《いつか見た夢》第17章

雨の降る中、指定されていた建の中にると、慇懃いんぎんな顔つきをした連中が數人いた。當然ってきた俺に、鋭い視線をむけてきた。 連中はみな、黒いスーツにをつつみ、耳にはイヤモニターを付けていて、その滲み出る雰囲気を隠せないでいた。

ロビーの中心あたりに來たとき、そのうちの一人がこちらに歩みよって來る。おそらく、このフロアないしはこの建のスーツ連中のリーダーだろう。長は百八十センチある俺の背丈より五センチは大きい。

「本日は何用でございましょう?」

「ああ、あんたのとこのボスに頼まれてきた用心棒だよ」

男はこちらをつま先から頭のてっぺんまで、疑うような目で見つめたあと、背を向けた。

「どうぞ、こちらです」

男はそういって俺をボスのところに案するため、エレベーターに乗った。男に続いてエレベーターに乗る。

他の者たちは、俺がエレベーターの扉によって姿が消えるまで凝視していたが、やはり三流は三流といったところだろう。真に一流というのは、こちらに注意は向けながらも、決して他のところから気をそらし続けたりしないものだからだ。

が知れないとはいえ、いつまでも睨みを利かせているようでは、たいしたものではないだろう。やはり今回の仕事は、簡単にすませることができそうな気になってくる。

この分だと、今までの死んだ用心棒たちも俺がにらんだ通り、そうやれるような連中ではなかったということだろう。もちろん、だからと言って件の殺し屋を、舐めてかかるというわけではないが。

エレベーターは21と表示された最上階へと著いた。エレベーターを降り、赤い絨毯が敷かれた廊下を、ボスが待っているであろう部屋まで男の案で歩く。

「ここです」

突き當たりの部屋の前でとまった男が、首を橫にして言い、ドアをノックした。

「ボス、先生がお著きになりました」

俺はつい苦笑してしまった。俺よりも15は確実に年上だというのに、先生だなんて言われると、妙にむずじる。

Advertisement

れ」

「……どうぞ、先生」

ドアの向こうから、低い老人の聲が聞こえ、男は俺が中にれるようドアを開けた。

部屋の中は、これはまた隨分と派手な印象を與えるものだった。猟で捕獲したのだろう、止されているはずの虎の皮の絨毯や、金の裝飾が施された家やシャンデリアがちりばめられている。

こういう、けばけばしいほどの派手な印象を與えるものは、あまり好きになれない。本當に骨の髄までり金趣味をもったものならば、こんな無駄に豪奢なものは好まないというが、そうかもしれない。これではただの、強なオヤジ趣味となんら変わらない。

