《いつか見た夢》第12章

暗闇に紛れ、何かがうごめいている。『それ』がのろのろとしたきで、き始めたためだ。『それ』は手探りで辺りを何か探しているようだった。

「はぁ……はぁ……ぐっぁぁ」

『それ』は荒い息をしながら、時折苦しげにき、そしてまたのろい作で何かを探しだす。もう數十分も前から行っている行だった。

しかし、ついに『それ』は目當てのものを見つけたのか、何かを勢いよく摑んだ。そのきは、とても今まで鈍い作しかできないのではないかと思わせたもののきとは思えない。

「はっ、はっ、はっ、はっ……ううっ……そ、そんな……」

やっとの思いで見つけることができたのだろう、『それ』が人間らしい言葉を言うことができたのは、たった一言、それだけだった。

荒かった呼吸は、さらに勢いを増して、もはや呼吸困難のようにも思える。

『それ』は、どこか絶にとらわれながら、必死で摑んだ何かを手から落とし、そのままピクリともかなくなった。

暗闇の中聞こえてくるのは、時計のように正確に刻まれている、荒い呼吸だけだった。

「な、なぁ……」

「…………」

「な、なんとか言えよ……」

沙彌佳はそっぽを向いて、俺の言葉を無視していた。もちろん聞こえていないわけではないだろう。というのも、先程から切れ長の目がさらに細くなって、抜くような視線を、時折向けてくるからだ。

「ふん」

けれど、何か言ったかと思えばこれだ。

(全く、俺が何をしたと言うんだ)

とは思うものの、心當たりがないわけではない。いや、ほぼ間違いなく、ここ數日間の『囮作戦』のことだ。

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ストーカー野郎をおびき出すために、三日前から始めたことだが、未だ戦果はあがっていない。おかげでそれは事実上、綾子ちゃんとのデートのようなものになってしまっている。

落ち合う前、心ではこれはデートではないと言い聞かせているつもりだったが、いざ落ち合うと、つい先ほどまで考えていたことが、頭から消え去ってしまうのだ。

そのためか、沙彌佳は日に日に不機嫌な態度を示すようになり、ついぞ昨日の夜からこんな狀態になってしまった。

綾子ちゃんには、割と普通に接していることから、腹を立てているのは俺にだけだと思われるが、なんだってこんなになったのか、不思議でたまらない。

さあまって憎さ百倍なんて言葉があるが、まさにこんな狀態のことを言うのだろうか。いや、だとしたら最終的に刺されてしまいそうだが。

そう考えてみれば、うすら寒くなるような話だ。惚れに惚れ抜いて嫉妬に狂ってしまい、最後にはした男を殺す。しかもその対象が実の兄だなんて、とてもじゃぁないが、笑い話にだってならない。

男としては、そんな終わり方も悪くないかもしれないだろう。だがしかし、そいつがの繋がった妹となると話は別だ。

(いくらブラコンでも、さすがにそこまではないか……々行き過ぎなもするが)

とはいえど、怒ってはいるものの心底、顔も見たくないほどというわけでもないだろう。事実、登校中の今も當たり前のように、しっかりと腕にしがみついているからだ。

まぁ、しがみついていながら、こちらから話し掛けても一切話してこないことが、逆にプレッシャーになっているとも言えるのだが。

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連日の俺に対しての不機嫌さのおかげで、今日の朝は久々に寢坊したのだ。いや、こんな寢坊をしたのは、なくともこの五、六年は全くと言っていいほど記憶にない。

そう、今朝は沙彌佳が俺を起こしに來るようになって、初めて起こしに來なかった。目が覚めると、すでに8時近くで、朝食もパン一枚と慘めなものだった。

母がそんな俺達に、いや、沙彌佳に何かあったと気付いたのは自明のことと言える。

「最近、沙彌佳の機嫌悪いみたいだけど、あんた何かしたの?」

さすがは母さんで、妹の不機嫌さに俺が絡んでいるというのにも、簡単に見抜いていた。けれど、それ以上は何も言うことはなく、俺は黙って肩をすくめるだけだった。

しかしそんな妹は、それでいながらも自分達の登校の時間になると、しきりと早く早くと催促してきたのだ。そんな俺に、綾子ちゃんはすまなさそうな視線を向けてきていたが、気にするなと目で合図した。

