《いつか見た夢》第16章

は男が話しだすの待っていた。

男は一人で座るには幅のあるソファーに、ずっしりと腰を據えている。に背を向け、し離れて男の腰掛けたソファーの背を眺めるという形だ。

男の頭は、白に混じってわずかに黒い髪が、口の周りにも髪と同じような合の髭が蓄えられ、見苦しくない程度にしっかりと処理されている。

背丈は190センチ近くはあるだろうか、日本人としてはかなりの高い長の持ち主で、格もかなりしっかりとしており、服の上からでも、筋に覆われているであろうことが判る。

上下お揃いのシルクと思わせる白い服を著込み、その手には、いかにも高級そうなワイングラスがあった。グラスの中には當然、濃紅なが注がれている。

また、やはり鼻も日本人離れして、コーカソイドのようにも見えなくもない。印象としては、どこかの國の貴族のような雰囲気を持った初老の紳士といったところだ。

その男がふいに、その中のをグラスごとくるくると回し、部屋の中に注がれている外からのに、き通らすように傾けた。

一口だけワインを口に含み、よく味わうようにしてから飲み下す。

「……で、どうなったと?」

男の聲は、とても威厳にみちたもので、明らかに人の上に立つべき者のものだった。

「はい。裏切り者にはしかるべき罰を」

「……そうかね。君にしては思ったよりもかかったんではないかな?」

「向こうも訓練されたプロフェッショナルです。そう簡単には……」

「……ふっ、そうだったな……ただのゴロツやキチンピラをやるのとはわけが違うものな。すまなかったね」

「いえ……私の方こそですぎたことを言いました」

「まぁ、いい。なんにせよ、拾ってやった恩を忘れ、裏切るなど許されることではない。相応の報いをけたのならそれでいい」

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は男に、わずかに頭を垂れた。

「……それで?」

「それで、とは?」

「報告を聞いた限り、君は現場の民間人を使ったそうだな。その人のことだよ」

「はっ。訓練された人間相手になかなかのものではないかと。……なくとも二度の対決があったと思われますが、共にナイフによる的損傷があったとも思われます。

にも関わらず、立ち向かっていったのは、驚嘆に値するかと」

が言い終え、しばしの沈黙の後に男がまたワインを一口含む。それを飲み下し、やっと口を開いた。

「……君にそこまで言わせるとは、その人も中々ではないか。……格闘技でもやっているのかな、その人は」

「いえ、経歴を見る限り今まで一度たりとも、そのようなことをしたという記録はありませんでした」

「……才能、か」

「おそらく」

「……訓練された者を、全くの訓練経験のない者が二度も退けるというのは、容易……いや、ただごとではすまされない。

それほどに、その人の生存本能は逸しているということなのだろう。ましてや、的損傷をもたらした相手に、だ」

男はワインを一口含み、またもしっかりと味わうようにしてから飲み下した。

「……それで、どうするつもりかね、その人は」

「……」

「……ふふ。愚問だったかな」

男は、軽く肩をすくめた。

「処遇は君の好きなようにしたまえ。優秀な人材というのは、多すぎて悪いというものではない」

は一度、今度はしっかりと腰から頭を下げた。

「ところで……君も一杯どうだね?」

そういって男は首を後ろに控えたの方へ向け、ワイングラスを軽く振ってみせた。

「……いえ、まだ人していませんので」

「……ふっ。君は変なところで堅いな」

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「申し訳ありません……」

「何、気にすることではない。この國の法律では二十歳になるまでは酒はいかんとなっているからな。一応、だがね……。

君が後數年して人した暁には、ぜひこのロマネコンティを開けさせてもらおう。君と同じ年に生まれただ」

「ありがとうございます、ミスター・ベーア。その折りには是非」

「……ああ、私もその時を楽しみにしているよ――真紀」

「……では」

