《いつか見た夢》第22章

テレビの上に置かれたデジタル時計を見ると、ちょうど十七時になろうとしているところだった。

俺は今、A県N市のホテルにいる。そのホテルのスイートで、何も考えるでもなくぼんやりとテレビを眺めていた。

『三月×日の夕方のニュースです。今日、午後二時頃――』

抑揚のない完璧なアクセントで、ニュースキャスターが今日起こった出來事を読み上げている。

それによれば、M県S市で一家心中があったらしい。この昨今、別に何があろうと特別驚くようなことなどない。だというのに、この手の事件はなぜだかやたらと興味をひきたてる。やはり、自が家族離散というのを験したからだろうか。

寢座ねぐらにテレビはおいていないので、最近起こっているような事件など知りようもないが、毎日のようにどこかで事件があるのだ。

こんな世界にを置くと分かるが、とんでもない世の中だ。暴力の世界であれば人の死なんてものはいくらもあるからいいが、そうでもない表社會でもそれが起こるのだ。この世の中のモラルというのは、本當に地に墮ちたものだと思う。

まぁ、ユダヤ人が考え出した聖典にすら殺人はあるのだから、それが現代にあったにしても不思議はないのだろうが。

そんなことをぼんやりと考えていると、ドアが開かれて真紀と田神の二人が部屋にってきた。

「よう、偵察ご苦労さん。どうだった?」

四人掛けの高級そうなソファーに腰かけたまま、頭だけ後ろに傾けて二人に聲をかけた。

「ああ、晝間に部に忍び込むのは至難の業だな。二十四時ジャストのビルのシステムが一斉に切り替わる瞬間を狙うしかなさそうだ」

「まさに報通りというわけだ」

「しかも、その前から警備隊が駐在することになるわ。さらに、システムるにはカードが必要になる」

「これを通過するには、一人一人のIDカードが必要らしい。突する人數分必要ということになるな」

「ま、実際に突するのは俺と田神、あんただけなんだろう。だったら二人分なんてわけないさ」

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「そのことだけどね、私も一緒に行くことになるわ」

「あんたもか?」

真紀がゆっくりと頷く。

このが作戦本部におらずに行くということは、部には々と面倒な機械がありそうだな。真紀は、元々システムを使って報の作をするのが本業なのだ。

どうやら部は、それぞれの區畫できっちりとシステムが分けられているようだ。

「そこでIDは各自別行で手にれるしかない。最初の扉に行くまでの侵経路は下水道と非常用通路の二カ所だ。

後は正面突破だが、これでは警備隊の恰好の餌食になる。よって、二手に別れて行しよう」

「下水道に人員が配備されているとは考えられないが……」

「ああ。だから下水道から侵する者には、IDは突直前に手にれてもらうことになる」

「要するに、扉の前に配置されている奴から奪えということだな?」

真紀と田神が同時に頷いた。

「なら、俺が下水道から行こう」

「あら、あなたが率先してそんなこというなんて珍しいじゃない」

「特に意味はないさ。あんた達はもう非常用の方は知してるだろう? それに真紀、あんたは仮にもだ。わざわざをそんなとこにやるのもどうかと思ったまでさ」

「あなたが私を扱いするなんて、どういう風のふきまわし? 言っておくけど、おだてたって何もないわよ」

「言ったろう? 特に意味はないってな。気にしすぎだ。第一、俺だってあんたをそんな風に見たおぼえはない」

全く、なんでこのはいちいち一言多いのだろう。ため息をつきながらチラリと田神を見ると、奴は何がおかしいのかニヤニヤと薄笑いを浮かべている。

「おい田神、何がおかしいんだ」

「いいや、何もないさ」

肩をすくめながら笑っているような奴が、何も思っていないはずはない。しかし、今はそれに付き合うつもりなど頭ない。

「で、ID手して合流した後は?」

俺はぶっきらぼうに言い、続きを促した。

「IDを使ってビルの施設に侵。後は分かっているでしょう? 一番の問題は、るまでよ。まぁ、あなた達なら大丈夫でしょうけど。

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とにかく、目標のフロアである地下5階までは、フロアのシステムをひとつひとつ確実に潰していくしかない。そのためにも、私が必要なのよ、分かった?」

