果の後を追うように春歌は歩く。

春歌は心配で仕方なかった。

香月が學校に來なかったことを心配に思い、ユウに訊ねた。

そして彼が病院に居ることを知った彼は――居ても立っても居られなくなり、急いでここへ來たのである。

「一応言っておくが、香月クンは絶対安靜だ。それに、意識を取り戻していない。だから、五月蠅くしないでくれよ？　周りの病室には安全面を考慮して誰も居ないから、周りに迷をかけることはないだろうが」

「……解りました」

その一言だけで、香月の狀況が最悪なものであるということが理解できる。

「……香月クンは、いったいどうして」

「彼の力を妬む魔師から、魔師の力を奪われた……とでも言えばいいか」

冷靜に、淡々と、果は言った。

一番この狀況をつらいと思っているのは、他でもない親族だ。そして、彼もその一人だ。

だが、彼はを表に出すことは無かった。ただ冷靜に、いつも通り業務にあたっていた。

「……果さん、香月クンは心配ですよね？」

そう質問を返されたので、立ち止まり踵を返す果。

「當たり前だろう。香月クンの家族だ。心配しないわけがない」

「なのに、普通に仕事をしていて……強いですね。果さんは。私ならできません」

「ただ、それを言うためだけに？」

「いけませんか？」

「別にダメなわけではないけれど……。ただ、私にカマかけていたように見えて、どうも気にらないわねえ……」

「ごめんなさい！　別にそんなつもりは……」

頭を下げる春歌。

「いや、いいよ。別に。そんなこと君に言う必要も無いからね」

「そうですか。……そう言ってくれて、助かります」

果は足を止める。

春歌は顔を上げ、看板を見た。

扉の前には『面會謝絶』と書かれた板がかけられている。

春歌はごくりと、唾を飲み込み――中へる。

部屋の中は電子音が一定のリズムで刻まれていた。

電気は點いておらず、そのためか若干薄暗い。

「……香月、クン？」

恐る恐る――果のあとをついていくように、彼は病室へっていった。

病室は靜かだった。香月の息遣いと、その電子音だけが響いていた。

「かづ……き、くん？」

「無駄だよ。今の香月クンには何を言っても返してくれない。というか答えてくれない。意識を保っているかさえ危うい。今はそういう狀態だ」

「……でも、外傷は無いように見えますけれど」

香月は病院服を著たまま眠っている。

「確かに外傷は見えない。相手もずるい人間だよ。見えないところに傷つけた。それでいて、人間が活するうえで大事なところを、ね……。話によれば、『人の命のエネルギーが集まる場所』が魔力を生み出す糧となるのだという。神力でも何でもなかった。魔師はそんな簡単な方法でしか生まれない。簡単でありながらも、それを実際に実行できる人間は限られているということだ」

突発と伝。

魔師を分類すれば、その二つに大別することが出來る。

そして魔師を人工的に作り上げること――それは不可能だと言われていた。

だが、だからといってその研究が終わってしまったわけでは無い。

人工魔師の研究は、いまだ進められている。

人の手で魔師を作り上げることは、魔師たちにとって神に背く行為であった。背徳的行為であった。

だが、そんなことどうでもよかった。

そんなことは魔師たちに関係なかった。ただ、自分たちの手で魔師を作り上げることこそが栄であり栄であった。

自分たちの手で、最強を作り上げること。それは悲願だったからだ。

それでも。

魔師を作り上げることは出來なかった。

失敗した魔師『もどき』は大した力も使うことが出來ず、魔師を引退する人間ばかりだった。何人かは徒黨を組み、組織を結したが、それがどうなったのかは知る由も無い。

「……まあ、それが関係しているかどうかは知らないけれど、香月クンの魔師としての源が奪われた。即ち、それが関係している可能も捨てきれない。……というわけ」

その言葉を聞いて春歌は頷く。

今まで彼は果から話を聞いていた。その話はとりとめのないものかもしれないが可能があるから、ということで聞かされていた。

「聞いて、どう思う？　香月クンをそんな組織が狙った可能は考えられる。未だ確定では無いけれど……」

「そうですね。未だをどう表現すればいいのかし曖昧になってしまいますけれど……」

春歌はそれ以上、何も言わなかった。

それを見てうんうんと頷く果。

「あなたのは解る。だから……我々ヘテロダインも対策を取った。なに、簡単なこと。香月クンを傷つけた相手を探し出し、鏖殺する」

「鏖殺？」

「……皆殺しにするってことよ。私たちに攻撃をした、その意味を解らせてあげるのよ」

「それよりも先に、することがあるでしょう？」

それを聞いて振り返る果と春歌。

そこに立っていたのは、ユウ・ルーチンハーグだった。

「ユウさん……！」

春歌はユウの元に駆けだす。

ユウは彼を抱きしめる。

「つらいのは私も一緒です。今は彼が元気になる為、組織一丸となって調査しています。それと並行して、香月クンを攻撃した相手も。……正確に言えば、もう解っているのですが」

「何ですって？」

果の言葉を聞いて、ユウは頷く。

ユウは一枚の寫真を彼に差し出した。それはアイドルのピンナップだった。

「それはあるアイドルのピンナップです。普通に見るとただの子中學生に見えますが……彼こそ、香月クンをあの狀態に追い込んだ魔師と言えるでしょう。彼の名前は……斧乃井イリア。一応言っておきますが、彼はとても強いです」

「あなたが対処できない程？」

「まさか。そんなわけがないでしょう」

「ならば、どうして？」

「……実は斧乃井イリアには姉が居るのです。それも、その姉も魔師です。先ずは彼をこちらに取り込もうと考えています」

「その名前は？」

果の質問に答える前に、ユウはもう一枚寫真を見せる。

清楚な雰囲気を纏った黒髪のだった。

そしてユウは言った。

「彼の名前は斧乃井凌。『魔法』が所屬する魔師組織スノーホワイトの魔師だよ。先ずは彼を、ヘテロダイン側に取り込む。このほうがこちらとしても戦いやすいだろうからね。外道かもしれないが、最初に仕掛けてきたのは『あちら側』だ。だからこちらもそれなりの手段を取らせてもらう、というわけだよ」