そういって――藤原真紀は、部屋を出ていった。

なんだ……誰かが俺を呼んでいる。

『……ちゃん』

ああ……。

とても懐かしい聲が聞こえる。

『…に…ゃん! お兄ちゃん!』

だんだんとはっきり分かるほど、その聲は大きくなり、俺の前に迫ってくるようにも聞こえた。

『お兄ちゃん! しっかりしてよっお兄ちゃんっ!』

そんなに怒鳴らなくったって聞こえてるぜ、沙彌佳。

なんだってそんなに必死なんだ……。

『あぁ……いや……だ、駄目! 目を覚ましてよぉっ!』

どうしたってんだ。

俺はちゃんと起きてるぞ。

『いやぁっお兄ちゃん!』

その沙彌佳の聲を最後に、俺の意識は暗い闇の中へと落ちていった。

傷のズキズキとした痛みで俺の意識は覚醒した。

(ここは……)

一拍おいて軽いため息をついた。考えるまでもない……俺の住んでいる部屋だ。

いや、住んでいるというにはおこがましい。ただ、いるだけ……それが正しい。

この部屋には、一人で寢るには大きすぎるダブルのベッドに、し離れたところに設置された四人がけのソファー。それに、それぞれに対になっているかのように置かれたテーブル……それと本棚と酒類がったサイドボードのみだ。

それでいて広さは、9坪か10坪はあるだろう。とても広いと思う。だと言うのに、そんな部屋の広さにそぐわない家の無さだと言える。

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だが、俺にはこれでいい。他にも一応キッチンや風呂なんかもついているが、風呂以外はあまり使っていない。

おおよそ、一人でいつくには寒々しいほどの使用環境だろう。寶の持ち腐れ……とも言えなくもないかもしれないが。

のデジタル時計を見ると、すでに朝といわず晝といってもいい時間になろうとしていた。

(思ったよりも寢ていたみたいだな)

を起こし背びをすると、ズキンと腹に痛みが走った。

「っ……」

そういえば目を覚ましたのだって、この傷の痛みのおかげだったのを思い出した。

「ちっ……こいつに起こされるなんざ、最悪の目覚めだぜ」

顔を洗おうとベッドを這い出して、洗面所へ行く。蛇口をひねり、水を両手に溜めると冷たさのあまり、こうするだけで眠気なぞ吹っ飛びそうなものだが、ためらいなく顔を洗う。

同じ作を何度かこなし、今度は反対側に蛇口をひねって水を止めた。

「……」

鏡の前に俺の顔がうつる。昔はそうでもなかったように思うが、切れ長な目になっているような気がする。

顎は細めで、眉はしつり上がっている。そして左頬の下、左顎の橫といってもいいのだろうが、縦に傷がっていた。額の右側にも顎ほどくっきりとはしていないが、うっすらと傷跡が浮かんでいる。

數秒ほど鏡の中の俺を眺めていたが、橫にかかっているタオルで濡れた顔を拭いて、部屋へと戻った。

まだ腹の傷が自己主張している。そのことに忌ま忌ましい気分になりながら、サイドボードの中からスコッチの瓶を取り出し、ショットグラスに注ぐ。

ドボドボとグラスに注がれていく様は、風もなにもあったものではないが、気にする事なく並々と、いっぱいになるまでれた。

瓶をサイドボードに戻し何気なく窓際まで行くと、外は雨だった。

「雨か……どうりで腹の傷が疼くわけだ」

グラスの中の琥珀をしたをぐっと流し込む。この熱い覚がなんとも心地良い。

「……ふう」

窓からは、どんよりとした雨雲に隠されて、いつもなら遠くに見える高層ビル群は見えなかった。

下の道に目をやれば、傘をさした人々がどこに向かっているのか、足早に行きっている。中には走りながら、傘をさしていない者もいる。あまり雨足は強くないのだ。

ここから見る限りでも、決して雨はつよそうにはみえない。

「……だから、あんな夢見ちまったのかな」

右手で腹にある傷をさすり、左手のグラスを手の中で遊ばせながら、さっきまで見ていた夢を思い出す。

それは、俺がまだ人並みの幸せというのを甘していた頃の夢だった。夢の舞臺は、俺がまだ高校生というガキだった。家族がいて、気のおけない友人がいる。そいつらとたまには馬鹿をやるのだ。ま、それはごく稀にだったが。

