《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Task7 縦室を確保せよ
「ど、どどど、どうします……?」
ロナの奴、まるで生まれたての仔鹿だ。
足がで震えてやがる。
頼むからその格好でションベンらすなよ。
せっかくのスカートが臺無しになっちまうぜ。
「途中でコントロールを奪えばいい。奴の格なら、オートパイロットには絶対にしないだろう」
「あ、あいつ取っ捕まえるなり倒すなりした後、輸送機は、だ、誰が縦するんですか……まさか縦した事あるんですか」
俺は、満面の笑みを浮かべてロナの両肩を摑む。
「お前さんと同じさ」
「つまり縦経験は無し、と……」
「だが策はある」
スキルの購オーダーだ。
魔法は制限されているが、懐中時計からメニュー(文字通り、レストランで見かけるような形の)は呼び出せる。
ビヨンド以外が見ていない、という條件付きだがね。
俺はメニューから、航空機縦を選ぶ。
……機種限定かよ、手間掛けさせやがって。
とにかく、これで縦できるだろ。
さて、ここからどうやろうか。
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「輸送機の構造について一から十まで説明するかい」
「け、けけ、結構です……ッ!!」
「まあ、俺もそういうのは別にいい」
振り返って見てみれば、ロナは真っ青なツラで口元を押さえていた。
これまでの経験から察するに、高所恐怖癥じゃあなさそうだ。
高いところに登るのは何度もあったが、こんなに酷いのは初めてだ。
じゃあ乗り酔いかね。
「戦闘機で戦うよりは、勝算はある」
この輸送機だって、どうせ教授の発明品で強化してあるだろう。
前世みたいに通事故さえ無けりゃ大丈夫さ。
ハッチの開閉スイッチを押して、閉じる。
その間にバスタード・マグナムに通常弾を全て裝填して、これでよし。
流石に、プラズマ弾頭を無闇に使って機をオシャカにするのは気が進まない。
「もうちょっと我慢しな。二人がかりなら、善戦できなくもない」
俺達は、そろそろと歩く。
甲高いエンジン音と、轟々とうねる空気の音。
どちらもが、壁越しに聞こえてくる。
間近で聞くにしたって、銃聲が無けりゃ靜かなもんだ。
これが嵐の前の靜けさだと知っているからこそ、嫌になるね。
何が嫌だって、の高鳴りが収まらない事だ。
レジェンドガール早草るきな……あの魔法以來の強敵と戦える。
あのスパイ野郎の正義を、どうやって検証してやろうか。
そして、いよいよその時がやってきた。
立ちはだかるスパイ野郎。
オートパイロットにしてあるって事かい。
ある程度は手にしておかなきゃ、まずいんじゃないかね。
遅れて、ロナもよたよた歩きでやってきた。
「……タダで行かせてはくれないか」
「當然さ。俺はお前さんの、熱烈なファンでもあるからね」
俺は、両手を広げるポーズから、一瞬で銃を抜いて構えた。
赤く染まった西日が、左側の窓からを差し込ませていた。
空母は大西洋に向かっている筈だ。
西日が左側に見えているなら、南に向かって進む事になる。
方向音癡にスパイが務まるわけがない。
他にも、わざわざあのタイミングで通信機が音を立てた理由。
どうしてすぐに出しなかったのか。
時間稼ぎだと思えば全てが繋がる。
そして導き出された結論は、ただ一つ。
……この野郎、偽者だ。
手の火傷が數日で治ったのは、俺の勘が正しければ超常的な何かで治したのか、最初に俺が出會ったのは本のロイド・ゴースだったという事。
こいつが顔まで斷熱されていたのは、決してそういうクリームが製薬會社から発売したわけじゃあない。
マスクを被っているだけさ。
「なあ。お前さん、ビヨンドって言葉は知ってるかい?」
「“越える”という意味くらいは。それが何か?」
「しらばっくれるなよ、兄弟……」
パチンッ。
指を鳴らせば、ロナがスモークグレネードを投げる。
「さっきのお返しさ」
ズドン!
