《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Result 06 帝の頭は二つある

早草るきなとの戦い、そして和解から、早くも三日が経過している。

臥龍寺紗綾は、自室のベッドで空を眺めていた。

あの後、紗綾は泣き崩れながら「ごめんなさい」とうわ言のように繰り返した。

誰に言うでもなく放った獨白を、誰も咎めたりはしなかった。

どころか、るきなは優しく肩を抱き、こう言った。

「不用にも程があるよ……でも、ありがとう」

紗綾はその時「違うの! あんなのは、でまかせ!」とは口に出せず、飲み込んだ。

原作ではどうあれ、今の紗綾をかしている元イラストレーターのは、どんな形であれ、なるべく早草るきなとは戦わない方向で考えていたのだ。

ダーティ・スーの言葉は説得力があり、異界からやってきた死の商人といった風格を憾なく漂わせていた。

ゆえに、あの噓を誰も疑わなかった。

異界から來たのなら、証拠など殘せるはずも無いのだ。

――“極端な事を言い出したら、100パー演技だと思っていいです”

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ロナと風呂にっていた折に彼の殘した言葉が、紗綾の脳裏をよぎる。

男が支配する世界だの何だのというのは、結局の所はあのダーティ・スーが自ら罪を背負う為の方便だったのだろうか。

今となっては、遠い異世界へ戻っていった彼に確かめるすべなどあろう筈も無い。

萬一、彼に會えて問い詰めてみた所で、きっと涼しい顔ではぐらかすに違いなかった。

「……よし!」

いつの間にか頬を伝っていた涙を拭い、己の頬を軽く叩きながら、紗綾は部屋を後にする。

思い立ったが吉日とばかりに、彼は執事の部屋へと走った。

ノックもせずにドアを開け、高らかに宣言する。

「ごきげんよう! わたくしですわ!」

執事は突然の來訪に目を丸くする。

本來であれば紗綾は、あと一週間程度は安靜にせねばならない筈だった。

魔法による回復は、外傷であればすぐに済ませられる。

だがあの時の紗綾は、両肩と肋骨を骨折していた。

ましてや臥龍寺財閥傘下の研究所で作られたまがいの魔法をそのに宿した所で、本の魔法が得られる回復力には到底及ばないのだ。

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「……お嬢様、もうよろしいのですか?」

「見て判りませんの? 完全回復ですわ! オーッホッホッ――ゲホッゲホッ」

「もうしご自ください、紗綾お嬢様!」

咳き込む紗綾の背を、執事は優しくでる。

紗綾は落ち著きを取り戻し、執事をゆっくりと押しのけた。

「爺、早草るきなさんがいじめられている形跡は?」

報部からは特に報告がありません」

執事は紗綾の意図を理解しかねたが、それは紗綾自も織り込み済みだった。

「ご本人にとっては余計なお世話かもしれませんけれど、わたくしにも矜持というものがありますわ。

恩義には報い、今後彼が対応しきれない脅威が現れた際は、全力でそれを排除せねばなりません」

これは紗綾の中にいる彼・・が、この世界に転生してからずっとやりたかった事でもあった。

だが、それだけでは足りない。

更なる鍛錬を積んで、偽だろうと借りだろうと、力を自分のものにせねばならない。

まだ全てを學んだとは思えない。

やるべき事は山積みだ。

だから、彼は次の命令を下す。

「それともう一つ。報部に、ビヨンドについて調べさせなさい」

「まさか、ダーティ・スーについてですか。しかし……」

言い淀む執事に、紗綾は仁王立ちで応じる。

「彼があの程度で死んだとは思えませんもの。対策を講じる必要がありますわ」

私自・・・の、湧き上がるに対する。

紗綾は中にて、そう付け足した。

―― ―― ――

その日の夜。

いつもとは違う夢だった。

真っ白な空間に、丸テーブルと二人分の椅子、それと二人分の紅茶がある。

