８

不老不死。

それは人類たっての悲願ともいえるだろう。

しかしながらそれは神への反逆ともとれる。エデンの園をアダムとイブが追放処分され、人類は『原罪』を得た。そしてその原罪は、壽命の始まりともいわれている。

そのしがらみをなくすということは、即ち神が與えた罪を否定することと繋がる。

「そんなことが出來れば……もし可能であるのならば、それは神に対する反逆だ！」

「神、神、うるさいわねえ……。そもそも、カミってほんとうに存在するのかしら？　実際問題、神とは弱者が生み出した虛像なのではなくて？」

「そんなこと……！」

「だって、そうでしょう？」

アリスは両手を空に掲げる。

「もし、神というものがいるとするならば、もし不老不死が神に反逆する行為であるとするならば、私はここで神の裁きとやらをけてもおかしくはないでしょう？」

「それは……！」

「さて、それじゃ、もう終わりにしましょうか」

「終わり、ですって……？」

それを聞いたユウは目を細める。

アリスは笑みを零したまま、呟いた。

「そうよ。もう何もかも終わりにするの。私の目的を、私のみを葉えるための必要なピースは揃ったから」

「おい、それっていったい――」

「さようなら、そしてまた會いましょう。……いいや、それは訂正ね。もう二度と會うことはないでしょう。皆、私のために魔師として死んでもらうのだから」

そしてアリスはに包まれた。

思わずユウたちは目を瞑ってしまう。

それを狙ったのが時雨だった。素早く彼たちの腹に蹴りを加えて、気絶させる。

魔による防護障壁を形させる余裕も作らずに、一瞬にして彼たちを気絶させた。

そして、彼たちはそのまま――連れ去られた。

９

機械がゴウンゴウン、と駆するその音で目を覚ました。

――ここは？

目を開けると、そこに広がっていたのは緑がかった視界だった。白の研究者が何か資料を見つめながらその人間とにらめっこしている。

「どうやら、目を覚ましたようだね」

その聲を聴いて、は耳を疑った。

そこに立っていたのは、ハイド・クロワースだった。

ハイドはニヒルな笑みを浮かべて、試験管にれた。

「まさか、ユウ・ルーチンハーグほどの大魔師のを研究対象に置くことが出來るなんて」

試験管にいる――ユウはハイドを睨みつけていた。

ハイドがまた、この前のように何か人類のためにならないことを仕出かすのではないか、そう思っていたからだ。

ユウは自分のを流し見する。ユウはにさせられていた。そしてちょうど下腹部のあたりから管が接続されている。管は試験管の上を通り、何かの裝置を通して、ユウがっているそれよりも何倍も小さい試験管に蓄えられている。そのは赤黒く、それでいてドロドロしていた。

「あれは……」

「人間が、人間を生み出すための要素……とでも言えばわかるかな？　男にあるものとにあるもののうちの、後者。それがあのタンクに蓄えられている」

人間が人間を生み出すための要素。

それは、がに構している、赤子の揺籠を満たしている。

それが何であるか――ユウは言わずとも理解していた。

「貴様、何をしようとしているのか、解っているのか」

「解っているとも。だが、魔力を構している要素はこれであると研究で明かされている以上、こうせざるを得ない。魔師は何も理解していないかもしれないが、研究者はすでに理解している。そもそも魔力とは、母親の胎で生み出されているものだということは研究で実証されている。胎児の夢、とはよく言ったものだよ」

「胎児の夢？」

「人間が人間になるまで、胎児は胎で生の歴史を見ているのではないか、ということだ。胎児はもともとすべての人類の格を足し合わせた形で生まれる。だが、それはダメだ。すべての人間の格を処理するのに時間がかかりすぎて、人間の持つ『脳』というスーパーコンピュータであろうと処理には永遠にも似た時間がかかるのだ。それは最終的に意味を持たない。だから胎児は生の歴史を見て、じる。一つのを、一つの大きすぎるを、エッセンスとして胎でプラスされる。そのがどうであるかランダムだ。推測と傾向によるものだがね」

「それが……魔力とどういう意味を？」

ユウがその言葉を言ったタイミングで、試験管に注がれ続けてきた赤いが、完全にストップした。

吸を強くする。ユウはその痛みで思わずたじろいでしまうが、それでもが出ることはない。

「……枯渇したか。ほんとうはもうししいのだけれどね。まあ、十分集まった。それにユウ・ルーチンハーグほどの魔力を持った人間の胎だからね。きっと魔力がいいじに濃されているに違いない」

ハイドがユウのっている試験管の前に置かれている機械のボタンを押すと、彼から管が外された。管が接続されていた部分はぽっかりとが開いていた。完全にを吸い取られた彼は、どこかやせ細ったようにも見えた。顔はし青白くなり、ふっくらとしていたはあばら骨が浮かび上がっている。を吸われている途中ではほのかにピンクだったの突起も、今はどこか茶黒い。がうまく回っていないからかもしれない。

「安心したまえ、は月のがあるからね。一か月に一度……それは解らないけれど、またいつかタイミングに応じてそのは君のに満たされるはずだ。まあ、それをまた吸い取るのだけれどね。僕の研究と、アリス・テレジアのみのために」

「アリス・テレジアと、あなたは……いったいどういう関係なの」

「僕とアリス・テレジアはただの協力関係だよ。僕にとって旨味がなくなれば、同時に必要がなくなる。きっとそれは、アリス・テレジアも一緒だと思うけれどね。……さて、長く話しすぎた。ユウ・ルーチンハーグに睡眠導薬を與えろ。そして眠りについたらそのままどこかに放り込んでおけ、ああ、手錠は忘れるなよ？」

そう言ってハイドはどこかに消えていった。

そして殘された研究者がどこかボタンを押すと、ユウの意識は徐々に眠気に支配されていく。それはきっと、先ほどハイドが言った睡眠導剤のせいなのだろう。

「ハイド・クロワース……、貴様、絶対に許さない……！」

「そいつは結構。だけど、今の君の狀況で僕を殺すことが出來るのかな？　君はコンパイルキューブを奪われ、文字通り丸の狀態。しかもコンパイルキューブを取り返してもをすべて奪ったから魔力は一ミクロンも生まれない。つまり君はただの人間と同じってことだよ。ユウ・ルーチンハーグほどの魔師が最初から持っている魔力、それは僕がすべて回収してしまったからね。アリス・テレジアのために。さあ、ゆっくりお休み。そして僕の気が済むまで、僕の研究のためにを弄らせておくれ」

そして――ユウの意識は再び遠ざかった。