《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Extend4 裏世界へようこそ

薄汚れたスラム街。

元から破壊されて斜めになった古いレンガ造りの建の、その屋

伝いに歩いて、隣の建のはしごを下って、閉鎖された中庭へ。

中庭出り口に隣接した階段を下り、地下通路を通ってワイン倉庫跡へ。

ここが、俺の所屬する“初夏の旅団”のアジトの一つだ。

こんな奧まった場所にアジトを作ったりしたら、敵が大挙して押し寄せてきた時どうするんだろう。

なんて思ったりもする。

アジトは複數あって、バレたら場所を移す取り決めになっている。

で、各アジトの代表者が、中央部を介して連絡を取り合う仕組みだ。

代表者が一人でも帰參者連合側に通していたら、中央部でバレる。

「ひゃあ、結構歩いたねぇ……! 足が重たい」

ちひろも一緒に來ている。

仲間に加わるまで、二週間の審査をしたんだ。

トラブルにはならない筈。

「転移スキルは、分業化パーティ方式だと真っ先に外されるからなあ……使ったら使ったで、知されるおそれがあるし」

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石版に手を添えれば、指紋認証される。

これを開ければ、いつものアジトがそこにはあった。

メンバーは……いつもよりないな。

報収集でもしにいっているのか?

「あ! ナインさん、おはようございますー」

眼帯をつけた黒髪おかっぱ貓耳セーラー服

膝の上にいつも使っている刀と黒い軍帽を置いて、ニーソックスの丈を調節している。

それが、今しがた俺に挨拶をくれたユズリハという子だ。

「ああ、おはよう」

「その子が、新人さんですか? おっ! Ver. 1.7イチナナレギュのテンプレ裝備ですよね? 懐かしー……私も使った事ありますよっ、すぐ廃れちゃったけど可いですよね!」

マシンガントークをかましながら興味深げに覗き込むユズリハに、ちひろは苦笑いを浮かべて手を振る。

「あ、あはは……ロナです。うちのナイン君がお世話になってます」

「へぇ~……! いつの間に……」

ユズリハは尾と耳をしきりにかしながら、俺とちひろを互に見比べる。

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その表と來たら、すっかり興味津々といった風だ。

「話せば、長くなる」

俺はそう答えるしか無かった。

――『お似合いのカップルだと思ってたんだけど、殘念だよ』

……!?

待ってくれ、今はそのタイミングじゃない!

出てくるな、引っ込んでくれ、後にしてくれ!

――『一人でやっていけると思うのか。お前には、ここしか無い』

【↑そうさせたのは誰? 誰かのせいにする事すら許されないなら、あたしは何に縋ればいい?】

くそ!

視界が霞んで、景しずつ変わっていく……!

―― ―― ――

ここは、どこだ!?

薄暗い部屋?

壁は、ところどころにが開いているし……橫倒しになった機と、その隣にはコードやパソコンが散らかっていた。

キーボードも、いくつか取れて落っこちている。

待て。

見覚えがある。

隨分と荒れているけど、まさか、ちひろの部屋……?

淡いピンクの壁紙は至る所に毆った跡があって、フローリングの床には赤黒い點々が幾つもこびり付いている。

したゴミ袋、ぎ捨てた上下のスウェット。

食べかけのビスケットなんかもある。

……それに何かの錠剤の、空っぽになった薬包も。

他には……なんだか違和がある。

まるで、あるべきものがこそぎ取り去られているような。

ギィ、ガチャ……。

ドアが開く。

四角いには、二人の影。

俺は思わず振り向いた。

――『返してよ、母さんが行かせたんでしょ、病院』

――『返しません。太るし、暴になっちゃうなら、こんな薬に頼っちゃ駄目よ』

【↑処方された薬を勝手に止めるなって薬局で言われるだろ。何考えてんのコイツ……!】

変わり果てた姿のちひろと、そのお母さんがみ合いになっている。

ちひろのお母さん、俺の前にいる時と比べて隨分と冷たい印象がある。

俺が遊びに行った時なんかは、夕飯とかごちそうしてくれたりもしたんだけどな……。

――『いいから、もう一度よりを戻してらっしゃいな。大丈夫よ。あんなに長いこと、一緒にいたでしょ?

いざとなったら、あの子の親に養ってもらえばいいじゃない。うちと違って裕福そうだし』

【↑はぁ? 結局それが本音ってワケ?】

――『あんたどうせ何やっても上手くいかないんだしさ。ほら、この前のバイトも、結局やめちゃったでしょ? あ、やめさせられたんだっけ』

――『三ヶ月も前の話を今更、蒸し返すの!?』

【↑誰も、わかってなんてくれないんだ。所詮はゲーム、ムキになるほうがおかしい。

仕事先に相次いで押しかけてくるストーカー共の対応でクビになったと言っても、信じてもらえない……ストーカーを差し向けるように個人報を拡散しやがったのは、どう考えてもギルメンの仕業なのに、被害妄想だと言って、取り合ってもらえない……】

――『だってそれきり面接にも行ってないじゃない。だからこそ、あきら君ところに嫁いじゃいなさいって事。

プロゲーマー経由でニューロフリートにスカウトされれば、ひとまず安泰でしょ?

