《いつか見た夢》第6章

あれから一週間が経った。ストーカー野郎は、今のところ不気味なくらいに姿を見せない。 

奴の姿を見たのだって、たった一度きりだけだが、例のコールタールのような視線を、ここ數日間、ただの一度もじなかったためだ。 

だがしかし、こういう時こそ油斷してはいけないのだ。この數日間は、言うならば嵐の前の靜けさと言っても過言ではないはずだ。 

計算高い奴のことだから、何か企てる準備をしているに違いないのだ。この一週間は、こちらを油斷させ、陥れるための準備と潛伏期間に違いない。 

奴にとっての、この期間が後どれほどなのかは分からない。だが俺には、決して油斷はないと思うんだな、ストーカー野郎。 

「ねぇ、お兄ちゃん」 

「なんだ?」 

「例のあやちゃんのストーカー……最近何も音沙汰なくなっちゃったけど、諦めたのかな?」

沙彌佳の言葉に、綾子ちゃんもこちらをうかがっている。

「まだなんとも言えないが……俺は諦めてなんかいないと思う」 

綾子ちゃんは、もしかしたらと思っていたのだろう、途端にその整った眉を眉間によせた。 

「あれだけのことをするような奴だ、多分、そう簡単に諦めることはないはずだ」 

時間は遡るが、俺は誓いを立てた翌日、休日ということもあって、青山を引き連れ、綾子ちゃんのうちに再び訪れた。本格的に、家の中にあるであろう、盜聴や例のカメラを探すためだ。

青山は、俺にはよく分からない道を使い、盜聴を探し始めた。一高校生が持つようなではないと思ったが、口にはしなかった。

沙彌佳と綾子ちゃんは、初めて會った青山に戸いはしたが、そのに打ち解けたようだった。沙彌佳も綾子ちゃんも、元々人を外見だけで判斷しないため、青山の仕事を興味深げに見ていた。 

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結果、家の中には、ほぼ一部屋に一つから二つもの盜聴がしかけられていた。例のカメラも、綾子ちゃんの部屋は言うに及ばず、二階のトイレや洗面所、所と風呂にあったのだ。 

しかも、それらはうまくカムフラージュされ、青山の言うところでは、完全に、新しいに取り替えられていたのである。 

そして、その新しく取り付けられたに、例の高能カメラを仕掛けたのだ。全く……あまりの徹底ぶりに、俺はもはや呆れてものも言えない。

當然、綾子ちゃんはそれらが見つかっていく度に、顔面を蒼白とさせていったのは、言うまでもなく、さすがの妹も、最初のように興味津々とはいかなかったようだ。 

特に、自分の部屋に仕掛けられていた時には、あまりの気恥ずかしさに、部屋にろうとすらしなかった。

けれど、不謹慎な話、俺は別の意味でドキドキしてしまっていた。きっと青山にいたっては、なおのことだろう。

その後、綾子ちゃんの家を出て、再びうちにもどってきた。もちろん、青山も一緒だ。今度はうちを、例の機械を使って探索してもらうためだ。 

綾子ちゃんがうちに來てから、そういったものが仕掛けられていないと限らない。 それに、うちは綾子ちゃんの家に比べ、比較的侵しやすい作りなのだという。

なるほど、ならばうちにもそれがないかどうか、確かめてみたくなったのだ。うちは晝間は、誰もいなくなりがちだ。それを考慮すれば、しておくに越したことはない。

案の定、早速いくつかの盜聴がしかけられていた。數そのものは、綾子ちゃんの家の比ではなかったが、これには俺も沙彌佳も、開いた口が塞がらなかった。 

例のカメラも一応探してみはしたが、見つけられなかった。 

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カメラは、かなり徹底されたカムフラージュが施されていたことを考えると、そう簡単に、取り付けられるものではないと言う。 

