「人工魔師の開発……ほんとうに功するのでしょうか？」

「失敗すると思っていれば、簡単に失敗してしまうよ。問題は、どのように功させるかと言うモチベーションを常に維持していかねばならない、ということかな。それさえできれば、あとは簡単。ただ先人たちが作り上げてきた理論に付けしてやればいい。それは君だって経験があるのではないかね？　力の弱い魔師が、それを底上げするための技……それを応用するだけのことだよ。別に、難しい話は何も言っていない」

「それは……」

彼にはその技に心當たりがあった。いや、無ければおかしかった。なぜならば彼はその技について、なくとも知っている側の人間であったからだ。

斧乃井イリアは、斧乃井凌という優れた姉が居た。學力、魔力、運能力、すべてにおいて秀でていた彼はいつしかイリアの憧れでもあった。

だが、姉妹はいつしか別々の道を歩むようになった。それは、イリアと凌の間にあった『』が原因だった。表面上は仲睦まじい姉妹であり、周囲からも羨ましがられる存在であった。

しかしイリアはそれが面白くなかった。し話をすると姉の凌の話に変わってしまうからだ。結局、イリア自の話は全の一割も無く殘りは凌の話をしている、というケースも多い。

だから彼は敢えて姉と違う魔師になろうと誓った。姉と別々の道を歩もうとして、結局姉と同じ職業を選択するのは、やはりどこかで姉に対する憧憬があったのかもしれない。

彼が『アレイスター』にったのは一年前のことだ。當時はとてもじゃないが、魔師界隈で有名だった組織からオファーされたこと自が彼にとって異常であり、何より信じられないことだった。だから詐欺ではないか、と恐る恐るその場に向かった。だが、それは違った。彼は手厚い歓迎をけ、リーダーであるアリス自も彼が來てくれたことを喜んでいた。

彼がアレイスターにって暫くして、冗談混じりでアリスにそのことを話すと、アリスは失笑し、こう言った。

「そんな自分を卑下するものではない。君は優秀な魔師だ。君の姉、斧乃井凌も確かに優秀で、表面上は君よりも秀でているのかもしれない。だが、ダイヤモンドの原石という話がある。燻って見えるような原石でも、磨けば誰もが羨む輝きを得ることが出來る。今の君は、その段階に居る。そして、私がその原石を一番輝かせることが出來る。だから君をここに呼び寄せたのだよ」

イリアはその言葉を聞いて、ますます彼に惹かれた。

そして彼が言うところの『原石を磨く』作業、それこそが魔師の魔力を底上げする技なのであった。それをけた彼は凌にも引けを取らなくなり、彼の妹、という凌ありきの紹介は無くなった。彼自の手で、それを勝ち取ったのだ。

「……話は戻るが、ヘテロダインについて一つ実行しようとしていることがあってね」

その言葉を聞いて、彼は我に返った。今まで、長い昔話を誰かに話しているような気がしたが、今の彼にはそんなことはどうでも良かった。

アリスの話は続く。

「ヘテロダインと渉をしようと考えている。容は一つ、ヘテロダインとアレイスターの統合だ。無論、こっち主導でね」

「そんなこと……向こうが二つ返事で了承するとは思えませんが」

「もちろん策は打ってある。とはいえ、元からその予定ではいたがね」

「？」

イリアはアリスの言葉に含まれた真意を理解できていないようだった。

そして、彼は告げる。

「もしもユウが斷れば、アレイスターは全面戦爭を行う準備を進める、と伝えるのよ。アレイスターの戦力は彼も斷片的に知っているはず。いいや、敢えてばら撒いているのだから知ってもらっていないと困る。絶対に勝てないと解っている戦を、引きける馬鹿なんてそうそう居ないわよねえ……？」

イリアは知らなかった。いや、恐らく現時點でその境地へ辿り著いている人間は誰一人として居なかった。

アリスが何を企み、そして的に何を目標としているのか。

そしてその視線の先に、何を見ているのかということを。

◇◇◇

ユウ・ルーチンハーグがその話を聞いたのはそれから四時間後のことであった。はじめは差出人不明の郵便に戸い、そのまま処分してしまおうかと思ったが、何か嫌な気配をじ取った彼が封を開けてみると、白い便箋にそのことが書かれていたのだった。

「何よ、これ……。いったいアレイスターは何を考えているの⁉︎」

ユウの絶を聞いて、春歌は訊ねる。

「あの……いったい何があったのでしょうか……？」

「アレイスターは最初からこれが目的だったのよ！　魔師組織の再編！　前回私が行ったのは組織ぐるみの犯罪で、リーダーが居なくなってしまったから私が引き取る形で統一した……そんな正當な理由があったのに、これは……！　ただの獨り善がりな理由で再編なんて出來るわけがない！」

彼が怒りをわにする理由も、當然だった。かつて一つの魔師組織が力をつけすぎてしまったがゆえに魔師が組織に何も言えなくなる、という事態になってしまったのだ。弱い魔師であればあるほど仕事は選べない。いい仕事はボスのお気にりが優先的に実行出來る。だから魔師はボスに気にられようと必死になるグループと獨立を畫策するグループに分けられた。しかし後者のグループは前者のグループに告され、そして殺されてしまう。

今はそんなことの起きないよう、組織間である程度規律を統一している。そしてユウの危懼していることはまさにそれだった。魔師組織が一つに再編されてしまえば、いつかまた獨立のきは出てきて必ず崩壊する。今でさえ一枚巖ではない組織が殆どを占めているのだから必ず起きる。

「……だから、アレイスターがやろうとしていることは魔師組織にとって忌だ。絶対にしてはいけないことなんだよ。どうしても、というのなら各組織のリーダーが集まって會議を開き、そこで承認を得なければならない。得るためには、全員がそれに納得し、賛意見を出す必要があるがね。だがアレイスターはそれを何段階か吹っ飛ばして直接渉をしてきた。これは由々しき事態だということは、君にも理解できただろう？」