《いつか見た夢》第25章
……まただ。
またいつもの夢だ。
最近は見ていなかったからか、隨分と久しぶりのような気がする。……ああ、だが俺は、またあの夢の続きを見ないといけないのか。
ふわふわと浮遊のある、現実味をじさせないこの覚。
『……』
……なんだって? 良く聞き取れない。
『………ゃん』
ああ、分かってる。
見たくはないのに、俺はまたそっちへ行くんだな。
『お兄……ん!』
分かってるさ。
今そっちに行くから、そんなに怒鳴るなよ……沙彌佳。
『……お兄ちゃん! 目を開けてっ』
そうだな、おまえの顔を見れるのなら、それでもいいかもしれない。
そう思った俺は、の奔流にを任そうとした。
だが突如、俺の意識は別の力によって反対方向へと引っ張られていく。
『ああっ、お兄ちゃん! 駄目! そっちに行かないでっ』
くそ、なんだって言うんだ。
突如として沸き起こった別の力に、俺はすもなく、引っ張られ続ける。
『お兄……』
だんだんと聲は遠ざかって行き、もう沙彌佳の聲は聞こえなくなっていった。
すまない沙彌佳……。でも、必ずまたおまえに……。
どこかで風の吹くような音が聞こえる。その音のため、ゆっくりと意識が覚醒していく。俺はぼんやりとしながら、うっすらと目を開けた。
その頃には、他のははっきりと目が覚めている。早く頭もしっかりとかせるようにするんだ。頭蓋の中でもう一人の俺がぶ。
(ああ、分かってるさ……)
俺はまだ重い頭を無理矢理に起こし、周囲を見回す。
(どこなんだ、ここは)
そこは見たところ、ここがどこかの廃工場か何かではないかと思われた。俺はそんなところに、ただ一人放り出されていたのだ。
しかも、今が夜なのか晝なのかも分からない。ここには窓がないのだ。そのために、中はかなり暗い。夜目がきくため、なんとか辺りに何があるのか分かったものの、やはりつらいものだ。
頭を片手で抱えながらのろのろと立ち上がり、もう一度ちゃんと周囲を確認する。間違いない。ここは廃棄された工場の一畫のようだ。
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前に目覚めた時は古びた家屋の中で、今度は廃工場か……。全く隨分と殊勝なことをしてくれる連中だ。
どこか怪我はしていないかと自分のをるが、特にそれらしいものはなかった。本當に、ただここに放り出されていただけのようだ。
また、服の中やポケットを探ると、持っていたはずの拳銃や攜帯は取り去られていた。取り去られたのがあの家屋の中でなのか、ここでなのかは分からなかったが。
俺は、ここに運び出されるまでの経緯を、整理してみた。確かあのが、タコ野郎以外からの連絡で攜帯を取った(と思われる)ところは覚えている。
その直後にあのが、俺に睡眠ガスなんぞを吹き付けて眠らせた。これも間違いなく覚えている。問題はここからだ。
まず、ここはどこなんだ。そして、なぜこんな所に放り出されたのか。連中の本當のアジトなのだろうか。
だとしたら、なぜ拘束が解かれているのか。俺が逃げ出しても構わないということなのか? 俺を殺すつもりなら例の家屋で殺していただろうし、それでは最初から、俺をわざわざ連れて來た意味がない。
となると、ここで今すぐ死ぬというわけでもないだろう。ここがどこの廃工場なのかだとか、連中のアジトなのかは別として、俺になんらかのアクションを起こさせるためと見ていいだろう。
つまり、ここには何かしらの罠が仕掛けられていると考えるべきだ。連中の意図は分からないが、それは念頭にれておいた方が良さそうだ。
とにかく、今はこの気臭い廃工場から出ることが先決だ。そう決めると、俺は早速行を開始した。一切の丸腰なのが隨分と頼りないが、取り上げられてしまっているものは仕方ないだろう。
俺が放り出されていた場所は、どうも工場の二階か三階あたりだったようだ。二階か三階あたりというのは、正確にここが何階か分からないということだ。
俺のいた広間のような場所を抜けると、そこに階段があったからだ。もしかしたら、四階やそれ以上の可能もある。まぁ、いくら工場とはいえ、あまり階數があるわけでもあるまい。
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當然の選択として、俺は下に行く階段を選んだ。誰も好き好んでこんな寂れた場所を階上に行くやつなど、いはしないだろう。たとえ、それが俺のような孤獨癖を持つような人間だとしても、だ。
だが、階段は注意した方がいい。ここは何が待ちけているか、一切分からない所なのだ。階段というのは、最も闘うのに難しい場所の一つで、スペースが極端に限られているうえ、おまけに挾み打ちにも遭いやすく、逃げ道の確保も難しいためだ。幸い、今はそんな気配はないが、連中が暗闇に潛んでいないとも言い切れない。細心の注意が必要だ。
