《ダーティ・スー ~語(せかい)をにかける敵役~》Task6 ボンセムの昔語りを聞け

夜明けからそれなりの時間が経っていても、空は相変わらず薄暗い。

ロンドン住まいの帽子屋共が水銀中毒になりながら眺める空というのは、こんなをしていたのかね。

はロナに頼んで木箱から出させたが、まだオドオドが止まらない。

まあ、責めるのは酷だろう。

「スーさん。ご飯たべたいです」

「そうかい」

しけりゃ勝手に買えばいい。

「ボンセムさんとの人と違ってあたし達は飲まず食わずでもけますけど……流石に何も食べないのは味気ないですよ」

「昔気質の勤め人の野郎共は、新聞の朝刊を読まなきゃ両目がテーブルに転げ落ちるのかと思うくらい新聞を求めていたぜ」

「新聞ねぇ……確かに、金持ちの嗜好品でしたね。あたしが生まれた頃にはすっかり廃れてました。

まぁそれはともかく、口が寂しいというのは確かですね。

通販メニューを開いてみますか。メニュー覗き見してみます?」

「ああ、せっかくだ」

「どれがいいかなぁ……果! あ、ケーキとか!」

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「この辛気臭い景を眺めながらかい」

「脂っこいのよりはマシでしょう。まさかラーメンとか炒飯とか食べたいとか言いませんよね?」

「ジビエ料理が食いたい」

「木のっこでも食ってりゃいいじゃないですか」

「ふはは!」

ああでもないこうでもない、とさんざっぱら意見換をした。

退屈な旅路も多は気が紛れる。

「で、結局クレープにした訳ですが……」

「ボンセムの野郎が俺達に釘付けだ」

「……見せてくれるか?」

「ほらよ」

俺が食おうとしていた分をそのまま寄越すと、あちこちの角度から眺め始めた。

「す、すげぇ……この生地の薄さで、をしっかりと包み込んで……なるほど、紙袋も使うから、下に溢れないようになってるのか……!」

「満足したかい」

「あ、ああ!」

俺は自分で喰う分を新しく買った。

ロナが俺の肩を軽く叩く。

「後ろの人にもあげ……ちゃいけないんでしたっけ?」

「一切れくらいなら大丈夫だろう。味気ない栄養食ばかりで気が滅ってやがる筈だぜ」

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「まぁそれもそうですね。ただでさえ味気ない景……いや、ある意味濃厚ですが、そんなところで旅をしているわけですから」

俺が肩越しに振り向くと、ロナも俺と同じく新しいクレープを一切れ買ったのが見えた。

ロナはそのまま木箱の蓋を開けて、中でうずくまっているに聲をかける。

「えっと、名も知らぬお方。どうぞ。差しれです。毒は無いので、ご安心ください」

「……いいのですか?」

「みんなで食べたほうが味しいじゃないですか」

「ありがとう……ん……おいしい」

「そうですか。ならいいんですけど」

ロナが肩をすくめて俺のほうに振り向いた。

二人して浮かないツラをしてやがる。

「――……ボンセムさんは確か、運び屋だったんですよね?」

なんとはなしに、ロナが口を開く。

「……ああ、そうだよ」

ボンセムはし間を置いてからそう返し、ロナに目をやった。

道中には退屈な景が続いているせいか、通い慣れた道なのか、ボンセムはリラックスしている様子だ。

「あっちのほうが稼げたそうですけど、どうして足を洗ったんです?」

「あんまり話したくないが、お嬢ちゃんは、その……ダーティ・スーの仕事仲間だろ?」

「或いはそれ以上の関係かも。でもまぁ、そういう事にしといてあげましょう」

ロナが俺のほうにしなだれ掛かる。

「じゃあ特別に、ちょっとだけ話そう」

言葉の割には満更でもないツラじゃないか、ボンセム。

「とある國から嗅ぎ付けられちまってな。その國には取引先がいっぱいいたんだが、その國とのコネをしがった、はみ出し者のエルフが住まう集落……ガスタロア自治區が、冒険者に依頼を出しやがった」

