《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Task4 追手を待ちけ、罠にかけろ
砦のはずれにある、大きな倉庫。
そこが次のどんちゃん騒ぎの會場さ。
食後にゃ酒だ。
ピザ屋ではボンセムの奴が、駄目だと言って一滴も呑ませちゃくれなかった。
あれじゃあ「この後なにかやります」と宣言しているようなもんだぜ。
せめて二杯だ。飲んだふりでもいい。
そうすりゃ周りは俺達をただの旅人と思って、警戒はしなかっただろう。
生まれて初めて荒事をやった俺ですらそう思うんだ。
それともこの界隈じゃ、普通の事なのかね。
素の宜しくない連中が集まっているから、おちおち酒も楽しめないとか。
まあいいさ。
ボンセムは先にこの“草原帝國”を出た。
じゃあ俺が何をしようと、関知しないって事さ。
店に戻ってピザを注文しようが。
しれっと酒を盜もうが。
お屆けをちょろまかそうが。
……お別れしちまった以上、ボンセムは何もできやしない。
ピザの配達先は、もちろんここだ。
わざと解りづらい場所を指定して、配達員を混させた。
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今頃配達員は、小難しい顔で語らいながら注文者の名前を連呼している頃合いだろうよ。
はたして耳ざとい奴は、いつそれを聞き咎めるかな?
実に楽しみだ。
それじゃあ俺は待っている間、タダ酒の味でも楽しもうじゃないか。
手元のビンになみなみとっているのは、見覚えのある茶い。
味はウィスキー、それもバーボン寄りの味だな。
ビンを直飲みするが、このガツンと來るじがたまらんね。
ここで、倉庫の扉がぶち破られる。
大袈裟なブロードソードを持った、騎士。
さっき遊んでやった奴だ。
「ダーティ・スー! 貴様の首、貰いける!」
それなりの剣幕で、俺に宣戦布告をかましてくれた。
仲間の連中も、期待通りのメンツだ。
魔法使いのガキ、獣人のシーフ、エルフの手、ドワーフの戦士。
存外、早かったな。
まだ酔いも回っちゃいないってのに。
「運び屋はどうした!? 一緒ではないのか!」
「誰だ、その運び屋ってのは」
もうちょっと、からかってやるか。
騎士は目を泳がせ、記憶を辿っているように見える。
「ええっと、確か……ボン、何とかっていう……」
「イスティ、あの輸商人はボンセム・マティガンだよ」
魔法使いの坊やが、イスティという騎士に補足する。
世話房ぶりが堂にっていて、割と付き合いが長いという事が伺える。
「すまない。名前を覚えるのはどうも苦手だ」
イスティは、頭を掻きながら赤ら顔で俯く。
その割には俺の名前は覚えてくれているなんて、熱いじゃないか。
だが、頭が悪いのは頂けない。
「で、俺の首だったか」
首筋をトントンと手刀で叩いて見せる。
「首の一つや二つ、別に構いやしないぜ。やってみな。やれるもんなら」
「先刻は不覚を取ったが、二度も同じ手は通用せんぞ! ギルティ・スー!」
「違うよ! ダーティ・スーだって!」
丁寧だな、魔法使い。
別に間違ってくれても構わん。
「む! そうだったか……」
またしても顔を赤らめる騎士。
「親しくない相手の名前はすぐ間違えちゃいますよね」
「ほんっと、アタイも出會ったばかりの頃を思い出して凹むよ……」
「これこれ。儂らが気を引き締めんと、またやられてしまうぞい」
トンガリ耳と獣人が思い出話に花を咲かせ、そこに寸爺さんが突っ込みをれる。
そうだな。
依頼を達するだけなら、この茶番をずっと続けてくれてもいいんだが。
手間が全く掛からないのは、ちょっと退屈だ。
せっかくの酒も、これじゃあ酔えない。
……味から察するに、確かにバーボンだった筈なんだが。
どうにも酔っ払わないな、このは。
どこの清ブチ込んだアメコミヒーローだ?
こりゃあ丸型シールドを投げて戦うべきかね?