「警備隊をいかにかい潛っていくか、ということだな? 後はあんたがシステムダウンさせている間の護衛……といったところか」

二人はまた一緒になって頷いた。思えば、この二人は妙に息が合っている気がする。阿吽の呼吸とでもいうのだろうか。

「後は準備だけはしっかりしてちょうだいね」

「ところで……ターゲットはなんなんだ? なんだって良いが、気になるぜ」

俺の問いに真紀は一言、マウスよとだけ答えた。

すでに日は傾いて、外は夕暮れから夜へと変貌しようとしていた。俺は、窓のそばに寄って外を眺めている。

三月もそろそろ中旬に差し掛かっているが、まだ日はわずかに夜の方が支配率が高い。後一月もすれば、多くの人が春を謳歌するのだろう。その頃には、俺が嫌いな桜も今が盛りと咲き誇っているわけだ。

だが今年は例年に比べ、平均日中溫度が三度も四度も高いと真紀が言っていた。そのためか、二月はあまり寒いと思えなかったし、春の訪れも早いというわけだが、それだけ俺がイライラとさせられるのも早くなったと言うことでもある。

幸い、この窓からは桜の木は見えないし、見えてもまだづいて見えるほど花は咲いていない。

「考えごとか?」

背中越しに聲がかけられた。田神だ。首を橫にやり、目だけ田神に向けた。

「まぁな……。あんたこそ、もう真紀との逢瀬はいいのか?」

真紀と田神は、何か仕事があったらしく部屋を出ていたが、田神は用が済んだようだ。

「おいおい、俺は彼とは何もないさ。ただ目的が同じで良く組むことはあるがね」

「目的、か」

俺はそれだけ言うと、黙り込んで窓の外に視線を移した。

「どうしたんだ? 一昨日もそうだったが、君らしくない」

「いや……」

「九鬼、何を悩んでいるかは知らないが、今は作戦前だ。私だけは持ち込まないでくれよ?」

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「分かってるさ……」

しかし、田神はその場を離れようとはしなかった。

そう、この男はなんと言うのだろうか……待てる男とでも言うのか。そんな奴なのだ。俺としてもこんなもやもやとした気持ちを抱えたまま、作戦に參加するわけにもいかない。

「最近……最近、良く過去の夢を見るんだ」

「夢?」

「ああ。俺がこの世界にる前のな。……いや、結果としては、この世界にるきっかけと言っていいのかもしれないな。

おまけにご丁寧にも、過去に起こったことをそのまま、時間も順を追ってさ。自分でもけないと思っちゃいるんだ、たかが夢にな。

昨日一昨日は見なかったが、そのうち一番辛い出來事も夢に出てくるんじゃぁないかと思うと、気が気じゃぁなくなるんだ。その夢のせいかどうかは知らないが……」

ここまで喋った俺は話を區切った。これ以上はよそう。夢という不確かなものに悩んだあげくに、過去、自分が気にしていた子の話をするなんて、どこの三流小説だ。

「それから」

「……いや、なんでもない。とにかく、そいつのせいで妙に浮足だってるのさ。

全く……見たくないものをまた見なきゃいけないってのは、どういう気持ちになるんだろうな。予想もできはするが、それ以外のが沸き起こったりするのだろうか、とね。

この數日間、そんなことばかり考えてたのさ」

俺は苦笑しながら肩をすくめてみせた。田神は笑うでもなく、真剣な顔をしたままだ。

「……君とは初めて會った時から、妙に親近というのをじていたが、よくわかるよ。

俺も同じようなことを験したことがある。いや、今だそう思ったりもするし、夢にも見ることがあるんだ」

「あんたが?」

「おいおい。そりゃ俺だって人間だ、そういうこともあるよ。

……とても大切な人を失った……いまだに夢に出てくる。辛そうな、今にも泣いてしまいそうな表……必死に俺を求める聲……なにもかもが、いまだに脳裏に焼き付いているんだ。