駅が見えてきたとき、どうしようか迷った。今妹を振り払い、駅に行けば遅刻することはない。

たが、このまま二人を學校に送るという、日課をこなさないわけにもいかない。普通であれば、迷うことなく前者をとるが、今のこの狀況では、それは難しいように思えた。

一つに今前者をとれば、間違いなく妹との亀裂がさらに大きくなるだろうということ。

二つ目は、俺がいなくなった後、二人にあのストーカー野郎が何かしかけてこないとも言い切れないこと。

そして三つ目……それは、俺が綾子ちゃんから離れたくないと思っているからだ。なぜかは分からない。だけども、理屈ではない何かが、そうさせているようにもじる。

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……更に今四つ目ができた。沙彌佳の腕に力がわずかにこめられ、俺を離さないようにしたからだ。

昨日からもう何度目かもわからないため息をついて、駅を目に中學校へ向かう。駅を通り過ぎて、ようやく腕の力が抜け、いつもの力加減に戻ったのがわかった。

二人を學校に送り屆けた後、遅刻が確定しているため、のんびりとした歩調で來た道を戻る。

これは俺だけではないだろうが、人というのはどうして、遅刻しそうな時は急ごうとするのに、遅刻が確定してしまうと、逆にゆっくりになるのだろうか。

そんなどうでもいいことを考えていると、後ろから聲をかけられた。

「九鬼さん!」

呼ばれて振り向けば、校舎の中へっていったはずの綾子ちゃんが息を切らし、走ってきた。

「よぉ、どうしたんだ」

「はぁはぁ……あの、これ」

そういって差し出したのは、弁當箱の包みだった。確かにいつもなら沙彌佳が渡してくれる弁當を、今日はけ取っていない。

「わざわざ走ってまで屆けにきてくれたのか」

「だ、だって、そうしないとお晝ご飯なしになっちゃうでしょう?」

息をととのえながら喋る綾子ちゃんから、弁當の包みをけ取る。

「それと、さやちゃんのこと……あまり怒らないであげてくださいね……私がこんなこと言うのも、おこがましいかもしれないけど、今日のお弁當のおかず、さやちゃん一人で作ったので……」

「そうか……。なに、そんなに気にしてないさ。それにあいつも本當は分かってるはずなんだ。きっとヤキモチやいてるだけだよ。

まぁ、兄貴にするような態度じゃぁないかもしれないがな」

笑いながら肩をすくめ、渡された弁當の包みを鞄の中にれる。

「……ごめんなさい。私のために……」

「いいさ。前にも言ったろう? 俺は自分でやりたくてやっているんだ。それは君が気にすることじゃぁないし、あいつが腹立てるのも筋違いって奴だよ。

さぁ、それよりも早く教室に戻った方がいい。せっかく間に合ったのに遅刻になる」

「あ……はい」

まだ何かいいたげな綾子ちゃんに、學校に戻るよう言い聞かせて、駅に向かう。一度、背を向けるも、再度向き直り綾子ちゃんを呼んだ。

「綾子ちゃん!」

も學校に戻ろうと俺に背を向け、走り出そうとしていた時、綾子ちゃんは呼び止められ、再び俺と対面する形になった。

「弁當ありがとうな。それと沙彌佳にもそう伝えておいてくれ!」

綾子ちゃんは、微笑みながら軽く會釈し、次は振り返ることなく學校の中へとっていった。

「ま、本當は自分で言った方がいいんだろうがな……」

誰に言うでもなく、俺は一人呟いた。

「全くお前というやつはまた連絡もなしに……」

晝休み。俺は小町ちゃんにまたも呼び出され、説教をくらっていた。

前のときも思ったが、なぜこうも俺だけ呼び出されなければならないのだろう。俺よりもサボっている奴はいるし、績もやばい奴だっているはずだろうに。小町ちゃんは、前のように自分で作ったと思われる弁當をつついている。

しかし、今回は呼び出されることは想定していたため、職員室にくる前にあらかじめ、作戦を練っておいたのだ。作戦通りならそろそろのはずだが……。

ピリリリリ――

突然攜帯の著信音が鳴り始め、小町ちゃんは驚いて、説教がやんだ。俺は鳴っている攜帯の著信畫面を確認し、電話にでる。

「あ……ちょいとすみません。ん、ああ、ちょっとな……いや、そういうわけじゃぁないんだが……ああ、わかった」

通話を終え、攜帯を折りたたんでポケットに放り込む。

「先生すみません。ちょっと家族が來てるので行かないといけないんですが」

「むぅ……」

小町ちゃんは明らかに不満げだが、しぶしぶ了承した。俺としても、學生にとってささやかな晝休みという時間を、説教なんざにとられたくはない。

「それでは失禮します」

そう言って、早々に職員室を後にし、教室へと急ぐ。

もちろん家族が來ているなど噓だ。電話してきたのは戦友・青山で、教室を出てくる前に、十五分したら家族を裝って電話してくれと頼んでおいたのだ。

別に急ぐ必要もないのだが、足が早く早くと急かしているかのように、つい歩くスピードがあがる。

教室に向かう途中、藤原真紀と出會った。あのは友人達と雑談しながら、どこかに向かっている様子だった。

無視しても良かったが、見知らぬ仲でもないのに無視するというのも、なんだか味気ない。挨拶くらいはしても良いだろう。

「よう」

「あ……こんにちわ。先輩」

先輩――その言葉に、思わず一瞬だが顔をしかめた。

(まさか、後輩だったのか……)

思わぬ発見だった。最初からため口で話してきたこのは、実は後輩だったのだ。てっきり、同級生とばかり思っていた。

「何かご用ですか?」

「え? いや何、用ってほどじゃぁない。ただの挨拶だけだ」

狐だとは思っていたが、まさに言葉の通り、貓かぶっているこのの態度に思わず笑いが込み上げてきたのだ。そんな俺をいぶかしみながら、一瞬だけ素のこいつが見えた。

「ご用がなければ行きますね」

「くくっああ、じゃぁな」

まだ完全に貓かぶりができていないようだな。だが、素の狀態を知っているだけに、ちゃんとできるにはできるんだな、と妙なところで心した。

友人達が、真紀にあれこれ何か聞いていたが、きっとあの人だれ?だとか、そんなことでも聞いているんだろう。

どうでもいいことなのだが、あんなやつでも友人がいるということに、やけに安堵している自分がいた。

足早と去っていく真紀たちを見送り、俺も教室へと戻っていった。

教室へ戻り席につくと、また斑鳩らに小町ちゃんのことを聞かれ、うんざりしながらおもむろに鞄から弁當を取り出した。

連中の質問責めは無視して、今日こそはちゃんとしようと、放課後のことを思案し始めた。

連中は、質問しても無視している俺に呆れたのか、はたまた腹をたてたのか、面白くないといった風に散っていく。けれど斑鳩だけは、なぜか俺から離れようとせず、にやけた顔でこちらを見ている。

「どうした? お前もやつらと一緒に他のところへ行ったらどうだ」

「いや〜九鬼ってさぁ、ほんと一匹狼ってじだよな〜って思ってさ」

「なんだ、いきなり?」

「いんや、別に〜?」

なんなんだ、一。いくらイケメンといえ、男に見つめられながら食べる飯などうまくない。

沙彌佳が不機嫌でありながらも作ってくれた弁當を、見つめられたくない一心でかきこんでいく。

別になんていいながら、にやにやと人の顔を眺めているやつが、本當にそう思っているはずがない。

「何があったんだ?」

ぶっきらぼうに尋ねてみる。こいつのことだから、もしかしたら何か話したくて、うずうずしているのかもしれない。

「なんもないよ〜」

「だったらいちいち見つめてくるな。気持ち悪いぜ」

そう言うとこの男は、突然笑いだし、意味深なことを言い出した。

「いや〜見つめるな、ねぇ」

「何がいいたいんだ。さっさと話せよ」

斑鳩の態度に、イライラしながら聞いてやる。これ以上はぐらかすつもりなら、こいつとの縁などこっちから切ってやる。

「ん〜まぁ、おれのことっていうか、おまえのことかなぁ」

「俺の?」

なんと、こいつが意外なことを言い出した。てっきり、何か聞いてほしいと思っていたのに、俺に関してのことだったらしい。

しかし、俺が何かしでかした覚えなどないが……待てよ、まさか。

「昨日さ〜見ちゃったんだよねぇ、おまえとの子が街歩いてるとこ」

斑鳩は、相変わらずにやにやした視線を向けながら続けた。

「いや〜前から付き合い悪かったけど、最近、前にもまして付き合い悪くなって、もしかして、なんて思ってたけどさ、

まさか本當にそうとは思わなかったよ」

こいつが言っているのは、間違いなく綾子ちゃんのことだろう。まさか、こいつに見られていたとは思わなかった。斑鳩の話を聞いて、俺は心で舌打ちした。

思えば昨日歩いた繁華街は、こいつにとっての狩場みたいなものなので、見られていたとしてもおかしくはないのだ。自分の淺はかさに、また舌打ちしてしまいたくなる。

「でもまさか、あ〜んな可い子と一緒だったっていうのは、さすがに予想外だったけどね〜」

「ふん、別にいいだろ。人が誰と歩いていようと、お前には関係のない話だろう」

「んー、そうなんだけどさ。ただ、一匹気どってる九鬼が、どうやってあんな可い子と知りあえたのかは、気になるんだよねぇ」

いちいち癪にさわる男だ。俺と綾子ちゃんの出會いをわざわざ教えてやる必要もないが、言わずにあれこれ言われるのも、また癪にさわる。……欝陶しいが、仕方ない。

「別に。単純に妹に紹介されただけだ」

「沙彌佳ちゃんに? へ〜やっぱ、類は友を呼ぶってやつなのかな」

これはまことに憾だが、同意せざるをえない。

ただ、そうなると俺が妹やその友人を、この男と同じめがねで見てしまうことになり、なんとも自己嫌悪に陥ってしまう。

家族のひいき目なしに見ても人の妹と、やはり綺麗で人目をひく容姿である、その友人。容姿良さと面の格が共通しているということに関しては、間違いなくこの諺があてはまるだろう。

「なるほど、沙彌佳ちゃんにねぇ……」

目の前の男は、しきりに同じ臺詞を口にしている。なるほど。まだ一年半ほどの付き合いだが、こいつの考えが読めた。

「お前、妹にそんなに會いたいのか?」

「お、さすが親友。いい勘してるね」

「親友ではないだろ。會うのはかまわんが決定権は俺にではなく、むこうだぞ」

「ええ! 頼むよ親友ー!」

「今言ったはずだが、俺は親友になった覚えはない。第一お前は、小町ちゃんを狙ってるんじゃぁなかったのか?」

「それはそうなんだけどさぁ……ほら、沙彌佳ちゃんってすごく可いじゃん?」

否定はしないが、言葉にはしない。

「はぁ……とりあえず聞くだけ聞いてやるが、多分無理だと思うぞ」

「マジで!? さっすが親友! じゃあ早速今日お願いね!」

「よりによって今日かよ……」

小聲でいったつもりだったが、どうやらこの男の耳には聞こえていたらしい。

「なんなん? もしかして喧嘩中かなんか?」

「相変わらず変なとこだけは、目ざとい奴だな」

たっぷりの態度で言ったつもりだが、斑鳩はまるで堪えた様子はない。

(やっぱ、馬鹿は馬鹿か)

そんな斑鳩の様子を見て、ため息をついた。

「おいおい、九鬼。ため息なんてついてっと幸せ逃げちゃうぞ」

俺は盛大にため息をして見せた。

(くそっ、なんだってこんなことに……)

時は下って放課後。俺は自分の失態に毒ついた。

俺と斑鳩はここ數日間、待ち合わせにしている駅のコンビニに向かうため、電車に乗っている。斑鳩が妹に會いたいといってきたので、律儀にも、メールで沙彌佳にその旨を伝えると、なんと二つ返事で了承するではないか。

俺はてっきり、斷るものとばかりと思っていたのだ。以前、沙彌佳が斑鳩が會ったとき、沙彌佳は斑鳩のことをこきおろしていたからだ。

俺は想定外のことに、ア然としてしまい、見間違いなんじゃないかと何度もメールを見返したほどだ。

しきりに返事はまだかと聞いてくる斑鳩に、イライラさせながらも、どうこの自を回避するか真剣に頭を悩ませたのだ。

噓をついて無理だといおうとするにはしたが、結局、俺の揺した態度が斑鳩に、OKであることを告げてしまったのだった。

沙彌佳も沙彌佳で、なんだっていきなりOKしたんだ。前はあんなに俺の方がカッコイイだとか、斑鳩のようなタイプは嫌いだと、自分で言っていたではないか。

釈然としない沙彌佳の態度に、ひどく困したまま、電車はいつもの駅に著いた。

斑鳩は俺とは裏腹に、いつもより機嫌が良さそうだった。面だけを見れば斑鳩は、間違いなく男子の部類になるであろう。

おまけに今のこいつは機嫌が良いため、どこか子供のようなもあり、さきほどから、道行く自分と同世代のの子達が、しきりと斑鳩の顔をうかがっているのだ。

そして俺は、明らかにこいつの引き立て役になっているんだろうが……。

「んで九鬼ぃ、これからどうするん?」

「待ち合わせ場所に行く」

機嫌の良いこいつに話し掛けられるたび、俺は反比例して、機嫌が悪くなる一方だ。そのせいか、正直いつものコンビニに向かう足が、やたら重くじる。

できればなんらかの都合で、沙彌佳は來られなくなってほしい……そんな考えすら沸き上がってくる。しかし現実は無で、そんな俺の甘い考えなど、到底れられるわけはなかった。

「おい、斑鳩」

「んー?」

「あくまで選択権は妹にあるんだからな。お前にじゃぁないんだ。それだけは履き違えるんじゃぁないぞ」

「くくくっ。そんなに妹が心配か?」

「ああ。おおいに心配だね。お前みたいなのには特に」

「信用ねえなぁ。大丈夫大丈夫。そこんとこは問題ないからさ」

そんなことをいう奴が、一番信用ならない。いつも思うが、こいつの言葉には全く信用と言われるものがないのだ。

常にどこかで本音を隠しているとでもいうのか、はぐらかしているとでもいうのか、こいつと話していると、いつもこちらも本音で話してはいけないと本能が告げるのだ。

そのため、こいつと話すといつも嫌悪が先立ってしまう。

今日は珍しく、俺の方が早く待ち合わせ場所に著いたようだ。斑鳩は落ち著きなく、隣でそわそわとしている。俺達はコンビニにることなく、店の前で二人を待つ。學校帰りの學生でごった返している店には、あまりりたくはない。

そんな俺の気持ちを天は察してくれたのか、程なくして、沙彌佳と綾子ちゃんの二人が連れだって來た。

「よう。今日は珍しく逆になったな」

「いつもの子を待たせるなんて最低」

開口一番、沙彌佳は鋭い視線を向けて毒つく。さすがに顔の筋が引き攣った。……やれやれ。こいつは思っている以上にご機嫌ななめのようだ。

斑鳩は、そんな俺と沙彌佳など見向きもせず、綾子ちゃんの方に興味津々といった風だ。

「へー君が綾子ちゃん? すごく綺麗だね。君みたいな子が彼なんて、九鬼もすみにおけないね」

「「なっ」」

「付き合ってないぞ!」

「付き合ってません!」

思わず綾子ちゃんとかぶってしまう。斑鳩の言葉を否定しようとするが、それがまた肯定してしまったように見えるのか、斑鳩はまたにやにやとした表をした。

(こいつはこいつでいきなり何を言うんだ)

綾子ちゃんは、そう言われただけでもう茹蛸のごとく、顔を真っ赤にしている。

「え、えと……」

「あ〜ごめん。おれ斑鳩孝晶っていうんだ。九鬼とは大の親友」

「ぁ、はい……」「あれ……?」

斑鳩は自己紹介した後、思いきり綾子ちゃんを口説こうとする気があるんじゃぁないかと、疑ってしまうほどのを振り撒いたが、しかし綾子ちゃんは、人見知りのする格をしているのでそういうのは逆効果なのだ。俺は心ほくそ笑んだ。

「綾子ちゃん。この男のことは気にしないで、空気とでも思えばいい」

「ちょ! 九鬼ぃ、それひどくねぇ!?」

「知ったことか。それに俺とお前は親友なんかじゃぁない。何度も言わせるなよ」

綾子ちゃんは俺に話しかけられて、ようやく普段通りに振る舞おうとした。

「ぁ、わ、私、渡邉綾子といいます」

丁寧にお辭儀までしている様は、よほど張しているのかもしれない。俺はそんな綾子ちゃんのことが、ついおかしくなり苦笑する。

しかし、それは一瞬だけだった。視界にチラリと妹の姿がったのだが、まるでゴミでも見るかのような目で、俺を睨んでいたからだ。

切れ長の目がより鋭くなり、たとえるなら、ダイヤで作られた切れ味の良いナイフのような目だった。

普段が普段なだけに、いよいよこいつは本気で笑えなくなってきた。ここまで機嫌を悪くしている沙彌佳は見たことがない。俺はいたたまれなくなって、皆をうながし、歩きだした。

まぁ、今の沙彌佳にはなんの効果もえられなかったのは言うまでもないが。

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