《都市伝説の魔師》第三章 年魔師と『幽霊、四谷さん』(6)
「四谷さん……。まさか、つけていたのか?」
気付けば人の気配が無くなっていた。
四谷さんが何らかの干渉を空間に働きかけたのだ――そう思って、彼は構える。
対して、四谷さんの表は涼しい。
「私が何をしているのかも解らずに、ただ抗うのは無策以上の愚策であると私は思うよ。何か対策があって、その行を取るのならば話は別だが」
「そう減らず口を叩けるのも今のうちだ。せいぜい叩いておけ。四谷さん、あんたは私が『捕獲』する。お姉ちゃんの為にもね」
そうは言いながらも、ナナには四谷さんに対抗する方法など何も考えついていなかった。
だから、言葉で時間を稼ぐ。出來るだけ稼いで、作戦を考えついて、次に繋げる。
そう考えていたのだが――。
「……遅い」
それよりも早く、四谷さんが行を開始した。
四谷さんの姿が消えたのだ。
……幽霊だったら消えるのも當然なんじゃね? というのはこの際無視しておこう。
ナナはそんなある種の常識ですら、考えられなかった。それほどに彼の思考は四谷さんに全力を割き、張の糸もピンと張られたままだった。
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「四谷さん……まさか魔師とはね」
「何を言っているのかしら?」
遅かった。
気付いた時には、もう遅かった。
四谷さんは、ナナの背後に立っていた。
「……もう遅いよ、見知らぬ魔師サン」
そして彼は背後から衝撃をけ――そのまま吹き飛ばされた。
その衝撃により、街燈に衝突したナナは頭からを出していた。
しかしそれ以外の外傷はこれといって無かった。
「魔師だから良かったものを、普通の人間がこれを食らったらまず即死でしょうね?」
「勿論、相手を選んでしていることよ。それくらいの常識はある」
「ふうん……。どうかしらね。本當にそうなのかしら? 解らないけれど、あなたにまつわる都市伝説は々イレギュラーなのよね」
「私の都市伝説を、調べたということかしら?」
近づく四谷さんの言葉に、ナナは頷く。
「あなたにまつわる都市伝説はストーリーが纏まっていない。あえて共通したポイントを挙げるならば、その都市伝説は凡て『四谷さん』にまつわること」
「當然でしょう? だって私に関する都市伝説なのだから」
「ええ、確かに。私もそう考えていた」
四谷さんという存在が、イレギュラーたる所以だと。
彼も認識していた。
だが違った。
「だが、違う。違うのよ。四谷さんに関する都市伝説は、誰かが作り上げたものになる。けれど、それはいったい誰が作り上げたの? という起源にまで話は遡る」
「突然何を言いだすかと思えば……そんなことかい? 私についても例外なく、都市伝説は凡て誰かが語り部になっているものだろう? インターネットや口コミ、今ではソーシャルネットワーキングサービスもそれに該當するのかな? とにかく、人々の話のタネになる都市伝説は、誰かが話を作ったことにより生まれる。要は創作から始まっている。そうでしょう?」
四谷さんの言葉に、ナナは首を橫に振る。
「いいや、違う。そうじゃない。四谷さんとそれ以外の都市伝説の違いは……『一つに定まっているか、そうじゃないか』よ」
「……何ですって?」
ポーカーフェイスを保っていた四谷さんの表が、怪訝なものへと崩れた。
ナナの話は続く。
「ほかの都市伝説は一つに定まっている。若干の容のブレはあるけれどね。それは伝言ゲームのようなものだから、致し方ない。けれど四谷さん、あなたは違う。あなたは複數のストーリーがり混じっていて、しかもそのヴァージョン違いを知っている人も居る。この都市伝説だけ、ほかと比べて明らかに異質なのよ」
「……へえ、それで? そこから何を言いたいの?」
「………………それは」
そこまでだった。
彼が言えることは、そこまでだった。
しかも、その殆どは憶測に過ぎない。四谷さんの都市伝説がバラバラというのも事前調査とアレイスターから得た報を総合的に考えただけに過ぎなかった。
四谷さんを論破するには、今のナナが持っている報だけでは、明らかに不可能なのだった。
「……いいところまで、いったのにねえ」
くすくす、と笑う四谷さん。
その表さえ見れば、世間一般の子のそれと同じなのだが。
今のナナにはそれが恐怖に思えた。まるで蛇に睨まれた蛙のように、彼はその場に立ち盡くしていた。
「……まあ、ここまで頑張ったあなたに免じて、一つだけヒントをあげましょう」
「ヒント?」
「私はただの都市伝説では無い。それはあなたもとっくに自覚したと思うのだけれど、私はあなたが思っている以上に、大きなものを抱えている。だけれど、一応私はただの都市伝説。けれど、都市伝説で、しかも幽霊だからこそ得る報も多いのよ。今はそれを、教えてあげる」
「……あなたは、いったい何を知っているの?」
都市伝説の彼は笑った。
そして――四谷さんは言った。
「都市伝説の魔師、って知っているかしら?」
彼は微笑んで、ナナに語り掛けた。
◇◇◇
ところ変わって、病院。
「……ですから! 香月クンの病室はどこなんですか!」
ナースステーションにて、ナースと激闘を繰り広げるが居た。
激昂する彼に、ナースは必死に宥める。
「ですから、今そちらの患者さんは面會謝絶となっておりまして……」
「私は彼のクラスメートで、それに、命も救ってくれた恩人なんです! ですから、彼に會わせてください!」
「そう言われましても……」
「いいよ、通して」
彼の背後から聲が聞こえた。
その聲は、彼も良く知る人間――湯川果のものだった。
「果さん!」
彼は踵を返し、果に近付く。
果は彼に微笑みかけると、振り返った。
「ついてきな。こっちに香月クンは居るよ、春歌ちゃん」
彼の病室にやってきたのは、城山春歌。
かつて彼に命を救われ――今は彼に思いを寄せるクラスメートである。
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