上蓋からは嫌なが手から伝わってきた。知らないわけじゃない、しかし、知りたくもなかった、このぬめりとした

急に開けるのが恐ろしくなり、涼が手を引っ込めようとした瞬間、もう一度、今度はさっきよりも弱弱しく、トンと中から音が聞こえた。

中に何かがいるのは確かなようだが、いくら大きい木箱とはいえ、大人がれるような大きさではない。せいぜい、今涼の後ろで壁に寄りかかって月を見ている妖義くらいの大きさでないとれそうにない。

頭で鳴り響く警報と、誰かが閉じ込められているならば助けなくてはという使命が心の中でぶつかって、涼はほんのしの間、何もできずにそこに立っていた。

月のが雲に隠れてあたりが暗くなる間、開けるべきか開けぬべきか、涼は逡巡し、そして、軽く深呼吸をしてから、念のために『結界』を展開させたままにして、箱を開ける。

「…………っ!」

開けた瞬間、月のが中を照らし、そのあまりの景に涼は絶句し、しばらく放心する。

箱の中には、人がいた。

両足、左手を切斷され、両目はつぶされていて、まみれ、しかし、息はある。生きているのが不思議な狀態だが、この人は奇跡的に生きていた。

涼は込み上げてくる吐き気をどうにか抑えながら、その人の前で膝をつく。

生きてはいるけど、もう死に限りなく近い真っ赤な髪と八重歯が目立つ年の四肢で唯一殘っている右手をそっと握ると、氷のように冷たい。

何があったのか、當然のようにそんな疑問が頭にはあったが、彼に何かを聞くのは躊躇われた。かける言葉が見つからないといったほうがいいだろうか。

しかし、年の方は涼の手の溫度をじ取ったのか、反応して、ゆっくりと口を開く。

「よみ……か?」

「…………っ!」

年の言葉に驚きを隠せなかったが、ゴクリとつばを飲み込んだ後、彼の問いに「違うわ」と靜かに答える。

「じゃあ、誰よ、あんた?」

「私は……飛鷲、涼よ……」

悠長に名乗っている場合ではないとわかってはいても、涼よりも遙かに冷靜にじられる年のせいで、會話を打ち切るのは憚られた。

年は意外なことに涼の名前を聞いた瞬間し驚いたように口を開けると、ふっ、と笑った。

「道理で中々、あったかいわけだ……その姿、ちょっと見たかったぜ」

自分のことを知っていることにまた驚いている涼に対して、年は、涼の手から右手を放して懐に持っていき、そこからの付いた缶とジョーカーのトランプを取り出した。

「いるか? ハッカ以外は味しいぜ?」

見るとそれは手形にの付いたドロップの缶だった、中からカランカランという音がして、ないはずの年の目がこっちに向けられているような気がした。

缶とトランプをけ取った涼は、そんな年の行に毒気を抜かれたというか、あまりに能天気だったので、張り詰めていた糸がし緩む。

「呑気に飴を配っている場合じゃないわよ、貴方、大丈夫なの? それとも、自分の居間の狀態わかってないの?」

「中途半端なダルマもどきだろ? んなことはわかってんだよ、でも、どうしようもねえ――あの野郎はご丁寧に止していきやがったから、すぐに死ぬことはねえよ」

年の言葉は諦めのようにも聞こえるが、同時に、まだ死ぬわけじゃないと決めつけているようにも聞こえた。

涼が話せるようならば、と年にいろいろと尋ねようと口を開くと、それよりも先に年が話し始める。

「あんた、攫われたみたいだったけど、なんでこんなとこにいるんだよ?」

「アンタレスからカギを貰って抜け出してきたのよ、そのまま帰れるとか思っていたら、この騒ぎ、私には何が何だかわからないわ」

そうか、と吐くように言った年は、涼にこの狀況を説明していく。

「今この城には三つの勢力が混在してる。アンタレス、あんたを救出しに來た俺ら、そして、オルクスの直屬部隊。俺らとオルクスんところは數がなかったはずだが、騒ぎに乗じてアンタレスところから謀反者が多く出やがったから、現段階では若干、オルクスのところが優勢……か」

「私を助けに來た……? 他に誰がいるの?」

「昴萌詠と、賭刻黎――闘ってんのはもう二人だけだ」

「詠……」

だから、先ほど年は詠の名前を出したのか。

詠のことを考えて、涼の顔は一気に青ざめていく。

「ちょっと待ちなさい、あの子は『結界グラス』を使えないのよ! なんでこんなところに來させたのよ!」

「あんたが死んだと思っていたあいつは死にたがってた、あいつにとっちゃ、あんたは命よりも大切なものなんだろうよ。あんたが生きてるってわかったのに、何もするなって方がひどくないかよ?」

「それでもよ、そんな人數でここに突撃って……死に行くようなものじゃない!」

「大丈夫だよ――今のあいつは、あんたを守れるくらいの力はある」

年の言葉の意味が分からず涼が眉をひそめていると、「ちょっと~」と妖義が涼の後ろまで來ていた。

さすが小さいながらにしてルードという役職についているだけのことはあり、こんな狀態の年の姿を見ても、特に怖がる様子もなく、倉庫の扉を指差す。

妖義の差した方向を見ると、そこからは黒い煙がモクモクと出ており、この倉庫の中の天井付近にもその煙はあった。

「ほうら、早く行った方がいいぜ」

「でも、貴方が――」

「俺は見ての通りほとんど死んでる、文字通りの『荷』にゃなりたくねえんでね」

「何言ってんのよ!」

確かに一見、彼はもう助からないようにも思える。しかし、ここに置いていけるほど、涼の心は強くなかった。

年のった箱ごと持ち上げてみるが、ダメだ、これではくこともままならない。

「詠か黎に會ったら『ババ抜き』しろって伝えてくれ」

「何意味不明なこと言ってんのよ! あんたも死にたくないなら生きる方法考えなさい!」

「それはこっちのセリフだ、死にたくないなら、俺を置いてさっさと逃げろ!」

年の怒號に、一瞬ひるみかけるも、涼は諦めていなかった。それは、以前助けられなかった友のことがあったからなのかもしれない。

(そうだ、葵もあのとき……)

涼に生きる道を殘して、死んでいった。

なんでこう、生きるのをあきらめた人間というのは、強に、そして目の前の生きてほしい人に対して優しくなれるのだろうか。

出來る限りのことはした、なんて思いたくはない。

涼がしいのは『守り切った』という確かな証明だけだ。

「いったい、どうすればいいのよ……」

箱を持ちながら必死に考える。

彼を持ったままのろのろといても良いが、リブラの檻のこともあるし、第一それだと火が回るほうが早いだろう。

なら、もう彼を助ける方法はないのか……?

そんなはずはない、こんな狀態になってまで彼は生きている。それは神様が生きろと言っている証拠だろう、ならば、ここで彼を殺すことはない、何か一つくらい方法を殘していてくれるはずだ。

困ったときの神頼み、とはまさにこのことで、神様に祈りながら、方法を考えていると、涼の袖が引っ張られる。

「ねえねえ、この箱がいてくれればいいんじゃない?」

「そんなことができれば、困らないわよ」

妖義の子供じみた提案をすぐに卻下したのだが、妖義の「できるよ」という答えに目を丸くして彼を見る。

ニコッ、と笑った妖義が『結界グラス』を解放させた。すると、箱がひとりでに閉じて、床に落ちる――いや、降りたか。

ほら、という妖義の前で箱は彼の周りをすべるようにして回っていた。まるでペットのようだ。中にいる年の悲鳴が軽く聞こえているが、聲が出るなら心配することはないだろう。

妖義の珍妙な『結界グラス』に驚きながらも、すぐにこの場から出ようと、涼がき始めたとき、すぐ近くから悲鳴が聞こえた。

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