青山は、一通りの仕事を終えると、俺に機械の使い方を教え、帰っていった。さすがにいくらなんでも、毎週毎週、付き合わせるわけにはいかない。

俺は帰り際に、禮を言い、移中に青山の姉貴が、なぜか事あるごとに視界に映っていたことを告げると、綾子ちゃんに代わって、今度は青山が顔を青くさせていった。 

「……でも、とりあえず今すぐにでも、奴が何か仕掛けてくるとは思えないけどな」 

二人をしでも安心させようと言うが、そんなのは、気休めに過ぎないのは分かっているつもりだ。

二人を學校に送り屆け、俺も高校へと向かう。 

青山に依頼した件も、まだ全容は摑めていないし、奴も何も仕掛けてこない。自分でこうにも、頼みの綱である、青山がまだ分からないと言うのなら、八方塞がりというものでどうしようもない。 

何かあれば隨時、俺に連絡するように言ってあるから、今は焦らない方がいいだろう。

(とにかく、青山の結果待ちだな……) 

俺は小さくため息をついた。 

放課後、教室から出ようとした時、青山に呼び止められた。 

「九鬼くん。ちょっといい?」

「ん? ああ」 

この數日、青山は人が変わったように思う。まず、喋り方が以前のようなボソボソとしたものではなくなっていた。依然、小聲ではあるが。 

どうも聞くところによれば、彼ができたということだった。最初は、その話を聞いて羨ましいと思ったりもしたが、相手のことを聞いてゾッとした。 

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ショートパンツを履いた、溌剌とした年上のお姉さんだった、という話だったからだ。青山の家にいった際に、脳裏をよぎったことが再び、蘇ってきたのだ。

この先、こいつがどういう人生を歩むかは知らないが、決して穏やかなものではないと悟った。 

この男の雰囲気が変わったのは、その覚悟の上だからかもしれない。

「……ここじゃちょっと無理そうな容か? って、當然か」 

青山は頷いた。今、掃除當番達が教室を掃除し始めようとしていたので、俺たちは例の技棟へと赴いた。 

「ね、ねぇ……ここってっちゃいけないんじゃなかったっけ?」 

「まぁ、本當はな。でも、意外に大丈夫みたいだからさ」 

俺達は、技棟の屋上への扉がある場所まできた。それにここなら、気兼ねすることなく話せると思ったからだ。

「例の件のことだろ? 話を」 

聞かせてくれ、とまでは言えなかった。 

「あなたたち、何してるの?」 

突然の聲に俺達は驚いて、階下に目をやった。そこにはあの、藤原真紀があの時と同じくして、そこにいた。 

「とりあえず、あのカメラのことだけど……」 

あの後、藤原真紀に屋上の扉を開けてもらい、屋上で話を聞くことになった。 

「どうも、ある大企業が依頼して作ったものらしいんだ」 

「ZONYとかか?」

青山は首を橫に振った。 

「分からない。それ以上、匿になっていては無理だったみたいだから。ただ、作るよう依頼したのは、ある製薬會社なんじゃないかって。でも、あれは逐一監視する目的で作られたのは、間違いないよ」 