片方の椅子に座っているのは、見慣れた姿だった。

「あなたが本來の臥龍寺紗綾さんですわね?」

堂々とした優雅な振る舞いで紅茶を飲む本來の・・・紗綾を見て、今の紗綾をかしているは確信した。

本來の紗綾が立ち上がり、スカートの両端を摑んで一禮する。

「代理人のお勤め、ご苦労様ですわ。この口調、疲れるでしょう。生前の通りでもよろしくてよ」

「今更、もう別に構わないけど……じゃあお言葉に甘えて」

口調を生前に戻しても、夢の中の自分の姿までは戻らなかった。

それでも彼は久しぶりに、生前の自分――加賀屋紀絵かがや のりえに戻った気がした。

「それより、どうして私を呼び寄せたの?」

「自分勝手な理由で申し訳ありません。負けて慘めな運命を辿るという未來を見てしまいましたの。それも、何度も、確信を持って……」

視線を落とし、憂げに口元を歪める紗綾。

紀絵はいまいち腑に落ちないものの、自の知識で一番近いものを挙げてみる。

「未來予知?」

「ええ。そうとも言いますわ。神を時空の狹間に飛ばし、シミュレーションをしてみましたの。

けれど、わたくし一人ではどうやっても、打破できなかった」

「私が死んだのは、その為に?」

「いいえ。偶然ですわ。直近で死んだ異界の魂の中では、あなたが一番、この世界との波長が近かった」

「じゃ、どう足掻いても私は死んでいたと」

「お悔やみ申し上げますわ」

「ま、激務が続いていたからね」

複數の仕事を掛け持ちし、無茶なスケジュールを斷行していた。

食事のお供はいつだって栄養ドリンクだった。

いつ死んでもおかしくはなかったし、家族は十年以上前に死別していた。

あの仕事に未練はあったが、限界を見極められなかった自分が悪いのだからと、紀絵は無理矢理にでも己に言い聞かせるほかなかった。

これが、両者が共有できる・・・・・記憶だった。

「そこまでは、覚えておいでですのね……」

紀絵は紗綾が意味深につぶやいた言葉を、はっきりと聞き取った。

が、その意図を測りかねていた。

「……それより、どうやって返そうか。この

紗綾は髪をでながら、橫目で紀絵を見やる。

「しばらくは、お貸ししますわ。存外に、わたくしを演じるのが上手ですし。それに……」

そして、いたずらっぽく微笑みながらを乗り出した。

「惚れてしまったのでしょう? ダーティ・スーさんに」

「あちゃー……バレちゃったか」

「當然ですわ。神が隣り合って一つのに同居すれば、筒抜けにもなりましょう。

ご安心なさい? お姉様の路はわたくしも・お手伝いしますわよ。この夢の中で」

ではどうして、紗綾の考えを紀絵は見る事ができないのだろう。

聞きかじった知識によれば、解離同一障害――いわゆる多重人格というのは、上位の人格が他の人格を把握できるという。

おそらく似たような狀況なのだろうと、紀絵は納得する事にした。

「HAHAHA……お手らかに頼むよ」

“お姉様”と呼ばれるのもいいなと思いつつも、紀絵は紗綾に握手を求める。

紗綾は満面の笑みで握り返した。

「……あなたは、わたくしを救ってくれた。本當の高貴な生き方を教えてくれた。

借りは必ず返すのが、臥龍寺財閥の流儀ですわ。いずれお姉様が旅立ったら、この世界はわたくしにお任せくださいな」

相変わらず、素直ではない。

だが、原作の臥龍寺紗綾より幾らか長した姿が、その表からはじ取れた。

―― 次回予告 ――

「ごきげんよう、俺だ。

司祭様ってのは食わせ者が多くて困るね。

それに付き従う間抜け共も大概だ。

善は善で、悪は悪。

コインを橫から見ようともしない。

だから歪みに気付かない。

俺に言わせりゃ、宗教もドラッグもさして違いは無い。

病み付きになればオシマイさ。

さて、ここは依存癥のスペシャリスト、冬將軍にご登場願おうかね。

次回――

MISSION07: 策謀渦巻く樹海

さて、お次も眠れない夜になりそうだぜ」

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