どんなものや事柄においてもそうだが、"本"というやつほど、さりげなさというものを心得ているものなのだ。

「おお、來てくれたかっ! あんたの噂は聞いてるぜ。今まで、何度も生還困難な仕事もしたってな」

目の前に現れたのは、完全に頭が禿げ上がった老人で、太って似合わない、これはまた部屋に負けず劣らずの派手なスーツを著ている。

九十年代の初めごろにバブルがはじけて以來、最近はこの手のタイプのり金はあまり見かけなくなったが、この老人はまさにその典型だろう。

「そいつは、々尾ひれが付いてるけどな。

それでもう一度、きっちりと仕事の容を確認させてもらうが今夜一日、あんたをきっちり護衛する……間違いないな?」

「ああ、間違いねぇ。怪しい奴は片っ端なら始末してくれていい。で……あんたのことはなんと呼べばいい?」

「クキでいい」

「クキか、分かった。仕事はこれよりたった今からだ。何か分からないことがあれば、後ろの佐竹さたけに聞いてくれ」

佐竹と呼ばれた男は俺を案したやつで、この老人の側近なのだろう。老人にうながされ、佐竹は腰からきっちりと曲げて一禮する。そして、やはり下の連中のリーダーであった。

「では先生、こちらへ」

そういって佐竹は、俺を部屋から出そうとした。

「おいおい、護衛ってのはきちっと対象から離れないもんだぜ」

Advertisement

「……ボスはお休みになられる際には、たとえボディガードであっても、部屋の外に出すことが通例ですので」

「悪いな、クキ。そういうことなんでな、頼んだぜ」

なんとも驚いた。まさか、いきなり晝寢のために部屋を追い出されることになるなんざ。心呆れながら、俺は黙って肩をすくめ、部屋を出た。

佐竹も一緒に出て扉をしめた後、部屋の前に立った。

「……驚かれたでしょう?」

「ああ、まぁな。だが、あれでよくもまぁこの世界のボスとしてやってこれたもんだ」

佐竹は、苦笑しながら続けた。

「お気持ちはわかります。しかし、だからこそ生き殘れたとも言えるかもしれません」

「違いない」

男に笑いながら、賛同した。

確かにあの老人の行には驚いたが、まさにこの世界で生き殘ってこれただけのものはじさせた。

「寢るとはいいましても、三十分もあれば起き出しますので」

「そうかい。ところで……佐竹、さんだったかな。あんた、俺にまでいちいち敬語を使う必要はないぜ」

「そういうわけにはいきません。先生はボディガードですが、同時に大事なお客様でもありますので」

聞けば、元々この佐竹という男は、執事になるための訓練をけ、実際に執事として働いていたのだそうだ。しかし、前の雇い主は人使いが荒かったあげく、唐突にクビを言い渡されたという。

そして、なんの因果か、あの老人に雇われてこの世界にったのだという。

「ボスは確かにあんな風はしていますが、仕えるようになって早十年、とても下の者に気を遣ってらっしゃるのです」

「なるほどな。以前の主人が主人なだけに、あんたも信頼しているということか」

「……私の場合は、信頼ではなく、忠誠といったほうが正しいのでしょうが」

「どっちだっていいさ。いい主従関係が築けているのには違いないんだろう」

そういうと、佐竹はの端をゆがめた。

「……先生は変わった方でいらっしゃる。ボディガード……いや殺し屋の方というのは、常に冷靜沈著でいる方か、あまり素行の良くない者が多くて困るのですが……なんといいましょうか、どちらかと言えばこの世界にいらっしゃるのが、不思議なほど似つかわしくないとでも言うのでしょうか」

Advertisement

「そうかい」

苦笑しながら、部屋の反対側の壁におかれた椅子に座る。

確かに佐竹の言う通り、素地というのはなかなか隠せるものではないだろう。俺だってあんな事件さえなければ、今頃はスーツを著るなりなんなりして、必死に上司に頭を下げていただろう。

それに、こんな世界に浸かっているからといって、無駄にアウトローぶる必要もない。アウトローになるのは、殺そうとしてくる連中に、鉛玉をぶち込む時だけでいい。

「だが、そういうあんただってこの業界には似つかわしくないんじゃぁないのかい? 確かに格や顔つきこそ厳ついが、あんたはっからの執事ってじだ」

佐竹はしだけ驚いたようで、目を大きくさせて、すぐに元の表に戻った。

「そうですか……私は執事、ですか」

「話や行を見聞きする限り、そう思えるさ」

なんだろう。今、佐竹は妙な含みのある言い方をした。もしかすると、言葉ではああは言っているが、あの老人に不満をじているのかもしれない。

「……ふふ、やはり先生は変わった方でいらっしゃいますな」

聲を殺して笑う佐竹に、なんのことだかと肩をすくめてみせ、俺は本題にった。

「ところで、例のスイーパーのことなんだが、どういう奴なのか分かるかい? 俺としては、あのボスがやろうとしている取引より、そっちの方が気になるんだ」

それまで饒舌だった男は、途端に口をつぐんだ。

「……はっきりと申しますと、私自、今まで何人もの凄腕と言われる者たちを見て參りましたが……あのような者は見たことがない」

「今まで何人もの同業をやってきたのであれば、そうだろうな。俺が知りたいのは、そいつの手口さ。銃か? ナイフか? それとも素手なのか? 同業者といえど、ある程度のパターンがあるはずだ」

