《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Task1 スナージに戦利品を提出しろ

ごきげんよう、俺だ。

時間はしだけ遡る。

拠點――つまりスナージのバーに、俺はロナ・ロルクを持ち帰った・・・・・。

今のこいつは戦利品、つまりはモノだ。

ロナは臓もどこかに売りさばいて、それ以外は燃やされて、魂だけが電子の箱庭に固定されていた。

というのも、前回の依頼主でもあったロナは、間抜けにも自分の命を報酬に設定しやがった。

じゃあ俺は報酬を頂いたも同然って事さ。

むろんEランクのビヨンドに、一人分の命というのは高すぎるというものさ。

必ず差額は存在する筈だが、困った事にその埋め合わせがどうなっているのかがさっぱり判らん。

……どうも何やら良からぬカラクリが裏で息を潛めている気がする。

魔法陣のある広場からバーのドアを開ける。

スナージが、二人分・・・のコーヒーを用意して待っていた。

「おかえり、おつかれさん!」

これから俺が耳に痛い話をしてやろうってのに、本當に暢気な野郎だ。

生活の反かね。

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まあいい。

「なあ、あんたは知らないかい。スナージ」

「何の事だ?」

俺は、二つのコーヒーをけ取る。

だがどうして初めから用意してあった?

他に客もいないし、俺の隣のこいつに何も訊かない。

初めから話が通っているという事実にほかならないだろう。

「とぼけるのはやめようぜ。知ってるだろ。ロナの命について」

「……俺の口からは言えねえな。悪いが、これに関しては金を積まれても無理だ。コンプライアンスに関わる」

「裏稼業だからこそ守らなきゃいけない約束事があるってか。

オーケー、じゃあてめぇで調べる分には何も問題は無いって事だろ。荒事を片付ける必要があるって事を除いては」

「その通りだ。察しがいいのは助かるぜ」

カラス野郎は、そのうち出會うだろう。

あちこち遊びに行きながら、手掛かりを探してみるか。

何としても、ロナの過払い金を請求してやる。

「今回の戦利品は、どうだった? 手元に殘しておきたい奴はあったか?」

「手元に殘すのは……コイツだけだ」

俺はロナを指し示す。

「そりゃそうだ。初めから除外されてるよ」

スナージは眉をハの字にして、肩をすくめた。

―― ―― ――

俺が提出した戦利品を、スナージは魔法の木箱に全て詰め込んだ。

そのたびに、宙を舞っている羊皮紙に何かが書き込まれていく。

どうやらこれが戦利品売卻の様子らしい。

前回の戦利品は俺の懐にあるしのバスタード・マグナムだけだったからな。

「……収納ストレージに隨分かき集めたな。ただ、値打ちもんはあんまり無いか」

心と落膽を織りぜてぼやくスナージを、ロナはカウンターに頬杖を付きながら覗きこむ。

「ただの大きい弓矢ですもんね。後はお土産屋さんで売ってそうな剣とか、盾とか……。

ていうか今更なんですけど、ゲームのアイテムなのに持ってこれるんですね」

「ああ。あれも一種の異世界だからな……よし、ざっと計算してこんなもんだ」

羊皮紙が小切手へと姿を変える。

ロナはそれを興味津々に眺めていた。

「115アーカム……これが通貨の単位ですか。日本円にするとどれくらいですか?」

「どの世界の・・・・・日本円かにもよるが……1アーカムでだいたい百円くらいだな」

「うーわ、やっす。報酬の1%にもならないってどういう事ですか。あたしでももっと稼げますけど」

正直、期待はしていなかったが、確かに小遣い程度にしかならないな。

収納を圧迫する容積に対する効率が良くない。

そんなのは、エレガントじゃない。

「へぇ。仕事の履歴も殘るんですね」

紙束を眺めながら、ロナの奴は何やら思案顔だ。

よっしゃ!

嫌な予しかしないぜ!

