《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Intro 追う者、追われる者
ルーセンタール帝國南東部、ツァーデンバッハ領。
山の麓で南北に広がる街――“ベルクスヴィントミューレ”は、かつて三年前に魔襲來があった事や、それに伴って共和國領から帝國領へと移り変わる混の時代など見る影もなかった。
商業區の北の外れ。
通りの端に聳え立つ黒い屋の建にて、玄関を叩く小さな二つの人影があった。
この建は、勾配のきつい階段を十段ほど上がってようやく玄関に辿り著ける構造だ。
もしも二人の來訪者が老人であったならば、赴く気力も湧かないだろう。
が、実際には、來訪者は二人とも年だ。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」
うち片方、転生者マキトがしだけ聲を大きくして呼びかける。
もう一人は先の飛行機ごと転移したという事件にて、その乗客であった男子高校生。
転移に際して何者かに特殊な力を與えられたという點では、このファーロイスという世界へ転移あるいは転生してきた者達と共通している。
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そして(彼にとっては甚だ不本意だろうが)大多數が思い描く“ライトノベルを読するオタクの男子高校生”の人像からさほど乖離していない。
「まだ晝だから留守なんじゃないか?」
男子高校生が、マキトに問いかける。
「“雙月そうげつの盃さかずき”の活時間は夜だから、普段は拠點にいる筈だよ。えっと……ごめん。名前、なんて言ったっけ」
「丹室努務にむろ つとむだよ。漢字見せただろ。下の名前を音読みしたら黒くて速くて太ましいあれになるやつ。
まぁわかんないよな……俺もファーストは親父と一緒に五年前くらいに観たっきりだし、うろ覚えだけど」
訊かれてもいないのに話し始める努務に、マキトは中にて歯噛みするも、それを表出させぬよう堪えた。
「悪いんだけど、雑談は帰ってきてからにしよう。今は――」
言いかけたところで、門が開かれた。
「――お待たせしました。ご用件をお伺いします」
モスグリーンのメイド服にを包んだ、分厚い眼鏡のが靜かな聲音で応じる。
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彼の後ろに広がる、おそらく三階建くらいを吹き抜けにさせた構造のエントランスホールは、打ち捨てられた図書館――マキトの転生後の故郷を思い起こさせた。
中から覗き見ている住人達は服裝こそ様々ながら、ばかりだ。
ところで、どうやら努務の的センスを通して見るに、可もなく不可もなしといった容姿だったらしい。
そのように分析した努務の淺慮さが、悲劇を起こした。
「ここはもしや噂に聞くモブ顔レズクラブ……本當にあったなんて――あ、痛っ」
思わず口をついて出たらしい努務の失言。
マキトは顔面蒼白になりながら、肘打ちをれた。
「お前は馬鹿か……!」
マキトは生前、二人の姉からデリカシーのない男についての愚癡を散々聞かされていた。
こういった軽率な発言がどのような悲劇を生み出すのかを、その目でまざまざと見屆けてきた。
一方で努務の元の世界におけるコミュニティは男同士の、趣味に関するトークが中心だった。
もちろん當人でない限りは、マキトの過去や心を推し量れる筈がないのだ。
「……ミザリー。そのガキ共、つまみ出しといて」
奧で手すりに頬杖を付きながら指示を出していた紫の服のも。
「オーケー」
眼前にてその指示を了解し、腕まくりをするメイド――ミザリーも。
「え、あ、ちょ! なんで!?」
「そういうとこな」
二人の年はミザリーに襟首を摑まれ、為すもなく階下に放り捨てられた。
もう一度階段を上がろうとしても、階段は変形して傾斜の急なスロープと化していた。
途方に暮れる努務に、マキトは大いに呆れた視線をよこす。
「……正直“モブ顔レズクラブ”は無いと思うぞ」
「だって本當にそういう噂があったんだってば。
ブスって程じゃないけどそこまで顔の良くないがいっぱい集まるマンションで、同士でし合って――」
――バシャアッ。
水を掛けられる音で、努務の言葉は途切れた。
二人揃ってびしょ濡れになってしまった。
「聞こえてんだよ、小僧ども!」
果たして聲の主はベランダにいた。
両肩をいからせてバケツを持ちながら、そばかすの目立つ顔を紅させている。
「す、すみません! ご迷をおかけしました! ――ほら、お前も謝れ!」
「さーせんしたー!」