「……至近距離からの狙撃ないしは、ナイフによるものではなかったかと思いますが」

「至近距離、か……ありがとうよ。もう一つ確認しておきたいんだが、警備の方はどうなってる?」

「はい、鼠一匹たりともることはできません。先生がって來た、あの正面玄関以外からはることは不可能でしょう」

「となると、そいつが今回の取引相手になりすましているという可能は?」

「ございません。今回の取引相手の方も、幾度となく命を狙われておりますし、お互い今回のために何度も顔を合わせておいでです」

「ならば、取引を行うのはどこでやるんだ?」

「この部屋で行います」

「そうか……」

さて、どうしたものか……。

まず殺害方法だが、至近距離からの攻撃が多いとのことだから、おそらく今回も至近距離からくるだろう。先ほど部屋にったとき思ったが、部屋には窓が一切なかった。となれば狙撃の心配はない。まぁ、ミサイルでも飛ばされようものなら、どうすることもできないが。

とりあえず、今夜限りの護衛なのだから、今夜の取引を阻止するためだと見て間違いないはずだ。この部屋で取引が行われるのであれば、あの老人が部屋から出る必要はない。

そうなると、最も警戒しなければならないのは、今夜現れるであろう、その取引相手だ。

何度も顔を合わせているという話だが、そいつが最初から替え玉である可能もないも言い切れない。佐竹の話を聞くかぎりでは、その殺し屋本人を直接見たことがあるけではないようだ。

まぁ、それも當然だろう。もし、そいつを見ているのであれば、こうしてこの男と話すことができているはずがないのだ。基本だが、一度この建をきちんと見ておいたほうが良さそうだ。

鼠一匹れないと言っていたが、それほどの凄腕なら、難無く突破してしまうということも有り得る。

別に下の連中をあなどっているわけではないが、どうにも嫌な予がする。経験上、こういう時の予というのは信じた方がいい。

杞憂であれば、それはそれで構わないが、何かあった後では全てが遅いのだ。

佐竹との會話の後、俺は建の中を見て歩いた。

全ての階に黒服の連中は待機していて、まさにファミリー総員といったところだ。

五階より上、二十階まではほとんど同じような構造になっていて、見てまわるのは簡単に済んだ。一階は當然ロビーがあり、その他、裏には事務室があり、ロビーからは見えないような作りになっている。

そして、ロビーは四階まで吹き抜けになっており、二階から四階までがやはり同じ構造になっていた。

あの佐竹という男の指示なのかは分からないが、どの階も絶妙な位置に人員が配備されていた。

もしあの男によるものであれば、俺達のような人間のことを、なかなか分かっているじゃないか。

執事の訓練をけたと言っていたが、もしかしたらそれとは別に、そういった方面の訓練もけた可能もある。とはいえ、それで百パーセントの命の保証があるわけではないが、侵はかなり難しいだろう。

見たところ各階には、五人から多い階には十人近い人員が配備されていた。それでいて、相手はたった一人しかいないのだ。これではさすがに件の暗殺者も、一筋縄にはいかないだろう。

