《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Final Task 不満気な依頼主の話を聞け
「ここまで付き合ってくれて、ありがとうございました」
ロナは頭を下げる。
俺はもう確信している。
この後、必ず何かしらの面倒が待ちけていると。
「まだ満足してないってツラだ。仏に必要な條件を教えてもらおうか」
「もうちょっとだけ、付き合ってくれませんか? あたしの、昔話に」
ロナは腰の後ろで両手を握り、もじもじとした仕草で上目遣いに視線を寄越す。
「構わないぜ。それで報酬がもらえるなら」
聞き流して、相槌を打っても別にいい。
とは思ったが、気になってもいたんだ。
一つしか無い自分の命を、どうしてそんな簡単に投げ出せるのか。
……ああ。
俺、怒ってるのか?
ガラじゃ無ぇ。
「お察しの通り、あのギルド……Big Springは、あたしと、元カレ……キャラ名はアンデルトですね。
その二人と、大學の友人も一緒になって立ち上げたギルドだったんです」
「當初から、PK野郎を相手取った方針は変わらずかい」
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奴はゆっくりと、まるで抗うのを諦めたかのように頷く。
「ええ、そうです。けど最初は、初心者狩りをしてくる奴らから、初心者を守るっていうのが唯一の目的でした。
あたし達が初心者だった頃、よく初心者狩りが橫行していましたから。
そういうのから、守りたかったんです」
なるほど。
大層な目的だ。
「數年掛けて、ギルドの規模は隨分と大きくなりました。
んな人がってきて、喧嘩もあったけど、それでも楽しかった」
「それで?」
「けど、いつからか、雰囲気がおかしくなり始めた。
ギルド対抗のポイントランキングで、上位にり始めた頃からでしょうか。
初心者狩りを敢えて見逃して、罪人レベルを上げた奴を倒したほうがポイントが稼ぎやすいって理論が橫行して」
「突き詰めて考えれば、そうなるだろうな」
そこでまたロナは考え込む。
俺の返答に納得できないが、それでも前に進みたいという意志がじられた。
「そりゃあ、最初の理念は偽善だったかもしれませんよ。
けど想像できます? 倒されて復活したその先にも、初心者狩り専門パーティの仲間が待ち構えている。
上手くタイミングを合わせないと復活しては倒され、復活しては倒され……。
そんなの、やる気なくすに決まってるじゃないですか」
「やる側はさぞかし気持ちいいんだろうな」
「やられる側はたまったもんじゃないですよ。それを放置するんですよ。信じられん。マジでクソ。
挙句にボスモンスターの討伐にまで手を広げて、効率を極める為にキャラクターを作し直して、イベントをスキップさせられながらレベル上げの毎日。
ギルドメンバーの全員が、數値を上げる機械にさせられていく。
しかも、あのお姫様の公開オナニーショーがご褒ですよ。おえっ」
オー!
