《いつか見た夢》第9章

食後、部屋に戻って今日起こったことを思い返していると、ノックの音の後に沙彌佳が顔を覗かせた。

「お兄ちゃん、お風呂いいよ」

「ん、ああ。ありがとうよ」

普段は、部屋に戻るとすぐ部屋著に著替えるのだが、今日は幸い著替えるのを忘れ、帰ってきた時のままの恰好だ。自分が怪我をしていることは、悟られたくない。

「……どうした?」

いつもであれば短いやり取りの後、沙彌佳はすぐに部屋へと戻って行くが、今日は違った。

「………」

沙彌佳は伏せ目がちにこちらをチラチラと視線を向けてきていたが、意を決したのか、ゆっくりと話し始めた。

「あ、あのさ……お兄ちゃん。……お兄ちゃんって今……その……好きな……人、いる?」

「……は?」

「だ、だから! 今好きな人いるのかって聞いてるの!」

「どならんでも、ちゃんと聞こえるぞ」

「むー……それで好きな人、いるの? いないの?」

「というかな、何が悲しくて妹に自分の想い人の有無を言わないとならんのだ?」

「いいから!」

「うわっ……分かった、分かったから近くで喚かないでくれ」

沙彌佳は、わざわざ俺のところまで歩み寄り、大聲を出した。全く、そんなことしなくとも、聞こえるというのに……。

「んー……まぁ……なんというか……いると言えばいるし、いないと言えばいない、かな?」

「なにそれ!? 正直に言ってよ!」

「だから、近くで喚くなって。それにこいつは間違いなく本心だぞ。正直、自分でもよく分からん」

「噓! 本當はいるんでしょ! 噓なんてつかなくったって分かってるんだから!」

「あのなぁ……なんでわざわざ噓つかないといけないんだ? 第一、俺に好きな人がいたとしてだぞ、そいつがおまえに何か関係あるってのか?」

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「え……? だ、だって……。と、とにかく! それっているってことでしょ!?」

「だから分かんねぇって。それに好意は持てても、人にしたいとかってのは、また別問題だろ」

全く……そもそも、何故こんなことにわざわざ熱くならにゃぁならんのだ。

「やっぱりいるんだ……お兄ちゃんって昔から、図星つかれるとすぐはぐらかそうとするもんね」

喚かなくなった途端、今度はなんだ。沙彌佳は、その綺麗な顔を悲壯に歪ませ、やや俯き加減に話し始めた。

「……最近、お兄ちゃんすごく変だよ。何かに追われてるみたいだよ……ねぇ、何か私に隠してない?」

その言葉にドキリとしてしまった。確かに隠しているが、かといって言えるわけでもない。ましてや、ストーカー野郎と格闘しただなんて言おうものなら、卒倒しかねない。

そうはならずとも、綾子ちゃんの耳にるのも時間の問題だ。綾子ちゃんは、ただでさえ俺に気を遣っているきらいがある。

できるものなら、そんな風には思ってもらいたくはないのだが、それが無理ならば、なくとも余計な心配までかけさせたくない。

「沙彌佳……あのな、本當に俺は特別好きな人はいないんだ。それに何も隠しちゃいない」

「本當に……? ならなんで最近、あやちゃんのことばかり見てるの……?」

「な、なんだって?」

「お兄ちゃん、あやちゃんがうちに來てから、あやちゃんのことばかり見てるよね?」

「そんなことは……」

「そんなことあるよ……私がどんなに抱き著いても、どんなにお兄ちゃんのこと想っていても……お兄ちゃん、必ずあやちゃんのこと探してるもの……今まではそんなことなかったのに」

何も言うことができなかった。 言われて初めて気付いたと言った方がいいのだろう。

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確かに俺は、いつしか綾子ちゃんのことばかり見ているようになっていたのかもしれない。綾子ちゃんは綺麗な顔立ちをしているし、沙彌佳がそう思うのも無理はないかもしれない。

