《いつか見た夢》第5章

その後は、青山はまたさっきまでのイキイキとした目で、思いつく限りのことを教えてくれた。 

全く、學校で普段がこれなら、の子からも嫌われることもないだろうに。ま、容は別として、だが。 

「……ところで、九鬼くん。制服が破れてるみたいだけど」 

俺の服を見て、いまさら青山が尋ねてきた。話に熱中しすぎたのか、顔がし上気している。

部屋にって來た時から、やや興気味だったのだから、もしかすると服が破れていることにも、気付いていなかったかもしれない。

「ああ、ちょっとな。どうってことはないさ」 

俺は、要所要所をぼかしながら説明したが、まさか殺されかけたなどと言えるわけはない。 

「ふーん……」 

もしかしたら、こいつは勘が鋭いので、何も言わないだけで気付いたかもしれない。 

「それならさ、これを持っていくといいよ」 

何やら警棒のようなを、青山は差し出した。

「まぁ……電気が流れるようになってるんだ」

「つまり、スタンガンっていうやつか……」 

「これなら、いざっていう時、武になるよね」 

「いいのか?」 

「いいよ。その代わり……このカメラを僕にくれない?」 

「別に構わんぜ。俺には不要なものだしな。何なら後二つ三つやってもいい」 

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「本當に?」 

「ああ、何に使うかは知らんが、別に俺にはどうでもいいものだしな」

それに、いつまでも部屋に置いておくことはできないだろう。沙彌佳が、しょっちゅう部屋を掃除するためだ。 

青山は、そこはかとなく爛々と目を輝かせていた。 

「その代わり、なるべく早く調べてほしい。あまり時間があるとは言えないんでな」 

「うん、分かった。早ければ明日明後日には、ある程度のことは分かると思うよ」 

「明日明後日には、だって?」 

「うん……やっぱり今日中の方がいい……?」

俺は首を橫に振った。 

「いいや。もちろん今日中だって構わないが、明日明後日だなんて、思ってる以上に仕事が早くて助かるぜ」 

それは本當だ。まさかそんなに早く、何か分かるかもしれないだなんて、思いもしなかったからだ。 

こういうのことは、実際には四、五日で分かっただけでも早いという。ましてや、今までに見たことがないタイプのであるにも拘わらず、だ。 

それに俺はこの青山という小男を、信頼していた。確かに、クラスの連中からしたら、暗で裏じゃ何をしているのか分からないようなこの男のことを、不気味だとか、危険なやつだとか言っているのは知っている。 

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もちろん、この俺もかつて、一年前に初めて同じクラスになった時は、そう思った。だが、こいつはただなんとなくつるんで、友達面して、いざという時には何もしてくれないような形だけの友達とは、俺は違うと考えている。

無理なことは無理とはっきり言い、できることはしっかりとやる。自分の分相応というのを、この若さにしてはっきりと自覚し、実踐しているのだ。 

それに気付いた時、俺はこいつにだけは、ただならぬ敬意を抱いたものだった。以來、俺の中で青山は、周りがなんと言おうが、気のおけないやつだと思っている。 

もちろん、利用してないと言えば噓になるが、こいつを巻き込みたくないと思っているのも事実だ。

そうこう考えているうちに、青山は先程のデジカメで撮ったデータを、パソコンに取り込みはじめている。カチャカチャとキーボードを叩き始め、何やら畫面の向こうの友達とやらと、文字で會話しているようだった。 

「そいつがお前の言う、友達か?」 

し意地悪げに言った。しかし、青山はそんなこと気にもかけた様子でもなく、 

「うん。もちろん彼以外にもいるけどね」

と、淡々と言った。 

俺もブラインドタッチはしはできるが、青山はそれに加えて、キーを叩くスピードが半端じゃなかった。そして、おもむろにメールソフトを起させ、先程撮ったデータを相手に送信したのだった。 

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「……これで良し。後は向こうが調べてくれると思う。他にも何人かにこの畫像は、 送るつもりだから、もしかしたら手経路とかも分かるかも……」 

「そんなことまで分かるのか?」

「うん。でも必ずではないけどね」 

もし手経路が分かれば、それを購したやつが分かるかもしれない。だとすれば、これ以上に幸運なことはない。あのストーカー野郎の面だって、拝めるかもしれないのだ。 

「それじゃぁ後は、お前に任すぜ?」 

「うん、いいよ。他にも何か調べておくことはある?」 

他にも、か……。 

「……指紋とかは、どうだろう……?」 

さすがに無理があるだろうが、どうせ駄目で元々なのだから、この際、出し惜しみなどせず、正直にいったほうがいい。

「……指紋……さすがにそれは一日、二日では無理だよ」

「一日、二日では無理でも、何日かかければ分かるのか?」 

「……多分。でも、それなりにヤバイことになると思うし……」 

なるほど。いくらヤバイ知識を持っていても、いざとなるとやはり怖いようだ。それに、自分がやっていることが、犯罪にすらり兼ねないことも、しっかりとわかっているからなのだろう。まぁ、當たり前なのだろうが。 

