《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Task3 協力者を徴用せよ
めぼしい建はあらかた回ったからな。
特に、東にある時計塔は実に荘厳な造りだった。
アーチを幾つも組み合わせたような複雑な彫り方の壁が印象的で、あれを作るのにどれほどの労力を使ったのか見當もつかねぇ。
とりあえず一段落だ。
いくらビヨンドでも腹は減るらしい。
ここらで腹ごしらえでも決め込むかね。
宿屋へ帰る道すがら、晝飯を食う。
「――だからさぁ! 頼んだのこっちが先だろ!? なんで先に寄越さなかったんだよ?」
他所のテーブルから鈍い音と怒鳴り聲が響き渡る。
こいつは騒なBGMだぜ。
どうせならドイツ人のおっさんのヨーデルとアコーディオンが聴きたかった。
そしたらこの皿に乗っかったソーセージとビールも旨くなっただろうに。
見れば、ちょび髭の豚みたいな中年が顔を真っ赤にして、従業員に怒鳴っていた。
従業員は黒髪のだが、頭の上には犬のような耳を寢かせている。
よく見れば尾を丸めているのも見えた。
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可哀想に。
そんなのクソ野郎を燃え上がらせるだけだぜ。
俺も前世は喫茶店でバイトをした事があったが、この手のクソ野郎は小指に砂利が當たっただけで青筋を立てて舌打ちするほどに、ケツのが小さい。
平和的に話しあおうなんて事は一切なく、いかにして自の怒りを周囲に伝える事だけを熱心に努力している。
懐かしいな。
事ある毎にカウンターに蹴りをれて怒鳴り散らすおっさん……通稱キックマン。
最終的に、奴は出だったかな。
「いえ、ですから……」
「言うに事欠いて口答えかよ! あ!?」
そして、この世界でもやっぱりキックマンの仲間は存在するらしい。
しきりに口から泡を飛ばしながら、テーブルを蹴っている。
「そうしろって店長が言ったの? こ・の・み・せ・は・そういう方針なんですか!」
しまいにゃ一音ずつ區切りながらテーブルを拳で叩き、最後に蹴り倒すなんて用な蕓當をやってのけた。
「うーわ、雰囲気わっる……古巣を思い出して鬱になりそ……店、変えません?」
ロナはキックマンのほうを向いて、聞こえよがしに毒づいた。
「だが俺達は、もう食ってる。折角だから見しようぜ」
「悪趣味ですね」
やがて、支配人らしい男がキックマンの前に出てきて、頭を下げる。
「この度は申し訳ありませんでした。以後このような事が無いようしっかりと教育しますので……」
しおらしい支配人とは対照的に、キックマンはふんぞり返ったままだ。
「おァ。そうだよな。そうだよな!? 謝りましたね~。で? 謝って、その後どうする? 今できる事があるだろ」
「え! ど、どうすると申されましても……」
支配人が言い淀んでいると、ここでまたキックマンがテーブルを蹴飛ばす。
薄い頭には既に青筋がくっきりと浮かんでいた。
「言わなきゃわかんねぇのかここの店員はよ! ほんっと頭悪いな!
話にならねぇよ! 領主様に言いつけてやろうか? この店は謝り方も知らねぇ馬鹿共が働いてるって! 明日から閉店だよこんな店!」
お前さんが突き返されるだけだと思うがね。
「申し訳ございません」
そしてキックマンは、挙げ句の果てには周りの見人にまで絡み始めた。
「オァてめぇら何見てんだよ! オイ! さっきからヒソヒソヒソヒソとよォ!