あの朝の獨白では、ただのブラコンが増長された程度にしか思わなかったが、今は違った。あの時と違い、そこに何か強烈な意味が込められているようにじる。

「沙彌佳……」

「ねぇ……取られたくないよ……。私、お兄ちゃんを誰にも取られたくないよ……それがたとえあやちゃんでも」

沙彌佳はそう言って、俺を抱きしめてきた。抱きしめる左手が、ちょうど怪我をした部分を強く摑む。痛みに思わず顔をしかめた。

痛みには大分慣れ始めていただけに、この不意打ちには、かなりの痛みをもたらした。

「お兄ちゃん……私ね、最近夢を見るの」

「夢……?」

「うん。すごく変な夢……私が何かに巻き込まれて、お兄ちゃんが私を助けようとするの」

「……」

不思議なことにその夢は、いつかに俺も見たことがあったような気がした。 

「もう、どうしようもないくらいの狀況でね……最後に私がお兄ちゃんに何か言おうとするの。何かとても大切なことを言おうとしてるんだけど、いつもそこで目が覚めちゃうんだ。

……だからね、最近すごく不安になるの……誰かに取られるんじゃないかとか、そうじゃなくて、どこか遠くに行っちゃうんじゃないかって……」

なるほど。近頃の沙彌佳の態度はそういうことだったのか……。心配させまいとしていた行が、沙彌佳には逆に心配させていたとは。

俺は沙彌佳をなだめるように、なるべく優しくその長く、綺麗な髪をすいた。

「沙彌佳……大丈夫だ。俺はどこにも行かないよ」

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「……本當? 私から離れて行っちゃいやだよ……?」

「俺が噓ついたことあるか?」

沙彌佳はに顔をうずめながら、ゆっくりと首を振った。

「俺は沙彌佳の兄貴で、沙彌佳は俺の妹だ。何があろうと絶対に離れることはないんだ」

左腕を沙彌佳の背中へとまわし、抱きしめた。この時、ふいに沙彌佳のことがおしくじたのだ。

「……妹のままじゃ……だよ?」

最後の呟きは、俺の耳には屆くことはなかった。

しばらくの間抱きしめあっていたが、沙彌佳の方からゆっくりと離れていった。

「ごめんね、お兄ちゃん……わがままなことばかり言って……」

「いや……」

沙彌佳はし寂しそうな笑顔を見せながら、部屋を出て行った。

妹が出ていこうとした時、なぜだか引き止めようとして手をばそうとしたが、何かがそれを阻んだ。引き止めてどうしようっていうんだ? これ以上、お互い何を言うわけでもない。引き止めたって、沙彌佳を勘違いさせるだけだ。

俺はかぶりをふった。……勘違いだって? なにをだ? 今一瞬、考えてはいけないことが脳裏に浮かんだからだ。

「……頭、冷やさないとな」

沙彌佳に摑まれていた右腕の怪我が、ズキズキと今更痛みを自己主張し始め、またが滲み出していた。

翌朝、いつものごとく沙彌佳に起こされ、のんびりと休日の朝を過ごしていた。

(昨日のうちに生の家に行っておいて良かったな)

右腕を軽くさすりながら、今日という休日に謝した。というのも、昨夜は傷の痛みで全が熱くなり、まともに寢ることができなかったからだ。

普段なら7、8時間は寢るのに、たった1時間かそこらしか眠れなかった。おかげで今もまだし眠いのだが、耐え切れなくなったら後で晝寢でもすれば良いだろう。

もっとも、生の家に行くことさえなければ、怪我だってすることもなかったし、寢不足にもならなかったのもしれないのだが。

ピンポーン

インターホンの電子的な音が部屋の中に響く。

「誰か來たみたいだな」

「私が出るよ」

そういって沙彌佳は席を立ち、玄関へと出て行った。俺は沙彌佳の聲のトーンがいつも通りだったことに、やけに安堵している自分にはっとした。沙彌佳が単にそう見せないよう、演技をしていないとも言い切れなかったが。

結局昨晩は、風呂にっていた時も、あがった後も、沙彌佳のことばかりで全く頭を冷やすことができなかった。眠れなかったこともあって、ベッドの中でも考えっぱなしだったのだ。

「あやちゃーん、あやちゃん宛てみたいだよー」

「私に? 誰からだろう?」

玄関から沙彌佳の聲が、綾子ちゃんを呼んだ。彼も沙彌佳にならって席を立ち、玄関へと向かっていく。ふと、この時、妙な騒ぎを覚えた。

……この嫌な覚は……そうだ、例のストーカー野郎と対峙した時のような……。そもそも、綾子ちゃん宛てに屆け? それはおかしくないか?