「製薬會社? 製薬會社がなんだって、そんなものを………まぁいい。いずれ分かるかもしれないしな。

それでその口ぶりからすると、あのカメラ、使ってみたのか?」 

青山は、意味ありげな含み笑いをしながら続ける。

「試しにね。はっきり言って、ただの監視カメラのレベルじゃないけどね、あれは」 

青山が言うには、昔の劣化したビデオテープから、一気に最新のブルーレイにまで飛躍している程なのだと言う。 

「……何か、別の目的があって作られたってことか?」

「それも分からない。でも、友達も同じことを言ってたよ」 

「まぁいい。それも気にはなるが、問題はどうしてそんなものを、何臺も奴が持ってたかってことだ」

「いくつか推測はできるけどね。そもそも、その依頼した企業の人間だったとか。もしくは、作った企業側の人間だった、とかね」 

「……あるいは、元々非合法のものを売りさばく売人、か」 

「それもありうるね」 

「だが、もし仮に売人だとして、本當に自分の商品なら、売らずにあんなことに使ったりするものかな?」 

「どうだろ? でも、九鬼くんの言うストーカーなら、ないとも言えないかも」

確かにそうだ。奴は、邪魔になった俺を殺そうとしたのだ。利益うんぬんなんてものは、どうでもいいかもしれない。 

もちろん、それは推測の一つに過ぎない。奴が、ただの客の可能だってある。 

「奴が客の可能もあるよな?」 

「もちろん、ないとは言えないね。今だったら所謂、株長者っていう人種もいるしね」 

「なるほど。株で稼いだ金で、趣味の悪いことにつぎ込んでいるわけだ。そいつが本當なら、全く、金使いのいいこったな」 

「それに、あれがいくら市場に出回っていないと言っても、企業が全くの無償で作っただなんて考えられないよ。

企業間にしろ、なんにしろ、かなり法外の値段がすると思うんだ。一臺だけならまだしも、個人で何臺も所有するには、相當なお金が必要なのは間違いないよ」 

青山のいうことは、ごもっともだ。

青山が黙り込んで、再び口を開きかけたとき、先程まで素知らぬ風に、俺達からし離れた場所にいた真紀が、口を挾んできた。 

「それはどうかしらね」 

「なんだ? ……部外者が口挾むもんじゃぁないぞ」 

「そうね。でも考えが纏まらない時こそ、第三者の意見も取りれるべきじゃない?」

「あんた、話、聞いてたのか」 

「別に聞きたくて聞いてたわけじゃないわよ。たまたま耳にってきていただけ」 

青山は、どうもこのが苦手のようで、態度にそれが出ていた。もちろん俺だって、あまり好きではない。外見が悪くないだけに、妙に癇に障るのだ。

「……そうかい。で? その第三者の意見ってのを聞かせてくれよ」 

「あら、聞く気になったの?」 

「あんたが言い始めたんだろ。さっさと言いなよ」 

「もう、せっかちね。まぁいいわ。あなたたち新聞は読む?」 

「一なんの話だ。俺はそんなこと、これっぽっちも聞いてないぞ」 

「いいから。新聞は読む?」 

「ちっ……読むけど、それがどうした」

青山も、続いてそれに肯定する。 

「新聞って、いかに早く、いかに正確に報を伝えるかというのが、役割よね」 

真紀は、俺と青山の顔を互に確認して、話を続ける。 

「でもね、その報がもし、必ずしも本當でなかったら? 起こった事柄が本當でも、その容が歪められていたら? ……そう考えたことはない?」 

何が言いたいのだ、このは……。 

「誰かに意図的に、作されてると言いたいのか?」

「まぁ、そうなるかしらね」 

真紀は、俺の目を見據えながら言った。 

「……ない……とは言えないと思う」 

「おいおい。青山はこんなの言っていることを、信じると言うのか?」 

「もちろん、全て信じているわけじゃないけど、例えば、容をぼかしたりなんかはあるかも」 

容をぼかすだって………?」 

「うん。こういった作なら、現代に限らず、昔から行われてることだしね。

歴史だってそうだよね? 実際には違っていても、その時代の権力者によって、良いように歪められてる部分って結構あるからね」 

「た、確かにそれはそうだが……」 

かと言って、それを今當たり前のように言われても、俄かに信じがたい。

「それで君は……それが今回のことと何かが関係してると?」 

青山が、遠慮しがちに真紀に問い掛ける。 

「つまり、手方法よ。必ずしも売人だとか、客とは限らないでしょ?」

