《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Extend3 仄暗い門

ちひろと出會ってから、三日が経過した。

あのフラッシュバックは毎日かと思ったけど、そうでもなかった。

來ない日が、一日だけあった。

冒険者ギルドから斡旋された依頼をこなす傍らで、報収集とイメージアップに勤しむ。

初夏の旅団はレジスタンスだけど、表向きはそれぞれ普通の職業に就いている。

宿屋、武屋、冒険者、教會の司祭、娼婦もいる。

俺とちひろの場合は、冒険者だ。

それが一番、俺達のに合っている。

特に、ちひろは々と気が回るから、人の心を摑むにはもってこいの逸材だ。

……降り人と、現地人。

王都アルヴァント帰參者連合と、初夏の旅団。

人間同士の戦いは、まだしばらく終わる気配を見せない。

そんな中でも、魔達はお構いなしにやってくる。

だから冒険者は、そういった世相で報収集するのに最適だ。

もちろん、道行く先で困っている人はことごとく助けた。

それこそが、本來の目的だったから。

ちひろと、そして俺の……。

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「よしっ! 次はクレストブルグ跡地に行ってみよー!」

「バーサクウッズの討伐依頼だな」

「そそ。ついでに道中を注意深く観察だね。地図見て。バツ印のところが、モンスターのよく現れる場所。

ゲームと違っていきなりポップしないから、その移元を調べてみたんだよね」

「さすがだな」

「まぁ、あたしにしては上手く行った方かな……評価B+ってところ」

昔に戻ったみたいなやり取りに、俺は思わず微笑んだ。

そういえばちひろは、昔からこういうデータ集めが得意だったな……。

基本的に、商人や旅の者は現地人である事が多い。

現地人のみんなは、ちひろについての悪評を吹き込まれていないようで、助けても睨まれたり凄まれたりしない。

逆に冒険者は、結構な割合で“降り人”である可能が高い。

その半數が警戒心をわにした眼差しで、ちひろを見た。

……半年以上前からのプレイヤーなら、ちひろの悪行を糾弾する記事をまとめサイトで見ている筈だ。

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ちひろのぶりについて。

次々と男を取っ替え引っ替え、二・三は當たり前。

金を巻き上げては高級ブランド品を買い漁り、気にらないプレゼントはオークションサイトに出品する……etc、etc。

ちひろを本人の次くらいにはよく知っていただろう俺だけが、その全てが造だという事を知っている。

あいつは、軽々しく自分のを誰かに許したりはしない。

彼らの誤解を解くためには、それなりに説明を要した。

それについて、ちひろはどうやら無関心らしかった。

特に思いに耽る様子もなく、何事もなく仕事を終えてゆく。

自殺に追い込まれた原因の一つだったのに、この・・ちひろにはそこの部分の記憶が丸ごと抜け落ちている、或いはトラウマとして認識していないようだった。

「「フリーザー・ショット!」」

俺の作キャラクターは作り直した後も相変わらず、レギュレーションが更新されたらそのつど極度に最適化されたステータスにリビルドを繰り返していた。

思い出を共有する相手がいなければ、こだわる必要も無い。

強さを求めないと、理想はし遂げられない。

……そう思いつつ、ヒール・スポットだけは何があっても外さなかった。

俺が置き去りにしてきた何もかもが、このスキルに込められている気がしたから。

だから――、

「うえっ、ヒザりむいちゃった……」

「ヒール・スポット!」

俺が唱えれば、ちひろの足元から木れ日のようなが湧き上がった。

みるみるうちに傷口が小さくなっていって、やがては消えていく。

「あれ? あきら、そのスキル……?」

ちひろは、きょとんとした表で首を傾げた。

捨てたはずのヒール・スポットを俺が使った事が不思議だったのだろう。

俺は、ちひろの手を握った。

「ちひろがかつて、俺と一緒にやりたかった事を、俺はけ継ぎたかった。それもまた、俺の償いだと思ったから」

「……そっか」

いつかの記憶と同じ言葉。

けれど、その響きは隨分と違って聞こえた。

の下がった、悲しげな微笑み。

「ありがと。つぎ行こ」

掛けてやるべき聲が、何一つ見つけられなかった。

―― ―― ――

のどかな森の中。

馬車に乗った、一家が手を振りながら去ってゆく。

子供達は口々に「ナインお兄ちゃん、ロナお姉ちゃん、ありがとう!」と謝の言葉を述べた。

「どうかご無事で」