忘れたくても忘れられない。ふと忘れていた時に夢に出てきては、また俺を苦しめる」

半ば獨白のように、田神は自の過去を語った。

元々は、し特殊な筋の生まれであったこと。

將來を有されながら育ったこと。

し、それでも結ばれることのなかった人がいたこと。

何をやらかしたかは分からなかったが、忌を犯したために、一族を追われることになったこと。

そのために、ありとあらゆる場所も時間も関係なしに、旅をしなければならなくなったこと……きっと、これがこの男のいう目的なのだろうが。

それがどういうわけか、こんな組織にいるのだ。まぁ、この男のことだから、組織に忠誠など誓ってはいないだろうし、必要だったからを置いたにすぎないのだろう。

初めて會った時から、なぜかそんなことが漠然と理解できていたように思う。顔をあわせるたびに、田神は俺と同じ人種なのだと思ったものだ。

そして……とても懐いてくれていた、歳の離れた妹がいたこと。この話を聞いた時、とても他人事とは思えなかったのだ。

田神に妹がいたということに、今まで以上の親近じた俺は、もしかしたら妹のために一族を追われることになったのでは、などと勝手にそう思ってしまった。

というのも、田神が妹のくだりを話した時、妙に懐かしむように話していたからだ。それが何を語っているかは知らないが、そうじたのだ。

本人がこれ以上は言わなかったので言及することはなかったが、事実はどうあれ、俺が田神にじていた一端を知ることができたのは、妙にむずくありながら嬉しくもあったのだ。

「そうか。……まさか、あんたに妹がいたとはな」

「別に兄弟姉妹がいたって不思議じゃないだろ? ……まぁ、近年は一人っ子というのも珍しくはないが」

田神は笑いながらかぶりを振った。

「まぁ、そうなんだがな……なんていうのかな。……俺にもさ、いたんだよ。妹ってのがな」

「九鬼にもいたのか」

「ああ……ちょうど六年ほど前の話さ。行方をくらましたんだよ。

だがな、いなくなったというだけで、まだ死んでいないはずなんだ。一年二年もする頃には、周りの連中はもう死んだなんて思うようになったらしいがな。

だけど冗談じゃない。あいつは絶対に死んでなんかいない!」

俺は思わず語気を荒げていた。

親父もお袋も、まだ沙彌佳は死んでいないと信じていたが、その手掛かりが全くつかめないでいるとなると信じたくても、信じられなくなっていくのは仕方なかったのだろう。

俺もそう思ってしまいそうにもなった。だが、家族がそれを信じないなど、あまりに沙彌佳が不憫すぎるではないか。

だから、俺はわれるままにこんなみどろの世界にったのだ。

それを強く思い出すと同時に、チラリとそのために捨てた綾子ちゃんのことが浮かんだ。一瞬、顔をしかめ、頭の中からそれを振り払う。

「そうか……君は妹のためにこの世界にったのか」

「……そうさ。笑えるだろう? 々しいと思うだろう? だが俺には……俺にとっては、どうあろうとたった一人の妹なんだ」

「別に笑いもしないし、々しいとも思わないさ。君は本當に妹のことが大切なんだな……」

「ああ……俺はあいつを見つけだし、救い出してやること……今となっては、これだけが生きる意味なんだ。支えなんだ」

「……」

田神はなにも言わず、ただゆっくりと頷いただけだった。

「……すまないな。妙に熱くなっちまったよ。こんだけ言っておいてなんだが、手掛かりなんざ何もないし生死の是非にしたって、俺が勝手にそう思っているだけにすぎないしな……」

「だが……信じていないと縁というのは切れてしまうものだ。こんなこと言うのも何だが、君の妹は幸せ者じゃないか。こんなにまで想われているんだから。

普通なら、泣き寢りでひたすらに待ち続けることしかしないし、できないよ」

「……」

そうか……分かった。この田神を妙に信頼してしまっている理由。妹の沙彌佳と同じなのだ。あいつにも、妙にその気にさせられる聲があった。この男もやはりそうなのだ。妙なところで二人の共通點を見出だした俺は、ついを歪めて笑った。