「分かった。その辺りまではやりたくないなら、やらなくてもいい」 

「……ごめん。……でもなるべく善処するよ」 

「別に、謝るほどのことじゃぁないさ。とりあえず、何か分かったら連絡してくれ」 

「……うん」

最後には、またいつもの青山に戻っていた。

すませるべきことをすました後は、青山の姉貴が持って來た、飲みや菓子を胃に収めて俺は、早々に青山邸を出た。 

その際、青山の顔が、もう帰るの?みたいな顔をしていたのが気掛かりではあったものの、そいつは仕方ないというものだ。 

というのも、トイレを借りるために部屋を出ると、なんと、そこには青山の姉貴がいたのだ。直ぐさま俺を見る顔が、先程までのお客さん向けの顔に戻ったが、 明らかに俺を疎ましく見ていたことは、隠しきれていなかった。 

そんなものを見てしまうと、さすがに早くここから出たいと思うのは、當たり前のことだ。 

まさかとは思うが、部屋を出て行った後、あのまま、あそこにいたんではあるまいな……。想像するだけで、背中に悪寒が走った。

それに………あの姉弟は普通じゃない。いや、正確に言うと姉貴が普通ではないのだ。 

俺は、先程思い浮かんだ、一線を越えているんではないかと、再び思い返してしまった。なくとも、あれは普通の姉弟のする態度ではない。 

そう、姉のくせに、まるで一人ののように、嫉妬しているみたいだったのだ。ともかく、あの姉貴には近づかない方がいいと、俺の本能が告げていた。

「カメラのことは、とりあえずは青山に任せるとして……」

さて、これからどうするか。気付けば晝はとうに過ぎ、もう3時前になろうとしていた。青山のうちでかなりの時間、過ごしていたようだ。

「ま、腹も減ったし、とりあえず飯にするか」 

俺は自販機でお茶を買い、駅に行く途中にあった公園で、遅めの晝食をとった。まぁ……弁當には相変わらずだ。……察してくれると助かる。 

『まもなく○○に到著します。お降りのお客様は………』 

電車のアナウンスが、地元に帰ってきたことを告げる。

時間はすでに4時を過ぎており、駅には學校帰りの生徒達が多くいた。朝のことを思い出し、なるべく目立たぬようにしたが、心配はいらないだろう。

これならば、怪しまれることもなく、改札を出ることができそうだ。

それに、もう沙彌佳達も學校が終わっている頃だ。この調子ならば、ちょうど良い時間に學校に著くことができるだろう。

難無く改札を抜け、一路中學校へと足を向ける。途中、妹達の學校の生徒達が、ちらほら歩いているのを見かけた。もしかしたら、もう校門辺りで待っているかもしれない。 

俺は、半ば無意識に歩くスピードが速くなっていた。

「えへへ〜♪」 

案の定、沙彌佳達は校門のところで待っており、沙彌佳は俺の姿を目視するや、一目散に走って來た。妹は、相変わらず頬を緩ませ、俺の腕にしがみついている。 

綾子ちゃんは、それをほほえましく思っているのか、優しい表を浮かべていた。けれど、俺の破れた制服を見て、怪訝な表をつくった。 

「あ、あの九鬼さん……」 

「ん? なんだ?」 

「その制服……どうしたんですか? 朝は破れてなかったですよね?」 

「あ、本當だ。なんで破れてるの? お兄ちゃん」 

「んー、まぁたいしたことじゃない。危うく轢かれそうになって、ちょいと転んじまったんだ」 

もちろん、噓はついていない。 

「えー!? だ、大丈夫? 怪我してない!?」

「ちょいとすりむいて、打ちになった程度だって。騒ぐほどじゃぁない」 

これも噓ではない……出もするにはしたが、今はもう止まっている。そんなに心配されるほどの怪我ではないはずだ。

「そう……。ならいいけど……」

沙彌佳が上目使いに、心配そうに俺の顔を覗き込んできている。綾子ちゃんも何やら考えているようで、顔をやや俯かせながら、申し訳なさそうにしていた。 

「そう心配するなよ。もう痛みもないんだ」

と言っても良い、達から心配されるのは、何故だか悪い気はしなかった。俺は、そんな二人を見て、苦笑せざるをえなかった。

翌日。

昨日から、いつもより早起きし、沙彌佳と綾子ちゃんの二人を、學校まで送ることが日課となった。もちろん、帰りも迎えに行くのもワンセットだが。

しかし、そうすることで綾子ちゃんが、しでも気が楽になるというのなら、それで構わない。 

そのせいか、昨晩、沙彌佳の言っていたところでは、うちに厄介になるようになってからというもの、綾子ちゃんは、し変わったのだと言う。 

俺には、どこがどんな風に変わったのかは分からない。けれども、綾子ちゃんにたいして、俺も父本能とでも言うのか、庇護とでも言うのか、もやもやとしてなんとも言えないが、それらに近いが沸き始めているのは間違いない。 

