「ヒャッハァーッ！！」

「ホッホォーッ！！」

アメリカ大陸某所。

初夏の夕暮れ時に、奇聲めいた雄びが木霊する。

本來、山にトンネルを開けたその線路は、貨列車だけが往來する筈だった。

しかしどうした因果か、およそ似つかわしくない存在がバイクに乗って走していた。

その數たるや、十や二十ではない。

どこから集まってきたのか、スキンヘッドに筋骨隆々な逞たくましくも悍おぞましい輩が徒黨を組んで走っている。

それらを逐一相手取っては、弾も力も足りないだろう。

だから、先頭を走る彼は、路線への被害も顧みずに手榴弾を投げた。

「ああああアアアァァォォゥッ！！」

ドミノ倒しが如く、転倒したバイクに突っ込んで巻き添えを食らう賊共。

その下手人は生來の鉄面皮を微塵もかすことなく、目標へと追いすがる。

……大統領を乗せた、あの列車へと。

懐に手をれ、拳銃の手りを確認する。

M15ジェネラル・オフィサーズ。

コルト社の傑作自拳銃M1911――通稱ガバメントを短銃化した、コンパクトモデルだ。

安定した能はそのままに、取り回しが優れている。

裝填數は7発で、初速は秒速245メートルを記録する。

コンシールドキャリー・ピストルにはありがちな問題として裝填數に不安は殘るが、マガジンをれ替えるだけであるから、回転式拳銃よりは速能で優れている。

「……ロイド・ゴース、追跡を再開する」

『了解。くれぐれも、振り切られないように』

腕時計から聲が出る。

これは腕時計型多目的デバイスであり、その通信機能を使っているのだ。

聲の主は高能バイクおよび多目的デバイスの開発者、ブルース・キース。

CIA兵開発部門に務める、凄腕の発明家である。

「ヘリならすぐだったろう」

『トンネルが多いからね。上は、運悪く墜落して人の丸焼きができるのを嫌ったらしい』

「難儀なものだ」

いかに個々人の裁量をある程度は鑑みる方針とはいえ、許可が降りなければそこまでだ。

今回は上層部が難を示した為に、バイクでの追跡となった。

ロイドからすれば、早々に貨列車に乗り込んでしまいたい。

だがおそらく上層部が恐れているのは、拉致事件が見する事なのだろう。

先日も英國のほうで王が危うく拉致されかけたのを、MI6が全力で阻止したという。

大統領の拉致は混を避けるためにまだ表沙汰にはなっていない（つい先程さらわれたばかりだ）が、いずれ白日のもとに曬されることだろう。

そうなれば、天下の合衆國の面目は丸潰れだ。

……などとCIAの局長は顔を青くしていた。

ロイドとしても英國の手を借りるのは癪だ。

協調路線と銘打って何をねじ込んでくることやら。

口さがないマスコミなどは、無遠慮にも「天下のアメリカも親の手を借りねば國の象徴を取り戻すのも覚束ない」などとまくしたてるに違いない。

特に、フランスだ。

紅茶の飲み方一つ取っても下品さの際立つ彼らに、いちいち口出しされてはたまったものではない。

（無論、國際問題に発展するリスクを鑑みて、ロイドはそれらを中にて述懐するに留めている）

『それと不確定報だけど、列車には組織の雇った用心棒がいるらしい』

「冷なイルリヒトの連中も、ようやく人手不足を痛したか」

ロイドは皮げに笑う。

彼らの敵――國際的犯罪組織イルリヒトは、失態を犯した部下に対して過剰なまでに不寛容だ。

何かにつけてボスが粛清をする為に、半年で一つの部門が人事総れ替えなどという事態も発生している。

自前で教育した戦闘員ではなく、ついには傭兵まがいの流れ者を雇いれるとは。

よくもこれで側から瓦解していかないものだ。

『その彼らが雇ったとあれば、相応に腕が立つと見てもいい』

「変な気を起こされる前に、決著を付けねば」

何せ、世界規模を牛耳るマフィアだ。

いかなる手段でも、目的を達しようと考えるだろう。

いよいよ、列車の後ろに辿り著くといった所だった。

ロイドは咄嗟にバイクを破棄して跳躍し、左手を最後部車両に向ける。

ワイヤーの先端に付けられたフックが車両の壁を突き破ると同時に、バイクが何かに貫かれて散した。

「……危ない所だった」

線路のらかさを活かして靴底の磨り減りを最低限に抑えつつ、ワイヤーを巻き取っていく。

跳んだ時に微かに鼻腔を突いたオゾン臭は、何らかの學兵によるものだろう。

しかし誰がそれを使ったのか。

ロイドに、それを知るすべはない。

そして、それを使った相手こそが件の用心棒であるという事も。