《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Task3 街に潛伏し、報を探れ
はじめと終わりに大きな屋の付いた立派な石橋を越えて、谷の向こう側へ。
幅は馬車が一臺分。
長さは多分、一キロメートル足らず。
馬車だと完全に互通行だろうから、こうして廃れているんだろうな。
あちこちに苔がむしている。
この辺りで発させるべきだったと言う奴が、もしかしたらいるかもしれない。
そうすると行き先はほぼ一つしか無いって事で、鳩か何かを使って伝令でもされりゃあ大問題だろう。
第一いくら廃れていると言っても、発でぶっ壊せる程度のチャチな造りにはなっちゃいない。
それくらいの事は、この世界へ初めてきた俺にだって理解できる。
だから、行き先が絞り込めないあの時點での破が最適だ。
正しいか正しくないか、じゃない。
どれが俺達に適しているか、なのさ。
「で? その“草原帝國”とやらは、もうし掛かるのかい」
実に素晴らしいネーミングだ。
どういう國なのか、皆目見當がつかない。
「そろそろ見えてくる」
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「あれかい」
―― ―― ――
草原帝國に到著する。
古びた砦に、木の板をそこかしこに重ねたような……言うなれば木でできたフジツボが引っ付いた波止場だ。
遠くからはそうとしか見えなかったし、実際そうやって住んでいる連中はフジツボか人かの違いしか無い。
「検問はあるのかい」
「無い。騒ぎを起こせばそこら中で張り込んでる自警団につまみ出されるが」
「そいつはありがたい。をかすと腹が減る。俺は今、ゆっくりと飯が食いたい」
そんな呆れた目で俺を見るんじゃねぇ。
この俺様のありがたい気遣いをフイにしやがるつもりか。
「……まあ、いいだろう。報収集はしておきたい」
商店街は足場を組んだ二階建ての豪華なもので、上にも下にも店が立ち並んでいる。
そして、馬車のたぐいは下段を通っている。
俺とボンセムは馬に乗っているから、下段だ。
馬は足場が重さに耐え切れない。
それに外からやってくるから汚い。
だから、下段を通る。
なるほど、合理的だな。
それでいて山間の湖という富な水源があるため、下段は常に水を流し続けることで清潔な狀態を保っている。
これで雨水さえ上から垂れてこなけりゃ、最高だったんだが。
すれ違う連中は、どいつもこいつも辛気臭いツラをしてやがる。
その多くは足元を流れる泥混じりの水を見下ろしているが、時折恨めしげに上を眺める奴もいる。
坂道を登り切った先に、店があった。
納屋のようなところから、馬に乗った奴らが木の板に乗せた“何か”を片手に出りしている。
嗅ぎ慣れた匂いだ。
濃厚なチーズ、それと焼いたトマト……小麥を使っているな。
あとは、胡椒も。
すると何だ?
あの馬に乗った連中は宅配便なのか?
「ボンセムの旦那。ここにしよう」
「初めて行く店だが、大丈夫か」
「あの味を俺は知っている。大抵のピザは、よほど失敗しなけりゃそれなりに旨い」
「いや、値段がだな……それに、ピザなんて食い、俺は知らん」
へえ、妙だな。
じゃあこの辺の文化に、イタァルルルルィアン要素は一切存在しなかったって事か。
なくとも、この間抜けが以前に訪れた頃は。
「草原帝國に貴族はどれくらいいる?」
「知る限りじゃ、そんなには」
俺は納屋を指差す。
「出りする馬の數を見ただろう。注文が殺到しているって事は、それだけ沢山の客が買っているって事だ。
お前さん、商売人ならそれくらいの事は常識じゃないのかい」
ボンセムの野郎は、肩をすくめて首を振る。
「悪いが、俺は運び屋専門なんだよ。
事前に契約する時にどれだけ高くふっかけられるかが勝負だ。相場なんざ知ったことじゃねェ」
「ふはは! 呆れた野郎だな。ほら、さっさとろうぜ」
「雇用主は俺だぞ。調子のいい野郎だ」
……で、數十分程度だ。
焼き上げた一枚のピザを二人で平らげた。
「なあ、ダーティ・スー。ピザはいいぞ」
ボンセムの奴は、ご丁寧に皿の上のトマトソースを指ですくい取り、それを口に運んでいた。
もうすっかり、こいつはピザの虜だ。
「ほらな。俺の言った通りだろう」
奴は報収集とやらを終えたようだし、代金を支払ってずらかるとしよう。
問題は、カウンターで金をけ取る店主らしき男の妙な眼差しだ。
直?