綾子ちゃんがうちに來ていること知っているのは、いつも來ているという、家政婦さん一人だけのはずだし、屆けがあれば、まずうちに連絡をするように、強く言ってあるはずなのに……。

なにか嫌な予がする。

「綾子ちゃん、待っ――」

振り向いて綾子ちゃんを制止しようとしたが、すでに時遅く、彼が包みを開けてしまった後だった。

次の瞬間、つんざくような悲鳴があがった。

「いやぁぁぁあああああああああ!!??」

驚きのあまり、立ちすくんでしまう。 普段の綾子ちゃんからは、想像もつかないほどの悲鳴をあげ、恐怖に顔を歪めている。

隣にいた沙彌佳も、悲鳴こそあげていないが、完全にの気が引いてしまっている。

「どうしたっ!?」

二人に駆け寄りながらも、自分も悸が激しくなっているのが分かった。

ふいに悲鳴が止み、綾子ちゃんはまだ包みにつつまれた箱を手から落し、気を失ったのだろう、その場で倒れようとしていた。

「危ないっ!」

すんでのところで、俺と沙彌佳が倒れかけた綾子ちゃんを抱きとめる。

「危なかった……中に何がって――」

箱に目を向けるとそこには、有り得ないことに、犬と貓の目と視線が差した。 當然、うちには犬も貓も飼ってはいない。

わけがわからなかった。箱の中には、犬と貓の首がご丁寧にも寄り添い、目をしっかりと開けてこちらを見ていたのだ。

「うっ………」

首だけなのに、まるでを振り撒かんがごとく開けられた目は、実に稽であり、それ以上の狂気をはらんでいた。

急激に込み上げてくる吐き気をこらえ、箱に蓋を被せた。

「ぁ……ぁ……わ、私、ドア開けたら、だ、誰もいなくて、あやちゃんにってあったから……だから……」

沙彌佳も、あまりのことにパニックになってしまっていて、支離滅裂なことを口にしている。

「いい。分かってる、分かってる沙彌佳。お前は何も悪くない。決して悪くないよ」

俺はそう言って、沙彌佳を抱き寄せた。

綾子ちゃんを抱き抱えたままのため、つらい勢だが、そんなことは構っていられない。

「あ……あぁ……う、うぅぅ……うああああぁぁぁっ」

抱きしめられて張の糸が切れたのだろう、沙彌佳は鳴咽をらしながら、泣き始めた。

「大丈夫、大丈夫だ。お前は悪くないよ」

啜り泣く沙彌佳を優しく抱きながら、何度もあやすように語りかけた。 

俺は不思議と、自分が冷靜になっていくのをじながらも、同時に、自分の不甲斐なさと奴への怒りが沸き上がり、はらわたが煮え繰り返るような気持ちになっていった。

しばらくして、落ち著いた沙彌佳と二人で、倒れた綾子ちゃんをソファーに寢かせた。

沙彌佳にもしばらく休むよう言い聞かせ、俺は中を供養し、箱を処分するため外に出た。

(……まさか、昨日の今日で揺さぶってくるとはな)

しかし、かといって、こんななものを屆けてくるとは思わなかった。 いや、綾子ちゃんに屆いたという時點で、もっと早くに気付くべきだったのだ。

もっと、直接的なことをしてくると思っていただけに、かなり神的にくるものがあった。死んでしまっているむくじゃらのを、直にるわけにもいかず、ゴム手袋をしてなるべく目が合わないよう閉じてやり、掘ったにそっと埋めてやる。

(まさか、こいつのために一週間以上も?)