……そして、沙彌佳だ。沙彌佳と過ごしたあの頃までは、本當に幸せだったのだと、お世辭ぬきにそう思えるのだ。

そんな中起こった、綾子ちゃんのストーカー事件……夢はその頃のでき事を、やたらリアルに再現していたように思う。

「だからこいつが疼いたのかな……おまけに雨の日ときたもんだしな」

一人つぶやきながら、ぐいっとスコッチを流し込む。

「とんだ安だな、こいつは……」

よくよく見れば遠くには、すでに桜の木に淡いピンクのが見え始めている。

(もうそんな時期か……)

世間的に見れば冬の寒い季節は終わり、新しい季節の訪れを喜ぶべきなのだろう。昔は好きだったが、今はこの一年において、最も嫌いな時期だ。

五……いや、これでもう六度目の春を迎えることになったが、年々この時期が嫌いになっていっている。

そう、沙彌佳を失って以來、俺は何にも増して、この桜の季節が嫌いだった。

嫌な気分になった俺は、窓からはなれ、一人でいるには無駄に広い部屋をよこぎって、ソファーに座った。目の前のテーブルの上には、この部屋のなかでデジタル時計をのぞいた、唯一の近代機といえるノートパソコンが置いてある。

大して使うことなどないが、あの狐にいわれて購したものだ。あの狐とは藤原真紀のことで、あののおかげで良くも悪くも、今の自分がこうしていることになる。

俺がもうどうしようもなくなっていた時、この業界にったのだ。それは、いつかのデートにった時のように軽いものだった。

しばらくの間、ぼんやりとソファーに腰掛けたまま正面にある窓から見える、どんよりした雨雲を見つめていた。今はまだ大丈夫だが、この空の様子では、後一時間としないうちに雨足が強まりそうだ。

俺は、まだグラスに半分ほど殘っている安のスコッチを、一気に飲み込んだ。どうせなら、このまま安酒をあおったまま、ベッドに潛りこみたい気分だが、面倒なことに夕方には外出しなければならないため、それはできそうもない。

(つまらない)

また今夜も仕事があるのだ。それも大した仕事ではない。ゴロツキ相手の用心棒だ。おまけに、たった一日限りの。

そんなのは、本來なら俺が請け負うような仕事ではないが、どうしてもと頭を何度も下げられ、いつもの數倍の額をひっさげてみると、さらにその三倍の額を言ってきたので、のってやったのだ。

裏じゃかなりの大で、もちろん名前だって聞いたことはあるが、俺には関係のない話だ。金をつまれたから用心棒を引きけたにすぎないし、一応前金も半分だが、すでにいただいている。

もし途中失敗して、対象が死んだとしてもとりあえず報酬は手にっているのだから、殘りが手にらなくなったら、なったらだ。とはいっても、いくら仕事が面倒とはいえど、手を抜くつもりはさらさらないが。

なんでも、すでに自分のところのボディガードが、何人もやられているからだという話だった。

俺から言わせてもらえば、ただ単に、そのボディガードたちがけないだけとしか思えないのだが、どうにも違うらしい。相手はかなり腕のたつスイーパーで、まさしく命からがら、逃げ出すことができたという。

なんにしても、一度引きけたものに、後からあれこれ言うつもりはない。いつものようにやれば、きっと大丈夫だろう。拠など全くないが、俺はそうやってこの數年間、この危険な職業をこなしてきたのだ。