けれど、いざ現場に立ってみると分かるが、ボス自らの取引とはいえ、これほどの重々しい警戒がなされることはあまりない。

容になど大して興味もないが、ここまでの人員を員するということは、相當な商談がされるということだろう。

そのせいなのか、どうにも嫌な予を払拭できないでいる。何か、この重々しい雰囲気に混じって、別の思が見え隠れしているような気がしてならないのだ。

俺は、老人が座っている豪奢な作りの椅子の橫の壁に寄りかかりながら、例の暗殺者のことを考えていた。

反対の壁に置かれた年季のいった大きな振り子時計を見ると、時刻はすでに午後9時を回ろうとしていた。

「……分かった。今行く」

佐竹が、下にいる者からの連絡をけたのだろう、イヤモニターに手をあてながらそう口にする。

「ボス、お客様がもうしでお著きになるそうです。私は下に參ります」

「おう、丁重にな」

「先生、くれぐれもお願いします」

佐竹は俺にそう言い殘し、一禮して部屋を出ていった。

「……クキ。おめえの目から見て、あの男、どう思う?」

「突然だな。まぁ……よくできた執事ってじですかね」

「ぐはははは。執事か! そいつはちげえねぇ」

突然話しかけてきた老人は何が面白いのか大聲で笑いながら、自らのふとももを叩く。

「はははは……まぁ、なんだ。俺がいいたいのはそういうことじゃねぇんだ。あいつが元執事ってのは聞いたか?」

「ええ。なんでもクビにされたとか」

「……クビか。確かに、そいつは間違いはないかもしれねぇ。だがな、そいつにはちょいとばかし事ってのがある。……奴の前の主人は死んじまったんだよ。それこそ今回のことみたく、殺し屋に頭をぶち抜かれてたって話だ……。

一杯仕えていたはずが、突然のクビってんで奴もそんときゃあ憤慨したそうだ。だが、自分が解雇を言い渡された直後、そいつが殺されたと知ったらしい。

……きっとそいつも何か悟ったんだろうさ。巻き込むまいとした、最期の優しさってやつだ」

「……」

「奴はな、その時の経験から、同じような過ちはもう二度と犯さぬよう、その筋の訓練を一通りこなしたのさ。

全く、あいつのそのにゃあ、こっちも頭が下がる思いさ」

なるほど、これで分かった。各階に人員がうまく機能しやすいよう配置したのは、やはり佐竹だったのだ。

「へっ、俺も何言ってんだかな、初めて會ったはずの奴に……。すまねえな、クキ。今言ったことは忘れてくれて構わねぇ。」

「いえ……」

老人がやや躊躇いがちに何かを言おうとしたとき、扉をノックする音が聞こえた。きっと佐竹が、今回の取引相手を連れて來たのだろう。俺もし聞きたいことがあったが、今は無理そうだ。

「ボス、お客様をお連れしました」

「おう、はいれ」

扉が開かれて、俺がってきた時のように、まず佐竹が現れ、その後ろに今回の取引相手らしい男がってきた。それとやはり、襲撃を想定してか護衛が三人。

「こいつは遠いところからわざわざすまねぇな!」

老人に迎えられ、相手も同じように挨拶と握手をわしながら、老人にソファーのところまで導かれていく。相手はこの老人よりは若く、まだ50代といったところだろう。

だが、二人並んでいるところを見ていると、どちらもあまり歳の差というのをじない。この老人が若いのか、はたまた相手の中年が老いて見えるのか、俺にはいまひとつ判斷に困るところではあったが。

「先生」

佐竹が俺を呼ぶ。丁寧に手を使い、外へとジェスチャーしているのだろう。俺は佐竹の方へ歩み寄り、小聲で話しかけた。

「いいのか? これじゃぁ護衛の意味があまりないぜ」

「ここは今のところは大丈夫でしょう。問題はビルに侵してくる者ですから」

「そいつは確かにそうだが……」

「クキ、外してくれて構わねぇ。お前はこいつらを疑ってるかもしれねぇが、大丈夫だ」

雇い主にそこまで言われちゃ仕方ない。

「……分かった」

俺は小さくため息をつきながら、部屋を出た。佐竹は、あくまで執事を努めるためか、部屋から出ようとしなかった。扉を閉め、先ほど腰掛けた椅子に座る。

「やれやれ、この調子じゃぁ今夜はなにもないかもな」

手持ち無沙汰になってしまったためか、酒を飲みたくなったが、ないものは仕方ない。

部屋の中では、世間には公表できないような容の話が進められているのだろう。

そういったことまで考慮した作りになっているのか、廊下には全く音が洩れてこない。

「やれやれ、話相手もいないんじゃぁ寢ちまいそうだな」

呟く自分の聲が、えらく響いて聞こえるような気がした。廊下は不気味なくらいに靜まっており、ふと、この建には俺以外の人間は、誰もいないのではないかと錯覚してしまうほどだ。

