《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Extended4 再起の時まで

「のう、マキトよ……此度の依頼は、儂らには荷が勝ちすぎていたと思うか?」

ブロイは木のっ子に腰掛けて、そう問いかける。

僕はゆっくりと頭を振るしかなかった。

「判らないよ……僕には戦いの才能も無ければ、権謀數を見抜くだけの勘の強さも無い」

イスティは泣いていたし、リコナはむくれていた。

リッツは今まで見たこともない怒った顔で黙り込んでいた。

まともに話ができそうなのはといえば、僕とブロイくらいだった。

でも……。

「果たしてそうであろうかの……お主にはなくとも、戯れ言に皮で返せるだけの冴えた弁舌がある」

でも、僕はいじけていた。

「それだけで渡り歩けるなら、冒険者はボロい商売だよ。みんなを纏められるだけのリーダーシップも無いし、結局……」

死力を盡くして臨んだ筈の戦い、意表を突く為に必死に考えた筈の策。

そんな抵抗は虛しく、そして殺す価値すら無いとまで言われてしまった。

僕は……本當に続けるべきなのだろうか。

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魔法使いというのは、便利屋としての仕事を請け負う人達もいる。

商人の荷馬車に同乗して、や魚を冷やし続けるとか。

日暮れ時に家々を回り、湯沸かしをしていくとか。

戦えるだけの魔力を持たない人達は、そうやって稼いでいる。

いや、そこまでやらなくたって、ダーティ・スーと関わらなければ別に問題ないのだ。

あの戦いの最後、僕は朦朧とした意識の中で一つの思念をけ取った。

サイアンからの念話だった。

『ボクなら大丈夫だから。って、ごめんね』

それから、幾つものイメージが注ぎ込まれた。

サイアンがどのように生まれたかという概略。

ジョジアーヌ・エヴァン・ドラクロワという貴族への憑依に始まり、戦いの日々から転落……彼が奴隷達を解放したのは、実は魅了でっていただけという事実。

何一つとして、僕は真相に辿り著いてなどいなかった。

あれが正しければ、サイアンが追われたのは自業自得だったのだ。

そうとも知らず、あまつさえ、僕自られていた事にも気付けなかった。

「僕は、引退したほうがいいのかもしれない」

急に空気が変わった。

驚いたのかな。

今更、驚く事でもないと思うけど。

イスティだって、さっき言っていた。

『私は降りる。ここで暮らせば安息も得られよう。森教への宗旨替えも悪くない。

私など、らしく子を産み育て、絵本を読んでいればいいのだろう……』

と、涙ながらに。

僕も便乗して辭めるだけだ。

正直、殘った三人に加えて新しい魔法使いでも雇えば、それほど不足のあるパーティでもないだろう。

「わたくしは……続けますよ」

僕の目を見據えて、リッツはを噛んだ。

勝手に続けてくれればいい。

足手まといの僕がいるより、しは上手くやってくれるだろう。

「……止めたって無駄だよ。僕は心が折れた」

「そうですか? これを見ても?」

そう言って見せてきたのは、何やらきな臭い容の命令書だった。

麻薬の栽培?

村に持ち込んで中毒者を増やして、宗旨替え?

麻薬を理由に村を殲滅?

……武力で制圧するよりも、よりいっそう悪辣なやり口だ。

「でも」

「でも?」

「それに抗えなかったら、それまでだ」

「まあ、なんて冷たい!」

リッツは目を丸くした。

リコナは逆に、眉間にしわが寄りすぎて目を細くしている。

「おい、マキト。これが本かどうかは、詳しく調べりゃ判る。後ろで何がいているかも」

「だから、僕と何の関係が?」

「ダーティなんちゃらはとりあえず放っといて、こっちを調べる価値があるんじゃないかって話だよ」

「才能のない僕なんかで、力になれるの?」

「アンタ……っ!」

リコナは黙りこんだ。

両目には今にも溢れんばかりに涙が溜まっていて、僕は顔を逸らそうとした。

「ああああああ、もう! めんどくさいな!」

そして、僕は思い切り顔を引っ掻かれた。

今までそんな事、一度もなかった。

じわじわとやってくる痛みで、思考がしずつ冴え渡っていく。

「リコナ。仮にも私のフィアンセだぞ。嫁り前の顔に傷をつけるとは!」

「アンタそういう柄じゃねェだろ! いいから聞けよッ!!」

顎を摑まれた僕は、リコナから目が離せなかった。

「才能云々とか、持って生まれた何かを理由に不貞腐れてんじゃねぇよ!