信じ続けているのも辛いが、信じるのをやめてしまうよりはいい。それは諦めだ。いつか必ず見つけ出してやるからな、沙彌佳……。

「この國は、かつては言霊ことだまの國だったという。強く言い放つ言葉や、信じ、思い続けているものには力が宿ると信じられていたんだ。

笑うものもいるだろうが俺は、決して馬鹿にできたものではないと思う。事実、人は自分が思い続けていることを馬鹿にされたりすると、つい語気が荒くなる。そうすると、馬鹿にした方が思わず悪いことを言ったと畏するものだ。

また、絶対にこうなってやるんだと大聲でび、それを糧に生きるうちに、本當にそうなってしまうことがある。なりたいものになるというやつだな。これも言霊の一種と言えるだろう」

「つまりは何が言いたいんだ……?」

「妹のための人生……それも悪くないだろうということさ。

君はそのために行を起こし、妹は生きていると信じ、思い続けている。それは、いつしか現実へと結実していくものだ。その思いが本當であればあるほどね。辛いだろうが、必ずそれは葉うと思う」

言霊だって? 何を言い出すかと思えば……。だが俺は、なぜかそいつを信じてみても良い気がしていた。

今まで、誰にも打ち明けたことのないことを、素直にれてくれたということもあるからかもしれない。

考えてみれば、綾子ちゃんが良い例ではないか。彼は、ずっと俺を想って行し、思い続けてくれていた。だからこそ、また俺達は再會したんじゃないのか……そう考えてしまいたくなったのだ。

運命というものをあまり信じたくない俺としては、まだその方が説明されていて、納得がいく。だったら、俺もまだ信じていくに値するはずだ。

俺は決意を新たに、軽く頷いていた。

「ふっ……しは気持ちも軽くなったようだな」

「ああ、まぁな。……そういうオカルトめいたことはあまり信用できないが、今はそれを信じてみてもいいような気がしてるんだ」

「そうか……」

俺の言葉に田神は、軽く苦笑してみせ、肩を叩いた。

「だったら、今のうちに食事にでも行っておこう。腹が減っては戦はできぬってね。生きるためにも、今夜の作戦をきっちりとこなさないとな」

俺はそうだな、と短く答えて、外に出ていった。

辺りは完全に闇と化し、目標のビルも電気はほとんどついていない。ついていても、それはただの消し忘れだったりか何かだろう。

ホテルのスイートからは、雲が下りてきているのが分かったので、そろそろ雨が降ってきてもおかしくない。

三月の雨が降りしきるのが終われば、待ちに待った春の到來というわけだ。俺は思わず苦笑し、作戦に集中するように徹する。もう作戦は始まっているのだ。

二十四時まで、後二十分もない。急いだ方がいいかもしれない。俺は指定されていた下水道まで急ぐ。

「ここか」

そこは、ホテルが管理している簡易処理場だ。

あの真紀がただビルに近いという理由で、このホテルを用意していたとは思わなかったが、作戦を聞かされた時には、そういうことだったのかと納得したのだった。

それでも、処理しきれないものはそのまま、下水へと流されるというシステムだ。その下水とビルの下水が繋がっているわけだ。

夜にこんなところを訪れる奴などいないし、ここもこの時間帯は人がほとんどいない。せいぜい管理室か何かに詰め寄っている程度だろう。

俺は下水道へと繋がっているという、下水口まで急ぐ。

目的の下水口はすぐに見つかった。この簡易処理場はホテルの地下に作られているのだから、この下水口も、ほとんどそのまま下水道へと繋がっているのだ。監視カメラのようなものはついていないそうだから、気にする必要もなくここまで來れた。

俺は大きく広がった下水口に降りて行き、汚水の流れる脇の道を足早に移していく。しばらく行くと、下水特有の嫌な臭いが漂って來た。思わず手で鼻と口を覆った。

(ひどい臭いだ……)

簡易処理場ではほとんど臭わなかったので気にしなかったが、これは相當なものだ。

呼吸するたびに、そんな腐臭のする空気を一緒に吸い込んでいると考えると軽く吐き気を催してしまう。

下水道処理の仕事は、最もやりたくない仕事の一つだと聞いたことがあったが、そいつがよく分かった。こんなところにいるくらいなら、ホームレスの集団と一緒にいた方が、はるかにましだ。