マジかよ……。
この世界のVRMMOは、ヤバいな。
技の進歩と野郎のち○○が、良からぬ方向に絡み合ってやがる。
ちょっと見てみたかったな。
電子の箱庭なら梅毒の心配も無用だ。
「當然、真っ當なの持ち主はすぐに抜けて行きましたよ。
あたしだって、堪えられなかった。けど、アンデルトを見捨てたくなかった。
せめて、二人で抜けたかった。でも駄目だった。あいつは、最高戦力だったから」
ステータスを突き詰めた量産型しかいないだろう環境で、最高戦力ねえ。
あいつがそこまで強かったようにはじなかったが。
よほどうろたえていたのかね。
「激変した環境と、毎日廃人プレイを強いられる中での鬼軍曹によるクソッタレ反省會に嫌気がさして、あたしは抜けました。
まあ、あたしもだったから、他のメンバーと違って反省會で言われる罵聲はほぼ皆無でしたが……」
解るぜ。
罵聲の容には興味は無いが。
「他人が罵聲を浴びてても、見るに堪えなかった」
「その通りです」
俺の指摘に、ロナは我が意を得たりといった顔だ。
ただ、眉をハの字にしているのは……思い出したくない記憶があるせいだろう。
「でも、廃人プレイに付き合わされたあおりで、まともに仕事なんてしている筈も無く。
バイトの面接でもちゃんとけ答えができず、ニートのままですよ」
生きる希も何も無いってか。
奴は俯いて、片手で頭を抱える。
「もう、何やってんだろって。そんなとき、ビヨンドという存在について書かれた紙があたし宛に屆いたんです。
正確には、ゴミ箱から拾った紙が、あたし宛の手紙でした」
親が捨てたのかね。
「金なんて用意できなかったし、報酬の所にはあたしの命とだけ書きました。まさかその日に死ぬとは思いませんでしたが」
なんだと。
依頼書には金額が書かれていた筈だが。
「別に、連中を殺すわけじゃあ無いのに、隨分と高く付いたじゃないか。そんなに安い命だったのかい?」
「さあ、どうなんでしょうね。それで通ったんですから、そうなんでしょうね。
火葬されている間、臓とを異世界に輸送されましたよ。と言っても、伝聞なので正確な様子は不明ですが」
……命を報酬にした結果がどうなるかは、考えないようにしよう。
どうなっても、別に不思議は無い。
やるべき事だけを考えれば、それでいい。
「改めて考えれば不思議なもんだ。電子の箱庭をさまよう幽霊とは」
「依頼の否を確認する為に、特例的にそれまで接していたものに関係する形での殘留を許された、という説明をけました」
「その説明してくれた奴は、無髭のおっさんかい?」
スナージの顔が思い浮かぶ。
「いいえ。でした」
他のビヨンドか、スナージの関係者だろうな。
後で探ってみるか。
「ね? 下らない理由だったでしょ。さっきあんたがあたしに言った通り」
「ああ。だが、お前さんにとっては誰よりも大切な理由だった。その証拠が、それだ」
俺が指差したのは、ロナの目だ。
目に浮かぶ悲しみの証。
それで全て説明できる。
ハンカチくらい用意しておくべきだったかね。
「え、あれ……あたし、泣いてる……?」
ロナはしきりに目元をこすっては、自分の指先を見る。
「この世界のVRシステムは涙も再現できるのかい」
「そうですね……何度か、経験はありました」
もっと早くに見切りをつければ良かったのに、などと言ってやってもいい。
……死人に鞭打つ趣味をお持ちなら。
未練を持ってやってきた幽霊の大多數は、それを言われて返す言葉を持たないだろう。
言った結果として、発言の主がどのような末路を遂げるかまでは知った事じゃない。
とにかくロナ・ロルクという奴は、未練を持つ相手が多すぎた。
初めて作ったギルド、それを一緒に作った人、思い出を共有した仲間達。
橫から掻っ攫われていくのは、さぞかし辛かっただろうよ。
朽ち果てた要塞の通路には、咽び泣く聲だけが響く。
俺はロナを抱きしめ、頭をでた。
他にできる事は無い。
しばらくそうしていると、ようやく落ち著いたらしい。
元を軽く叩かれたから、奴を解放してやる。
「……聞いてくれて、ありがとうございます。えっと、命をあんたにあげるって事は、その。
多分、奴隷って事なんだと思います。自殺した罰でしょうかね」
「じゃあ好きに使わせてもらうぜ」
一つしか無い命を、自分で焼いた。
俺が自分で始末する暇も無く命を焼かれたのに、お前さんは贅沢なんだよ。
贅沢のツケはしっかり払ったか?
命で報酬金額を賄った時點で充分か?
いいや、違う。
ロナから支払われた金は、命と引き換えに手にれた金の、ほんの一部に過ぎなかった。
財布をまるごと、うっかりドブに落とす奴もいる。
言葉巧みに奪われる奴も。
ロナ。
お前さんは後者だ。
俺は、盜まれたお前さんの財布を取り返してやろう。
もちろん親切心じゃなくて、俺のにする為さ。
懐中時計がり出す。
次に目を開いた時は、あのうらぶれたバーの目の前だった。
俺の隣には、ロナがいた。
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