《いつか見た夢》第10章

「お兄ちゃん……今の話……どういうことなの?」

沙彌佳が、不安とも怒りともとれる表で俺に話しかけてきた。綾子ちゃんも、さすがにただ事ではないと察したようで、すまなさそうに目を伏せている。

「ど、どうもこうもないさ。例のストーカーの話をしてただけだ……」

「お兄ちゃん、やっぱり私に隠し事してたんだね……」

「べ、別に隠し事ってもんでも……」

「ねぇ、私たちの事そんなに信用できない? いつも一人で先走って……それに」

沙彌佳は一度、間をおいて

「腕……怪我してるよね?」

図星をさされて、思わず切り付けられた右腕を押さえてしまった。しまったと思ったときには、もう後の祭りだった。

「私が気付いてないとでも思った? 言ったよね……私、いつもお兄ちゃんのこと思ってるって。

ずっとお兄ちゃんのこと見てたんだから、何かあればすぐ分かるんだよ?」

「……あ、あの、私もなんとなく変だなって思ってました」

おずおずと、綾子ちゃんもそれに賛同する。

「な………」

俺は開いた口が塞がらなかった。隠せていると思っていたのは、自分一人だったわけなのだから。

以前に、斑鳩がは勘が鋭くて參る、なんて言っていたのを思い出したが、全くもってその通りだ。

「……だから、私達にも教えてほしいよ。お兄ちゃんが怪我したことと、このストーカーのこと、何か関係があるんでしょ?

そうでもないと納得できないよ……お兄ちゃん、最近ずっと変だったんだから」

「私も知りたいです。……九鬼さんが電話で私の父の名を言われた時、私が関係してることは、なんとなく察せました。

それに……」

一旦言葉をおいて、綾子ちゃんは、俺と沙彌佳の二人を互に見やり、細いし震わせながらもはっきりとした口調で、確かな意思をめた眼差しを向ける。

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「私はもう逃げたくないんです。九鬼さんの怪我がもし、私をストーキングしている人のためにできたものだったら、なおのことです……私のせいでもあるんですから」

俺はため息を一つついて、視線を二人から外す。このまま押し黙っていることは、もはや無理だろう。

全く……さっきは、あんなことになっていたと言うのに、というのは男が思っている以上に強いもののようだ。

俺は今起こっている事を話すことに、あまり乗り気ではなかったが、二人の迫力に負け、観念して綾子ちゃんが來てからの出來事や、ストーカーを追っていて分かったことを洗いざらい話すことにした。相手がただのストーカーではないことを知ると、さすがに青ざめた顔をしていたが。

それと當然ながら、奴と格闘したことだけは伏せておいた。

「ま……所々まだ抜けてるところもあるが、分かってるのはざっとこんなもんだな」

「それでそのリストに、私の父の名前があったんですね?」

「ああ。だから綾子ちゃんに確認してみるって話になったんだ」

「わかりました。父の字は……」

綾子ちゃんは、電話の橫に置いてあるメモ帳とペンを取り、自の父の名を書いていく。

の字は、今時の子とは思えないほど綺麗な字で、やはり育ちが違うのだなと、思わせる。

「……こうです」

書き終えた綾子ちゃんが、俺達に見やすいようメモ用紙を見せた。

『渡邉政志』

「わたなべまさし……?」

俺の代わりに、沙彌佳が読み上げた。ただの同姓同名であるが、字が違う。渦中の人ではないのか……。

「……やっぱり違うのか?」

なんとも言えない落膽があったが、思えば『まさし』という読み方は分かっていても、何と言う字を書くのかまでは聞いていない。俺はまだ、可能を捨て切れなかった。

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「あ……そう言えば」

綾子ちゃんは、何か思い出したように話し出した。

「父は婿養子としてうちに來たと母が言っていたんですけど、改姓前も改姓後もほとんど変わらないと言ってました」

「どういう意味だ?」

「ただ単に、字が変わっただけだと……」

「それって……お兄ちゃん?」

綾子ちゃんの言いたいことが分かった。

「ああ。つまり、以前は『渡辺』という字だった……ってことだろうな。そうなんだろ?」

俺は綾子ちゃんからペンを取り、紙に書いた。綾子ちゃんは力強く頷く。やはり、あのリストに書かれていたのは、間違いではなかったわけだ。

それと同時に彼の父親と生は、綾子ちゃんが生まれる前からの知り合いだった可能もありそうだ。

普通、ビジネスパートナーのことをフルネームで書くのに、間違った字のままにするだろうか。

例のリストが手書きであれば、面倒に思って、わざと簡単な方の字にすることもあるかもしれないが、あれはパソコンで書かれたものだった。

単純に字の打ち間違いというのも考えられるが、昔からの付き合いだったからこそ、そのままにされたと考える方が自然のような気がする。

ましてや、生はやり手の営業マンだったという話だし、そのようなミスをするとも考えにくい。おまけに、あのリストが生の家にあったことを考えても、生が作ったリストに違いないはずだからだ。