(いや……やけに靜かすぎる)

確かあのボスが寢るといって部屋を出た時には、なくとも廊下の先にあるエレベーターの前には三、四人の黒服がいたはずだ。だというのに、今、廊下には俺一人しかいないのだ。

おかしい。何か、とても嫌なじだ。

それに……なぜか俺には今ほど部屋を出る際の佐竹の行に、何か引っ掛かったのだ。

一度沸き起こった疑念というのは、容易には振り払えない。俺の中に沸き起こったある一つの疑念。

それは、暗殺者が外からではなく、部の人間によるものではないか、ということだ。馬鹿げていることかもしれないが、なぜかそんな気がしてならない。

もしそうなら、暗殺者は――。

そう思い立つと、いてもたってもいられなくなる。念には念をいれて、一度確認をしておいた方がいいだろう。自分の疑念を晴らすためだけでも、十分な証明にはなるはずだ。

俺は椅子から立ち上がり、ノックせずに扉を開けた。そんな俺の視界に、あってはならないはずの景が飛び込んできたのだ。

「これは……」

そう、部屋の中はたった數分前とはまるで別世界だった。

老人との取引にきたという他の組織の統領と思わしき中年をはじめ、その護衛三人もろとも、ただの塊へと変わっていたのだ。

護衛三人のうち二人は、心臓を一突きにされていた。恐らくナイフによるものだろう、が大量に噴き出していた。

一人は、口とからを吐き出すように、扉の反対側の壁に、もたれ掛かっているかのように倒れていた。笛を、頸骨とともに潰されたのだ。

護衛三人が死んでいるのだから、當然そのボスも死んでいた。首が変な方向に曲がっているのが見てとれる。

そして、俺が守らなければならないはずであった老人にも、にナイフが突き立てられていた。護衛二人をやったのに使われたナイフかもしれない。

その四人をやったのは、當然、一人の男だ。俺が部屋を出てから、この死に変わった奴ら以外には、奴しかいなかった。

「……こいつは驚いたぜ。まさか、あんたが暗殺者とはな。

いや、やはりと言うべきかな。なんとなくだが、そんなじはしたんだ。だから、こうしてって來たんだがな」

俺は部屋にると同時に、銃を構えていた。

「……ほう、これはまた意外なほど早く勘づかれたか……。おまけに私が暗殺者というのにも気付いてたとはな」

執事という仮面をとった佐竹は、まさに殺し屋というに相応しい顔つきになっていた。というよりもこっちが本當の奴なのだろうから、特別驚くことではない。

「ああ。今考えりゃぁ、あんたの発言には思わせぶりなものもあったしな。さっきまでこの階に配置されてた連中もいなかったのも、どうにも胡散臭くじさせたんでね」

「ふふふ、どうやら先生は、やはり今までの連中とは違う人だ。こうなった以上は、生きていてもらっていては困る」

「けっ、ぬかせ。どうせ、はじめから俺は殺すつもりだったんだろうが」

佐竹はを歪め、こっちに向かって駆け出す。

「うっ」

いち早くそれに気付き、反的にが反応していた。橫に飛びのきながら、二発連する。

「く……」

二発とも奴を掠めただけで、直撃はしなかった。こっちにも、その手応えがなかったのは分かっていた。

「ちっ……大人しくしていれば、苦しませずに殺してやれたものを」

「……そうかい。たが、そいつは余計なお世話って奴だぜ。こちらとしても、あんたをこのままにしておくわけにはいかない」

「ぬかせっ小僧!」

そういって疾走してくる佐竹は、凄まじい勢いで迫ってくる。

やっと勢を整えたばかりの俺は、銃を撃つ暇もなく、再び橫に飛びのくだけで一杯だった。

(まずいぜ、このままじゃ……)

