《都市伝説の魔師》第一章 年魔師と『七つ鐘の願い事』(4)
3
香月は夕方、黒いパーカー姿で街を歩いていた。
目的地はたった一つ。
しすると、三角柱の形をした建が見えてきた。
警視庁。
東京都を管轄する警察組織である。木崎市は東京都に所屬しており、実際に管轄も東京都となる。
しかし彼としてはここに訪れるのはし嫌だった。別に悪さをしたわけではないのだが、近付くにつれていきたくないという思いが強まっていく。
(多分固い雰囲気がれ出しているのが原因なのだろうけれど……)
香月はそう思いながら、警視庁の玄関前に立った。
當たり前だが、彼は相手とアポイントメントを取っていない。突然訪問しているということだ。だから斷られるのは百も承知である。だから、ここで待ち伏せする作戦を取った。
不審に思われない程度に辺りを見わたし、人通りのない通路を見つけた香月はそちらへ向かって歩き始める。
そこに著けばあとは魔を使うだけ。
コンパイルキューブをポケットから取り出し、呟く。
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剎那、彼の気配が一瞬にして――消えた。
正確に言えば、周りの人間から認知されなくなった、と言えばいいだろうか。
「これで、よし」
これで安心してターゲット――高知隼人を探し出すことが出來る。
サーモグラフィには引っかかる可能が危懼されるが、それ以外ならば問題は無い。あくまでも『人間に認知されなければ』良いのだから。
◇◇◇
結果として高知隼人が警視庁の玄関を潛ったのはそれから十分後のことだった。
隼人は大量の雑務をなんとか定時までに切り上げ、先ほど発生した『事件』の調査に向かうためにここに來ていた。
業務用スマートフォンを手に取り、彼は上を向く。
不可解な事件。魔を使った事件――しかしこれは彼の手には負えないものだった。
「せめてあと一人くらい魔師が手伝ってくれれば……」
彼がぽつり呟いた――その時だった。
彼の腕がぐい、と何者かに引っ張られた。
「なあ? 今ちょうど、『魔師がしい』って言っていたよな?」
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聲を聞いて、隼人は警戒する。
魔師の接を予想していたはずなのに、何もできなかった。
「ああ、一応言っておくが、今この空間はお前の気配を消している。ぼうが何しようが助けを呼ぶことは出來ない」
「……何がみだ?」
素直に従うことにした隼人。
それを聞いた『魔師』は漸く姿を現した。
その正は黒いパーカー姿の年魔師、柊木香月だった。
「君は……確かランキングホルダーの」
「そういうあなたもランキングホルダーだったはずだが? 高知隼人さん」
「……君に比べれば僕のランキングは中堅もいいところだ。どうしたんだい、何か僕に用かい……。まあ、用が無ければ來ないか」
「単刀直に言おう。取引をしないか?」
「取引……」
隼人はそれを聞いて一瞬たじろいだ。
香月はそれを見たが、そのまま話を続ける。
「そんなに慌てて考えなくていい。単純なことだ。こっちは報も提供するし、僕がその仕事を手伝う。その代り、そちらも報を提供してほしい。どうだ?」
「……それだと、そちらが圧倒的に不利だと思うのだが? あなたが所屬している組織……確かヘテロダインだったか? あちらのボスが、幾ら変り者だとはいえ、そのようなことを言い出すとは到底思えない」
「それが言いだした、と言えば?」
「何だと……?」
隼人は目を丸くする。
それ程、その言葉が信じられなかったのだろう。
「確かに信じられないことも解るが、実際事実だ。だから、今の反応は聞かなかったことにしておくよ。君としても、今の反応をボスに伝えるのはいいことではないだろ? 國家権力と魔師組織が拮抗しても、何も生まれないからね」
「……確かに。今のことは無かったことにしてもらおう」
「了解。一応言っておくが、今のことで渉を有利に働かせようとは考えていないから、そのつもりで」
香月は隼人に言われる前に釘を刺した。
一応、渉を有利に進めるためにしたことである。
「……で、話を戻すけれど、何だって? 協力関係を築く、ということか」
「まあ、そういうことになるのかね」
隼人はそれを聞いて、ポケットに仕舞っていたメモに記していく。
「取り敢えず、一時保留にさせてくれないか? 僕の一存では決めかねる。組織に所屬しているとしては、そう簡単に了承をすることは出來ないのだよ。取り敢えず確認はしてみるが……まあ、難しいだろうな。魔師を嫌っている人間はいまだに多い。魔対課はまだいい人ばかりかもしれないが、上に行けば行く程ひどくなっていく。理由は単純明快。魔師という仕組み、魔と言う仕組みを知らないからだ。知らないというよりもあまり理解しきっていないということかな、自分たちが知らない分野については理解しようとも思わないし、そもそも學習しようとも思わない。……だからこそ、魔師という存在は嫌われる。それも、若い人間よりもこの世界を牛耳っている年寄りにね。実際考えて見れば解る。魔師に若い人間が多いことが証明になるだろう。魔はつい最近生まれた分野に過ぎない。それがたとえ、ずっと昔から人々の想像の範疇にあったとしても」
「魔師は、未だ世間に認知されていないからね。それも『正しい意味』で。何か不可解な事件があったら、仮に魔師がした行では無くても、魔師がした犯罪であると報道される。たとえそれが斷片的で仮定的であったとしても、一度報道されてしまえばそのイメージは簡単に払拭されない」
「そうだろうね。……る程、だから組織が警察を信じずに全力を挙げて活をしているというわけか。特に今回の事例はどこの組織にも所屬していない魔師だろうから、猶更」
「どうしてそうだと言えるんだ?」
隼人の意見に香月は質問をする。
「証拠が挙がっている。この前の『事件』によって木崎市に拠點を構えていたホワイトエビルは解された。結果として最大勢力となったのは君たちヘテロダインとなった。そしてすでにヘテロダインに確認をれて、あのような魔を使う魔師は登録されていないことは確認済みだ。だから、そういう結論に至った」
それを聞いて香月はスマートフォンを取り出し、報を整理する。
得られた報は非常にシンプルだった。ホワイトエビルが壊滅した今、ヘテロダインが最大勢力となっているが、そこに所屬している魔師が犯人では無いということ。
「……どうする? 協力するか? しないか?」
香月はスマートフォンを仕舞い、隼人に訊ねる。
「だから言っただろう。僕一人では何も言えない。だが、一応何かあった時には連絡をしよう」
そう言って隼人は業務用スマートフォンとは違う、別のスマートフォンを取り出す。それが業務用ではなく、プライベートのものであることに気付くまでそう時間はかからなかった。
「僕のプライベート攜帯の電話番號とアドレスを教えておこう。何かあったら連絡してくれ」
そして彼はスマートフォンの畫面を香月に差し出した。そこに描かれていたのはQRコードだった。QRコードでもアドレス帳の転送は可能だ。プロフィールをQRコード化して、それをバーコードリーダーで撮影することにより可能となる。
香月はそれを見て自分のスマートフォン――彼の場合は魔師の仕事用のものだ――を取り出した。そしてバーコードリーダーを起して、隼人のプロフィールを取得した。
「それじゃ、こちらもメールで送信しておく。何かあったら、こちらからも連絡をするし、そちらからも連絡をしてくれ。出來る限り対応をする」
「解ったよ」
無機質な著信音が隼人のスマートフォンから聞こえた。
それは香月からメールが來たという証だった。
「それじゃ、またあとで連絡しよう」
「解った。それではまた」
そして隼人は足早に香月の元から立ち去って行った。
隼人が小さくなるのを見てから、彼もそれを追いかけるように歩いて行った。
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