ともかく、これであのリストに載った人の一人と接できるかもしれない。

「奴の行には、々と分からないことがあるが、まずは一度、君の親父さんに會えないかな? 親父さんの関わった人の中に、奴がいると思うんだ」

「はい。私もそれは是非話を聞いてみたいですから」

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「……もちろん、その時はお前も一緒だから、そんな顔するな」

思い切り不機嫌そうに、ジト目で俺達のやりとりを聞いていた沙彌佳に、苦笑いを浮かべる。

きっと、また俺が一人で先走ろうとするのが嫌なのだ。あるいは、綾子ちゃんと仲よさ気に話しているからか?

けれど沙彌佳は、その言葉を聞くや否や、ぱっと花が咲いたように笑顔を見せた。こりゃまた昨日の今日だが、だんだん態度が骨になってきたな……。

沙彌佳の様子に俺は、また小さくため息をついた。

綾子ちゃんは親父さんに連絡をとるため、數分置きに何度も電話をかけてみはしたが、親父さんは一向に電話に出る気配がなかった。

「おかしいですね………いつもなら、これだけコールしたら出るんですけど……」

綾子ちゃんは再度リダイヤルするが、反応は変わらない。

「ね、ねぇ、大丈夫だよね、お兄ちゃん?」

これだけコールしても出ないとなると、先程の話を聞いた後では、さすがに沙彌佳も心配するだろう。當然ながら、俺にも嫌な予がよぎる。

綾子ちゃんの表も、同様に曇っている。何かあったのかもしれない。俺達になんとも嫌な雰囲気が漂い始めていた。

「綾子ちゃん、親父さんの會社の方はどうだ?」

「……すみません、知らないんです。攜帯にかけてくれた方が繋がるからと……」

「そうか……」

くそ、向こうと接できないんじゃ意味がない。そりゃぁ、ただ接を試みるだけはらば、渡辺政志にこだわる必要はないが、もし本當に綾子ちゃんの親父さんに何かあれば、そいつはいささか後味の悪いものになる。

たとえどうあろうと、綾子ちゃんにとっては、ただ一人の父親なのだ。

「會社の名前はわかるか?」

「渡辺産業株式會社……だったと思います」

「よし。今から行けないかな?」

「でも……今日お休みじゃない?」

「そうか、今日は休日だったっけか……くそっ、どうしたもんか……」

俺達は何も思い浮かばず、ただただ沈黙するしかなかった。その間も、俺達を包み込む嫌な空気は、なおも淀み積もっていく。

「……やっぱり、もし遭遇した時に捕まえるしかないのかな?」

雰囲気に堪えられなくなったのか、沙彌佳が沈黙を破って小さく呟く。

「……かな。正直、俺にはこれ以上何も思い浮かばんぜ」

自分のできることなんざ、たかがしれている。けれど、だからこそこんなにも、もどかしい。

「なら……」

「ん?」

「なら、囮作戦というのはどうですか?」

多分この臺詞が、綾子ちゃんに関して一番驚かされた瞬間だろう。まさか、この子がこんなことを口にするなんて思いもよらなかった。

さて、綾子ちゃんの提案で囮作戦を決行することになったわけだが。

斷っておくが、決して最初から賛同していたわけではない。否、今だって心から賛同しているわけではないのだが、あの後もいい案はないかと模索はしてみたものの、結局は綾子ちゃんの提案したもの以上の案が出なかったのだ。

青山の報を待ち、裏をとってからという案もあるにはあった。しかし、綾子ちゃんの親父さんの安否が確認できない今、悠長なことをいってられないのも事実だ。

「囮とは言っても、並大抵のことじゃぁできないと思うぞ?」

「はい、分かっているつもりです……。でも、今は一刻を爭う時だから」

俺はこの時、ふと類は友を呼ぶという諺を思い出した。沙彌佳と変なところで似通っているのだから、親友になったのも頷けるというものだ。

「だけどお兄ちゃん。囮って言っても、的にどうするつもりなの?」

「それが問題だな。俺だってそんなことしたこともないから、どうすりゃぁいいのか見當もつかん」

そう、どうすればいいのか分からないのだから、俺はこの案には乗り気にはなれなかったのだ。

「妥當なことを言えば、綾子ちゃんを一人にして行するってとこなんだろうが……」

「でもそれじゃあ……」

沙彌佳の言葉に頷く。こいつが心配するのも無理はない。そんなことをすれば、冗談抜きに命の保証はできないかもしれないのだ。相手は目的のためなら、関係があろうとなかろうと人を殺すことすら厭わない、危険人なのだから。