いや、確信だ。
俺はある一つの事実を確信している。
「お前さん、転生者だろう」
この店主は転生者だ。
「な、何の事でしょうか……」
鷲鼻と茶い髪の店主は、あからさまに口元を引き攣らせた。
何も知らない奴なら、そんな反応はするまい。
異世界文化流があると知っている俺にしてみりゃ、こんなのは稚拙な謎解きリドルにすぎない。
「し前までは、ここにピザという概念すら存在しなかった。
ましてや、作りたてをご家庭に屆けるサービスなんてものは、普通はやるもんじゃないだろう。高くつく。
店を出りしていたのは、痩せ馬ばかりだ。長い距離を走れるもんじゃないし、どうせ格安で買い叩いたんだろ?」
ビンゴ。
見開いた目と、泳いだ視線。
口をぱくぱくとさせて、から「あ」とも「う」とも付かない聲をらしている。
ボンセムが胡げな顔で俺を見るが、知ったことじゃない。
「どうだね。儲かってるかい」
「貴方も、転生者ですか?」
よし、認めたな。
だがその問いは、不正解だ。
「俺は違う。世界にとっての異で、くたばり損ないという共通點はあるが」
「では何者でしょうか」
「専門家でも貴族でもない奴が産地ごとの小麥の味の違いについて論じることに、意味があると思うか?」
そんなものは些細な問題だ。
「話は変わるが、この世界では転送の魔法は存在するかい」
ホームシックと思われるのは気分の良いものじゃあないが、話題としては共通しているだろう。
コイツからは、お人好しの匂いがする。
すぐに記憶のクモ糸を辿って、ニューロンに引っ掛かったトンボを引き當ててくれるだろう。
「……ええ、まあ。質量に限界はあるため、そんなに普及してはいませんが」
「アドバイスをしてやろう。馬で屆けるサービスのもう一つ上だ。料金を割増で、ピザを転送してやるのさ」
「――! おお! そうすりゃあ、アツアツの出來立てピザが食えるって事か!」
橫合いからボンセムが、手の平に拳を置く。
「その通りだよ、旦那。で、どうだ?」
俺が指差すと、店主はしだけ目を輝かせる。
だが、すぐに辛気臭いツラをし始めた。
「魅力的な提案ですが……あいにく、魔導士のツテは無いんですよ」
好都合だ。
恩を売っておくには丁度いい。
「……旦那。新しい金の匂いがするだろう」
ボンセムの肩を掻き抱いて、耳元で囁く。
ところが、この間抜けは俺のヒントをしも理解していないようだ。
「どういう事だよ。俺にゃ関係無いだろう」
どいつもこいつもニブチンばっかりだぜ。
まるで、俺に介しろと言わんばかりだな。
「お前さんがそのツテを作ってやるのさ。顔は広いだろ? 取引先から引っ張ってくるんだよ」
俺はあくまで提案しかしない。
自力でやればその責任を取るかもしれない。
また來るかも判らない世界なんぞの為に?
そんなのは、まっぴらごめんだ。
さて、ボンセムの命乞いのネタはこれで作れた。
善良な市民の食生活が掛かっているんだ。
保険としては充分だろう。
あとは早めに手を打って、追手に備えておくか。
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