《いつか見た夢》第14章

地道に人に聞きながら俺と綾子ちゃんは、沙彌佳の行方を追うものの全く手懸かりらしい報はえられないでいた。

綾子ちゃんには、俺が人に聞いている間に攜帯で沙彌佳に電話してもらっている。俺からのコールには出ずとも、綾子ちゃんになら出るかもしれないとの判斷からだ。

けれど、綾子ちゃんからの電話にも出ることはなかったが。

「あれは……さっきの店か」

ふと視界に、さきほどのアクセサリーの店がってきた。

「ここにったかは分からないが、とりあえず聞くだけは聞いてみよう」

綾子ちゃんは頷きながら、また攜帯で沙彌佳に連絡をとり始める。

「すみません。ちょっとお聞きしたいんですが」

俺が聲をかけたのは、ついさっき俺に接客してくれた店員だった。オープン初日から一日に三度も來た俺に、向こうもまた來たなという顔をしたのは見逃さなかった。

「ここでの子を見かけませんでした? こういう子なんですが」

攜帯で沙彌佳の寫真を見せると、店員はし考えたあと、何かを思い出したようだった。

「ああ、この子。つい何分か前に來てましたよ。やけに人目のつく子でしたから、覚えてますよ」

「それでどっちに行ったか分かりますか!?」

「え、ええとそこまでは……」

「どうかされましたか?」

俺の剣幕に気圧されたのか、その店員は言葉を詰まらせながら言った。しかし、そんな俺たちの異変に気付いて、別の店員が話しかけてきた。もしかしたら、ここの店長なのかもしれない。

「あ……実はこのお客さんが」

その店員が手短に、後からやってきた店員に話す。

「ああ、この子でしたら、あちらの方に行かれましたよ。フラフラとしてて、危なっかしいじで、ただごとでなさそう」

「どうもありがとう!」

店員の言葉を言い終わる前に、俺は店を飛び出すと、今度は信じられないことが起きていた。ついさっきまで店の目の前にいたはずの綾子ちゃんが、いなくなっていたのだ。

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「な……?」

店の中にいたのはほんのニ分もないだろう。いや、もっと短く、一分ちょっとだったかもしれない。何にしても決して長い時間ではない。

「あ、綾子ちゃん!」

人目もはばからず、大聲で綾子ちゃんを呼ぶがそれらしい反応はなく、周りにいた通行人達がこちらに視線を向けるだけだった。

「ど、どういうことだ」

なるべく冷靜になるよう心掛けてきた俺だが、こいつはいよいよ焦ってきた。綾子ちゃんの格からして、何も言わずいなくなることはないはずだ。

それに、いなくならなければいけない理由など、そうあるはずもない。事実さっきまでは、店の前できちんと待っていてくれたのだ。それがいきなり神隠しにでもあったように、突然姿を消すなんてありうるはずがない。

綾子ちゃんの容姿も中々のものだから、ナンパ野郎についていったとも考えられなくはないが、さっきと同じ理由でないだろう。

とすれば考えられることはただ一つ……あまり考えたくないことだが、例のストーカー野郎に連れ去られた、という可能だ。

大聲で呼んだにも関わらず、未だ姿を見せる気配がない。それがまた、最後に思い付いてしまった可能への疑を募らせていく。

(落ち著け……落ち著くんだ……そう落ち著け)

俺は心の中で冷靜になるよう自分を言い聞かせ、一度深く深呼吸する。綾子ちゃんがいなくなったにしても、ほんの數十秒ほどのはずだ。連れ去られたにしろ何にしろ、これだけの人込みの中、人ひとりを運んで行ったというわけではないだろう。

それではあまりに目立ち過ぎるし、あの野郎のように全黒ずくめであれば、ここでは逆に目立つ。もしかしたら黒ずくめでない可能もあるが、どちらにしろ無理だろう。

そうなると、綾子ちゃんの意思でここを離れたと考えるのが妥當だと思われるが……だとすれば、俺を待っているにも関わらず、何も告げずにいなくなるのは、どう考えても不自然だ。

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(まさか、本當に神隠しにでもあったって言うのか)