何もせず、ひたすらに部屋の中で暇を持て余していたが、気付けばもう午後三時を回っている。

そろそろ寢座ねぐらを出るとしよう。思えば、寢起きだというのに酒を飲んだだけで、まともに食事をとっていない。し早く出て、どこかで食事にした方がいいだろう。

仕事の前に何も食べないというのは、どんな職であれ、あまり良いことではない。

そう思い立つと行は早い。まだ寢巻姿のままだった狀態から、わずか數十秒で著替える。革ジャンにとスラックス、インナーは適當にVネックのタンクトップという出で立ちだ。

まだ三月になったばかりで寒いだろうが、どうせ大部分の時間は建の中のはずだから、これくらいの軽裝でも構わないだろう。

小雨の降る中、アパートを出た。部屋から見ただけでは分からなかったが、思ったよりも雨足が強い。傘なんてものはないので大で歩き、地下鉄へと向かう。

雨のせいもあるだろうが、案の定、三月上旬の空気は寒く、またそれが俺の機嫌を損ねさせる。あのが言うには、それでも今年は比較的春の訪れは早いのだと言っていたが。

その時、後ろから車のクラクションを鳴らす音が聞こえ、俺のすぐ橫に停車した。 赤いスポーツカーだ。俺はあまり車の種類はに詳しくないからよくわからないが、かなり高級なものだろう。俺の橫に停まったということは俺の知り合いのはずだが、知りうるかぎり、こんな派手な車に乗っているのは一人しかいない。

「こんな雨の日に、傘もなしに歩き? なんだったら乗っていきなさいよ。送っていくわ」

「やけに都合良く出會うもんだな。昔から思っていたが、あんた、俺のストーカーなんじゃぁないだろうな?」

薄ら笑いを浮かべながら、運転席の窓を開けて顔をのぞかせた”あの”、藤原真紀にいった。

「仕方ないじゃない。あなたの家と私の家、近いんだから」

「本気にするなよ」

笑いながら、ガードレールをまたいでドアを開け、助手席へと座る。

「ゆっくり出してくれよ」

「わかってるわ」

そういうと真紀は、いきなりアクセル全開で急発進したのだった。

「おい! ゆっくりって言ったろう!」

「あら、私にとってはゆっくりよ?」

ちっ。相変わらず、このは……。

「……降ろせ」

「…………」

「おい、聞いてるのか」

「聞こえてるわ」

「だったら降ろせよ。やっぱり地下鉄でいく」

「無理よ。もう走り出したんだから」

この……。このままだと、飯も食いそこねそうだ。

「……そうかい。おまえがその気なら、こっちにも考えがある」

俺は、制限時速を遙かにオーバーして走る車の助手席のドアを開けた。

「! 何してるの!? 早く閉めなさい!」

「いやだね。それよりもさっさと速度を落とした方がいいんじゃないのか?」

真紀は珍しく驚き、目を大きく見開いた。見たとこ、この車はまだ新車のようだし、あまりひどい扱いはけていない。だから、その車をいきなり傷付けられるのは、さすがにこのとて嫌だろう。當然、そう踏んだからやったのだが。