アタイも昔はそうだったけどよ! でも、そのドン底に手を差しべて、日の當たる所に連れてってくれたのは誰だよ?」

「誰だっけ」

ずい分昔のようにじる。

……あの時は確か、僕はスリの犯人を追いかけていた。

犯人は、リコナだった。

はその街での収穫をリーダー格の奴に上納していて、僕達はその組織に喧嘩を売って壊滅させたんだっけ。

リコナは晴れて自由の

いざこざを起こした以上は街にいられなかったし、解放のお禮も兼ねて僕達に同行してくれた。

けれど……本當にそれで良かったのかは、今にして思えば疑問が殘る。

もっと本的な解決方法があったかもしれない。

貧困が原因でスラムと盜賊ギルドが生まれたなら、貧困をどうにかすべきだった。

だから僕は、敢えてぼかした。

「すっとぼけんなって。昔のアタイは、あの街でずっと腐っていくだけなのかなって、それしか考えられなかった。

マキト。アンタだろ、アタイを真っ先に見付けてくれたのは。その……嬉しかったんだよ……?」

はもう、泣いていた。

くしゃくしゃになった顔を隠そうともしないで、まっすぐに僕を見據えて、リコナは続ける。

「今でも、お、思い出して、泣いちまうくらいにはさ、は、ははっ……」

そう言って、リコナは僕のに顔をうずめた。

滴り落ちる涙がローブに染みこんで、ひんやりとしたが広がっていく。

そのせいで僕は、余計にが苦しくなった。

泣かせてしまった罪悪のせいで。

「私以外のを泣かすとは、紳士の風上にも置けん奴だな」

「だろ? アンタもそう思うだろ? イスティ!

だからさ、助けてくれよ! 放っておけば何処に行くか解らないアタイらの手綱をしっかり握ってくれよ!」

みんな……。

「……ごめん」

「あー、そうですよねー、知ってたよ。引退の決意は固いんだろ? いいよ、じゃあリッツとブロイの三人でおっかなびっくりやって――」

「――そうじゃない。心配かけて、ごめん」

そっと、リコナの肩を離す。

僕は目を逸らさず、しっかりと彼を見た。

対する彼は、すっかり目を丸くしていた。

「おーい? 変わり早過ぎるだろ! 手の平にからくりでも仕込んだのかよ!」

「そうではない。確かにリコナの言う通りだ。謎を野放しにしたままでは、私もマキトも枕を高くして寢られん」

橫合いからイスティの聲が掛かる。

「では、ご一緒して頂けますね?」

「無論。そうだろう、マキト」

「……うん」

「アンタら、ほんとに調子いいな!」

靜かな森に、笑い聲が響き渡った。

ひとしきり笑ってみんなが落ち著いてきた後も、ブロイだけは肩を揺らしていた。

「まったく、泣き落しとは隨分と初歩的な手に頼るのう」

「うっせぇ、ジジイ。アタイの涙は安かねぇんだ! 見料はしっかり頂くかんね!」

まったく、どうかしてた。

強いかどうかじゃないんだ。

能力はともかく、思い出に代わりなんて無い。

僕は、僕でしか在り得ない。

「では、公約通り酒でも呑みわすかのう」

「ねえ、リッツ。珍しくブロイが自分の言葉を覚えてる。明日は雨かな」

僕はリッツに問いかける。

「いいえ、晴れですよ。酒と鉱石に関しては、誰よりも覚えが良いのですから」

「それもそうだね……ぷ、くく……あははは!」

「マキト!? 何も笑う事は無いじゃろうに! あぁん、イスティ、マキトが酷い!」

「自業自得だ! 酒を寄越せ! 今夜はとことんまで呑んでやる! 村長共に不穏だ何だと誹られようと、知ったことか!」

もうしだけ、自分の可能に賭けてみよう。

僕はそう、決意した。

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