馬鹿馬鹿しい考えにかぶりを振って、店の前に置かれてある商品を見ている客に聞いてみることした。

「すみません。今ここにの子がいたのを見かけませんでした?」

「え?」

突然聞かれた客は、なんのことかさっぱりという顔をしていたが、なにやら忙しげにしていた男が近くにいたの子を、連れていったと言ったのだ。

しかし、お互い顔見知りだったのか、不自然なところはなかったという。おまけに彼は、その二人の顔や姿は見ておらず、ただ聲だけでそう判斷しただけなのだとも言った。

だが、その二人のうちのの子が綾子ちゃんである可能は高い。手掛かりらしい手掛かりがない今、その報に頼るしかないとも言える。

に禮をいい、指差した方へ足早に向かう。當然、攜帯で綾子ちゃんへの連絡をするべく手に取ると、著信メロディがけたたましく鳴りだした。

『ごめんなさい九鬼さん!』

「綾子ちゃんか!?」

電話をとると、ぶような綾子ちゃんの聲が聞こえてきたのだ。呼吸が荒く、走りながら電話をしてきたように思える。

『私今駅の方に向かってます!』

「どうした? 何があったんだ!」

『その……ス、ストーカーに』

俺が懸念した通り、やはり綾子ちゃんはストーカー野郎と接してしまったのだ。

「分かった。今どこだ?」

『今……そう川、川沿いの道にいます!』

「川沿いの……いつも學校へ行く時の……線路挾んだ反対側だな?」

『はい。……九鬼さん、本當にごめんなさい……』

目に見えないのでわからないが、綾子ちゃんは涙聲になっているようにも聞こえなくもない。「こうなった以上は仕方ない。とにかく駅まで無事でいてくれ、いいな? 俺もすぐに行くから!」

『ぁ……ま、待ってください!』

「どうした?」

『お願いですから……電話は切らないで……』

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「ああ、分かった」

それだけ言うと、俺はすぐさま走り出した。ほんの數メートル走ると、視界の脇に小さな道があった。商店と商品の間に挾まれていて、街燈も全くない。

こんな短時間で駅そばの河に行くのであれば、人の往來の多い商店街のメインストリートより、こういった小道の方が短できるだろう。もしかしたら、あのストーカー野郎も、この道を使って接をはかったのかもしれない。

俺はその薄暗い小道へとって行き、全速力で走る。

「綾子ちゃん」

『はい……』

「そのストーカーって、君の知り合いか?」

しばしの沈黙があった。実際にはたいした時間ではなかったかもしれない。何せ、自分が大急ぎで走っているのだから、興で時間の覚が多なり狂っているはずだからだ。

『……はい』

「そうか……」

もしかしたら、俺がなんで知り合いがストーカーだったと言うのが分かったのか、考えたのかも知れない。俺はその辺りを簡単に説明してやった。こうすれば、しは気が楽になるはずだ。

ストーカーに追われているのだから、気が気ではないはずなのだから、こうして電話を切らないでと言ってきたのだ。

あっという間に商店街を抜け、まだ完全に日が沈んでいないというのに、裏道にはすでに人通りはほとんどない。せいぜい老人が一人か二人、歩いていたにすぎない。

綾子ちゃんは、自分が今に至った経緯をとぎれとぎれに走りながら、話してくれた。彼は俺を店の外で待っていた時に、奴から聲をかけられたのだと言う。

不審にも思ったそうだが、九鬼沙彌佳というが君と會いたがっていると告げられ、ついて行くことにしたらしい。

しかし、俺を待っている手前、しばらく待ってほしいと言ったが、お兄さんとは會いたくないそうだと聞き、仕方なかったのだとも。

それでいて顔見知りであれば、確かに気を許してしまうというものかもしれない。なおかつ、今綾子ちゃんは自責の念でいっぱいであったろうから、まさに連れ去るにはうってつけだったというわけだ。

しかし、不審に思う気持ちは払拭できず、繰り返し繰り返し沙彌佳がどこにいるかを尋ねたが、奴は答えることがなく、いよいよ自分が罠にハマったことに気付いたのだという。

それでもし逃げたのだとしたら、きっとこのちょっとした迷路のような小道のあるここらで、逃走することができたのだろう。いや、まだ逃走中というのがただしいか。

「……分かった。駅まで後5分とかからない。それまで頑張るんだ。もしかすると途中で落ち合えるかもしれない」

『九鬼さん……ありがとう……』

「……なーに、気にするな。きっとこいつも俺がやりたくてやってるんだ」

綾子ちゃんを元気づけるように、おどけた口調で喋ったつもりだが、走りながらだとうまく喋れない。

「よし、そろそろ川が見えてきた。もうちょっとだ」

『え? じゃぁ……』

綾子ちゃんの言葉が紡がれることはなく、の向こうで大きな音がする。ガチャン、という何かが落ちたような音だった。

なんだ? だが、なにかとても嫌な予がする。

「綾子ちゃん? もしもし綾子ちゃん! どうしたんだ!」

走りながらのためか、舌を噛みそうになりながらも綾子ちゃんとぶが、応答はなかった。

(川沿いの道……ここであっているよな?)