「……あなた、嫌な格になったわ」

「ああ、全くさ。誰かさんのおかげでね」

真紀は仕方なく速度を落とした。それでもまだ十分速いと言えるが、これくらいなら許してやってもいいだろう。俺はドアを閉め、ため息をつく。

「……で? 大方予想はできるが、なんで、あんたがわざわざ俺のところにきたんだ?」

「今夜のあなたの仕事、キャンセルしてほしいの」

「なんだと? おいおい、ふざけるなよ。そんなことできるわけないだろう」

「いいから」

「いいわけあるかよ、もう前金も貰ってるんだ。別に対象が守ったうえで死んだとなれば話は別だが、今はそういうわけにはいかない。

第一、なんだってキャンセルしなくちゃぁならないんだ。そのわけをまず教えてくれ」

真紀は前を向いたまま、何も言わず黙ったままだった。

「……大あなたね、簡単に安請け合いなんてしないでほしいわね」

「安請け合いだって? どこがだ。この話以上にうまい話なんざそうそうないぜ」

「それが安請け合いだといってるのよ。今回のこと、どういうことか分かってるの?」

「分かってるさ。どこだかのボスを今夜一日しっかり護衛すること。そいつに近づく奴は、容赦なくあの世行きにしろってな」

俺の言葉をきいて真紀は、呆れたかえったように大きくため息をついて、視線を俺にむけた。

「全くわかってないじゃない。自分達のところの用心棒がもう何人もやられてるのよ? その意味がわからないわけではないでしょう」

「それほど危険なやつが相手だっていいたいんだろ。そんなの百も承知だ。だから引きけたんだしな。それに……」

「……それに、なに?」

「……いや、なんでもない。ところで、用件はそれだけか? だったらそろそろ降ろしてくれないか。飯、食いそこなっちまう」

俺がもう仕事を降りないと悟ったのだろう、真紀はため息をついて、話題を変えた。

「あなたが、まともに食事してないことくらいわかってるわ。私も今日は、晝はまだなの。どう? 私の奢りでいいわ」

「やれやれ。あんたの顔見ながら食う飯なんざ、どんな味いものもまずくなっちまいそうだな」

真紀は薄くルージュをひいたを妖艶にゆがめ、立ね、とつぶやいた。

真紀と遅い晝食を終え、今回の仕事場となる場所からし離れたところで車を停めさせた。

「本當にここでいいの? 遠慮なんてしなくてもいいのよ」

「別に遠慮なんかしてないさ。それにちょいと野暮用があってね……そいつは大変な嫌いなんだ」

「……あなたにそんな趣味があったなんて知らなかったわ」

「じゃあな」

「……気をつけなさいよ」

その言葉には、このにしては珍しく、どこか不安げな含みがあった。俺はそれに応えることなく、車を降りた。

確かに、指定の場所まで送ってもらうのも悪くはなかった。外は雨なのだ。

しかし、そんな場所にに送ってもらうなんざ、示しがつかない。ましてや、今回は別に組織の人間というわけではないのだ。

ではなぜかと言うと、今回のために武を調達するためだ。俺の所屬している組織は、その気になればこの國の極道や警察が束になったって、足元に及ばないほどの兵力があり、武の支給だってされているが、どうにもそれらを使う気になれないのだ。

確かに、構員の一人ではあるだろうが、俺は組織なんぞのために、魂まで売り渡したりなどしない。その気になれば、こんな組織などいつだって抜け出すこともできるし、したっていいとも思っている。

この組織にる際、殺し屋になるための訓練をけた。正確にはけざるをえなかったのだが、その時に、骨の髄まで組織への忠誠心とやらまで叩き込まれたのだ。

だが、俺にはそんなものは必要ない。その時に教が言っていたのだ。不必要なものは、たとえそれがであれなんであれ捨てろ、と。

だから俺は、真っ先にその忠誠心とやらを捨てた。 もともと組織の繁栄だとか、ひいては國家の安定をはかるためだとか言われたが、そんなものは興味のかけらもなかったし、くだらないと思ったものだった。

そいつが俺に何をもたらすというのだ。はっきり言おう。俺にとって、組織だとか國家だとかいうものは傲慢で、唾棄すべきものだと思っている。そんなものがあるから、この世は未だ戦爭なんてものをやっているのだから。

それでいながら世界平和だなんだと言っているのだから、どうしようもない。聖人ぶるつもりなんてさらさらないが、そう思っているのは間違いない。

何より、俺は必要だったからこの世界に飛び込んだのだ。だから、俺を邪魔しようとする奴は、何者であろうと容赦はしない。

たとえ、それが一國のトップであれ、王公貴族であれ、聖人君子やキリストであったとしてもだ。邪魔するのなら、そいつの頭に鉛玉をぶち込むのだ。

殺せるものなら、神殺しだって平然とやってのけるだろう。もっとも、そんな存在がいるとしたらの話だが。

そんなわけで、俺は組織から支給されたものは、なるべく使わないようにしている。もちろん、使えるものは使うが、あくまでどうしようもなく必要になったらであり、そうでもなければ、別のルートで流れているを使うのが、俺の主義なのだ。