「なんだそれは? だとしたら後は盜っ人くらいしか考えつかないぞ」 

「ちゃんと分かっているじゃない」 

真紀は、薄く笑いを浮かべた。その仕種は、とても自分と同世代とは思えないほどの妖艶さを醸し出していて、俺は思わず生唾を飲み込んだ。

「お、おいおい、だとしても、どうやって盜み出すってんだ。第一、それと新聞の話がどう繋がってるってんだ?」 

真紀にじてしまったことを、悟られないよう、つい、語気を強めてしまう。

「さあ? それは調べないと分からないわよ。あくまで他にもやり方があるんじゃないって話でしょ」 

……全く、本當にこのとはやりづらい。しかし青山は、手を顎にあて、何か考えているようだ。 

「一般にはで手にれられない……盜っ人……報の隠蔽……」 

……なんなんだ、一。青山は深く考え出すと、人の呼びかけにも反応しなくなる癖があったようだった。俺が何度も呼びかけても、反応しなかったからだ。 

しばらく一人考えていた青山が、ふいに俺に話しかけてきた。 

「九鬼くん。綾子ちゃんがストーカーされるようになったのって、いつ頃から?」 

「俺も詳しくは知らないな。それと何か関係があるのか?」 

「ちょっと思い付いたことがあるから、調べてみようと思って。帰ったら綾子ちゃんに聞いてみてくれないかな?」 

「……何がなんだかわからんが、聞いておいてみよう」

「ありがとう、大でいいから。とりあえず、分かったら連絡してほしい」 

「分かった」 

真紀は何か勘づいているのか、ほくそ笑んでおり、青山は青山で、何を考えてるのかさっぱりだった。 

俺一人だけ理解していないのは、なぜこんなにまで、疎外じるのだろう……。 

青山と屋上で解散した俺は、荷を取りに一旦教室へ戻ると、時刻はすでに十六時を大きく回っていた。これでは、中學校に著く頃には十七時を過ぎそうだ。隨分と青山達と話し込んでいたらしい。

攜帯を取り出し、沙彌佳に電話する。何度目かのコール音が鳴った後、沙彌佳の聲で、電話でおなじみの喋り文句が聞こえた。

「もしもし、沙彌佳? 悪い。今からそっちに行くから、もうしばらく待っててくれ」 

『もう、お兄ちゃん遅いよー』 

「悪かったって。そん代わり、帰りにうまいもん奢ってやっから」 

『本當!? だったらキシマイ堂のパフェがいいな〜』

「よりによってあそこのかよ……あそこ味いけど、高いんだよな……」 

『でもお兄ちゃん、おいしいの奢ってくれるって言ったよね?』 

「い、いや、そうじゃなくて、別にあそこのじゃぁなくても良くないかって意味だ」 

『私と綾子ちゃんは、キシマイ堂のパフェが食べたいのです』 

「綾子ちゃんもって……絶対口からでまかせだろ、それ……。単純におまえが食べたいだけだろ?」 

『それはどうかな〜? はい』

一拍おいて、今度は綾子ちゃんの聲が、流れて來た。

『ぁ、もしもし。あ、あの……わ、私もキシマイ堂のパフェ、食べたいです……』 

なんということだ。君もか、綾子ちゃん……。 

『へっへっへ〜。2対1だね〜お兄ちゃん!』 

いや、きっと沙彌佳は最初から、これを機に、俺に何か奢らせようとしていたのかもしれない。

「くっ……後で覚えてろよ」 

俺は妙な敗北を覚えながら、電話を切った。 

現在、18時になろうというところだ。家とは反対方向の電車に乗り、俺達は今、キシマイ堂というカフェにいる。 

この店は、カップル達の間で有名な店で、ある特定のカップルがここで、ある特定はのを頼むと、既事実を作ることができると、専らの噂らしいのだが、何の既事実であるかは、俺は知らない。 

まぁきっと、良くあるジンクスというやつなんだろう。 

しかし、この店にった時、なんとあの青山の姉貴と顔を合わすことになろうとは、思わなかった。どうやら、ここでアルバイトしているようだったが、それにしても驚いた。 

しかも接客の際、ありがとう、あなたのおかげです、なんて意味深なことを言われたら、なおさらだ。 

本能が、深く追及するなと告げていたので、何も言わないでおいたが、それはきっと、青山の最近の態度とも、何か関係があるに違いないと確信した。

「えへへ〜いただきま〜す♪」 

「あの、九鬼さん、いただきます」

「どうぞ。いただいちゃってくれ」 

二人は、特大パフェを二人で食べるつもりらしい。はっきり言って、俺には例え二人でだとしても食べ切れる自信はない。まぁ、それくらい大きい。 まさに書いて字のごとく、特大である。 