いや、さすがにそれはないだろう。即座に考えを否定した。こんなことのために、わざわざ一週間以上も何もしてこなかったとは思えない。

それに……昨日、あいつと対峙したからこそ分かることもあるのだ。あのナイフ捌き、相手の急所への的確な攻撃……そんな奴が、犬貓のためにそんなにまで時間を割くとは考えがたい。今ならば、あいつの蹴りやナイフも、全て計算して攻撃してきたように思える。

昨日のことにいたっては謎だらけだ。生の家になぜ奴がいたのか。もちろん、なにか目的があったからに決まっている。では、どんな目的が?

急に苦しみだしたことにも、何か関係があるんじゃぁないのか? 一度考え出すと、全てが疑わしく思えてくるのだ。

そして何より……綾子ちゃんだ。俺は昨日の一件以來、あの野郎がとてもただのストーカーとは思えなくなった。もちろん、奴がただのイカレた奴であれば、それはそれで良かったのかもしれない。

今もその可能がないわけではない。だが奴の行には、不可解な點が多すぎる。それでいて、その行一つ一つにはどこか、理めいたものもじるのだ。先の奴との格闘のことなどは、まさにそうだ。

何か別の目的があって、綾子ちゃんにもその手が及んだのか? 綾子ちゃんは視線をじるようになってから、しばらくすると、そのうちに私がなくなるようになっていったという。

綾子ちゃんの家に大量に隠されていた、本來の用途を遙かに越えた機能をもっている隠しカメラは、明らかに綾子ちゃんを狙っているからこその行のはずだ。

なのに、昨日……いや、明らかにそれ以前にも、そうとは思えない行に出ている。そして奴が言った、あの言葉。

『邪魔する奴は……殺す』

あの言葉は、とてもただのストーカーをしている奴のものとは思えなかった。 

「……駄目だな。全く分からん」

供養を終え、家の中に戻ってきた時、沙彌佳に聲をかけられた。

「何が分からないの?」

「ん? いや……ちょっとな。それより、もういいのか?」

先ほどに比べて、大分落ち著いているようだったが、やはりどこか、本調子ではなさそうだった。けれどつい三、四十分ほど前のことなのだからそれも仕方ない。

「うん……全然大丈夫というわけじゃないけど……。それに――」

靴をいで玄関をあがった俺に、沙彌佳は腕を絡めてきた。

「……お兄ちゃんと一緒じゃないと不安になっちゃうもん」

「そうか……」

俺は苦笑いを浮かべていった。沙彌佳はその腕に力をこめ、今にも泣きそうな顔になっていた。もしかしたら本當は、さっきから不安で押し潰されそうだったのかもしれない。

思えば沙彌佳はいつも元気に振る舞っており、涙を流したのだって、いじめにあっていた小學生の頃以來だ。

「沙彌佳」

「……?」

「約束する。必ずこのストーカー野郎を取っ捕まえて、警察に突き出してやるって」

「お兄ちゃん……」

「お前を泣かす奴は容赦しない。……だから安心してくれ」

俺は沙彌佳の目を見據え、はっきりと宣言した。

「すー……すー……」

沙彌佳は今ソファーで寢息をたてている。しは気が楽になって、落ち著いて眠ることができているようだ。綾子ちゃんはまだ気を失ったままだが。

何がともあれ、俺が二人の送り迎えなどをするようになって、目立ったきがなかったが、今になって(恐らく昨日のことがあったからだろう)いてきたのだ。奴も々とやきもきしていた、というのもあるだろう。

だが、そいつのおかげで沙彌佳にまで被害が及ぶようになった今、俺も悠長に構えてはいられない。次に出會った時が、お互いに最後になるかもしれない。いや、最後にしなければならないのだ。

奴にどんな目的があるのかは知らないが、そいつのために関係なかったはずの俺すら、ためらうことなく殺そうとしてきた。この先、沙彌佳にだってその被害が及ばないとは言い切れないのだ。