あのストーカー野郎にも、たっぷりとお禮を返さないと気が済まなくなった今では、綾子ちゃんといれば、その機會は必ず訪れるはずなのだから、文句などあるわけもない。

「はい、席についてー。HR始めるわよー」 

小町ちゃんの聲で、HRが始まる。今日は真面目に登校した。とは言っても、昨日が特別だっただけで、いつも真面目に學校には來ている。 

……ま、績がいいというわけでもないんだが。 

「今日も特別何かあるわけじゃないから、いつも通りな」 

小町ちゃんの口調は、相変わらず、教師とは思えぬサバサバっぷりだ。 

「それと、九鬼。あんたは晝休みあたしんとこに來るように」 

「……はぁ。はいよ」 

「なんだい、そのため息は。大あたしの仕事場でサボり決め込もうなんざ、10年早いぞ」 

「了解しましたよ、先生」 

「ったく……これでもうちょっと績が良くて可いげがあったら……」 

……あったらどうしたというのだ。

晝休みになり、小町ちゃんのところに赴くべく職員室へ移する。斑鳩や、その他數名の男子から、妬みの視線を浴びながら教室を出た。 

教室を出たところで、青山が聲をかけてきた。 

「……九鬼くん」

「ああ、青山か。なんだ、例の件もう何か分かったのか?」 

「……うん」 

「よし。職員室から戻って來たら、詳しく聞かせてもらおう」 

「……分かった」 

こいつもこいつで、相変わらず単語一言しか喋らないやつだ。まぁ、欝陶しいのよりはマシだがな。 

青山は、フラリと教室の中へとっていくのを脇目に、職員室へと足をはこんだ。 

「……でだ、分かってるのか? 九鬼。お前はもっとしっかりやればなぁ――」 

「……はぁ」

小町ちゃんは弁當をつつきながら、かれこれ十數分に渡って、くどくどと説教をたれている。俺は説教を聞き流しながら、小町ちゃんの弁當を見つめていた。

てっきり普段のイメージからか、コンビニ弁當かなんかだと思っていたが、思いの外、手づくりのものであるようで、をメインに、それでいて野菜でとりどりの中は、らしくバランスの良さげなものだった。

普段の小町ちゃんは、意外と家庭的ななのかもしれない。

(しかし……一いつになったら終わるんだ) 