「“とある國”とガスタロア自治區とやらの、どっちが先に勘付いたんでしょうかね?」

「ガスタロア自治區だ。奴らのうち、とある國の貴族とコネのある奴が、チクった。

“対抗勢力を追い落とすネタがある”などと吹き込んだらしい。ダーティ・スーと出會ったのは、それから暫く後のことだ。

國を敵に回していたとしても、もうし稼げばどっかの小國で、死に損ないの貴族から領地と爵位を買っちまえばゆっくり過ごせる算段だった」

「見通し甘くないですか?」

「う、うぅぅ、うるせぇッ!!」

「おぉぅ強烈、てかツバ飛ばさないで下さいよ」

「すまん、つい怒鳴っちまった……ええっとだな、當時の俺の周りの環境なら不可能でもなかったんだ」

ここでボンセムは言葉を區切る。

ため息混じりに空を見上げて、しばらく押し黙った。

この野郎、耽って・・・やがるな。

「……だが、やめにした。疲れちまったんだ。最後の一稼ぎをして手にれた金と報とコネで、國の判事を言い包めた。

だから運び屋のボンセム・マティガンは死んで、俺は同姓同名の別人という事になってる。

あくまで公然のだから、昔のツテの連中は俺が生きてる事を知ってる」

々と素の明るくない人達とも取引してたんですよね? という事は恨みを買ってたりとか……」

「逆恨みしてきた奴らに暗殺者を差し向けられた事も何度かある。俺自制品を運んでいただけだっていうのにな。ったく、ままならないもんだよなァ……実際」

この手の小悪黨にありがちなのが、てめえで何かを仕出かした自覚が無いってケースだ。

「本當に逆恨みだけかね。競爭相手を蹴倒して、谷底に突き落とすことだってお前さんにはできた筈だ」

「裏稼業だぞ? 勝手に自滅する馬鹿はどうしたって湧いて出る」

「聞いたかよ、ロナ」

「足を洗っても、被害者ヅラしても、平穏はそうそう訪れませんよ。

悪黨なら悪黨らしく、足を洗った後も“ざまーみろヒャッハー”くらい言わないと」

それは違うと思うぜ。

「はー、手厳しいなぁ……」

ボンセム。

さてはお前さん、何も思い浮かばないからといって無難な返事にしやがったな。

「まぁケチな小悪黨の運び屋が相手でも、追及大好きなバカ犬どもは最期まで容赦しないでしょうからね。今頃、判事を曬し首にしようとしてるかも」

「有り得ねぇとは言えねェな……頼むから、居場所を突き止めて嫌がらせなんて真似は勘弁してしいもんだ。

信用できる筋の貴族さんに便宜を図ってもらっちゃあいるが……」

「誰です? あたし達の知ってる人?」

「流石にそこまではバラせねぇよ……どこで聞き耳立ててるか……今この瞬間だって、いきなり目の前に出て來るかもしれねぇ。うぅ、考えるだけで恐ろしい」

「よっぽどトラウマみたいですね。ほら、顔が真っ青」

「一応、俺の命の恩人なんだがな?」

興味深い話だが、無理に聞き出す必要もあるまいよ。

案外、俺の知っている相手かもしれん。

そのうち向こうからちょっかいを掛けてくるか、或いは既に掛けてきていた・・・・・・・か。

「落っこちてきたワインのビンを摑みはした。だが栓は抜けたから、中が半分になっちまったかもしれん」

「命が助かっても心はどうかなって意味ですね」

「お嬢ちゃん、よく解るな……おじさんにはサッパリだ……」

「相棒以上一心同未満ですから」

ロナはを張って、したり顔で抜かしやがる。

やれやれ。

楽しそうで何よりだよ。

「仲いいな……」

「でしょ? この首を見てくださいよ。あたしは完全に、スーさんのモノなんです」

「……」

ふはは!

おい、ボンセム!

なんてツラで見てやがる!

「なぁ、ダーティ・スーよぅ……あんた、このお嬢ちゃんをどこで拾ってきて、どう調教した?」

「こいつは二人目の依頼人だった」

「へ、へぇ……」

「でもって、あたしの心の恩人です。落っこちてきたワインのビンは地面にぶつかって々になった。

けれどネズミがそれを殘らずパンくずにひたして飲み干した――って訳ですよ」

「てめえの夜を永遠のものにしたが、月のまで失いはしなかったって事さ」

「すまんが……二人揃って詩を詠まれても、俺には教養が無ェから解らんぞ……」

ふはは!

ボンセムの野郎、なんてツラしやがる!

「あたし、一度死んでるんですよ。心臓を換金して報酬にして」

「心臓!? なんだって、そんな事を」

「ビヨンドを雇うお金が無かったけど、どうしても復讐したい相手がいたので、そうするしかなかったんです」

「そいつは、また……いや、待て、お嬢ちゃんもビヨンドなんだよな?」

「ビヨンドって、生きてても死んでてもなれるらしいですよ。あたしは死んでからなったんで、よく知りませんけど」

「マジかよ。そこまでして復讐したい相手が……?」

「いたんですよ、それが……」

話すねえ。

初対面が相手でもある程度打ち解けているのは、なかなか悪くない傾向だ。

その調子で、お前さんはお前さんの痛みを水に溶かすべきなのさ。

ロナはこれまでのの上話を、幾つかの知識を要する言葉マンボ・ジャンボを普遍的な言葉に直した上で説明した。

聞き手に回ったボンセムは、數分としないうちに鼻をすすり始めた。

「ふ、ぐふっ、うぅぅ……」

「何もそんな泣くこたないじゃないですか……」

「だってよぅ、あまりにも酷すぎるじゃねェか……そいつらは、なんだって、ロナにそこまでするんだ……!? 憎しみが憎しみを生むというのかよぅ……!」

指差して笑うのでもなく、冷めたツラで否定するのでもない。

かといって、噓泣きにも見えなかった。

俺は生前に三回は気合のった噓泣きを見てきたが、ボンセムの野郎にそこまで用な真似ができるとも思えん。

(仮にボンセムがそういった腹蕓に長けていたとして、俺は別に驚かない。その時はその時で、役者の道でも勧めてやるだけだ)

そして、ロナもおそらくは俺と同じ想らしい。

「あー……ボンセムさんがどうして悪いことを続けられなかったのか、何となく解るような気がしますよ」

「ケチな小悪黨で悪かったな!」

は善良と言いたいんだろう」

「そゆことです」

「よせやい……あー、ところで、ダーティ・スー? あんたのの上話はどうなんだ?」

おっと。

照れ隠しに振ってきやがったな。

だが。

「……善人になる為に何かをしようとして、結局は何も出來ずに凡人としてくたばった。劇作家共が參考にするようなものは、何一つ無いぜ」

俺は言わない。

……言ったところで、楽しませる容でもない。

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