それに俺自、その道のプロというわけではないのだから、綾子ちゃんを尾行しながら守れるなんて言い切れない。

「……俺も一緒の方がいいだろうな。それで効果があるかは分からないが」

囮作戦を決行するにしても、やはりこればかりは譲歩できない。それと囮作戦は明日からやるということにもだ。

けないかもしれないが、まだこの腕の傷も回復仕切っていないうえ、萬が一、父親が連絡してくるかもしれないという、可能と期待もないながらもあるからだ。

ただでさえ危険な目にあっていたというのに、綾子ちゃんにこれ以上の危険に曬すわけにはいかない。その旨を伝えると、綾子ちゃんも無言で承諾してくれた。

けれど、その態度から察するに、この子は本気で自分で囮になる気のようだ。全く下手すりゃ、そんじょそこらの男なんか比較にならないほど、肝っ玉がすわっているようだ、綾子ちゃんは。

俺としても奴がどういう目的であれ、これ以上奴に付き合うつもりはない。今の綾子ちゃんを見て、奴が現れようが現れまいが、この作戦をやってみようという気になってきたのだ。

「お兄ちゃん、あんまり無茶はしないでね……」

「ああ、もちろんだ」

かくして、作戦は決行されることとなった。

翌日、休みが明けた本日月曜から作戦を決行することにする。

作戦なんて言っても大それたものでもないのかもしれないが、とにかく綾子ちゃんがやると言った以上、俺も腹をくくって付き合うつもりだ。

ちなみに結局のところ、綾子ちゃんの親父さんとは連絡がつかなかった。何度連絡をしても繋がらなかったので、それは予想できたことではある。

ついでに、會社の電話番號をネットで調べて電話してみたものの、予想通り會社は休みで、留守番に繋がるだけだった。

綾子ちゃんも母親や親類、手當たり次第電話してみたが、結果はやはりどれも同じだった。

とりあえず、朝はいつも通りに日課となった、二人を學校まで送ることからだ。

途中、俺はいつか青山からもらった警棒を、念のために綾子ちゃんに渡した。沙彌佳と綾子ちゃんは驚きながら、なぜこんなを持っているのか不思議がっていたが、青山から貰ったと告げると納得したようだった。

簡単に作の説明をし、電気が流れることを知ると、新しい玩を手にれた子供のようにはしゃいでいた。

「お兄ちゃん」

腕の怪我を気遣ってか、左腕にしがみつきながら、沙彌佳が聞いてきた。

「ん?」

「ごめんね………私がお兄ちゃんに話を持ちかけなかったら、怪我なんてすることもなかったのに……」

「ああ、そのことなら気にするな。俺だってこんなことになるなんて分からなかったんだしな。

そもそも、あの時點でそんなこと誰も分かりっこないんだ、誰のせいでもないだろ?」

「うん……でも」

「でももへちまもないぞ。それに……もしかしたら、昨日のことだって俺が下手に首突っ込まなけりゃぁ、あんなことは起こらなかったかもしれないんだしな。その點、俺の方が悪かったと思ってる」

「あ、あれは別にお兄ちゃんのせいってわけじゃ……」

「だったらこうなったのも、お前のせいじゃぁない。気にしすぎなんだ、お前は」

「……うん」

「……ま、それでも気になるってんなら、事が片付いたら、何か豪勢なもんでも作ってくれよ。ついでに青山も呼んでな。

俺としても、そっちの方がよっぽど頑張れた気になれるしな」

クックッと肩で笑いながら、沙彌佳を窘める。俺にそう言われ、いくらか元気な表を見せたが、それでもいつものものとは比べられるものではなかった。

そんな會話をしているうちに、二人の學校に著いた。相変わらず目立っているが、さすがにもう一週間以上も続けていると、この狀況にも慣れてきた。全く、慣れというのは怖いものだ。

「それじゃぁな。帰りは昨日、言ったとおりにな」

「あ、うん。それとお兄ちゃん、これ」

沙彌佳は鞄から、包みにつつまれている弁當箱を取り出し、手渡した。

「っとと、忘れてたな。危うく晝飯なしになるとこだったぜ」

おどけながら、差し出された弁當を鞄にれる。

「今日のおかずは、あやちゃんも一緒に作ったんだよ」

「そうなのか? 今日は初の合作弁當か」

「ふふ、楽しみにしていてくださいね」

綾子ちゃんが、相変わらずの上品な仕種で笑う。沙彌佳もいつも以上に、にこやかにしている。そこには先ほどの沈んだものはじられず、それはそれ、これはこれとはっきりと、線引きできているのだと思った。まさに新しい発見と言えよう。

しかし俺は、嬉しくなった半面、前のようにまた何かとんでもないことをしているんじゃないかと勘繰ってしまった。

「ああ、二人の息の合い合は一昨日で実証済みだしな。楽しみにしてるよ」

そう言って俺はもと來た道を戻り、駅へと向かう。その後ろ姿を、絡み付くような視線を送ってくる人に気付くことなく――。

小町ちゃんの授業が終わり、晝休み。青山と共に、もはや當たり前となった技棟の屋上へと向かう。

施錠された扉の前には、やはり藤原真紀の姿があり、またいつものごとく扉の錠を開けてもらった。毎度のことだが、なぜこのはいつもいつもこうも都合良くここにいるのか、いずれ問いただしてみたい。

まぁ、鍵を持ってるくらいだから、日常的にここに來ているのかもしれない。

「怪我の合はどう?」

屋上に出ると、青山が聞いてきた。

「痛みはもう大分なくなった。とりあえず激しい運さえしなければ大丈夫だと思う」

「そう……良かったよ、思ってる以上じゃなくて」

俺はそれに苦笑で応えた。あれだけの出があれば、そう思われるのも無理はない。自分自、そう思ったのだから。

「あら、あなた怪我したの?」

「ああ、ちょっとな。でもたいした怪我じゃない」

「そう。……気をつけてよね」

「? ああ」

俺は弁當箱を開き、いつもより気合いのったのするおかずに心躍ろかせながら、青山に昨日のことを話していた。

「……やっぱり、渡辺政志は綾子ちゃんのお父さんだったんだね」

「ああ、まさにお前さんの予想通りだった。だけど殘念ながら、昨日ずっと連絡が取れないままだったよ」

青山も、やけに気合いのった弁當を頬張りながら、相槌を打っている。

藤原真紀はし離れたところのフェンスに寄り掛かりながら、普通棟からは見えないように座り、一人黙々と弁當を食べているがあの狐のことだ、しっかりとこっちの話を聞いていることだろう。

「やはり、ストーカーは綾子ちゃんの親父となんらかの関係があって、り行きで綾子ちゃんが狙われたと考えるのが自然だよな」

「だね。確かに九鬼くん話じゃそうとしか思えないけど……」

「だよな……まだ疑問に思うこともあるんだが。ま、どっちみちストーカーは現行犯逮捕だ。兇も持っているんだから、一発で逮捕だろ」

「でも、また一昨日みたいに怪我しちゃうかもしれないよ……?」

「……かもな」

お互い言葉にはしないが、次は怪我だけではすまないかもしれないともじていた。

おとといの、生の家でのことが思い出される。

あのまま奴と絡んでいたら間違いなく、殺されていただろう。奴は人を傷つけることに、全く戸いを見せなかった。急に苦しみだしたおかげで命拾いできたのだ。

今にして考えてみれば、そんな奴を相手によくもあんな行ができたもんだと思う。あの時は必死だったため、とにかくどうにかして、あの場を切り抜けようと、たったそれだけの考えであんな行とったのだ。運が良かったのだろう。

「こっちも分かったことがあるよ。例の薬と思われるやつだけど」

「あの小瓶にっていたやつか」

「うん。あれ、どうも危険な薬だったみたいだね。人に使うには、かなり危険が伴うみたいなんだよ」

「素人判斷だけど、薬ってのは、大概危険が伴うものなんじゃぁないのか?」

「もちろん、それはそうだけど……。でも徳川さんが言うには、あれはそれらを遙かに上回る危険なものだって。

しかも一種の興剤みたいなものもっているみたいで、摂取するとそれらが瞬く間に全に回るらしい。

徳川さんの言ってることは、専門的すぎて分からなかった部分もあったんだけど、脳になんらかの刺激を與えることで、神そのものにも影響を與及ぼすもののようなんだ」

「いわゆるドーピング剤みたいなものか?」

「それの強化版みたいなものかも。ついでにある種、麻薬みたいな効果つきの」

顔がわずかに引き攣ったのを覚えながら、青山に肩をすくませてみせた。

「つまり常習があるってことか? だとしたら確かに危険だな」

「徳川さんも全て分かっていたわけではなかったみたいだけど、そう考えていいと思う」

「やはり……生が製薬會社で働いてたってのと、家にそれがあったことを考えると、その薬は生のいた會社が作ったもの……そうと考えていいよな」

「間違いないんじゃないかな? 僕もそう思ってるよ。薬の分はまだ完全に分かっているわけじゃないけど、そんなを個人で作れるとは思わないよ」

俺も、それには同意だった。

だが青山には悪いが、はっきり言うと、もはや細かい薬の分まではどうでも良かった。薬の分一つで、奴の正が分かるわけでもないだろう。そいつが奴に繋がる決定的なものになるというのなら、話は別だが。

とりあえず、今は人には使ってはいけないだということだけ分かっていれば、それだけで十分だ。

そんなことに思いを巡らせながら、これからのことを考えていると予鈴が鳴った。 案外時間が経っていたらしい。

「これ、あなたにあげるわ」

教室に戻るのが面倒くさいと思いつつ、ゆっくりと腰を上げた時、藤原真紀に聲をかけられた。

「なんだ、これ?」

「お守りみたいなよ。あなたの怪我と今回の話、何か関係ありそうだもの」

なんと真紀が差し出したのは、刃渡り10センチほどのナイフだった。そしてにらんだ通り、やはりこちらの話を聞いていた。

「お守りって……むしろ、武じゃぁないのか? これは。

第一、こいつはどう考えても銃刀法違反だろう?」

「別にそんなの、バレなければ構わないでしょう?」

こいつ……いとも平然と言ってのけやがった。

しかしの方は正直で、つい最近この刃で怪我したばかりだろうか、無意識のうちに構える。

「何かあった時は使いなさい。いいわね?」

真紀は、強引に俺のズボンのポケットにナイフを押し込んだ。俺はされるがまま、真紀の行にも口をつぐんだ。このとは短い付き合いだが、どうせ斷ったって、結果は変わらないだろうと判斷したためだ。

「まあ、せいぜいありがたく使わせて貰うよ」

嫌味たっぷりに禮を言って、校舎の中へと戻って行った。

「おーい、九鬼ぃ」

帰りのHRが終わり、沙彌佳達の待つ中學校へと向かおうとした時、斑鳩のやつが聲をかけてきた。こいつのことだ、どうせ大した用事ではないだろう。

「なんだ? 斑鳩」

「最近、九鬼って付き合い悪くね? 久々に俺らと遊びに行こうぜ」

やはり、そんなことだろうと思った。だが、俺としてもすでに先約がある。一々、斑鳩達の言う遊びとやらには付き合う気にはなれなかった。

どうせ遊びなんて言っても、ただのナンパに過ぎないのは、目に見えているのだ。今はそんなことをやっている暇はない。

「悪いな斑鳩。今日はすでに先約があるから、遠慮しておく」

「何々? もしかして九鬼にも彼できたん?」

「さあな」

全く。こいつの頭の中には、沙汰のことしかないのだろうか?

別に沙汰が悪いわけではないが、この斑鳩という男の時折覗かせる、いかにも軽薄そうな浮いた話題は、いつまで経っても慣れず、はっきり言って欝陶しさすらじ始めている。

それに斑鳩の周りの連中は気付いているのか知らないが、この男は引き立て役として連中を利用しているに違いないのだ。もしかしたら、取り巻き連中も斑鳩を利用しているのかもしれないが。

「とにかくお前達に付き合える時間はないんでな、悪いが帰らせてもらうぞ」

「またかよぉ〜」

取り巻きの連中からのヤジは無視して、教室を出る瞬間、ふいに窓ガラスにうつった斑鳩は、いかにも面白くなさげな、それでいて、明らかに人を見下した表を見せていた。

(これがこいつの本なんだろうな)

そんなことを思いながら、下駄箱へと下りて行った。

足早に駅に行くと、ちょうど電車がホームにってくるところだった。昨日のうちに簡単な打ち合わせをしておいたので、今から向かう場所には綾子ちゃんしかいないはずだ。

決して、人目のつかない場所には近づかないよう言い、待ち合わせ場所には、駅隣のコンビニの中にいるよう指示しておいた。今日は様子見ということもあり、沙彌佳は先に家に帰らせ、俺と綾子ちゃんの二人で行する。

沙彌佳のやつは、まさか自分が先に帰れどと言われるとは思わなかったようで、最近お得意の不機嫌な表をしてみせたが、事が事なだけに、しぶしぶながらも納得したようだった。

囮だというのに、いつものように行していたら意味はない。

まして、俺が一緒にいるというのが果たして本當に囮なのか、というのもまた疑問ではあるが、こればかりは仕方なかった。

俺は流れていく景を眺めながら、これからどうするべきかを考えはじめていた。

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