そう、天國と地獄との差があると言っていい。

さらに進むと、その臭いはさらにきつくなる。手で呼吸を覆っているにも関わらずだ。おまけに、処理施設からしばらくは頼りなさげではあったが電燈が點いていた。その電燈が不意に途切れた。T字路にきたのだ。

俺はライトを取り出して點燈させる。ここからは、りなどほとんどない場所を進まなければならない。確か、ここを上流に向かって行けばいいはずだ。記憶を頼りに、上流へ向かって歩き出した。

壁に手をつくと心なしかヌルリとしたがあった。思わず手を引いて指同士を何度かってみる。やはり、何かヌルヌルとしたがある。舌打ちしたくなるが、我慢して歩を進めた。

もう壁にはらずに進むしかない。こんなことなら、自分から下水道を行くなどと言うべきではなかった。田神ならきっとそんな嫌な顔一つ見せずに、引きけたかもしれない。

しかし、今となっては後の祭だ。自分の迂闊さを呪いながら、俺は進み続けた。

闇の中を慎重に順序よく道を進んでいき、最後のT字を曲がった時だった。

に照らされてはいるが全がよく見えずにいるため、何かは分からなかったが、前方に何かが転がっていたのだ。

記憶が正しければ、この辺りはもう例のビルの真下にあたるため、多の警戒心があった俺は不審に思い、慎重に進んでそれに近づいた。

近くによってみると、それがなんであるかよく分かった。

「死だ……」

そう、もの言わぬただの塊と変わり果てた人間だったのだ。周囲を警戒しながら、簡単に死を調べてみたが、分を証明するようなものが見當たらない。

上を見るとやはり、そこが目的の場所に通じている昇降口であることが分かった。死は落ちた衝撃で、所々変な風に折れ曲がっていたからだ。

しかし、すぐにこの死の死因が絞殺であることが分かった。首にくっきりとそれを示す痕がある。殺された後ここに放り込まれたのだろう。犯人は當然、真紀が言っていた未確認の暗殺者ということになる。

俺は調べるだけ調べると、梯子をつたって上へとのぼりはじめた。きっとあの死は、銃の裝備などがあったことからして、私設警備隊の奴だろう。暗殺者もしっかりと前報は仕れているらしい。

一番上まで昇りつめ、閉まっている蓋を開ける。あまり力など込めなくとも、すんなりと開けることができた。

例の暗殺者が、先に行ってくれたおかけだろう。だが、そのせいで俺は他の奴からIDを奪わないといけなくなった。

下に転がっている奴は、すぐ近くにいた奴なんだろう。目的のシステムるための扉は、ここから割りと近い。その間に、どれだけの奴らがいるか分からない。一人もいないとも考えられる。

そもそも、向こう人數がきっちりとこっちより多ければ、わざわざ二手に別れて行する必要はないのだ。

まぁ、いいだろう。扉まで誰もいなかったらいなかったらだ。その時に考えればいい。とにかく、今は真紀と田神の二人と合流することが先決だ。俺はなるべく音を立てないように蓋を閉めた。

ここはどうも、ビルの浄水施設らしい。通りで下水道と繋がっているわけだ。

目的地までは、なるべく銃は使わない方がいいのでナイフを使う。俺は直接手をかけないといけないような絞殺はあまり好きではない。どうにも、あの絞めている覚が嫌で仕方ないのだ。