「俺まで気が抜けてきた。ピザの配達を待とうか。お前さん達も腹が減っただろう」
「な、なんだと……! 馬鹿にしているのかッ!!」
牙を剝き出しに一歩を踏み出す騎士を、坊やが後ろから羽い締めにする。
「イスティ、抑えて」
「くっ……」
「闇雲に突撃したら駄目だ。作戦通りにやるよ」
「えー。アタイ、ピザ食べたい」
獣人が腹を抱えてぼやいたのを、坊やは溜め息混じりに応じる。
「リコナはまったく……わかったよ。終わったら食べに行こう。まずは、片付けないと」
簡単に言ってくれるじゃないか。
そのザマで。
「街道に散らばった干し草とはワケが違うんだぜ。箒一本でどかせると思ったか?」
俺の挑発に、トンガリ耳が弓を構える。
「それはどうでしょう? 箒が一本とは限りませんよ」
「リベンジマッチは一度きりだ。僕達の勝利で終わらせる」
坊やもトンガリ耳に便乗して、杖を構えた。
じゃあ俺は茶番の隙にバーボンを一口。
「ん? なんだって?」
ついでに、片耳に手を當ててみせる。
尺の余る演劇ほど、支配人に値引き渉をしたくなるものは無い。
舞臺役者どもは大ばかりなんだから、こうやって臺本から外してやらなきゃならない。
「~~! マキトの話を聞け! 貴様!」
「イスティ、抑えて」
坊やに捕まっている騎士イスティは、今にも飛び出しそうだ。
あのじゃじゃ馬娘には、坊やも苦労しているようだな。
茶番が長すぎるんだよ。
だから、こういう事になるんだ。
「――アタイの攻撃が見破られた!?」
獣人、確かリコナだったか。
そいつが俺の背後から忍び寄ってきていた。
だから俺はリコナのナイフを、バーボンのビンでけ止めてやったのさ。
「せっかくの酒が、臺無しだ」
で、次は矢が飛んで來る。
こっちはを逸らして、後ろへ。
的が一つだと大変だなあ、冒険者の諸君よ。
「うおわ!? おい! アタイの顔にを開けるつもりか!」
リコナは既にダガーから手を離し、後ろに飛び退いていた。
エルフは青ざめた顔で、呼吸を整える。
「……ご、ごめんなさい!」
やれやれ。
さっきよりひどいぜ。
敗北を楽しむ余裕が無いと、學ぼうにも學べないだろう?
そうしてたった一人に、二度も負ける事になる。
俺は指をパチンと鳴らす。
煙で形作られた幾つもの三角錐が、俺を起點に全方位へ向けて出現する。
「街道ではすぐに助けが來ないだろうから、親切な俺は手加減をしてやった」
「何が言いたい……」
暴走列車イスティは、もはや発寸前といった風だ。
「命の恩人に謝の言葉をかけるどころか、首を獲ろうとするのが冒険者の禮儀なのかい?
あの時俺が手加減しなきゃ、路傍に散らばる藁になっていた。それに馬車を燃やして目印にしてなけりゃ、狼の餌だった」
「恩を売ったつもりか!」
「売ったさ。押し売り、特別価格でね」
もう一度、パチン。
煙の槍が、おんぼろな壁やら蜘蛛の巣を張っていた木箱やらに風を開けていく。
流石に視界のいい所だからか、冒険者連中は橫に跳ぶなり屈むなりして回避した。
「わざわざ生かしといてやったんだ。たっぷりで支払ってくれよ」
「これ以上、仲間に手出しはさせない!」
坊やが威勢よくび、杖を構える。
「ご挨拶だな。先に仕掛けたのは、どっちだったかね?」
「よくも抜け抜けと、破廉恥な輩め!」
自由のになった騎士も、坊やの前に出てブロードソードを構えた。
挑発に乗ってくれれば乗ってくれるだけ、こっちは長く楽しめそうな気がする。
ペースがれすぎてパーティが崩れちまったら、その限りでも無いんだが。
「この退屈な茶番にケリを付けたきゃ、足りないおミソを一杯使う事だぜ」
さあ、リベンジマッチを終わらせてみやがれ。
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