それに、どういうわけか組織が支給するものは、俺にはいまひとつなじまないというのもある。なじまないを使うのは、あまりいいこととは言えるはずがない。

真紀の車から降りて俺は、雨が降りしきる中、雑居ビル群の隙間道を歩いている。その小汚い道を二度三度、左に右に折れ曲がり、目的の場所に著いた。

そこは看板も何もないため、一見ただのビルの裏口程度にしか見えないが、ここが俺が使っている武商人の店だ。

店のドアを強めに3回ノックする。一拍おいた後に軽く2回。これが、客だという合図になるらしい。面倒とは思うが、こんな平和な國でこんな商売をするのだから、奴にも々と事があるのだろう。

ひっそりと靜まりかえっていたドアの向こうから、カチャンという音が響き、ドアが開かれる。

中から出て來たのは、いかにも小狡そうな顔つきをした小男だった。歳は40くらいのようにも見えるが、50くらいにも見える。男は本當に背が小さかった。おそらく140センチくらいだろう。下から無遠慮に、なめるように視線をぶつけてくる。

この男がこの店の主人で、下の名は知らないが、名を最上もがみと言った。

「よう。以前頼んでおいたもの、け取りにきたぜ」

最上は相変わらずの無想ぶりで、軽く周囲を確認すると、ってくるよう促した。

何を考えているのかよく分からない男ではあるが、取り扱っている商品の富さや、時には報も売るという中々の商売上手な奴だ。

最上は中にるなり、俺をおいて、さっさと店の奧へと行ってしまった。まぁ、特別することもないし、むやみやたらに男の後を追いたいとも思わないので、かまわないのだが。

それにしても、ここはいつ來ても汚い場所だ。あまり広くもない中に、ごちゃごちゃと何に使うか分からないようながたくさん置いてある。

そんなガラクタ同然にしか見えないものに混じって、モデルガンよろしく舊ソ連製のライフルや、イスラエル製と思わしき銃もある。

しかし見事に埃をかぶっていて、もはやただの骨董品にしか見えない。いや、商品としてしっかり埃くらいははらわれているぶん、骨董品屋のものの方が、いくらもましだろう。

そんなことを考えているうちに、最上が奧から出てきて、やはり無想に頼んでおいた品がった包みを手渡す。

「……まいど」

本當に聞き取るのに苦労しそうなほどの小聲だった。

「……調整はもうしてある。予備のマガジンは三つだ」

「いつもすまないな。あんたの調整ぶりにはいつも驚かされるよ。俺以上に俺の手を知ってるみたいに、しっくりくるんだ」

そんな俺の褒め言葉にも、この男はピクリともせず、それじゃ、と無想に言っただけであった。

奧の部屋で何をしているのかは知らないが、さっさと帰れと示唆しているのだろう。包みにった殘りの金を取り出すと、最上はひったくるようにそれをけ取った。

「じゃぁな。また何かあった時は頼む」

男は挨拶などどこ吹く風で、振り向きもせずさっさと奧へと消えていった。

外に出てドアを閉めると、やはり來た時のようにカチャリと音がして、鍵がかかったのだと思われる。

「さて、と……」

指定の場所までは、ここから歩いて10分ほどだ。

り組んだビルの谷間であるためか、あまり雨は降り込んでこない。店の中にいたのはわずかに四、五分のことなので、突然に雨がやんだとは思えない。

來た道は戻らず、來た道の続きを歩くように、り組んだビルの隙間を何度も曲がりながら、大きな道の脇へと出た。尾行などないが、一応念のためだ。俺としても、自分が使っている商人に迷がかかるのはいただけない。

別に、あの無想な男のことを心配しているわけではない。この國では、なかなかああいった武商人というのはいないので、もしヘマをして廃業にまで追い込んでしまったら、新しい商人を見つけるのに苦労するからだ。

個人経営であんないかがわしい仕事をしているやつは、橫のつながりはないから、同業を知っていても客を取られないように、教えたくないだろう。

思った通り、やはり雨が徐々にだが強くなりはじめていた。

これから起こることなど知るよしもなく俺は、目的の場所へと向かって歩いていく。

気付けば、腹の疼痛は消えていた。それがまるで、これからのことを予期しているかのようでもあった。

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