スパイ野郎は、そこらのぬるい・・・奴とは一線を畫する奴だ。
躊躇したら俺が死ぬ。
全力で殺しに行く姿勢じゃないとな。
狙ったのは眉間だ。
避けられても別に構わんさ。
ロナには、援護をお願いしよう。
サーマルセンサーグラスをロナに手渡し、肩を軽く叩く。
「縦室か非常扉に逃げそうになったら、遠慮無く撃て」
このき方なら、縦室も確保できる。
縦するのは俺だが、ロイドを始末してからでも遅くはない。
「……」
これで俺は目・を手放した。
ロイドがどこにいるかは、耳でじるしかない。
だが、もう充分だ。
奴の歩き方、足音、息遣い、全てを俺は既に知っている。
銃撃に対して右側に避ける癖がある事も!
ズドン!
座席に風を開ける音が聞こえる。
もう一発だ!
ズドン!
「早くしないと、せっかくお膳立てしてやったスモークが晴れちまうぜ」
流石に、挑発に乗るほど単純な相手じゃない。
左、右、左で合計三発の銃弾を叩き込む。
殘り一発。
リロードすりゃ済む話でもない。
時間稼ぎは、ここまでだ。
奴は、まだ撃ってこない。
俺は奴のすぐ近くにまで近付き、そして容赦なく蹴倒した。
ついでに拳銃は放り投げておく。
奴の首元に指をかけ、何かが爪に當たった事で俺は確信した。
そのまま、剝がそうとする。
「やめろ、この!」
じたばたと暴れる、哀れなスパイ野郎。
さあ、お前さんの化けの皮はもうすぐ剝がれる!
そしてスモークも、晴れていくのさ。
さて、その中は何だ?
「……へえ、いいツラだ」
スキンヘッドでは薄く、鼻を取ったようなツラだった。
格さえ合えばどんなマスクも付け放題じゃないか。
「もっとグロい顔かと思いました」
隣にやってきたロナは、興味深そうに覗きこむ。
剝がし終わったマスクをロナに投げるが、ロナは上を逸らして避けた。
まあお前さんの格なら、の付いたマスクはりたくないだろうよ。
「……何故、私がビヨンドだと?」
しわがれた、高いのか低いのかよく解らない聲だった。
これが、こいつ本來の聲なんだろう。
「知りたきゃ俺を捕まえて拷問してみな」
得意げに推理を暴して不正解だったとしたら、笑われるだろう。
そいつは癪ってもんだ。
で、俺は次にこう問いかける。
「――お前さんの目的は?」
「ビヨンドを呼ばれたら、ビヨンドで潰す。それが私のルールだ。
今この瞬間だって、お互い黙っていれば、ロイドの影武者と謎の殺し屋との戦いで片付ける事もできる」
「ビヨンドの存在を知られるのが、お前さんにとって、どう不都合なんだ」
「あちこちの世界がビヨンドで溢れかえってみろ。力のバランスは滅茶苦茶になる」
なるほどねえ、一理ある。
だが、見落としちゃいけないがある。
「それがお前さんに、どう関係する」
「不愉快なのさ。私はそんな世界、あってはならないと思っている。
匿されている今だからこそ、各々の世界はその文明の純度を保っていられる」
「まるでナチスのアーリア人伝説だぜ。やりたいようにやらせりゃいいのさ。それで地獄を見るなら、奴らのおミソもその程度ってこった」
この野郎の言うことも結局は好き嫌いだが、この世界に出り止を覚悟して挑んでいるんだ。
何より、正直に好き嫌いを言えるというのはあらゆる世界で歓迎されるべき特だ。
……耳を傾ける価値は、ある。
「お前さんの正義は、検証してみたい」
――ドスン!
響いたのは、銃聲じゃなかった。
足元がぐらつくし、何やら焦げ臭い。
機ではひっきりなしに警告音が喚いている。
それはつまり、この輸送機が被弾したという事にほかならない。
「うおっと!」
隙を見て、骸骨野郎は俺の足を蹴った。
奴の足先から何かが飛び出て、バチバチとスパークする。
らなくてよかったぜ。
きっとけなくなる。
咄嗟に避けたタイミングでまた揺れた。
足を取られる俺とロナをよそに、骸骨野郎は拳銃を拾って距離をとっていた。
「逃げるのかい」
スパイ野郎は踵を返して、非常口に何かを取り付ける。
小さい発が、非常扉をブチ開けた。
「危機への備えは怠らない主義でね」
「その割には何度も足元を掬われてやがるみたいだが」
俺の問いに、奴は黙って飛び降りた。
もう目の前に敵はいない。
うねる風の音だけが、機に響いていた。
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