「今度、食事でもしましょうね!」

俺も、ちひろも手を振って返した。

その後、顔を見合わせて互いに微笑む。

「ねぇねぇ、あきら。こういう時ってさっ」

「うん?」

「……はい!」

綺麗な白い歯を見せる、ニッコリとした笑み。

活発とは対極に位置するちひろの、最上級の歓びの表現だ。

そんなちひろが、顔ぐらいの高さで手のひらをこちらに向けてくる。

なんとなく解った。

ハイタッチだね。

「「うーい!」」

……。

「ぷっ……! ははは、あははは!」

「ははは! あー……懐かしいね、こういうの」

「ああ」

そうだった。

忘れてた。

忘れないつもりだったのに。

もう一度思い出したつもりだったのに。

この覚がしくて。

この覚が永遠に続くことを信じて。

俺は、それを獨り占めしたかったのかもしれない。

俺は靜かに、ちひろを抱きしめた。

「どうして、俺は忘れていたんだろう」

「最初の理想を掲げるだけじゃ辿り著けない目的とか、到達點があるから……きっと、忘れざるを得なかったんだよ」

優しい聲音。

見上げる視線は、慈に満ちていて。

まるで、俺の今までが間違いでないと肯定してくれているようだった。

……でも、それじゃあ駄目なんだ。

俺は、ちひろを一度死なせてしまった。

戻ってきたからといって、諸手を上げて歓迎していいのか?

顕良あきら、お前には償うべき罪があるだろう。

たった一人でそれを償わねばならない筈ではなかったか?

心の奧底で抗う聲を、甘く切ないが押し隠す。

もう二度と手を離すな。

これは、やり直すチャンスなんだ。

失われた過去は、新しい歓びで埋め合わせよう。

「なぁ」

「ねぇ」

重なる聲に、互いに驚いた。

「ごめん、先にどうぞ」

「えっとね。案外、あきらもあたしも、同じことを考えてたりして……いや、そんな筈ないか。先に言っていいよ」

「同時に言ってみよう。せーの――」

幾らかテンポがずれていたけど、それでも。

「「――もう一度、やり直そう」」

重なった言葉は、聞き間違えようがなかった。

―― ―― ――

「――それで、俺さ、あいつをパーティに勧したい・・・・・・・・・・と思うんだ」

冒険者の集う、薄暗い照明の酒場。

そのカウンター席で、バーテンダーの中年に報告する。

この中年も、初夏の旅団の構員だ。

現地人でありながら、俺達の出に快く協力してくれる。

ちひろを隅っこの席に座らせ、このような會話をする。

これはつまり、初夏の旅団に勧するという意味だ。

「まだ二杯目だろ、どうしたんだよ!」

「おーい、誰か手を貸してくれ! 今日に限って、どんだけ酔い潰れてやがるんだ! あっちにもこっちにも……」

「珍しいなあ、普段はもっと呑めるのに……」

なんて話を背中に聞く。

、どうしたというのか。

「これをお嬢ちゃんに持っていきな。俺の奢りだ・・・・・」

「ああ。念のため訊くけど、リキュールの分量を間違えてないよね?」

「秤の目盛りにはしっかり目を通している。心配なら味見してみな」

「どれどれ……うん、問題ない」

カクテル名“ステイシス”……これを奢りで出すというのは、俺がちひろをここに連れてくるまでに辺調査が終わっていないという符丁だ。

逆に辺調査が終わっていた場合、必要ない場合は“ホワイトグリント”を、自費で出すことになる。

俺は冒険者だが、探偵並みの調査能力までは無い。

だから専門家に任せるべきだし、俺が繋ぎ止めておけば第三者から怪しいきはよく見える筈だ。

せめてそこだけは非に徹したつもりだ。

また疑うのか?

いいや、信じている。

……今のところ、問題は無い筈なんだ。

四六時中、俺と一緒にいる。

スパイ行為はどうやったって無理だ。

ちひろと相席になって、早速カクテルを渡した。

カクテルが飲みかけな事については特に何も言われなかった。

薄暗いせいもあるのかな。

「これからも、よろしくな」

「うん。あたしなんかで良ければ……あまり役には立てないと思うけど、まぁ、頑張ってみるよ」

が締め付けられる思いだった。

そういえばちひろは、自信がなくて、誰かに認められたくて、自分の場所を探していたと語った事がある。

どうして忘れていた……!?

「――っ」

言葉にならない言葉を、俺は呑み込んだ。

水面から酸素を求めるように、ちひろに顔を寄せて、額を付けた。

「ちひろだからこそ、必要なんだ……!」

……俺は贖罪を嘯きながら、未練がましく縋り付いていただけだ。

この後に用意されていた、殘酷な結末を知ろうともせずに。

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