「“アワード”? えっと、なになに。“強敵”……敵対者を5名以上敗北させる……? なんです? これ」

「勲章みたいなもんだ。一定の條件を満たせば履歴に殘るぞ」

「面白そう……」

「お嬢さんも、やってみるか? ビヨンド」

「そうですね。報酬で渡しちゃったから、どのみち拒否権なんて無いんですけどね」

なんでそういう結論になるのやら。

ロナの使い道は、俺が決める。

こいつは鳥篭にでも放り込んでおけばいい。

そして、俺の土産話をたっぷり聞かせてやるのさ。

小遣いを稼ぎながら。

「100アーカムじゃあ碌な首が買えないな」

俺の獨り言に、スナージの野郎は目を見開いた。

更にはわざとらしく天を仰いでやがる。

「首かぁ……何とも爛れた関係だぜ。おじさん悲しいよ……。

で、休むか? 次の依頼を探すか? それとも、人とのデートでも楽しむか? 獨貴族の俺の目の前で」

「安心してくれ。そういう関係じゃない」

「これから付き合い始める奴らは決まってそう言うんだよ」

ふてくされた面倒な中年スナージ。

あー、頼むぜ大統領!

男とが並んだらすぐにカップル誕生ってか?

ロナも考える事は同じらしく、聞こえよがしに鼻で笑ってみせた。

「ンなわけ無いでしょう。セクハラで訴えますよ。ビヨンド稼業に裁判が存在するのかは知りませんが」

「俺が知る限りじゃ裁判所はこの近くにゃ無いぜ」

スナージの野郎は白々しく答える。

上等だ、その茶番に付き合ってやろう。

「そりゃ大変だ! ビヨンドの離婚調停はを洗う毆り合いかね?

って事は、不死なビヨンドは一方がギブアップするまで永遠に決著が付かないぜ!」

「ところがどっこい。お嬢さん、そいつを毆ってみろ」

ロナの拳が、俺のをめがけて振り抜かれる。

「こうですか……あれ? すり抜けた?」

拳は俺のに、確かに突き刺さっている。

だが、痛みも何も無い。

二つのホログラムがぶつかり合ったような見た目は、実にシュールだ。

……酒場の闘はあらゆる文化における恒例行事だ。

それをこのような形で防ぐというのは、ビヨンドの拠點だからこそか!

穏やかじゃないな!

スナージは磨き終わったグラスを棚に片付けていく。

「この空間ではあらゆる暴力が無意味だ。

俺達はここにいるようで、ここではないどこかにいる。だから互いの攻撃はすり抜け、消える」

「じゃ、地下格闘技はどこでやれって言うんだ?」

「異世界でやってくれ」

オー!

つまり他所でやりあう分にはご勝手にって事か!

本當に穏やかじゃないな!

「こりゃ悪意に満ちた井戸端會議も、リモコンのスイッチ一つで活的な沈黙が生まれそうだ」

ロナが今度は、俺の皮に思案顔をしだす。

「えっと、ようは口パクで口論しあう集団が生まれるって事でいいんですよね?

たまにあんたの言ってる事が解らない」

「ああ。それでいい・・・・・」

「なるほど、絶対的強者による調停の前には、平和を脅かす怪たちもひれ伏すしか無いって事ですね」

それで合ってるが、更に厄介な事が起きた。

スナージの野郎、どうしてそんな胡げな視線を寄越しやがるんだ。

「おい、ダーティ・スー。お前、このお嬢ちゃんに何を吹き込んだ?」

「何も?」

「明らかに影響をけてるぞ」

そんなスナージの詰問を止めたのは、ロナの一言だった。

「あたしも不本意ながらそれを認めざるをえないのが悔しいです」

その時この場の誰もが、生きる以外の何もかもをやめた。

いや、ひょっとすると瞬きもだ。

ロナにかけるべき言葉を忘れちまったか、バベルの塔をペーストにして飲み込んじまったか。

數秒してから、俺は言葉を急に思い出した。

「さて、次の依頼を寄越してくれ」

「おう」

「流さないでくれませんかね……」

「流したのは憐れな青い鳥の、たった一枚の羽だけだ」

青い鳥ロナの悲しげなさえずりに対して、俺はそっと耳を塞いだ。

俺は、俺の聞きたい言葉だけを聞いて、話したい言葉だけを言う。

後はサービスとして出されたパイの中がまるまるマスタードだったり、購アイテムが人骨だけだったりという些細な・・・サプライズをけたが、これは本當に些細な問題だった。

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