《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Task5 紗綾を教導しつつ、最終決戦のアイデアを練れ

この俺様の華々しい家庭教師デビューから翌日。

お嬢様が個人的に興味のある分野を、俺が教える事になった。

せいぜい一般的なワンルームのリビング程度の大きさしかない會議室だが、俺達三人で使うならむしろ広すぎるくらいだ。

ちなみに、ゆうべはロナが夜這いしに來た。

俺が宛てがわれたデスクとにらめっこしているのを見て、そそくさといなくなっちまったが。

あの時の殘念そうなツラは、しばらくは忘れられそうにない。

「――つまるところ、悪役とライバルは広義において“敵役”に分類できる。これを公式にすると、こうだ」

俺はホワイトボードに、以下の二つを書き記す。

“悪役⊆敵役”

“ライバル⊆敵役”

お嬢様とロナは、神妙なツラで頷いた。

「オイラー図で書くと、こう」

大きな丸の中に小さな丸を一つ書き足した。

大きいほうに“敵役”と書いて、小さいほうに“悪役”とれる。

「更に、ベン図も付け足そう。正しいかどうかはさておく」

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悪役の隣にもう一つ小さな丸を書く。

これは大きな丸からしだけはみ出し、中に“ライバル”とれる。

“悪役∩ライバル”の図式を作った。

「ここまでは解るかい」

「え、ええ。なんとなく……」

「ロナは、どうだい」

「集合論を知ってた事に驚きましたよ。ちょっとマーカー借りていいですか」

俺がマーカーを差し出すと、ロナは立ち上がってホワイトボードの前に立つ。

得意げなツラをしているが、それも道理だろうさ。

俺はあくまでたしなみとして集合論をかじっているに過ぎない。

「これが、こうで……ライバルは好敵手や宿敵としても分類できますよね」

ライバルの丸の中から二つ線を引いて、それぞれに好敵手・宿敵と書き加えた。

「で、ゲーム中で本來、紗綾さんが求められていた役割は、この悪役の部分と」

「その通りですわ」

「ところが、今この時點での紗綾さんは、できれば好敵手くらいの立ち位置がいいと」

ロナが“好敵手”をマーカーで叩くと、お嬢様はゆっくりと頷いた。

「……らしいですよ、スーさん?」

「伝承と史実は違う。好きなようにすればいい」

何はともあれ、これで確信が持てた。

今に至るまで、俺はお嬢様と何度か話し合ってきた。

本當に早草るきなと戦うのか。

お前さんはどのようなポジションが好きなのか。

今後も臥龍寺紗綾で在り続けるのか。

全てにおいて、返答に矛盾は見られなかった。

間違いなく、お嬢様は更生・・をおみだ。

だが、世の中には“與えられた仕事”ってもんがある。

そいつをこなしてからでも遅くはないんだぜ、お嬢様。

「さて、余興はここまでにしよう。次は的な戦い方を指南していく。公式試合のテレビ中継は見てるんだろ?」

「もちろんでしてよ! 全て録畫済みですわ。合間でロナさんと見ましたもの。ね、ロナさん!」

を張るお嬢様。

貓背のまま皮げに口元を釣り上げるロナ。

「退屈はしませんでしたよ。これがバスケやサッカーだったら寢てたかもしれませんけど」

「俺も見たが、あんなのは剣と魔法の世界に住んでる連中にとっちゃ、棒倒し大會みたいなもんだろう」

「否定はできません。それで? 戦う相手のデータとかはあるんですか?」

「るきなだけなら、前の・・お嬢様が部下にやらせといたらしいぜ」

お嬢様は鞄からタブレットPCを取り出す。

黒と緑のツートンカラーに金のエングレービングが施された奴だ。

「イレギュラーは想定すべきと考え、念のため他の魔法も調べさせましたわ」

PDFファイルを開く。

魔法共のそれぞれが使う魔法、得意な戦法、格などが事細かに記されている。

ざっと10人か。

ガキばかりでちっともそそらないが、そんなガキ共がいっちょまえに苦悩してみせるのは馬鹿にするべきじゃあない。

赤子が階段を一段登るのにも一苦労であるのと同じだ。

とりあえず數が多すぎて、全部は覚えきれん。

まとめてかかってきたら、お嬢様一人じゃあ勝てないだろうな。

「原作に登場したプレイアブルキャラは、これで全部ですわ。ついでに、攻略可能キャラも調べさせておきましたの」

こっちは6人。

なるほど、男も男でハンサムなツラが揃い踏みだぜ。

そのうちの赤のタフそうな坊やを、ロナが指差す。

勤勉実直、スポーツ萬能。

趣味はダーツ。

両親ともに酒に強い。

古い時代の、男の理想を形にしたような野郎だ。

珍しいね。

「この人が剣貫一さんですか。紗綾さんが言ってた、メル友の」

「ええ……あくまでただのメル友ですわ。告白は、この時點ではしていない筈」

「気がついたら付き合ってたなんて、笑えませんもんね。人くらいは選びたいです」

「まったく、その通りですわ」

「そういうわけなんで、よろしく。スーさん」

ロナの奴は無表のまま片手を上げて、改まった事を抜かしやがる。

どういうわけでよろしくなんだよ、なめやがって。

その死んだ魚のような目を、いつか満天の星空にしてやる。

「ちなみに、こっちの滝岡博平たきおか はくへい、通稱“タピオカ”が、この世界でのるきなの人ですわね」

続いてお嬢様が指差したのは、髪の青いおとなしそうな坊やだ。

現実主義者だが、溫和で共能力も高い。

趣味は読書とサイクリング。

特技は家庭料理……だそうだ。

これで十年後くらいにいい給料を貰っていれば、嫁になりたい奴らが押し寄せてくるだろう。

「いいかい。ストリートファイトなら、そのタピオカって野郎が応援する事も考えられる」

「どうせまた人質作戦ですよね」

「やらねばなりませんか? わたくし、そういうのは……」

「いや。小細工は無しにしようぜ。ターゲットだけを、正面から叩き潰してやれ。

その上で、もしタピオカの奴が庇いに來たら、まとめていたぶってもいい。お嬢様の目的とは関係ない」

ためらうならば、それはそれでいい。

俺の仕事が一つ増えるが、些細な問題だ。

いわく原作・・では、決著をつけるのが屋敷の前らしい。

きっかけは、こうだ。

お嬢様の刺客を次々と打ち倒していくうちに、攻略対象キャラとやらが攫われる。

るきなはすぐに、お嬢様の仕業と斷定する。

何故なら、挑戦狀が屆けられるからだ。

“ごきげんよう。

あなたの想い人は今、わたくしの所へお越しになっています。

なんでも、あなたとわたくしの戦いを止めたいとの事。

ちょうど手駒も盡きてきた頃合いでしたから、好都合ですわね。

屋敷にてお待ちしていますわ。

あなたの想い人と、一緒にね!

――臥龍寺紗綾”

……という容だ。

これはこれで悪くはないんだが、俺なら別のやり方を選びたい。

さしあたって、どうやってあの魔法を焚き付けてやろうかって所だが。

今はアイデアが無い。

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