見せモンじゃねぇんだよ! 店の不手際を指摘してるだけだろ!? 悪者みたいに言いやがって!」
「ああお客さま、困ります! 他のお客さまには――」
止めようとした支配人だが、キックマンはそのを突き飛ばす。
「てめぇの対応がチンタラしてっからいけねぇんだろ! なぁ! お前、わかってねぇだろ」
クレームは客に絡んだ時點でオシマイだぜ。
まったくエレガントさが足りない。
……そこに、背の高い茶髪の獣人のと、黒髪の坊やがおずおずと距離を詰めていく。
「なあご主人、とっちめよう。同胞を泣かした報いを」
獣人のは、キックマンほどじゃないにしろ怒り心頭といった様子だ。
対する坊やは、なだめるようにして獣人の袖を引く。
「の子がそういう事を言わない。
まあ報いはさておき、あれだけの騒ぎだからね。俺達が直接叩きのめすのもアレだし……衛兵に通報しよ、う……?」
冒険者らしい二人組の客を、俺は手で制す。
勇敢で清く正しい冒険者さんは、そこで指をくわえて見てりゃいいのさ。
俺はキックマンの肩を摑み、空いた手で人差し指を振る。
「オーケーオーケー、そこまでだ。頭を冷やせよ、キックマン」
「ンだテメェはよォオ!」
立ち上がったキックマンが、俺の額にれるくらいの距離で吠える。
おー怖い。
ナリは冴えない中年だが、中は猛獣だな。
鉄格子でも持って來れば良かったぜ。
「腹が減ってるんだろ? こいつは奢りだ。食えよ」
指から激辛マスタードパイを取り出して、顔面にぶち込んでやる。
「んごっ!? む、むぐぐ! ん~~ッ!?」
奴が一生懸命に抵抗するので、俺はぐりぐりとパイを押し付けてやった。
パイがずり落ちた後の奴のツラは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「泣くほど旨いか。おかわりは無ぇから、味わって食えよ」
呆気に取られた観客連中に、俺は向き直る。
その橫でロナはそそくさと、他人のふりをしながら出て行った。
ちゃっかり自分の分だけ勘定を置いた上でだ。
「あー、ちょっとギルドに用事があるから、ついでに衛兵に引き渡してくるよ。それでは皆様、しばしご歓談を……」
お辭儀を一つ。
で、キックマンの襟首をガッツリ摑んでおく。
拍手喝采を背中にけ、俺はキックマンを引きずりながら店を後にする。
ややあってから無銭飲食だと喚く聲が聞こえてくる。
―― ―― ――
で。
路地裏にて。
俺はキックマンを壁に追いやって、片足を壁にかけて逃げ道を塞ぐ。
ちなみにロナはどこかに消えたままだ。
「さて。気分はどうだ、キックマン?」
「っざっけんじゃねぇぞテメェ! 折角の晝飯をフイにしやがって! この服、高かったんだからな!?」
「そりゃあ申し訳ない」
相変わらず圧の高い反応を無視して、俺はさっきの店からかっぱらってきたナプキンで奴の服を拭いてやる。
「後は、誠意を見せるべきかね?」
懐から取り出したを握らせる。
キックマンは手を開いて、ぎょっとした。
「――!? き、金貨!?」
「なあに、心ばかりのお詫びだ。ほとぼりが覚めるまで、路地裏でお茶しようぜ」
「……!?」
「実は、迷かけたついでに、頼みたい事があるのさ」
俺は金貨をもう一枚、キックマンに握らせる。
「“バズリデゼリのお店”って武屋を知ってるか」
「あ、おう……知ってるが」
「何、冒険者の友人にプレゼントする奴を選んでいるとか、そういう言い訳でいい。
カウンターから左に、大樽三つ分ほど歩いた辺りの、やたら派手な剣を買うようあの店の親父に言ってくれ。
おそらく確実に拒まれるから、そこからが本領発揮さ。売りにならないならなんで見せびらかすんだ、領主様に言い付けるぞ、ってな」
「え、あ……」
この野郎は、與えられたタスクを理解していないらしい。
仕方がないから、教えてやろうか。
「やれるだろ? それとも、明日の朝には犬の餌か?」
指から、拠點でスナージから買い取った腕の骨を取り出して、キックマンに突き付ける。
「ひっ!?」
「油の乗った中年の腸詰めだ。腹を空かせた犬共には、いいご馳走だろうぜ。
見張りも付ける。俺を騙せばどうなるか、解ってるな?」
『おえっ。あたしが見張りですか?』
どこかに隠れているらしいロナから念話が來た。
『我慢しな』
『はぁーい……』
俺はキックマンの脂ぎった手に、改めて握手する。
ぬめりを帯びたが指から伝わってくるが、必要経費と割り切ろう……。
「いやあ、善き友人と出會えたぜ! よろしくな、キックマン!」
「あ、あの、ワタクシはキックマンという名前じゃ――」
「――それじゃ、約束だからな! キックマン!」
慌てふためくキックマンを他所に、俺はきびすを返して走り去る。
作戦決行が楽しみだな!
後はもうちょっと詰めて、時間を稼ぐか。
どこで騒げば、例の冒険者共を足止めできる?
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