《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》プロローグ
気が付けば、うらぶれたバーのような所の、片隅にあるテーブル席で俺は突っ伏していた。
「やっと、お目覚めか。しの亡霊ちゃんよ」
しわがれた聲に気付いて、俺は顔を上げる。
聲の主は、ここからは見えない。
「……あ?」
俺は確かに、くたばっちまった筈だ。
仕事先の先輩が通事故で院して、その見舞いに行っていた。
俺はバイクで真っ先に駆けつけたんだが、日が悪かった。
途中で通り雨に降られたんだ。
その時、コトは起きた。
突風が吹いて、歩道側でビラ配りをしていた奴の手元から、大量のビラが飛んできた。
そいつが運悪く俺のヘルメット、しかも正面に引っ付いた。
気が転した俺は急いでビラを剝がそうとするが、これが上手く行かなかった。
やっとの事でビラを剝がしたと思えば、信號無視して橫斷する歩行者がすぐ目の前にいた。
俺はすぐに急ブレーキをかけたが、これもまたマズった。
バランスを崩して、俺は道路に放り出され、その上にバイクが転がった。
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今日はとことん、ツイてなかった。
道端に転がっていたワンカップのビンの破片が、俺の頸脈に刺さった。
肺も潰され、呼吸困難に陥った俺は、助けを呼ぶのもままならない。
救急車が來ても、間に合うワケが無ぇ。
くそったれだ。
薄れ行く意識の中で視界にったのは、
『排ガスを減らそう!』
と大きな見出しの書かれたビラだった。
真面目に生きた、その報いがこれかよ……。
俺はいつだって、ルールには忠実だった。
軽犯罪はおろか、マナー違反だってしなかった。
忍耐強く生きるべきだと、常に自分を律してきた。
ダチからは「おりこうさんすぎる」とからかわれるくらいに。
あのビラ配りをしていた奴も運が悪かっただけだろう。
言い分は正しいし、奴自も正義の代行者のつもりだったろうが、とにかくツイてなかったよな。
……幾つもの不運が重なって、結局ご破算パーだ。
何がルールだ。
何が正義だ。
こうなるくらいなら、ブチ壊してやりゃ良かった。
中で毒づきながら、俺は息絶えた……筈なんだが。
ありゃあ、悪い夢だったのかね?
だが、このバーは知らない。
酒はいつも家で呑んでいたから、バーで呑むような習慣は無かった。
「ああ、お前は確かにくたばったよ」
ぶっきらぼうに言いながら廚房から出て來きたのは、細面に無髭を生やしたバーテンダー。
顔立ちは、どことなくロシア人っぽくも見える。
もちろん、知らない奴だ。
「じゃあなんで、俺はこんな所にいるんだよ」
「そりゃあお前が、未練を持っているからさ」
バーテンダーは俺に目を合わせもせず、グラスを洗う。
「あんたは神様か?」
「そんなご大層なもんじゃない。せいぜい、仲介人って所か。
知り合いのツテで、お前をここに呼び寄せたんだよ」
「詮索はするまい」
「助かる。それにしても、灑落た格好だな?」
おもむろに、バーテンダーはグラスで俺を指す。
発言の意図が読めない。
いつも通りの地味な格好だった筈だ。
「どういう……」
「ほらよ」
姿見を目の前に立てられる。
俺の今の姿は、生前の姿とは似ても似つかねぇ。
藍がかった黒髪に、エメラルドグリーンの目。
何より、顔立ちは西洋系だ。
「お前が生前にやっていたヴィデオゲームを參考に再現してみたんだが、お気に召さなかったかな?」
「あー……」
黒いシャツに、灰のベスト。
紫のスカーフ。
灰のスラックス。
そしてその上に黃いコート。
黒い革靴と革手袋。
どこかで見たことがあると思ったら、ゲームでのキャラがこういう見た目だった。
々あって攻略途中だったゲームも控えてたってのに、あんな事になるなら我慢せずにやっときゃ良かったぜ。
「こりゃあ、気の利いたサプライズで」
「気にってくれて何よりだ。ところで、新しい名前は決めてあるか?」
「それよりもまず、この世界について説明してくれ」
「せっかちな坊やだ。しょうがねぇ、えっとだな……」
……この世界もといバーは、あらゆる異世界にアクセスできるらしい。
住人はここを起點に、世界を渡る者……“ビヨンド”として活する。
ビヨンドは他の世界から出された依頼をこなして、報酬を稼いで生活する。
いわゆる賞金稼ぎって奴さ。
もちろん、汚れ仕事もあるという。
じゃあ俺のやる事は、決まりだ。
名聲への執著なんて無い。
汚れ専門でとことん突っ走ってやる。
ゲームのプレイスタイルと同じように、に忠実に。
俺は誰にも縛られない。
ルールにも、マナーにも。
「決まったぜ、新しい名前」
ネット小説は読み専だが、用語の知識が無いワケじゃあない。
二次創作において原作のキャラの活躍を喰っちまう奴は、メアリー・スーと呼ばれる。
で、メアリー・スーの男名はマーティ・スーだ。
マーティ・スーが主役を喰っちまうなら、俺は敵役を喰っちまおう。
あちこちの世界に文字通りお邪魔する存在……名付けて。
「――ダーティ・スー」
今からそれが、俺の名前さ。
首を洗って待ってやがれよ、主役の諸君。
俺がお前さんがたの正義を検証してやる。
「ダーティ・スーだな。登録しとくよ」
バーテンダーはカウンターの向こうへ歩きながら、メモ帳に書き込んでいく。
途中で、俺のほうへと振り向いた。
「俺は……そうだな、スナージとでも呼んでくれ。スペルは、こうだ」
奴がメモ帳を俺に見せる。
そこには“SUNAJ”と書かれていた。
逆から読むとヤヌスか。
また、隨分と小灑落た名前をしている。
ローマ神話に登場する、二つの顔を持つ神だ。
事の始まりを司ると言われている。
なるほど、おあつらえ向きだ。
じゃあ、早速だが依頼を確認しようじゃないか。
12ハロンのチクショー道【書籍化】
【オーバーラップ様より12/25日書籍発売します】 12/12 立ち読みも公開されているのでよかったらご覧になってみてください。 ついでに予約もして僕に馬券代恵んでください! ---- 『何を望む?』 超常の存在の問いに男はバカ正直な欲望を答えてしまう。 あまりの色欲から、男は競走馬にされてしまった。 それは人間以上の厳しい競爭社會。速くなければ生き殘れない。 生き殘るためにもがき、やがて摑んだ栄光と破滅。 だが、まだ彼の畜生道は終わっていなかった。 これは、競走馬にされてしまった男と、そんなでたらめな馬に出會ってしまった男達の熱い競馬物語。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団體・國などと一切関係がありません。 2018/7/15 番外編開始につき連載中へ狀態を変更しました。 2018/10/9 番外編完結につき狀態を完結に変更しました。 2019/11/04 今更ながらフィクションです表記を追加。 2021/07/05 書籍化決定しました。詳細は追ってご報告いたします。 2021/12/12 書籍化情報を追記
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