第一、喋るか食べるか、どっちかにしてくれ。気になってしょうがない。

「だからな、お前はそうなんであって――」 

當然のことだが、説教など右から左だ。 

この教師は確かに人だが、俺から言わせてもらうと、どうにも""というのを、いまひとつじられない。たとえ、その弁當がいかにも、なものであったとしてもだ。

本人の前では、口が裂けても言えないが、はっきり言って、オッパイキャラ以外の何者でもない。 

やはりというのは、綾子ちゃんみたいな……って、なんで綾子ちゃんがここに出てくるんだ。 

「おい! 聞いてるのか、九鬼!」 

上の空だったことに気付いたのか、小町ちゃんは更にヒートアップし、説教が終わったのは、予鈴が鳴った直後のことだった。

こうして俺は、昨日に続いて、弁當を時間に食べそこねたのだった。 

教室に戻り、青山の姿を探したが、席を外していて見當たらなかった。代わりに、斑鳩達からの質問責めをけることになるなんざ、全くついてない。 

一日の授業が終わり、俺は斑鳩達から聲をかけられるが、手でそれを制し、青山のところへと向かう。 

「よぉ、晝休みは悪かったな。思いの外、小町ちゃんの説教が長くなったんでな」 

「……うん、それはいいよ。予想もしてたしね」 

「そうか」 

青山は頷いた。 

「で、悪いが弁當食わしてもらいながら、話聞かせてくれ」 

「……うん、いいよ」 

俺はバックから弁當を取り出し、昨日に続いて遅い晝食をとりはじめた。 

「で、どこまで分かったんだ?」 

「うん。まずあのカメラは、今まで見たことがなかったと言うのは、言ったと思うんだけど」

俺は飯を食らいながら、頷く。 

「それであれが、最新のものであることは、予想がついてたんだ。だけど……」 

「だけど?」 

「なんて言うのかな……どうもあれは、一般に売られているじゃないみたいなんだ」 

「一般に売られてない?」 

「うん」 

青山は、簡潔だがはっきりと力強く聲にした。 

「じゃぁあのカメラは、一どうやって手にれたと言うんだ?」

「ごめん、それはまだ分からないけど……ただ、かなり特殊なものみたいなんだ」 

「どういう風に特殊なんだ?」 

「まず、素材からして普通の監視カメラとは違うんだ。

細かいことは省くけど、普通、 監視カメラってプラスチックであったり、ちょっと大きいであれば鉄製の外殻で、カメラそのものを覆ったりするんだけど、あれはカメラそのものが既に、外殻でできているし、鉄やプラスチックというわけでもないんだよ」 

「……」

こいつは驚いた。あのカメラは、そんじょそこらじゃ手にれられない代だったらしい。 

俺はもはや弁當を食べることなど忘れ、青山の話に耳を傾けていた。 

「しかも、カメラそのものが、とてつもなく高能なんだ。それにこれは友達とも話したんだけど、同規模のカメラとしては、間違いなく世界で一番の高能カメラだと思う」 

「……」

自分が思っている以上に、話が突飛すぎて、言葉を失ってしまった。 

自分が何気なく手にれたものが、まさか世界一などという評価を得ようとは、思いもよらない。確かに言われてみると、あれは監視カメラとしてはあまりに小さかった。

手で握っても、すっぽりと包みこめるほどだったのを思い出した。

「おまけに、赤外線カメラモードまでついてて、もはやただの監視カメラの域を越えてるよ」

「……それじゃぁ、手経路なんてもう分かりそうにない、かな……」 

俺は、椅子にうなだれてしまった。そんなご大層なものでは、まず市場に出回っていない。そこからの手経路なんて、調べようもないではないか。

折角こちら側からの、最大の反撃材料になりかねないものだっただけに、ショックは大きかった。 

「いや、まだ諦めるには早いと思う」 

「まだ、何かあるのか?」

青山の言葉に、うなだれた頭を上げた。

「うん。あれだけ高能で市販に売られてないと分かれば、かなり特殊な狀況で作られて、かなり特別なルートで流されたものだと思うんだ」 

「……なるほど。闇のルートってやつか」 

噂には聞いたことがある。合法ではさばけないような代を、高額でさばき、莫大な利益を生んでいるという話だが、前に本で読んだことがある。 

その時は、半ば憂き世離れした容に思えたが、今はそれが実となって理解できた。最も有名で、最も悪質なのは、言わずと知れた麻薬だ。

しかし、例のカメラがいくら世界でもほとんど出回っていないだとしても、そいつはいくらか考えすぎな気もした。おまけにそんな代が、一カ所にいくつも取り付けられていたのだから、なおさらだ。

「……とりあえず、今分かってるのはこれくらい」 

「ああ……すまんな、ありがとうよ」 

「……いいよ。あんな高能なカメラが手にったんだから、安いよ」 

「ま、ことが片付いたら後払いで、後二つばかしやるよ」 

その言葉に、青山は歓喜の笑みをこぼした。 

青山と別れた後、話に夢中になって食べ忘れていた弁當を、急いで胃袋におさめ、足早に學校を出た。 

斑鳩達が、終始俺と青山の話に、聞き耳を立て、まだかまだかと様子を伺っていたが、俺は、連中の遊ぼうと言ういを斷って教室を出てきたのだ。斑鳩は明らかに不満そうな顔をしていたが。

(しかし……そんなものを、惜し気もなくストーキングの道に使うなんてな) 

青山の話を聞いた俺は、あの野郎のことを頭の中で反芻させていた。だが、これで報をえることができれば、、ある程度の人像は絞れてくるかもしれない。 

そして、ただ一つだけ確信したことがある。このストーカー野郎は、ただのストーカーではなく、とてつもなくヤバイ奴なのだということだ。 

どこで手にれたか知らないが、普通では手にらないカメラを、なくとも3臺は用い(恐らくはそれ以上)、対象に近づく者は、容赦なく攻撃し、あげくに対象を孤立させようとしているのだ。 

事実、俺も一度は殺されかけたのだ。 

だがな、ストーカー野郎。たとえ、お前が最狂のストーカーでもな、あくまでお前はストーカーに過ぎない。 

社會不適合者なのだ。俺は、お前を許しはしない。もし、俺の周りの人間を傷つけてみろ、地獄の果てにだって追いかけて、お前をやってやるからな。 

覚悟しておけよ……。

俺は一人、厳粛に誓いをたてた。

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