だから、ナイフを使うことにする。これならちょっとした飛び道にもなるし、もちろん護にもなる。咄嗟の時には、一番使いやすいのだ。

銃のように音も出ないのだから、同じように咄嗟の場合でも、全く狀況が変わる。それに、まさしく殺し屋というじも好きなのだ。

施設をシステムへの扉に向かって移していくと、ここでもまた警備隊の死が転がっていた。俺はすぐさまその死を調べてIDを抜いた。これで大丈夫だ。

俺は自分が考えていた以上に、簡単にIDが手にったことに肩かしをくらった気分になったが、余計なことをしたくないとしては、先の奴には謝すべきだろう。

結局、あの後にも二、三人の死があったが、おかげで何もせずに扉の前までこれた。すでに二人は來ており、俺を待っていたようだ。

「遅いわよ」

「おいおい、なんとかギリギリだろう。それより、あんたが言ってた暗殺者のことだが」

「君の方にもやはりいたのか」

「てことは、あんた達の方にもその痕跡があったわけか」

二人は頷いた。これで相手は複數いることがはっきりした。最初の死を見てからここまで移してくる間、うすうす二人の方にも暗殺者がいたのではないかと考えていたのだ。

「一応IDは手にれておいたが、必要なかったかもな」

「いや、それとこれは全くの別問題だ。ここを通るには、必要不可欠だ」

「そうか。それより、そろそろ二十四時だ。一斉にシステムが切り変わるんだろう? 行こうぜ」

二人を促して、扉の前までくる。話に聞くより、隨分と頑丈そうな扉だ。戦車の砲撃にもびくともしなさそうだ。

そして、なぜ一人一人IDが必要なのかもはっきりした。この扉の向こうはすでに施設の中になるわけだが、どうも、同時に複數の人間が行き來できないように、一人が通過すると素早く扉が閉まるようになっているらしい。

真紀が通過したのを見て、田神も同じように扉の中へとっていった。続いて俺もIDを使って扉を開ける。

システムに心しながら扉をくぐると、勢いよく扉が閉まった。その勢いを見て、もし挾まれでもしたら終わりだな、なんてことを思ってしまった。

扉を抜けて二人に追い付くと、思いもかけない景が目にってきた。

「こいつは……おい、一どうなってるんだ」

「私たちにも分からないわ。來た時には、すでにこうなっていたんだもの」

そこはすでに死の臭いが充満していた。やはり、警備隊の連中だ。ナイフをに突き刺したまま、仰向けに倒れているもの。頸脈を掻き切られたため、大量のを流しているもの。

また別の死は、右眼を撃ち抜かれ絶命している。肝臓をえぐられたのか、腹から異様なほど濁ったを流しているものもあった。

その手には銃が握られてはいるが、発砲した様子はない。一瞬の襲撃だったのだろう、それに反応できたのはたった一人だけで、他の三人は、銃を構える時間すら與えられなかったようだ。扉に來るまでもそうだったが、実に鮮やかな奇襲と言っていいだろう。

者は二人かそれ以上だと思われるが、相當な訓練をけていることは一目瞭然だ。

まぁ、いい。ともあれ、いつまでもここにいるわけにもいかない。

「そろそろ先に進もうぜ。先の侵者がこちらの手間を省いてくれてるんだ、しは楽に考えよう」

「今死を調べてみたが、まだ溫かかった。あまり生きている時の溫との差はない。恐らくは侵はほんの數分前だろう」

田神の診斷に頷いて、真紀がフロアを進み出した。田神と俺もそれに続く。

この階では銃を構える必要もなく、俺達は進んだ。進む先々で、さっきと同じように死が何もあった。

施設が騒がしくないことから分かるが、きっちりとサイレンサーをつけて発砲している。もしサイレンサーをつけていなければ、もっと死がぐちゃぐちゃになるはずだ。

しかも皆、侵者に対して銃を構えたような形跡が見られないのだ。どいつも気配を察することなく殺されているようだ。ここまで完璧な仕事をこなす奴など、ほとんどお目にかかれない。

逆に言えば対峙した時に、そいつらにうまく対処しきれるとは限らないわけだ。できればそんな連中とはやり合いたくないが、そうもいかないだろう。

こうして同じ日、同じ場所に侵している者同士、狙いも同じと考えるのは當然だ。やり合うのは、避けられない。

それと死を見て気付いたが、恐らく侵者の人數は三人だろう。よほど自分に自信があるのか、ここまでナイフとサイレンサー付きの銃による殺害方法しか選択されていないからだ。