俺もそれなりにには自信があるつもりだが、佐竹のそれはこちらを確実に上回っている。おまけに、奴はその得意のを使って、一仕事終えたばかりのはずなのに、である。

そう考えている間にも、奴は突進してくる。勢から見て、蹴りだ。

一瞬でそう判斷した俺は、タイミングを合わせながら一歩後ろにを引いた。

「!?」

奴にとって間違いなく、必殺の蹴りだったはずだろうが、蹴りは俺の服を掠っただけで、直撃はしなかった。

それにもし、蹴りが直撃していたら、ほぼ間違いなく死んでいただろう。革ジャンの襟元に、綺麗な線がっていたからだ。奴は俺ののあたりを正確に狙ってきていたのだ。

「……。私の蹴りを避けるとは、なかなかやるな」

「あんたほどじゃぁないが、これでもそれなりにはの心得ってのがあるんでね」

とはいえ避けるのが一杯で、銃など撃つ暇もない。

呼吸が荒い。何度も床を転げ回ったせいで、余計な力が奪われているためだ。 俺に一瞬たりとも銃を構えさせる暇を與えず、絶えず攻撃をしかけてくるため、銃を撃つことなど、できるはずもない。

とにかく、數秒でもいいから時間がほしい。この時、もっとの訓練をしておくべきだったと、遅まきながら後悔した。

「……そんなことより、一つ気になることがあるんだがな……」

こちらのことなどお構いなしに突っ込もうとしている奴を制止させるため、疑問に思ったことを口にした。

「聞きたいことだと?」

かかった。こいつはかなり用意周到な奴だとふんで、駄目で元々で言ってみたが、うまいこといったようだ。れで、こちらの勢も整えることができるはずだ。

「ああ……あんた、さっきボスを信頼しているだかなんとか言っていたな。あれは噓だったのか?」

「……」

「俺なりに推理してみて、狀況証拠だけで判斷するに、あんたが怪しいと睨んでは見たが……結果としては正しかったがな。

どうしてもその辺だけは理解できなくてね。要するに機ってやつだ。なぜなんだ?」

「……くくく。本當に先生、あなたはそんじょそこらの殺し屋とは違ったようだ。私と闘いながらそんなことを考えていたとは」

「そりゃどうも。で、どうなんだ」

「いいでしょう。罠と分かっている上で、あえて、あえてあなたの口車に乗って、お話しいたしましょう」

佐竹はわざとらしく執事としての丁寧な喋り方で、その過去を語り始めた。

「先ほど言ったように、私はね、他の主人に仕えていたのですよ……。その方は々、いやかなりのわがままでね。いつもいつも、無理難題を押し付けられたものでしたよ……。

私もまだ若く、裏ではその方の口をよく叩いていたものでした。まぁ、若い時期にはありがちだが、無駄にプライドというのがあったのでね。今考えてみれば、どうしようもなく未ですが……。

だがね、その方は本當はただの淋しがり屋だったのですよ……。生れつきも弱かったためか、親兄妹からも見捨てられ、ただの道としか見られてはいなかったのです。……そう、ただの道としてしかね」