それにしてもこの二人が一緒にいると、どんなことも絵になってしまうのが不思議だ。目の前の二人は、そんなのどこ吹く風と言わんばかりであったが……。 

とはいえ、これで聞きにくいことも、聞きやすくなると言うものだ。 

「なぁ、綾子ちゃん。ちょいと聞きたいことがあるんだが」 

「はい?」

綾子ちゃんは、その食べる手を止め、ごとこちらに向けた。當然のように一旦スプーンを置いて口を拭いている様は、とても優雅で一分の隙もない。 

「綾子ちゃん、ストーカーされているように気付いたのって、いつくらいか覚えてるか?」

「え? ……そうですね。三、四ヶ月程前からでしょうか……」 

「四ヶ月前か……。すまん、ちょっと電話してくる。すぐに戻るよ」 

「はーい。いってらっしゃーい」

……妹よ。お前はもうし、綾子ちゃんを見習ってくれ。 

俺は、攜帯を取り出しながら店から出る。三回目のコールの途中、青山が電話に出た。

『……もしもし』 

「よぉ。今綾子ちゃんに聞いてみたんだが、ストーカーに気付いたのは四ヶ月くらい前かららしい」 

『四ヶ月前か……』 

「なぁ、お前さん、さっきもそんなだったが、一何を考えてるんだ?」 

『うん、ちょっとね。まだ確信できていないし、なんとも言えないけど、ストーカー正が摑めるかも』

「ストーカーされてるのに気付いた時期が、それに必要だってのか?」 

『うん。正確には、その期間前後に、ニュースで何か起こってないか調べたくて。 

それに今回の事件は、結構が深いような気がしてね……』 

正直、そいつは考えすぎなんじゃないかと思うが、口にはしなかった。 

「分かった。後、何か聞いておかなくちゃならないことはあるか?」

『今のところ、特にはないよ。結果はすぐに分かると思うから、明日にでも學校で』 

「分かった。相変わらず、仕事が早くて助かる」 

むしろ、早すぎのような気もするが、それは本當だ。そもそも、いくら正を摑めるかもしれないと言えど、この程度のことで、本當にそこまでのことができるのか、あまり期待はしていない。

「それじゃぁ何か分かったら、明日詳しく聞かせてくれ」 

『うん、そのつもり。それじゃあまた明日』 

俺は電話を切って、店に戻って行った。

電話での青山とのやり取りは、わずかに三、四分にすぎないはずだったが、あの特大のパフェは、すでに殘り半分もなくなっていた。

は、甘いものは別腹というが、全くその通りだと、つくづく思いさせられた。

「よぉ青山。調べついたか?」 

翌日の放課後、俺は青山を昨日のように技棟の屋上に呼び出した。不本意ながら、藤原真紀も一緒だ。 

「うん。やっぱり持つべきは友だね。かなり面白いことがわかったよ」 

青山が、持つべきは友だなんて言うと、笑えてしまうのはなぜだろう。 

「ふむ。どんなことが分かった?」 

「まず、もう五ヶ月近く前の話なんだけど、K県Y市でトラックによる通事故があったんだ。単獨事故みたいなんだけど」 

「単獨事故?」 

「もちろん、事故そのものは決して珍しいものではないんだけど……中がね」 

「なんだったんだ?」

「うん。……當時の記事には、トラックが運んでいたのは、デジタル機としか書かれていなかったんだけど……。調べてもらったら、どうも、これがただのデジタル機ではなくて……」 