駅に向かうと言っていたのだから、この道であっているはずだが、まだ綾子ちゃんらしい人影は見當たらない。

十一月も下旬なのだから、日が沈むのも大分早い。もう街燈が點いている時間帯ではあるが、街燈そのものがないためだろう、この辺りはいくら商店街の裏の地區といえど、薄気味悪いほど人通りがない。

ところどころで川の流れる音はあるものの、流れが滯留しているのか、あまり流れているような気がしない。それがまた、この辺りの寂漠とした雰囲気をさらに増長させている。

どれほど走ったか、道の向こう短いで悲鳴のようなものが聞こえた。俺の中になんとも嫌な、あのコールタールのような粘つく覚が蘇る。

(まさか――綾子ちゃん!)

どれくらい離れているのか分からない。このような場所では、いまいち距離がつかめない。水が音を吸収してしまうからだ。おまけに民家が壁となり、余計に分かりにくいのだ。

もしかしたら、短い悲鳴だったことから、あまり大きな聲でなかった可能もある。

(なんにしろ急がないと!)

もう呼びかけても、綾子ちゃんは応答しない。

「無事でいてくれよ、綾子ちゃん!」

俺はさらにアクセルを全開にして、坂になっている道を走り抜けた。

ここ最近、何かあるごとに後手後手にまわっていた俺だったが、今回ばかりは神様もちょっとは気の利いたことをしたようだ。

坂道を上まで登りきるとそこから先は緩やかな下り道になっていて、その中腹あたりに綾子ちゃんはいた。

そしてもう一人……奴だ。

綾子ちゃんは恐怖のためにその端麗な顔を歪め、腰を抜かしてしまったのか、その場にへたり込んでいた。

だが、逆にそれが幸いしてか、ストーカー野郎も連れ去るには往生しているようだ。

「綾子ちゃん!!」

かつて俺自、こんなにまで大きな聲を出したことがあったろうか。自分自でそんなことを思ってしまうくらいの大聲だった。

二人とも俺の聲に驚いて、こちらを向いた。

足がり切れて、なくなってしまうんじゃないかというほど全力で、下りの坂道を駆け抜ける。だが俺の中の何かは、まだだ、まだだ、まだ遅いと頭蓋の中でうるさくんでいる。

(やかましい! そんなの分かってる!)

奴まで、もうほんの僅かの距離だ。俺は右の拳を握りしめ、走りながらそのまま毆る勢へと変える。恐らく、このまま勢いを殺さずに毆り付ければ、向こうへのダメージもかなりのものになるだろう。

しかしそれと同時に、俺も勢いだけで突っ込めば、ただではすまないかもしれない。冷靜に考えれば、その辺りはもっと加減できたはずなのだろうが、今の俺にはそれはできない相談だった。

奴が俺の目の前にくる。そのままのスピードで握りしめた拳を、こいつの顔面めがけ、毆り抜ける。

俺のスピードまかせのストレートに、奴はわずかに宙を舞い、そのまま後方へと飛ばされた。

俺自も前のめりに倒れ込むが、無意識のうちにうまいことをとることができたようで、倒れた時の衝撃こそあったが、あまり痛みをじなかった。

俺は、よろめきながら立ち上がり、吹っ飛ばされたやつを見下ろした。

當たった瞬間はそうでもないが、遅れて痛みがわいてきた。しかも毆った拳と、こいつに切り付けられた上腕部の両方がだ。

忌ま忌ましい気分になるが、間一髪のところで間に合ったのだから、それは良しとすべきだろう。

「はぁ、はぁ…………大丈夫、か?」

商店街から休む事なく走り続けたため、呼吸が荒く、うまく喋れない。

「ぇ、あ……九鬼、さん?」

綾子ちゃんはまだ混した様子で、俺と吹っ飛んだまま倒れている奴を、互に見ていた。今起こったことを、まだ整理できていないのだろう。無理もない話ではあるが。

その間に、呼吸を整えるために深呼吸する。荒い呼吸が元に戻るまで、何度もだ。

俺が呼吸を戻している間に、綾子ちゃんも狀況を整理できたようで、ついさっきまでの混した様子は見られなくなった。

「あ……九鬼さん」

「ああ……すまなかったな。まさかこうなるなんて思いもしなかった」

まだへたり込んでいる綾子ちゃんに歩み寄って、立たせようと手を差し延べる。ばつの悪い顔になって、鼻の頭を軽くかいた。

そんな中、へたり込んでしまって力無く投げ出された綾子ちゃんの白く、しいラインを持ったふとももや腳が、なんともいえない。

さらに制服のスカートが、中の下著を見えそうで見えないよう、ギリギリのところで隠しているのもまたエロチシズムを掻き立てる。

(綾子ちゃん、結構な腳なんだな)