佐竹は心なしか、辛そうにしたような気がする。もしかしたら、この男にとって前の主人こそが真の主人だったのかもしれない。

「それこそ……誕生日には、プレゼントも何もいらないから両親と會いたい、と言うほどに想っていたにもかかわらず、ね。

しかし、彼は……」

そこで佐竹は語るのを止めた。

……つまり、前の主人はの子だったわけだ。

「……ふ、もういいでしょう先生。私はここを片付けなければならない。そのためにも、早くあなたを始末しないといけない」

「読めたぜ。この連中を殺した罪を、俺に被せるためだろう。ついでにあんたがこの組織を乗っ取るってわけだ」

「……乗っ取る? 組織を? 私が? ……はははは、先生も面白いことを言う。私はこんな組織など、なんの興味もない」

「ならなんでこの連中を殺したんだ! それこそあんたにゃ……」

言いかけて、俺は言葉に詰まった。もしかして、この男は……。

「あんた、もしかして……」

「……言ったはずです。もういいでしょう先生。これ以上はあなたには関係ない。あなたはこの世界に生きている人間としては、珍しい人間だ。いうなら所謂、”いい人”という人なんでしょう。

こんな形で巡り會わなければ、良い関係が築けたかもしれない。

実際、私としてもあなたをこの手で殺めなければならないというのは、大変心苦しいのですよ」

「だったら今からでも遅くない。俺を殺すのはやめておくんだ。俺をやったら、それこそ、あんたは一生追われることになるんだ。

それに巻き込んでおいて、関係ないってのはどうかと思うがな」

「くくっ、それこそ、どうでも良いことですよ、私にはね。さぁ、そろそろ死んでいただきますよ、先生」

「……そいつはどうかな。この距離なら、俺はあんたという的を外さない。さっきは咄嗟だったから外れちまったけどな、

あんたが々と話してくれたおかげで、冷靜に引き金を引けるというものさ。つまり、五分と五分だ」

「ふん。いくら私の蹴りを避けたとは言え、あまりなことは言わない方がいい」

「そうかい。だったら試すしかないな」

その俺の臺詞を最後に、俺達を気の遠くなるような靜寂が包み込んだ。

お互いプロだ。これが最後になるということは、はっきりと理解している。

どちらもかない。いた瞬間、それが行を起こす合図だ。

さぁ來いよ、佐竹。あんたが迫りくる瞬間に、俺は必ず引き金を引いてみせる。それも三連弾だ。俺もただではすまないかもしれないが、三発のうち一発は、必ずあんたの急所に當ててやろう。

確実にどちらかが死んでしまうという狀況なはずなのに、俺は自分でも恐ろしく思えるほど、冷靜になっているのが分かる。

(集中している)

張しなさすぎず、張しすぎずと言える、最高の狀態だ。恐らく向こうもそうだろう。こう言う時は、後は自分の技を信じるだけだ。

わずかな躊躇いが、確実に死へと直結しているのだ。

更に集中力が高まっている。

わずかな空気の流れや、本來なら聞こえるはずのないような、小さな音まで聞こえだしたのだ。

どうやら、それは向こうも同じだったようで、佐竹はぐっと一度腰を低くした。ほんの一秒の何分の一かの時間のはずだが、やたら長くもじた。

(來る)

先にいたのは佐竹だった。集中しているため、先ほどは黒い大きな弾丸のようにしか見えないほどの速さだったはずなのに、今度ははっきりと疾走している姿が確認できる。

だが、俺はまだ引き金を引くことはなかった。

もっと引き寄せてから、最高の一発をぶち込んでやるためだ。

さっきと同じように一歩後ろに引きつつ、奴の急所に、最高の覚でピタリと照準を合わせる。

(今だ!)

俺は立て続けに、トリガーを三回引いた。あまりに速いため、銃聲は一発にしか聞こえなかっただろう。

だというのに、佐竹はまだ突進をやめていなかった。

「なっ!?」

まずい。このままでは、奴の蹴りの餌食になってしまう。俺はたった大きく一歩分しか下がっていなかったのだ。元々弾丸の著弾による衝撃で、倒れるはずだと見込んでいたのだ。見込違いもいいところだ。

向こうの勢いを考えれば、今から再度攻撃するのでは遅すぎる。

駄目だ……。

俺はもう駄目だと終わりを悟って、強く目をつぶった――。

      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください