輝の一等星》母子の決戦

が導き出した一つの答えは、梅艶とヨルムンガンドの関係。

この大蛇にはその毒が水によって分解されてしまうこと以外にも弱點があった、いや、正確には大蛇本ではなく、その主である梅艶の力に、か。

この戦い、本來であれば梅艶は毒を広範囲に散布することによって、もっと早く黎を戦闘不能にすることができたはずだ。

しかし、それを彼はやらなかった。

違う、逆だ、『できなかった』のだ。

おそらく、ヨルムンガンドのきは梅艶が指示している。彼作しなければあの蛇はきっとくことができない。

そして、あの蛇を作している最中、梅艶はそれだけに集中しなければならない。つまり、他の能力を使う余裕がないのだろう。

その証拠に、ヨルムンガンドが若干ながら不可解なきを見せたのは、黎が大蛇の腹部分にいたとき、それはすなわち、梅艶の視界から消えていたときだったし、梅艶自は先ほどから一歩たりともいていない。おそらく、集中しているうちはけないのだろう。

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大蛇を作しているのが梅艶である以上、彼が黎の姿が見えていなければ、大蛇に黎を襲わせることは不可能ということ。

(ならば、話は簡単!)

ヨルムンガンドが巨大な牙が生えている口を開き、突進耐っている中、黎は蛇をも見ずに、自の足元を見て、地面を何度か踏みつける。

毒のせいで多踏み込みは甘くなってるが、まだ、きに支障が出るほどでもない。逆に腕の方はし鈍くなっており、最高とは言い難い狀態だが。

大蛇が目前に迫っている中、ふう、と息をついた黎は近くの窓から月を眺める。第11バーンの雲一つないこの天気は梅艶が用意したものなのだろうか。

ろくに構えもせずに、ただその場で立ち盡くしながら、ポツリとつぶやく。

「ちとばかし、無理するかのう――『神速しんそく』」

次の瞬間、ヨルムンガンドが彼を一飲みした。

く様子は見えなかったし、おそらく、大蛇自も彼を食らったと錯覚しただろう。

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賭刻黎は卓越した剣の技を持っており、正面から勝負して彼に勝利できる人間はほとんどいないだろうし、『結界グラス』や『神』を持っていない単純な技比べになれば、彼の右に出る者はいないだろう。

しかし、それは彼が『華』であったときから変わらぬこと。

賭刻黎となり、生きてきたこの十年の間、彼が何もしてこなかったわけではない。

もちろん、彼は『剣聖』からけ継がれた剣をさらに磨き上げた。

だが、それ以上に、彼は人のでありながらも、人ならざる武を手にれていた。

それは、スピードである。

いくら鍛え上げたとしても、でプレフュードたちに力比べで戦えるほど甘くはないことをわかっていた黎は、速さを追い求め、手にれた。

に多大なる負擔がかかるものの、その一時的な彼の超加速を前にして、対応できたもの、いや、そもそも、目視で來たものは今まで存在しない。

「……っ!」

「待たせたのう、梅艶」

り口近くで大蛇の餌食になったかのように見えた黎の姿は、その次の瞬間には、大蛇の主である梅艶の前へと來ていた。

瞬間移のようにも見える黎の移に対して、しかし、梅艶は驚きつつも、対応してくる。

その手にはいつの間にか、赤の棹に金に輝く鉾先という派手な合いの一本の鉾が握られており、黎の攻撃を防いでいた。

「ほう、『方天畫戟』か」

「そういうお母様は『備前長船長』かしらぁ?」

太刀を振り切った黎は、數歩梅艶との距離をあけ、鉾の屆く範囲から外れる。梅艶が鉾を手にし、集中力が途切れたためか、背後の大蛇の気配は消えていた。

それにしても、お互いに相手の武の名を一目で見破るとは思わなかった。

どちらの武も勿論歴史上に出てきた武そのものではないが、その名を拝借できる程度には優れた武である。どちらも『神』ではないため派手な力こそないものの、頑丈や切れ味、バランスにおいては武として最高レベルといっても良いだろう。

奧の手である『神速』を使ってしまったため、足元はすでにおぼつかなくなっていた。『神速』はへの負荷が強すぎて一度の戦いに一回が限度、一回でも使えば三日間は起き上がれなくなってしまうのだから。

しかし、そんなハンデがあったとしても、一対一の技だけの戦いにおいては黎が圧倒していた。

「技の方は上がっているようじゃが――まだ、屆かぬ」

橫から來た梅艶の鉾を伏せることで躱し、黎が太刀を振るうと、梅艶の頬を刀が掠めた。

ツーと、頬からが流れながらも、梅艶は振った鉾をそのまま戻して振ってくる。両刃の鉾は黎を狙っていたが、まるで真橫に目がついているように黎は飛び上がり避ける。

數メートル後ろまで跳んだ黎は、床に足をつけた。

がぐらついたが、なんとかその場に踏みとどまって、また、太刀を構えると、鉾が空を切った梅艶は不機嫌そうに聲を張り上げ、距離を詰める。

「なに、澄ました顔してるのよぉ!」

キンッ、キンッ、と金屬がぶつかる音が部屋に響き渡る。梅艶の鉾に対して、刀の長い太刀を持っているとはいえ、黎の攻撃は屆かない間合いだった。

梅艶の攻撃をけ流している黎に向かって、ギリッ、と歯噛みした梅艶はさらに聲を上げる。

「私を目の前にして、なぜ表を変えられないでいられるのよぉ! 私がどうなったのか、何も知らないからぁ? それとも、今の私が敵だからかしらぁ?」

振り下ろされた梅艶の鉾を頭の前でけ止めた黎は、その走った眼を見つめながら、「知っておる」と、涼しげな顔で他人事のように告げた。

「実の父に犯されかけ、抵抗の末に殺したのじゃろう?」

「……っ!」

が見聞きした事実だけ告げると、梅艶が明らかな揺を見せ、纏っていた空気が一変する。

それは黎であっても、怖ろしくじてしまうほどの、怒気だった。

「……知ってて、お前は!」

怒りに力任せで梅艶は、鉾を振っていた。黎はその一撃一撃をけ流していく。

もその話を聞いた時には怒った。しかし、その時にはすでにすべてが終わっており、梅艶が苦しんでいたとき、何も知らない華にはどうすることもできなかったのだ。

「私が今どんな思いでお前の目の前にいるのか、知らないくせに! 私がどんな覚悟でお前の前にいるのか知らないくせに! 私がどんなに待ったのか、知らないくせに!」

口調が子供の時のものに段々と近づいていくにつれて、梅艶の鉾を振るう作はより力任せに、より単調になっていく。

の言う通り、黎は知らなかった。彼が何を考えてこの場にいるかなど。

「どうして、あのとき連れてってくれなかったのよ!」

梅艶のその聲には嗚咽が混じり、目には涙がたまっていた。

確かに梅艶を連れていけば、こんなことにはならなかっただろう。

時が経ち容姿が変わってしまってなお母子の間で武差することはなかっただろう。

だが、できなかったのだ。

「どうして、私のことを忘れちゃったのよ!」

ギンッ、という音と共に、梅艶の目からこぼれた涙が、黎の刀に落ちてはねた。

華だって、忘れたくはなかった。

にとって、娘というのは、一番大切な寶だったのだから。

「どうして、何も言わないのよ!」

「…………」

ヒステリックな聲を前にしても、黎は口を開かなかった。

わかっているのだ。

梅艶は何一つ間違っていないことを。

悪いのはすべて、自分の方であり、ゆえに彼に何か言う資格がないことを。

そのとき、梅艶の手が止まる。

この部屋の中の時間が止まったように、靜かになり、梅艶の切らした息の音だけが數秒の間、聞こえていた。

何かを抑えるように左手をの前に置き、顔を上げた梅艶は切な聲を響かせる。

「ずっと、一緒にいてくれるんじゃなかったの?」

鉾先が震え、その顔には大粒の涙があふれていた。

それは見間違えることなどない、昔の我が子の姿だった、

その姿を見て、黎は込み上げてきたものを、歯をかみしめて、ぐっとこらえる。こらえるしかなかった。

「お母様の、噓つき!」

この噓つき、噓つき、と連呼しながら鉾をまるで木槌のように振り下ろす梅艶の姿に、もはや第11バーンの支配者の姿はみじんもなかった。

そこにいたのは、しばかり大きな駄々っ子だった。

すでに戦いですらなくなった、武のたたき合いを終わらせるため、黎は、梅艶の鉾に対して刀を使わずに回避し、彼との距離を詰めた。

「すまぬ――妾とお前は一緒にいられない」

それが、賭刻黎の選んだ道だから。

何もかもを手にれるなんて、用なことができない母には、こうすることしかできなかった。

すべてを放棄して、終わらせることしか、できなかった。

靜かに目を閉じた黎は梅艶に向けて刀を振るう。

そして、次の瞬間、剣士、賭刻黎にとって、最も嫌なが手に伝わってきた。

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