それに、沙彌佳(きっと綾子ちゃんも)はが好きで、ペットを飼いたいとしょっちゅう口にしていた。なのに、その最も近にいる犬貓を殺してみせ、ご丁寧にもそれをプレゼントしてきたのだ。きっとそれは、沙彌佳にも綾子ちゃんにも、心に傷をおわせることになるだろう。

こう考えただけで、自分の中で再び沸々と怒りの炎が燃え上がってきていた。

俺はソファーに腰かけ、昨晩リビングに置き忘れていた攜帯で、青山に電話する。本來なら、部屋に戻ってかけた方がいいのだろうが、今眠っている二人を置いて離れることは躊躇われたのだ。

沙彌佳に眠るまではそばにいてほしいと、お願いされたこともある。

プルルルルルル、プルルルルルル

『もしもし』

「青山か? 悪いな、突然」

短いコール音の後、最近、特に聞き慣れた聲が聞こえてきた。その聲は、以前のようなボソボソとしたものではなくなっている。

『別にいいけど……何かあった?』

「ああ。ついさっきなんだが……奴がちょいと仕掛けてきた」

『そう……』

相変わらず、こいつは鋭くていちいち説明しなくて助かる。察してくれたのか、青山は何も追究してこなかった。

「すまないが、例の件どうなった?」

『急だね。明日學校でいうつもりだったんだけど。さすがに薬の分までは、まだ分かってないよ』

「ということは、それ以外は?」

『うん、全員じゃないけどね。こういうの趣味にしてると、本當に報集まるの早いからね』

いつも思うが、そういう報源はどこから來ているのだろうか? 本當に不思議だ。まぁ、報が早く手にるのであれば、そんな些細なことは、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが。

『まず例のリストに載っている人達だけど、皆死んでしまっているわけではないみたいだよ』

「本當か? なら、こっちから奴と接できる可能はあるな」

『昨日の人が、もしこのリストの人達を……亡き者にするためなら、後チャンスは三回だね』

「つまり後三人か……生との接點は?」

『この死んでしまった人達は、どうも裏では非合法のを取り扱う、割りと有名な売人だったみたい。例のカメラもそうだね。

だから、まだ生きてる人達も、多分……』

生はこの連中から買い付けて、商品を売り捌いてたってとこかな?」

『多分そうじゃないかな? そう考えれば、この人達に関わった人が昨日の人ってことになるね』

「となれば、買い手……ってことになるのかな。だとしたら、途方もない話だぞ……?」

『うーん、そこが問題なんだよね……買い手なんて一人一人調べるなんてて、とてもじゃないよ。あ、だとしたら、これはどういうことなんだろ?』

「何かあったのか?」

青山は、突然何かに気付いたようだった。

『ちょっとね。今井って人が殺された話はしたよね?

この人、確かに売り手でもあったんだけど、どうも、このリストに載っている人達からかなり々と買ってたみたいだから』

「例の首切りの被害者か。売り手であるにも関わらず、買い手でもあったってわけか。もしもこの人が生きていたなら、限りなく怪しくもなるんだがな……」

『後ね、生義則なんだけど、死んだことになっているけど、どうにもその死亡狀況が分からないんだ。以前から調べてはいたんだけど、一向に出てこないんだよ』

「なんでだ? そういったことは普通、調書なりなんなりに記録が殘るんじゃないのか?

前にデータベースにアクセスしたんだったら、分かるんじゃないのか?」

『……のはずなんだけどね。ただ死亡とだけしか殘されてないんだ。

初めは、なんとも思わなかったけど、よくよく考えてみると、この人だけ死亡狀況が書かれてないのは、おかしいと思うんだ。他の人達は、割と事細かに書かれているのに』

……全く、本當にこの生という男は、謎かけが好きなようだ。俺は自分でも馬鹿馬鹿しいとは思いながら、自嘲気味に問い掛けてみた。

「……なぁ、死んだことになっている奴が実は生きてるなんて話はないかな?」

『……うーん……どうだろ? どんなことも有り得ないとも言い切れないけど……。 でも、それなら姿をくらますために、わざわざ死んだことにしたりする理由が必要だったのかな?』