こんな狀況下で、そんなことをぼんやりと考えてしまったことにまたも自己嫌悪してしまうが、まぁいいだろう。

「九鬼さん……九鬼さん……九鬼さっ」

俺の手によって立たされた綾子ちゃんは、安堵からか泣きはじめてしまった。俺は、鳴咽をもらす綾子ちゃんを抱きしめてやり、背中をでた。

やはり、いくら気丈に振る舞っていたにしろ、こんなことになれば怖くなって當然だ。俺にしても、過去に電車に轢かれそうになったり、ナイフで切り付けられたことがなければ、こんなにまでうまくいたとは思えない。 いや、それらですら無意識のうちだったのだから、次はないかもしれない。

しばらくの間抱きしめていた綾子ちゃんを、俺は引き離す。奴がき聲をあげながら、き出したのが見えたからだ。

「ぁ……九鬼さん」

綾子ちゃんは、まだ涙が止まっていなかったようで、啜り泣きながら、俺を見上げてきた。できるなら俺もまだ抱きしめていてあげたいが、奴がき出した今、そう悠長なことはしていられない。

俺が視線を自分の後ろにの方へと向けたことに、何かを察したのだろう、綾子ちゃんはその細いをビクリと震わせた。ゆっくりき出しはじめた奴に、ツカツカと足音を立てて近付いていく。

だが、ここで油斷はできない。前はそのおかげで、ナイフを切り付けられたのだから。俺はこの野郎の後ろにまわってフードを摑んだ。

「さて……やっと捕まえたぜ」

奴は摑まれたことで、必死にもがいて逃げようとするが、俺はそんな野郎に右足で容赦なく脇腹を蹴った。

「うげぁっ!」

この野郎は、けないき聲をあげながら、痛みにのたうちまわるが、後ろを摑まれているせいで、それも満足にできない。

「よう、どうしたんだ。お得意のナイフを出してこないのかい?」

「な、ナイフってなんのこと……がはぁっ」

言い終わる前に、今度は右の膝でこの男の鳩尾に叩き込む。

「がはっ……かはっ……た、助けて……」

「おいおい、何寢ぼけたことを言ってるんだ、お前さん。つい何日か前に、俺の右腕を切ってくれただろうが」

「お、俺、そんなことしてないよ……うぐっ」

俺がフードを思いきり引っ張ったことで、ジャケットの襟元がこの男の元に、に引っ掛かったようだった。

「噓をつくな! お前が生の家で切り付けたんだろうが! 忘れたとは言わせないぞ!」

そのまま、力まかせにフードを引っ張り、この野郎を引き倒した。

「あっぐぁう」

「どうした? あの時はもっと、こっちを楽しませてくれたじゃぁないか」

倒れた男の手に、靴で踏み付ける。

「ぐう……俺が何したって言うんだよぉ……俺はあんたになんか何もしてないよ」

「まだ言うかっ」

この野郎の顔面を膝で蹴ろうとも思ったが、やめた。今こいつは俺には何もしていないと言った。

もはや目の前の男は、痛みと恐怖で全を震わせているのは明白だ。一度ならず二度も殺そうとした奴にしては、あまりにけない上、それすらも記憶にないのだと言う。

もちろん、この男が毆られ、何も知らない奴を演じていないとも言い切れない。つまり、今俺を油斷させようとしているわけだ。だが、どうにも腑に落ちない。この男からは、例の殺気だった嫌な覚が、全くといっていいほどじられない。

それに、以前生の家で遭遇した時は、こんなにまで何もできない奴ではなかった。今こうしているあいだにも、ナイフなりなんなりで攻撃を加えて來ているはずだ。

「……おい、あんた」

「な、なんだよぉ……」

「今、俺には何もしていないと言ったな。どういうことだ?」

「そ、そのまんまの意味だよっ。俺はあんたには何もしたことはないよっ」

「じゃぁ生の家でのことは? それと例のカメラのこともだ」

例のカメラと言う言葉に、男が一瞬だがを震わせたのを、俺は見逃さなかった。

「もしかして、なにかしら偶然にもたまたまストーカーしている奴と、なんの関係もない人を勘違いしたのかと思ったが……どうも、そうでもなかったみたいだな。今あんた、例のカメラってとこに反応しただろう?」

今度は間違いなく揺し始めているのが、よくわかった。その顔にも、何か後ろめたいことをしているというのが、明白に表れている。

「ビンゴ、みたいだな。

……さあ、しゃべってもらうぞ、洗いざらい全てな。さもないと、すぐさま警察行きだぜ」

警察という単語にも、この男はひどく反応し、のろのろと俺を見上げた。きっと生きた心地がしてないに違いない。

もしかしたら、今回以外にも何かやっていて、それらも暴されてしまわないか、心配しているのかもしれない。まぁ、真相に近づけるのなら、この男がどうだろうと知ったことではないが。

「言っておくが、あんたが喋ろうと喋らまいと、警察に突き出すだけの口実はあるんだ。……喋ればもしかしたら、気まぐれで今回は見逃してやらなくもないぜ? さぁ、まずはあんたの名前からだ」

俺の言葉に藁をも摑む気持ちだったのだろう、男が顔を引き攣らせながら、のろのろとゆっくり語りだした。

「……お、俺は北條猛ほうじょう たけし。神に誓って言うよ……本當にあんたには直接なにかしたことはないよ」

「つまり、何らかの形で俺にも何かしたってことだな?」

北條はかすかに頷いた。

「ある程度は予想できるが、例のカメラをうちや綾子ちゃんちに仕掛けたのは、あんたか?」

それにも北條は頷く。

「では、生という男については?」

「さ、さっきもあんたその名を言ってたけど、俺は本當に知らないんだ。信じてくれよ!」

「信じる信じないは、話が終わってからだ。まだ聞きたいことはあるんだ」

「ぅぅ……わ、分かったよ」

「九鬼さん……」

綾子ちゃんに軽く目で合図し、また質問を続けた。

生を知らないと言ったが、ならばどうやってあのカメラを手にれたんだ? ついでに言うと、盜聴機も仕掛けていたな。あれもあんたか?」

「あ、ああ、そうだよ……元々盜聴を先に仕掛けていたんだ。その後にカメラを……」

そうか。つまり盜聴だけでは聲や音しか分からない。だからカメラも仕掛けてみる気になったのだろう。

「盜聴については分かった。カメラも綾子ちゃんを監視するためか?」

俺はなぜかこの時、妙に語気が荒かった。綾子ちゃんを盜聴し、監視していると聞いただけで、頭蓋の奧に火花が散ったように、怒りの炎が舞い上がってくるのをじたからだ。

そのため、まだ踏み付けられたままの北條の手に、力が加えられたのだ。

「あくっ……お願いだ、それ以上踏み付けないで……」

この男の忌ま忌ましい態度に、舌打ちしながらも怒りのを押さえ付けながら、続きを促した。

「た、確かに音だけじゃ満足できなくなってカメラを取り付けたのは間違いないよ。でも、元々は依頼されて取り付けたんだよ!」

北條は苦痛にきながら、早口にまくし立てた。

「つまり、あのカメラは元々別の人間が所有してたってことだな? 目的は綾子ちゃんの父親だろう!」

「ぐあぁっ! お願いだ、本當に痛いんだ。やめてくれ……」

「やめてほしいのなら、ちゃんと答えるんだ。いいな?」

「分かった、分かったから! そうだよ! あれは譲りけたものだ」

「誰からなんだ!」

「し、知らない……あっぐあっぁう! ほ、本當だ、本當に知らないんだよ! ある日突然俺の前に現れて、これをある場所に取り付けてほしいと言われただけなんだ! 父親を監視してほしいと頼まれただけなんだよ!」

「つまり、全く面識はないということなのか?」

「な、ないよ! しかも真っ黒のジャケットとフードを付けてたから分からなかった! はぁはぁ……た、ただ」

「ただ、なんだ?」

「些細なことでも、必ず連絡するようにと……言われた。お、俺は最初、てっきり父親というのは口実で、この子が目的と思った」

そう言って北條は、チラリと綾子ちゃんの 方を見る。綾子ちゃんは、一瞬だがを恐怖に震わせた。それがまた俺を苛立たせる。

「薄汚い目で綾子ちゃんを見るんじゃぁないぜ。

それでその男に、報を流していたというわけか?」

再び、苦痛にぎながら頷いた。

「なるほど、大のことは分かった」

俺のその言葉に、北條は助かったと思ったことだろう。だが俺はそれとは裏腹に、この男をどうしようもなく痛め付けてやりたくて、仕方がなかった。

「最後に聞くがあんた、綾子ちゃんとどんな関係だ? あんたと綾子ちゃんは、全くの顔も知らない赤の他人というわけではないだろ?

