《都市伝説の魔師》第一章 年魔師と『七つ鐘の願い事』(7)

香月とアイリスは走っていた。長い廊下を、駆けていた。

彼はどこへ向かうのか、あえて問い質そうとはしなかった。何故ならまだ彼のことを信頼していないからだ。

コンパイルキューブを使わずに、彼は『魔』を行使した。それが彼にとって疑問だった。理解できなかった、と言ってもいい。なぜそんなことが出來たのか、まったく解らなかったのだ。

師が魔を使うためにはコンパイルキューブを使って魔力を生する必要があるのに、どうしてなのか――。

「どうしたの?」

アイリスの聲を聞いて、彼は我に返る。

「い、いや……。何でも無い」

「そう。ならいいの」

香月は怯えてしまった。アイリスの無邪気な笑顔が原因なのか? いいや、違う。それ以上に――彼には何かある。香月はそう思っていた。

「……そんなことより、そろそろ見えてくるよ」

アイリスの言葉を聞いて香月は前を向いた。――もちろん、よそ見をしていたわけではなく、改めて前の方を向いただけに過ぎないのだが。

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前に居たのは、一人の年だった。

そしてその年に彼は見覚えがあった。

「ディー……。あなた、どうしてここに?」

「それはこちらのセリフだよ、アイリス。いいや、ここはこう呼ぶべきか。『オリジナル』。あなたはいったい何をしたいんだ。せっかくこっちで捕まえた魔師とともに走するなんて。僕たちの邪魔をしたいのか?」

「邪魔をしたい、というか……そういうつもりはさらさらないのだけれど、強いて言うならもう飽きちゃった的な?」

「ふざけるな……。いくら、いくら君に金をかけたと思っている!!」

「それはあなたたち『組織』が勝手にやったことでしょう? だから、私には何の関係も無い。私からしてみれば、最低最悪の研究に変わりないしね」

「最低最悪、ねえ。僕からすれば素晴らしい研究だよ! あんな素晴らしい研究の被験になることが出來て、素晴らしいとは思わないのかい?」

「素晴らしいと思っていたなら、こんなことはしないよ。ほんとうに馬鹿な人。ほんとうにそんなこと、思っているの? だとしたらおめでたい頭だよ」

清楚な雰囲気とは打って変わって、ぺらぺらと話すアイリス。

どうやら彼は話すことが好きらしい。

「おめでたい……か。人間の歴史を大きく変えると言われている研究だというのに、君は悉くそれを否定した。考えたことは無いか? コンパイルキューブという下らないものをわざわざ使わないと人間は魔を使えない。そんな大変なこと、出來ればなくしてしまいたい。そう思うだろう? ……そのために僕たち組織は研究をしているというわけだよ。コンパイルキューブの技包した、人間の存在を。それさえ生まれてしまえば魔師の仕組みは大きく変貌を遂げることだろう!」

「……くっだらない。ほんとうに、くだらないよ」

「くだらない? どこがくだらないんだ」

「普通に考えてみれば解る話。コンパイルキューブを包した魔師を作り出して、何がいいというの? コンパイルキューブとの拒否反応を示して、死ぬのがオチよ」

それは香月も理解していた。コンパイルキューブは誰も彼も使えるわけではない。耐があるのだ。相があるのだ。それが悪い人間は最悪――死ぬ。そのため、コンパイルキューブを使う前にテストをすることもあり、それによって魔師になりたくても弾かれてしまうケースも出てくるのだ。

「コンパイルキューブに拒否反応を起こす? だから、コンパイルキューブを包するなんて間違っている? ハハハ、愚問だね。ならば簡単なことだよ。コンパイルキューブに拒否反応を起こすならば、拒否反応を起こさないを作ればいい。簡単なこととは思わないか?」

そんな馬鹿な。

香月は思わずそんな言葉を吐き出したかった。

そんなことは、彼の魔師としての知識の中に存在しなかった。

有り得なかった。

理解しがたいものだった。

「お前たちは何者なんだ……? こんな組織、もう木崎市では見たことが無いぞ……!」

「ホワイトエビル。彼らはよくやったよ。彼らも人間の世界を変えようとしていた。だが、そのアプローチが違っていた。だから、負けた」

ディーはゆっくりと歩き出す。

「だがわれわれは違う。我々は別のアプローチで世界に挑む。それは誰にも止められることは出來ない。我々のアプローチを止めることは、誰も出來ないのだよ」

「……ならば、なぜそれを僕に話した?」

「君には事実を理解してほしいからね。圧倒的絶を把握してほしかった。最強の魔師なのだろう? ならば、君と言う存在にこのプロジェクトの片鱗を味わわせておくことは非常に重要なことだからねえ」

「……る程。戦力をここまで見せておき、恐怖を與えておくということ。か。よくある戦法だ」

「そうけ取ってくれて構わない。だからしすれば痛みつけて君を外に出すつもりだった。……もっとも、今の狀況ではそれも葉わないがね」

「葉わない?」

「そうだよ。だって彼はオリジナルだ。オリジナルを外に出してしまえば改良が出來ない。だから、外に出すことは出來ない。調整もまだ完了していないだろうからね」

調整? 改良?

まるで人間じゃないような言い回しをしていたのに、香月は聞き逃さなかった。

「まるで人間じゃないような……」

「香月。もういい。今は――ここから出するだけ」

出する? それがほんとうに出來ると思っているのかな?」

「出來るよ」

アイリスは微笑む。

そして彼は目を瞑った。

香月に腕をばし、彼は香月の手を摑む。突然のことに彼は驚いたが、それでもアイリスはじなかった。

それと同時に彼たちの周りに風が吹き始める。

それでディーは、どの魔を使うのか理解した。

「まさか! 転移魔を使うつもりか!?」

ディーは解っていたが、あいにく彼にそれを止めるは無かった。

剎那、彼たちの姿は――跡形もなく消えた。

それを見て、ディーは小さく舌打ちした。

「……まさか彼が外に出ようという意志を持つなんてね。思いもしなかったよ。やはり、年魔師、彼に出會ってから変わってしまったのか……? 化學反応に近い何かがあったのかもしれない。まあ、これくらいは未だ問題ない。とにかく、一先ず彼の姿を追うとするか。ついでに日本の魔師がどういう存在なのか、試してみるのもいいかもね」

そう言って、ディーはゆっくりと歩き出した。

ディーは満足そうに微笑みながら、歩いていた。

彼が何を考えているのかは――彼にしか解らない。

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