マキトは努務の後頭部を半ば引っ叩くようにして押さえ、謝罪させた。
顔面蒼白のマキトに反して、努務は憮然としている。
「やっぱりブスが徒黨を組むと碌なもんじゃないな……」
あまつさえ、毒づいてすらいた。
その様子を見たマキトは、何も言えなかった。
「――」
否、正確には、咎めようとして、中斷させられた。
馬車が凄まじい勢いで走ってきて、危うく轢かれそうになったためだ。
―― ―― ――
所変わって、ベルクスヴィントミューレの関門から遙か東の街道。
この辺りの街道は古びているが、雑草はそれほど生えてきているわけでもない。
ここで馬車を走らせているボンセム・マティガンという男は、かつては忌の品を裏に運んでいた。
今は足を洗って、草原帝國なる小國の、配達ピザ屋で働いている。
ベルクスヴィントミューレへは、トッピングの素材を求めて行商をしに來るところだった。
コネを構築するまでにはそれなりに苦労した。
宗旨変えをしても付き合いを続けてくれる商売相手を選別する必要があったし、そうでない相手はなるべく後腐れ無く別れる必要があった。
ボンセムとしては、傷痕は最小限に留めたつもりだ。
それでも、恨みを抱いて手出しをしてくる輩は必ず現れるだろう。
武裝して、隊商キャラバンを引き連れてはいるが、それとて限界はある筈だ。
突如、橫の林から飛び出す人影。
それは手足を一杯に広げて立ちふさがり、悲痛なび聲で呼び止める。
「と、止まって!」
だった。
彼は、麻で作られた黃土のローブを纏っていて、フードを被っている。
「ふおお!? わっ!? ばっ、お前! 目の前に出て來るんじゃねぇよ!?」
危うく馬車ごと橫転しかけたボンセムは、上った聲で怒鳴る。
後続の馬車も急に止められたせいで、あちこちで衝突していた。
「……」
は唖然とした表で、口をぱくつかせていた。
掠れた聲の中で“男”という単語が微かに聞き取れたことから、ボンセムはこのが神的にあまり健康な狀態でないことにようやく気付いた。
こういう時にどうすればいいのかは、彼の四十年弱にわたる人生経験から一つの結論に導かれる。
すなわち、
「あー……大丈夫か?」
と相手を気遣うことだ。
「ごめんなさい……」
ボンセムはをまじまじと見つめた。
フードを目深に被っていて顔立ちは解らないが、まだ若いように見える。
それよりも、腹の僅かな膨らみが気になった。
腹を除けばは細……とどのつまり一つの可能に思い當たった。
そして、それこそが、彼がボンセムを呼び止めた理由だろうということも。
「腹のそれは、中にガキがいるんだな?」
「それは、その……はい」
「ったく、だったら尚更、気を付けやがれよ……」
「馬車に乗せて、遠くへ、連れて行ってもらえませんか……早くしないと、このままじゃ……!」
彼は、縋り付いて懇願した。
見開いた雙眸には涙が浮かんでおり、よく見れば顔は僅かに煤けている。
逃亡生活は長くて數週間と言ったところか。
付き合う義理など無かった。
連れて行けば間違いなく、面倒事に巻き込まれるだろう。
そして何より、ボンセムはベルクスヴィントミューレに用があるのだ。
何故、逆方向へと進まねばならないのか。
とはいえ……。
「お願いです、ゆっくり考える時間すら、相談できる場所すら、今まで全く與えられなかったんです……。
遠くへ行かないと、私、殺されてしまうんです……!
全てが終わったら、私のことも、子供のことも、好きにして頂いて構いませんから……」
「滅多な事を言うんじゃねぇ」
ボンセムは上著をいで、の肩にかぶせる。
それから荷車の端に木の板を乗せてスロープを作ってやり、そこから乗るように促した。
「落っこちるなよ」
「ありがとうございます……」
無事に乗ったのを確認し、木の板をしまう。
者の座席へと戻ったボンセムは、手綱を握っていないほうの手で眉間をんだ。
「そっちの仕事・・・・・・からは足を洗ったってのに、まさか訳アリのを運ぶハメになるとは……」
しかし護衛に誰かを雇う時間など殘されてはいないだろう。
それに、足を洗った際のゴタゴタで、ならず者どもは用心棒どころか進んで討ち取りに來るに違いない。
隊商の武裝では、恐らくこのを巡る問題には対処しきれないだろう。
……やはり、あの方法・・・・しかない。
若干の躊躇はあるが、そう言ってもいられまい。
ボンセムは久方ぶりに、頼ることにした。
「ごきげんよう、俺だ」
かくしてあの男、ダーティ・スーは現れた。
「そして、あたしと」
「わたくしですわ」
……見知らぬ達を、両脇に連れながら。
- 連載中350 章
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