「あのカメラだって言うのか?」 

つい力んでしまい、凄んでしまった。青山は、ややためらいがちに頷いた。 

「確証はないよ。でも、最新のカメラのようなだったことは間違いないみたい。それもかなり小型のね。話を聞く限り、そうとしか考えられないんだよ」 

青山は続ける。 

「そして、その事故がただの事故なら、あまり気にもならなかったんだけど、そのトラックの運転手が、謎の失蹤をとげてるっていうのに引っ掛かったんだ」 

「行方不明?」 

「おかしいでしょ? テレビでは話題にすらしていなかったようだし、當時の記事も、扱いがすごく小さかったみたいなんだ。

事故ってだけで、なくとも、その日のニュースくらいにはなるはずなのに」 

言われてみれば、確かにそうだ。 ほとんど話題にすら上がらなかったのは、おかしい。

「確かにおかしな話だな。普通、運転手が行方知れずときたら、ワイドショーのいいネタになるはずだしな」

「ワイドショーどころか、翌日のトップニュースだってありうるよ」 

青山の言葉に、俺は頷いた。

なぜかその時、漠然と俺に不安がよぎった。ストーカー野郎とのこともあり、この事故と今回のこと、見えない部分で繋がっているような気がしてならなかったからだ。

「それにね、事故の対応も凄く不審なんだよ」 

「どういうことだ?」

「普通、事故があれば、必ず警察が來るよね?」 

「ああ。昔、自転車に乗ってるときに原付きにぶつけられたことがあったが、その時にだって來たな」 

「そう、よほど小さなものじゃない限り、たいていの場合、警察は來るものなんだけど、この時は、警察の前に別の人達が來て対応したらしいんだ」 

「別の人達だと? なんなんだ、その別の人間ってのは」 

「殘念だけど、そこまでは……。ただ、トラックの荷臺にあったものと、運転手を探してたのは、間違いないみたい。 

その人達が帰って後に、警察が來たみたいなんだけど、どうもその人達が警察に連絡させなかったみたいなんだ」 

それは珍妙な話ではないか。まるで警察が來る前に、撤収しなければならない理由でもあったというのか? 

「その事故のあった近辺に住んでる人達に、友達がわざわざ聞いてくれたみたいでね、この辺の話は、信憑を持っていいと思う。 

おまけに、そのトラック、タイヤが破裂したみたいになってたって話だよ」 

「なるほどな。でもな青山。そいつと今回のストーカーとどう結び付くというんだ? まるで、その事故の當事者が今回のストーカーとでも言っているみたいだ」

「……実はね、九鬼くんからもらったカメラから、指紋が出てきたんだ。信じられないかもしれないけど……」 

「おいおい、まさか本當に、指紋まで特定したのか?」 

「あ……ま、まずかったかな、やっぱり」 

「いや、そんなことはないぞ。ただ、あまり乗り気じゃぁなかったろう? だからな……」

そう、まさかこの青山が、そこまでのことをしてくれるとは思わなかったのだ。

「……で、データベースにアクセスしてみたんだけど」 

なんと、この男はの危険を省みず、データベースにアクセスしたらしい。こいつは想像以上のハッキング能力があるようだ。

だが、そんなものにアクセスすれば、指紋はおろか、その人間の學歴・職歴、趣味や格、場合によっては、報すら得られることだってあるのだという。

「何かひっかかったのか?」 

「……うん」 

青山が、妙な間をおいて肯定するが、何かが納得いかないといった風だ。

「……その、はっきり言うと……その指紋の人はすでに、死んでる………みたいなんだ」 

「……なんだって?」

多分、この時の俺は、間抜けな顔をしていたことだろう。青山が口にしたことは、それほどに予想だにしなかったことだった。

その男の名は、生義則がもう よしのりというらしい。 

「おいおい、まさかお前は幽霊がストーカーしているとでも言いたいのか?」 

「まさか。僕は幽霊は信じているけど、それとこれは全く別と思ってるよ」 

だとしたら、最近やつが現れないのももしや死んだからなのか? しかし、こうも都合良くこのストーカー野郎が死ぬだろうか。 

死亡時期がいつかにもよるが、俺は淡い期待を抱きざるをえない。

「そいつが死んだのは、いつか分かるか?」

「もちろん。すでに、1年以上前に死んでるよ」 

もしやとは思ったが、やはり違ったようだ。だが、この生という男が何かしら関わったと思われる代が、こんな犯罪に使われていたのだ、こいつは、々と調べてみる価値はあると言えるだろう。 

「……確か、指紋というのは三〜四年なら、殘ると聞いたことがある。そいつが最後にったのが1年前だとしたら、あのカメラに何か関わった可能はないかな?」 

「ないとも言えないね。でも結局は、なんの打開にもならないかもしれないけど……」 

「……そうだな、お前の言う通りだ」 

結局は、直にあの野郎を捕まえないとなんの意味もないのか。するとここで、今まで黙っていた真紀が口を開いた。 

「……あなたたち、さっきからすごく面白いこと言っているけど、単純にその人が関わった人を調べれば良いと思わないの?」 

「「あ……」」

俺と青山は興で、そんな単純なことにも気付かないほど、冷靜ではなかったようだ。 

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