《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Intro 不穏なる者達

「マキト、この道で間違いないのだな?」

騎士イスティ・ノイルは、隣に立つ魔法使いの年に尋ねる。

「地図によれば、その筈だけど……」

魔法使いの年津川巻人つがわ まきと――マキトは、首を傾げる。

その視線は地図と、緑の生い茂る跡とを行ったり來たりしていた。

「リッツとリコナは、どう思う? この辺の地形は詳しいと思うんだけど」

エルフのリッツ、貓人のリコナは互いに顔を見合わせ、それから同時に首を振った。

「わたくしは、あくまで故郷が森の中というだけで、ここの土地勘は無いです」

「殘念ながら、アタイも……ガキの頃は奴隷だったし、その後は街でこそ泥やってたし」

五人のうち四人は、どんよりと淀んだ空気を纏う。

先が思いやられるとは、まさにこの事だった。

だが、殘る一人は違った。

けないのう! 儂ならどんな鉱山でも瞬時に見抜いてやるぞい」

ふさふさのヒゲを揺らし、ドワーフはカラカラと笑う。

その様子を面白く思わないリコナは、耳と尾のを逆立てて牙を剝く。

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「あ゛? 今は森の中の話をしてんだろうが。ケツに鉄鉱石ぶっこんでろよ」

「あぁん、マキト! 儂、いじめられてる! 助けて!」

「喧嘩を売ったのはブロイじゃないか」

をくねらせて、ドワーフ――ブロイはマキトに泣きつく。

マキトはそれを冷ややかに橫目で見やり、リッツは溜息をつきながら肩をすくめた。

「窘めたって無駄ですよ、マキトさん。“オラモンドのブロイ”は忘れん坊の代名詞なんですってね」

一同は苦笑じりに進んで行く。

跡は広範囲に作られており、終りが見えない。

そろそろ引き返そうかとマキトが振り返るが、獣人リコナがそれを手で制した。

「あー、ちょい待ち。聲、聞こえて來ない?」

「ですね。行ってみましょう」

―― ―― ――

一行は、その聲の元をたどる。

そこには幾つもの切り株に腰掛ける複數の人々と、ひときわ大きい切り株を壇上にして教えを説く者の姿があった。

「――不穏なるが近付きつつありますが、決してそれに応じてはなりません。

罵る聲があれば優しく諭してあげましょう。武を手にやってきたなら、泉へ案してあげましょう。

飢える者には食事を與え、え太った者には寢床を與えましょう。

悪逆を為す者達に施す事は悪ではありません。靜寂の尊さを教え、そして私達の家族としてれる事こそが、森の神々の教えであり……」

リッツはその演説の容に耳を傾け、やがて確信したように頷いた。

「“森教もりきょう”ですか……」

「リッツ、何か知ってるの?」

「ええ」

マキトの問いに、リッツは頬を緩める。

殘る三名はリッツの長講釈の予に、揃って顔を見合わせながら肩をすくめる。

「故郷の近くの村に、そういう教えがありました。わたくし達エルフを人間が崇めるっていう教えです。

もう百年も昔に途絶えた筈……珍しい事もあったものですね」

「興味深いのう。儂も崇められてみたい。“石教”とか名乗って」

そう」

ブロイが冗談めかして言うのを、リコナが更に茶化した。

水を差されたブロイは、人差し指を咥えて首を傾げてみる。

「えー。駄目かのう」

マキトは彼らののなさに辟易しつつも、今は聲を荒げるべきではないと考えた。

今この場で出せる、自分なりの最適解は何か。

「……とにかく、目的の村である事を祈ろう」

マキトにとってそれは、ここまでのやり取りを放り投げて、前に進むよう促す事だけだった。

一行が森教の者達へと近付く頃には、司祭らしき老人が長い顎髭をなでてくつろいでいた。

だが、老人は一行の姿を見ると、すぐに立ち上がり一禮する。

「よくぞお越しくださいました。皆様を歓迎します。皆様の旅路に、森の加護のあらん事を……」

老人はの前で指をかし、上向きの矢印のような軌道を描く。

「「「森の加護のあらん事を……」」」

信徒達もそれに倣う。

リッツは興味津々といった様子だが、他の四名は呆然と見ているだけだった。

「“樹霊章”……世界樹を象った、祈りの印ですね?」

「よくご存知で」

リッツの問いに、司祭の老人は満足気に頷く。

呑気な會話に痺れを切らしたイスティは、司祭を睨んだ。

「日が暮れる前に本題に移りたいのだが、よろしいか?」

マキトは彼の肩を叩いて、それを諌める。

「イスティ、訊き方が良くないよ。えっと……ごめんなさい、司祭さん。その、僕達の來訪には理由がありまして……」

彼らがここへ來た、ただ一つの理由。

それは、とある人を打倒する為だった。

盜賊ギルドを離反した者達による麻薬売騒

ギズウィックから走し、森に迷い込んだ奴隷。

ルーセンタール帝國から派遣された帝國兵団先遣隊の失蹤。

跡に近寄る者達を次々と葬り去る“キラーラビット”と呼ばれるモンスター。

それら全てを辿っていくと、どれもが彼に辿り著いた。

今や多大な恐怖と共に“落日の悪夢”の異名を轟かせる、ダーティ・スーという仇敵。

彼を、今度こそ仕留めねばならない。

「よし! 盟友に恥をかかせた罪、償わせてやるぞ!」

「イスティ。落ち著いて。森教の人が見てるから。不穏がどうとかって言われてるから」

マキトはイスティの決意を理解しつつも、胃薬がしくなっていた。

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