《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Task1 “赤い狗鷲亭”へ向かえ

ごきげんよう、俺だ。

今から依頼主との面合わせだ。

俺達が召喚されたのは中世ヨーロッパじみた町並みの、山の麓にある街だった。

名前はマロースブルク。

依頼書に書き記されていた異世界管理番號を見るに、この前と同じ世界だな。

依頼主も、雪ヘビの時と同じ奴……冬將軍とかいうふざけた野郎だ。

まったく、の回りの世話くらいしっかりやれよ。

ここマロースブルクとやらは、足元に危険が転がっているぜ。

多様というものは素晴らしいが、時には毒になりうる。

「見えるかい」

「何の話ですか」

「じゃあ、ほら」

三角形で“!”を囲った警告表示を、ロナと俺の視界に出現させる。

これは味方と認識している奴の視界にだけ現れる。

線だけだから、そこまで視界は妨げない。

「うーわ、なんですか、コレ」

「馬糞だよ」

俺は警告表示を上にスライドさせた。

三角マークの下に棒がびる。

「いや、うんこは見れば解りますって。この警告表示は?」

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「俯いて歩くよりは、堂々と前を見ていたほうがいいだろ」

「……このスキル、買ったんですか」

「見た目が面白そうだったからな」

「は? 見た目?」

「悪いかい?」

「金をドブに捨てるつもりですか……」

「もしもドブに捨てたとして、そしたらドブの神様がご利益をもたらしてくれるだろうさ。

あるいは金の好きな魚が食い付くか、ドブさらいがドブを綺麗にしてくれるか」

「何にせよ後で役に立つって言いたいわけですか。めんどくさいですねホントに……」

「俺はそんなに面倒だとは思ってない」

―― ―― ――

辿り著いた待ち合わせ場所は、何ともオシャレなカフェテリア。

その名も“赤い狗鷲亭”。

それなりの大きさで、壁はログハウスのような造りだ。

小高い丘の斜面に清水寺のようなテラスが備えられている。

依頼主は相當な見栄っ張りだぜ。

「いらっしゃいませ。ご予約はお伺いしております。ご案いたします」

「たまげたな。チャイナドレスとは」

「オーナー指定の制服です。チャイナドレスと呼ぶのですね」

妙に準備と想のいい店員が、二階の個室へと案してくれた。

ロナの奴、相変わらずそわそわしやがって。

こういうのは堂々と歩けば目立たないものさ。

たとえ周りの客が小綺麗な奴ばかりだったとしても。

「落ち著かないですね」

「努力は報われるぜ」

ジャスミン茶らしいものを飲みながら、待つこと暫し。

個室の扉を開けてやってきたのは、銀髪ボブカットのエルフだった。

いいところで仕立てただろうパンツスーツの燕尾服に、琥珀の艶を持つステッキ。

靴もピカピカの革靴だ。

歩き方や型は、どう見てもだ。

だがそのエルフの口には、世界を救う配管工もウットリな、立派なカイゼル髭があった。

スカイブルーの目を細め、髭エルフが小躍りする。

「おお、ハラショ! そのまばゆいばかりの黃い外套!

貴殿がダーティ・スー殿ですな!? ううむ! ハラショ!」

「お前さんが冬將軍かい」

「いかにも! 我輩はナターリヤ! 錬金士のナターリヤ・ミザロヴァ! 別名、冬將軍ですぞ~!」

「なるほど、だからカイゼル髭なのかい。手れはマメにやってるようだ。イカしてる」

「スパシーパ! 我輩のチャームポイントを真っ先に當ててくれるとは、貴殿もお目が高いですな! おほほほほ!

然様ダー、然様ダー! 社界に吹雪をもたらす冬將軍、それが吾輩ですぞ~!」

「チャームポイントねえ。地じゃないんですよね、どうせ。だっての人じゃないですか」

ロナ……。

気合をれたファッションにツッコミをするのは野暮というもんだぜ。

服はの一部なのさ。

見ろよ、冬將軍が震えているぜ。

「むむむ、いけませんなあ……そこはデリケートゾーン。我輩の凍てつくような乙心が溶巖にポチャンしてしまいますぞ~!」

「うーわ、くっそめんどくさ……社界に吹雪ってそれ、ってるだけじゃん」

「冬だけに、湖に氷が張るってか。お前さん、やるようになったじゃないか」

「全ッ然嬉しくないんですけど。怒りますよ? この前の依頼も無茶ぶりしくさって、あのあと大変だったんですからね? クラサスさんが頼んでもいないのに講釈垂れて、線しまくって……せっかくあたしが勇気を出して告白したのに、あんたはすぐにはぐらかして、それこそ、あたしは駄目男から離れられない都合のいいみたいじゃないですか。いつも思うんですけど……」

躾のなっていない駄犬め。

いつか上質な首を用意してやる。

「……あの、聞いてます? マジで怒りますよ!」

「ぬふふ! 既に怒ってますぞ~!」

ぽすっ、と音が個室に響いた。

ロナの拳が、冬將軍のみぞおちにめり込んだ音だ。

「あんたも茶化すな! 毆りますよ!」

「す、既に毆ってますぞ……!」

「はぁ、はぁ……」

俺はロナの肩を抱き、親指で冬將軍を指し示してやる。

「どうだ、ロナ。これがドブの神様だ。金に食い付く魚を飼っていて、數百人のドブさらいの軍勢を従えている」

「それだけ聞くとくっそしょうもない話ですよね」

「我輩を、神様と……!?」

「なんだ。ハラショーエルフの連中に神様というのは、褒め言葉なのかい」

その問い掛けも皮だったんだがね。

どうやらハラショーエルフはそれすらも無視する心づもりらしい。

「いかにも! 我輩はシティエルフですが、ノーザン・エルフ達にとっては最高級の褒め言葉ですぞ!

幽玄なるしさを湛えた者という意味合いですな! 実質プロポーズですぞ! ウウム、大膽ッ!!

いやはや、斯くも熱的な人間の殿方と、こうして相見えようとは我輩、夢にも思いませんでしたぞ~!」

……まあ、その。

流石は社界の冬將軍。

度し難いぜ。

次の會合までにスケート靴を買っておく必要があるらしい。

とりあえず、この髭面のエルフはドブの神様で間違いない。

それも、とびきりの食わせ者だ。

油斷すれば水底で氷漬けにされちまうぜ。

「依頼の詳細を教えてもらおうか」

依頼書をはためかせ、俺は一言だけ告げる。

俺にとっては、これだけが現狀の最適解だ。

どうしてトンガリ耳は、変な奴ばかりなのかね?

人間様の良識が通用しそうな奴を寄越せよ。

遊び甲斐がないってもんだぜ。

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