「死んでおかないといけない理由、か……。考えもつかないな、俺には」

『僕もだよ』

とにかく、後の三人とやらに接してみた方がいいだろう。問題はどうやって會うかだが……。

「それはそうと、殘りの三人と會うことはできないかな?」

『え? さ、さすがに危険じゃない?』

昨日のことを思いだしたのだろう、ごしに聲が震えたのが分かる。もちろん、俺だって不安じゃないわけではないが、弱気なことを言ってはいられない。

「いい加減、このストーカーとの一件を終わらせたいんだ。おちおち睡だってできないしな。

それに今のは、とてもデータベースにアクセスするような奴の臺詞とは思えないな」

俺はニヤリと薄笑いを浮かべながら、皮めいて言ってみた。データベースにハッキングするというのは、とても危険なことだ。それを若干十七歳にしてやってしまったというのだから、その度とハッキングの才能は、相當のものだろう。

『……分かった。僕も早く開放されたいしね。今、々と検索にかけて……っと?』

「どうした? 何か引っ掛かったのか?」

『今も検索かけていたんだけど……ちょっと気になることがね』

「是非教えてほしいね、その気になることってのをさ」

『うん……その前に確認しておきたいんだけど、綾子ちゃんの姓って渡辺だったよね?』

「綾子ちゃんの姓? それと気になることってのと関係あるのか?」

『……かもしれない』

青山は、短く紡いだ。この男は頭がいいせいもあるが、たまに要領のえないことを言う。だが結局、それは必要になるから言っているということは、俺には分かっている。

「渡邉だな、渡邉綾子だ。渡邉の邉は古い方の字を使うらしい」

『あれ……やっぱ違うのかな』

「なぁ、いい加減教えてくれ。どういうことなんだ?」

『ごめんごめん。リストにさ、渡辺政志わたなべ まさしって名前があるんだけどね……。

もしかしてって思ったんだけど、字が違うね。こっちは昔の渡邉ではなくて、新しい字の方になっているから』

「渡辺政志? ……つまり青山は、その男が綾子ちゃんの親族だってことがいいたいのか?」

『分からないけど……それは綾子ちゃんに聞いてしみるかないね』

青山のいうことは確かに一理ある。つまり、この話が本當にそうであれば、奴が綾子ちゃんを狙った理由は綾子ちゃん本人ではなく、その親族……恐らくは、家に仕掛けられていた類いのことを考慮して、ターゲットは父親である可能が高くなる。

「だとしても、まだ疑問は殘るな。こいつがただのストーカーじゃないってのは分かったが、綾子ちゃんだけならまだしも、その周りの人間にまで被害に遭わしてるってのは、どう説明する?

これは明らかに綾子ちゃん単を狙っての行としか思えないし、目的がはっきりしないんだがな。すでに人殺しをしているような奴の行にしては、子供じみてる気がするんだけどな。

だってそうだろ? もし父親が真の目的で、被害を周りに及ぼそうってんなら、綾子ちゃんや家族だけで十分だろう?」

『うーん……確かにそれはそうだね。僕も昨日のことで、あの人がおそらく、今井克利という人を殺した、張本人なんじゃないかと思うようになったけど、そんな人間のわりにちょっと行が変だね』

「だろ? とはいえ……はぁ……まぁ、とりあえず、さっきの渡辺という男に関しては、綾子ちゃんに聞いてみよう。まだ百パーセント、親族であると決まったわけじゃぁないしな」

『分かった。また何かあったら、いつでも連絡してよ』

「ああ、いつもすまないな。事が済んだら、何か奢るぜ。回らない壽司でもどうだ?」

『うん、楽しみにしてるよ。それじゃあね』

一高校生に、そんな法外な値段の代を奢れなどしないが、冗談だと分かっていて言ったのだろう。

「ああ、また明日な」

俺はそのまま攜帯を折りたたみ、ズボンのポケットにしまいこんだ。長い時間話していたためか、口の中がやけに渇いている。

何か冷たい飲みを、と立ち上がり様にソファーで寢ている二人に目をやると、二人ともすでに起きていて、こちらを見上げていた。

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