そして、スムーズに事が運ぶように、システム要員といった合の三人組みだ。俺達と同じ組み合わせといっていい。

「……田神。気付いたか?」

俺は聲をひそめながら聲をかけた。

「ああ、恐らく実行犯は二人だ。銃とナイフによる攻撃しかけていない。しかも、かなり訓練されたコンビネーション方法だ」

やはり田神は気付いていた。

「それと、二人とも殺人狂的なものをじさせるな。特に銃を持っている方だ。皆、眼を撃ち抜かれている」

俺は頷いた。

そうなのだ。銃に撃たれている死は皆、眼しか撃たれていないのだ。狙撃の腕が相當いいのはそのことからも分かるが、全て眼というのはいささか不自然だ。

狙うにしても、まだ額や後頭部といった箇所の方がはるかに狙いやすいはずだ。それなのに、皆一様に眼だけが撃ち抜かれている。

振り向いた瞬間を狙って撃ったのだろうというのも分かるが、どうにも腑に落ちなかった。これほどの腕があるなら、わざわざ振り向かせて撃つなど正気の沙汰じゃない。

だが、今の田神の説明を聞いて納得した。

“殺人狂”……。人は皆、自分が好きなことや興味のあることに関しては飲み込みも早く、覚えることに貪だ。この侵者達には、それを強くじた。

人を殺すことを趣味にする……考えるだけで、ぞっとさせる話だ。俺だって今までいくらも人を殺してはきたが、それを愉しいだなんて思ったことは、未だかつて、一度だってない。

だというのに……全く、今回の敵は相當質が悪そうだ。田神と組んでいることが、唯一の救いかもしれない。

「ここだわ」

先導していた真紀が立ち止まり、すぐ脇の部屋の中にった。どうやら、ここがこの階を管理しているシステム管理室らしい。

真紀に続いて俺達もっていった。予想できたことたが、ここにも死が二あった。それらには目もくれず、真紀はシステムにログインし始めていた。

俺には何をやっているのかさっぱりだったが、これでこの階のシステムはダウンするらしい。

田神は真紀の行を脇から覗いていたが、何をやっているのか分からない俺としては、見る必要もなくなんとなく口に立って、見張りをしていた。恐らくは、もう誰もこのフロアにはいないようにも思われるが、とりあえずだ。

「解除できたわ」

真紀が短く言って、席を立った。下のフロアに行く通路は、この部屋を出てすぐ橫にあった。

本來なら、ここで作して扉の開閉がされているのだろうが、システムを落としたことで、手で開くというわけだ。

「良し、行こう」

短く言い、今度は俺が先頭を行くことになった。

で開くようになって、扉に手をかける。そっと力を込めると、思った以上に簡単に扉は開いた。扉は、見かけ以上に軽かったのだ。

そうして、下り坂になっている通路を地下二階へと下りていく。やはり、所々に警備隊の死があった。

それにしても、潛からあまり時間は経っていないはずなのに、妙に連中が先行しているような気がする。

やはり俺達のように完全に分業化されており、侵者も三人なのではないのか? そんな考えが頭をよぎる。だが、やはりそうじとっていたのは俺だけではなく、真紀も田神もそう思っているようだった。

「……やはりな。侵者がやけに先行していると思わないか?」

「ああ……実は俺もたった今そう考えていたところだ」

「奇遇ね、私もよ。まぁ、私がそうじるくらいだから、あなたたちは當然か」

「もしや、相手は二人ではなく三人いるんじゃぁないのか?」

俺は先ほどから考えていた自分の考えを言ってみた。超がつくほどの一流の殺し屋二人に、やはり超がつくほどの一流報員……考えられなくはない。

「三人か……有り得ない話じゃないな。だが、だとすればかなり厄介だな」

「ああ。細部に渡って、完璧なまでの連攜プレイだぜ、こいつは」

「待って、ここよ」

そういって真紀が立ち止まり、また部屋の中へとっていく。この階の管理室だ。

しばらく待つと、鈍く何かが落ちていくような音が聞こえた。システムダウンにより、解錠された音だろう。先程と同じように、通路を走りながら下りて行く。

「この様子では連中、全滅するんじゃぁあるまいな」

「……たった二人、いや三人か? によってか……ぞっとしない話しだな」

そんな調子で、俺達は地下三階から地下四階へ、地下四階から地下五階へと下りていったのだった。

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