それにだ。あんた、なんで今日になってこんなことしたんだ? そいつは聞いておかないと、夜も眠れそうにない」

「お、俺は……」

北條は、再びチラチラと綾子ちゃんの方を見る。

「この方は……父の會社で、お付き合いのある方なんです」

北條の代わりに、綾子ちゃんが答えた。おまけに會社付き合いのある人間ときたもんだ。

「なるほど……綾子ちゃんの親父さんは社長だからな。んな人が會いに來るもんな」

つまり北條は、仕事のため綾子ちゃんの親父に會った時、同時に綾子ちゃんとも知り合いになったのだろう。

いくら綾子ちゃんが沙彌佳のためであろうと、ただ顔を知っているだけの人間に、素直について行ったとは思えない。ある程度の、挨拶と簡単な會話をする程度の仲ではあったのだろう。

そして、気付けば綾子ちゃんに心を抱いたが、社長令嬢である綾子ちゃんには、自分の気持ちは屆かない……それがいつしか、歪んだ形のへと変わっていったというわけだ。

全く、泣かせる話じゃないか。そうまでして、他の人間のものになるくらいなら、ということなのだろうか。

人薄幸だなんて言葉があるが、まさにその通りだ。先人たちも、よくぞまぁ言ったもんだ。

俺はそういう世界にいないから分からないが社長令嬢ともなると、々な場所について行かないといけないのかも知れないな。いや、ただの社長令嬢ではない。人の、だ。

まださはあるが、同年代とは比べられない程の洗練された仕草、言葉遣い、どれをとっても比較にならない。

その娘の貌を、父親も間違いなく利用したのだろうが……地位のある人間の娘となれば、そういう話は確かに良く聞くが、まさか、こんなところでそれをお目にかかれるとは思いもしなかった。

「最後に聞くが、あんたが連絡しているという奴のことだが、どうすれば連絡がとれる?」

「わ、分からない……」

「おいおい、連絡先くらい分かるだろう。噓つくなよ」

「う、噓じゃない本當なんだ! いつも連絡は向こうからしてくるし番號もいつも公衆電話からだったり転送サービスからばかりで、こっちからは連絡のとりようがないんだよ! だ、だけど」

「なんだ」

「今日は、あいつが初めて會った時以來、俺の前に現れて、今日何かが起こるから、タイミング良くことを起こせと……」

引っ掛かる言い方だった。何かが起こるから、だと? 一どういうことだ。

「こうも言ってたよ……邪魔する奴がいるからそいつも殺すって……それで……」

なんだ……とてつもなく嫌な予がよぎる。

「それで……なんだ」

自分の聲とは思えないほど低く、腹の底から、いや、地の底から響くような聲が出た。北條は、そんな俺の聲にこませながら、震える聲で続けた。

「邪魔する奴は……その周りの人間も殺す、と……そうして示すべきだと」

今、こいつはなんと言った? 周りの人間も殺す、だと……?

綾子ちゃんもその意味を理解したのか、仮面を付けたように、顔の筋一つとっても微だにしない。

「ふざけるなっ!」

この上ないほどの大聲をあげていた。

つまるところ、奴はみせしめとして沙彌佳を殺してみせると言うのだ。ふざけるのも大概にしろ。そんなこと許されるはずがない。

俺の中から、マグマのような奔流が発しそうだった。

「おい……お前は俺達が店の中にっていったのも見ていたな?」

「あ、ああ……だから、あ、あんたの妹が出て行った時、チャンスだと思ったんだ」

「なら、妹が店を出た後どっちに行ったか分かるな?」

北條は、俺自が驚くほど低く、冷靜な聲に、逆にを震わせながら首を縦に振る。人間というのは、怒りが大きければ大きいほど逆に、冷靜になっていくものなのだろうか。こんなことをぼんやりと考えてしまう程にだ。

実際に奴と出會った時、きっと自分でもどうしようもない程の怒りをぶつけることになるのは、間違いようもないことだろう。

こんなにまで自分の意思で、人間を傷付けたいと思ったのは、生まれて初めてだ。

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