「……おい、待てよ。まったく説明が為されていないぞ。いったいあんたは、何者なんだ？」

「私？」

トーナの言葉には首を傾げる。

「そう。あんただ。あんたについて全く説明が為されていないだろ。不可思議というか、疑問と言うか、懐疑的でもある」

「不可思議で、懐疑的……ねえ。隨分と面白い言い回しをするじゃないか。それに、確かにと言えばいいか、けれど殘念ながらそうではないよ。実際問題、君は魔師たる才能が見けられた。だから、私が君を掬いに來た。……見た限りだと、君はこの狀況からしたいと思っているようだし」

「……俺の心を、読んだのか？」

トーナは彼の言葉を聞いて、目を丸くした。

彼の言った言葉は凡て真実だったからだ。

彼の話は続く。

「だって、私は魔師ですもの。読心なんてお手の。寧ろ、それくらいのことは魔師に出來て當然とも言えるでしょう」

「魔師……本當なのか」

彼は唾を飲み込んだ。

目の前に居るのが、本當の魔師。

彼が一番なりたかった存在。

「ええ。魔師よ。あなたはどう？　魔師になってみたいとは思わないかしら？」

彼は手を差しべる。

トーナは考える。

ほんとうにこの手を握っていいのだろうか？

ほんとうに魔師になってしまって――いいのだろうかということに。

躊躇う彼を、が後押しする。

「ここで、躊躇って結果的に諦めても、無駄よ。最終的にあなたのためにはならない」

「そりゃ……解っている。それくらい、俺にだって」

魔師の才能があると言われた、彼に待ちけていたのは才能があると持て囃されたわけでは無かった。

魔師の才能を持たざる者が持つ者に対する、徹底的な暴力だった。

的な暴力だけではなく、神的の、つまりは言葉の暴力も彼に降りかかった。

彼の心が長い間それに耐えうるわけもなく、彼の心は二週間もしないうちにボロボロになった。

それでも中學を卒業するまでは頑張った。高校にれば、きっと生活もクラスメートも――そういう環境が全部変わると思っていた。

――だが、現実はそう甘くなかった。

もともと木崎市はそんな広いエリアではない。しかしながらそれに対する人口度は高いため、學校施設がほかの區々に比べれば非常に多い。

そのため、中學・高校とエリアがほぼ固定されたものとなってしまい、クラスメートも変わることなど無かった。

それは即ち、クラスの環境が八割方変わらなかったことを意味しており――。

「それで気付けばニート、ってことね。何というか、可哀想な人生を送ってきたのね、あなた」

気付けばトーナは彼に今までの境遇を話していた。今まで會ったことのない、見ず知らずの彼に――である。

トーナは最初こそそう思わなかったものの、気がつけば彼に心を開いていた。

なぜ彼とここまですらすら話せるのか、それは彼の知るところではない。

「でも、尚更あなたを魔師に迎えれたくなった」

ニヤリ、と歯を出して彼は笑った。

ああ、こういう時は大抵悪いことを考えているのだ。彼はいじめられていたことから、人のを見るだけでそれとなく考えていることを理解出來るようになっていた。

もちろん、その能力が完璧というわけでもない。能力の當率は日によって違うのである。

何を言っているのだ、という話になるが、普通の魔師でも、魔師以外の人間だってそう思うときもあるはずだ。民俗學に近いものになるかもしれないが。

「まあ、そんなことは今どうだっていいよね。問題は君自の意志だ。君が魔師として活したいのならば、私の腕を握るといい。だが、魔師となることを拒むのなら、魔師の素質を嫌っているのならそれも構わない。考えは人それぞれだからね。もちろん、おみとあらば魔師に関する記憶を消す事だって可能だよ？　ただし、周りに居る人間を変えるには君自の力が必須になるがね」

「俺自の力……」

「そうだ。君自が決斷する、そして、君自が行する。それくらいしてもらわないとね？」

「俺が……決斷する」

それは即ち、魔師になるということ。

それは即ち、今までの生活とは訣別することを意味していた。

「さあ、どうする？　君は魔師になるか、否か？」

どうするかなんて、もう決まっていた。

「俺はなるよ、魔師に」

立ち上がって、トーナは彼の手を握る。

予想通りの行だったからか、彼は笑みを浮かべる。

同時に彼に力が宿る。

「これは……!?」

「コンパイルキューブを使って、あなたの潛在能力を引き上げた。これで魔が使えるはず。試しに、私のコンパイルキューブを使って、私の後に続けて詠唱してみなさい」

「え、詠唱？」

「そう。詠唱よ」

そう言ってトーナにコンパイルキューブを差し出す彼。

トーナはゆっくりと、それをけ取った。

それは立方だった。手のひら大の大きさで、黒。

「……これをどうしろ、と？」

「ただ持っていればいい。持っているだけで効果を発揮する、非常に便利なものだから」

そして、彼は呟き始める。

それが詠唱だということに気付くまで、彼は多の時間を要した。

「ej・yf・sy・em・va・fw」

「ej・yf・sy・em・va・……fw」

たどたどしくも、彼の後についていくトーナ。

同時に、彼のがゆっくりと浮かぶ。

「わわっ」

しかしバランスが取れなかった彼は、その場に倒れ込む。

彼は肩を竦めて、言い放った。

「どうやら魔の訓練以外にも、魔に慣れることも教えなくてはならないようね」

そうしてここに一人の魔師が、その才能を開花させたのだった。