あそこ今いちばんアツい會社らしいわよ、ゲーム業界で。

ゲーマーコンサルタントだっけ? そういう職業もニュースでやってたわよ。本が飛ぶように売れてるんですってね』

【↑クソ運営の仲間りとか想像したくもないし、あのゆぅいの取り巻きの出した本の話を今ここで出されるのが不愉快だ。“キレイなお題目だけの怠惰なギルドを必死に改革してやった”なんて言い草も、それを持て囃す業界も……】

――『とにかく、早いところ何とかしなさいよ? 孫の顔が見たいって、おばあちゃんに毎日言われたくないでしょー? それに、もう売りに行ってあげるCDも無いんだから』

【↑頼んでもいないのに売りやがって。半分くらい限定盤だったのに。あんたは昔からそうだった。他人の持ちはどうでもいいと言い切る奴だったね……】

――『ぐずぐずしているとオフ會の時みたいに、また浮ついた男に言い寄られちゃうわよ。あ、でも今のちひろなら心配ないか。パパすら蹴っ飛ばすもんね。

まあパパ、浮気者だしねぇ……生まれが田舎だと頭も昭和で止まってるのかしら』

【↑生まれなんて知るか。事ある毎にノックもせず部屋にってくるクソ親父の事は忘れさせてくれ。

あたしの相談も話半分。言い訳しかしない。綺麗事ばかりのクソ野郎……。

あいつが“お前が面倒見ろよ、俺は仕事があるんだから”とあんたに言っていたのを、あたしは聞いてんだよ】

……もう、いいだろ!

こんなの、たくさんだ!

「あ、あの? ナインさん、大丈夫ですか? 顔悪いですよ?」

――!

戻ってきた、のか?

「なんでもない……し、考え事というか……それで、何の話だっけ?」

「えっと、ロナさんと私でお話してたから、置いてけぼりにしちゃってました。今は、別に何も……」

「ごめん。それにしても、今日は外が妙に々しかったな。アジトにあんまり人がいないのと何か関係が?」

という、この空気を誤魔化すようにして絞り出した俺の疑問に、

「今朝、北壁に出たらしいですよ? 黃のガンマン」

なんて、耳をピコピコさせるユズリハ。

生粋の戦闘狂を自稱するだけあって、その手の話には敏らしい。

俺の隣にいるちひろは、不安げに辺りを見回している。

「いつものだろ。騒ぐ程のもんか」

ここ數週間は毎日のように見かけるのだから、今更それで賑わう理由にはならない筈だ。

それが本じゃない限りは。

けれど、その可能は信じられない。

來る理由がわからない。

どうして、今更。

ちひろを取り戻す為か?

俺は冷蔵庫を開けてジュースを取り出す。

もやもやする頭を冷靜にさせる為に。

ソファに向かうと、チパッケヤが鎖帷子の上に革鎧を著込みながら、俺に教えてくれた。

テーブルには、作ったばかりの料理が乗せられている。

どれも、チパッケヤのお手製だ。

「それが、なんか新型できとか裝備が今までと違うとか……特に、北壁防衛隊って、黃のガンマンが出てきたら必ず數十人は死人が出るよな?」

食卓を囲む。

諜報員がいないと、なんとも寂しいな。

天井の電球が、わずかに揺れた。

「たまたま、死人がなかったのかも」

ムキになっている自分を自覚しつつも、俺は一つ一つ提示されてきた容を否定しようとした。

でも、駄目だ。

ユズリハの次の言葉で、俺は側がチクチクし始めた。

「ゼロ、なんです」

「え……」

どういう意味だと、問いたかった。

口が上手くかなかった。

それよりも先に、ユズリハが話を続けた。

「誰も死んでないんですよ、今回に限っては。ガンマンは、ちょっと暴れたらすぐにアルヴァント王城に飛んでいったみたいです」

まさか。

いや、そんな筈は。

「確かに妙だな。いつもならしばらくは殺して回るっていうのに」

チパッケヤは、まだ確信には至っていないようだ。

けれど、俺は……。

「王城に直接飛んだのが事実なら、パターンが幾つかに分かれる。

まず、一つめは……王城に何かしらの用事があって、姿を表した」

と俺が提示すれば、

「用事って、例えば何があるかな?」

ちひろが続けてくれた。

いつも気が利いて、細かいことにも気付く奴だった。

言葉の細かい意味に敏で、會話では常に寄り添うようにしてくれる。

「探しものとか、それこそ暗殺とか……」

「うんうん。ありえますね」

と、ユズリハ。

チパッケヤも、考えを述べる。

「自分のコピーが暴走しているから、それを消滅させに來た、とか」

「その推理も、當たらずしも遠からずですね。多分」

「元の世界に戻る方法を探す為に、とりあえずこの世界で覇権を握ってる所に手當たり次第押しかけてみたとか?」

ちひろも、ちひろなりに考えを提示してくれた。

ユズリハは相槌を打つだけかと思ったが、急に耳を立てて挙手した。

「あ! そだ! 私、思い付いちゃいました。なりきりしたい人の模倣犯って線はどうですか!

死人が出ていないのも逃げたのも、実力不足って事で説明付きます!」

「確かにスキルも裝備も再現セットがあるが、このご時世にそれはリスキーすぎるだろ……」

「例えばあたしの真似だったら簡単だろうけど、ガンマンの真似は実力が伴ってないとただの間抜けじゃないかな?」

ユズリハの突拍子もない発言には、流石に俺達も苦笑するしかなかった。

もしそれが事実なら、その模倣犯はとんでもない大馬鹿者だ。

デスゲームと化したSoFの世界でそれをやる事が何を意味しているのかを正しく認識していない。

「とにかく、どれも可能としては充分ありうる。まだ報がなすぎて何とも言えないけどな……」

「斥候の人達が帰ってくるのを待たないとですねー」

もし“記憶を失ったちひろを奪い返しに來た”なんて言ったとしても、誰もそれについて真剣に考えたりはしないだろう。

一番現実的なのは――

「――いや、こうは考えられないか?」

唐突にチパッケヤが挙手する。

……彼の発言した推理は、現狀で一番あり得る・・・・容だった。

だからこそ、恐ろしかった。

ダーティ・スーは、その予測すらも軽々と飛び越えそうで。

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