周りに気をつけながら階段を下りていくと、いともあっさりと階下にたどり著くことができた。また、この階が一階のようでも思われた。いたる所が壊れてしまっており、かなり損壊が激しいがそのために上の階にはなかった窓があり、うっすらと外の様子が分かったからだった。
上とは明らかに作りが違うので、そう見ていいだろうが、こうも簡単に、このままここを抜け出ることがいまひとつ納得できなくもある。もちろん何もないならないで、それは歓迎すべきなのだが、どうにも嫌な覚が俺に纏わり付いてくる。
経験上、こんな時は自分の直というのを信じた方がいいと思っているので、ここを抜けるまでは油斷しない方がいいだろう。
そして、いくらか進んだ時、前方に破壊された窓から洩れる月明かりに照らされて、一人の人間が立っているのが見えた。俺は怪訝に思いながら、最大限に警戒心を強め、歩むスピードを落とした。
そして、そいつから十數メートルほど離れたところまで近寄っていった。さすがにそれ以上は危険だ。相手が何をしてくるか分からないし、かといって離れすぎていても、こちらとしても何もしようがない。俺はけないことに、丸腰なのだ。
だが、こんな奴が現れたということは、ルートとしては正解だったというわけだ。いうなら、こいつが罠と見ていい。
俺の前に突如として現れたそいつは、長は百六十センチ臺半ばといったところだろう。全的に線の細さをじさせる軀は、どことなくであることを思わせる。
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當然だが、たとえだとしても油斷はしないし、手を抜くつもりもない。そんなことをしてはこちらが危ういのだ。だと油斷し、あの世に行った奴らを何人も俺は見てきた。生き殘りを賭けた闘爭に、差など微塵も関係ないのだ。
また、月明かりに照らされているそいつは、頭のてっぺんからつま先まで全を黒で覆って、暗闇でもしっかりと相手が分かるように、スコープを付けている。その手にもナイフが握られているのが、うっすらとだが確認できる。
俺がそいつに対峙する形で歩みをとめると、そいつは一本のナイフを俺に投げた。ナイフが地面をり、渇いた金屬音が響いて、目の前で止まった。こいつを使えということなんだろう。
俺は、そいつから目を逸らさずに、ゆっくりとナイフを拾った。ここからでは把握できないが、奴と同様のものである気がする。なんにしても丸腰であったとしては、ようやくありつけた獲なのだから、贅沢なことは言えない。
ナイフを逆手に持って、軽く構える。常に相手がどうきても良いように、深く構えすぎず、無防備を曬さない程度にだ。
それを合図とけ取ったのか、そいつは軽くステップするような足取りで、一気に距離をつめてきた。
(速い!)
そう思った次の瞬間には、目前にまでナイフが迫っていた。
「くっ」
初撃をギリギリでかわす。前髪がハラリと落ちていく覚がある。
だが、俺も負けずにはいられない。そいつの腹めがけ、蹴りを繰り出した。腕と腳でうまくガードされたものの、すでに次の攻撃に移っていた。
ナイフを、そいつの頭に切り付けようとしたのだ。だがそいつも読んでいたのか、あっさりとかわされる。
互いに初撃をかわされたため、一旦を後ろに引く。
じりじりと間を保ちながら、牽制しあう。その場をゆっくりときながら、いつの間にか進んでいた方向に背を向けていた。
一瞬このまま踵を返して逃げようという気になるが、無駄だろう。
間合いを一瞬で詰め寄ったこいつ相手では、後ろからザクリとやられておしまいだ。
そう考えたのが、いけなかった。奴は、またも一瞬で俺との間合いを詰めてきた。
だが、今度は俺もただではすまさせない。俺も一歩前に踏み込む。
対象が後ろや橫に行くというのは想定できても、前に出るというのはなかなかできることではない。
いうなれば、チキンレースの要領かもしれない。互いにぶつかるかもしれないという恐怖から、ハンドル作を誤って転倒するというのを狙うのだ。
俺はそいつのナイフの軌道を読みながら、手でそいつの手首を摑む。それと同時に、ナイフを使ってスコープをはじき落とした。
「っ!」
思わぬ攻撃に、奴は一瞬だが冷靜さを欠いたようだ。
今だ!
摑んだ手首には、思いきり力をこめて握り、そのままナイフをそいつの首めがけて振り下ろす。
これで勝負は決まる。そう思った時だった。
突然、後ろから銃聲が聞こえた。
しまった……その銃聲が、誰を標的にして放たれたものなのか、考えるまでもない。
次の瞬間、俺は目の前の奴に蹴り飛ばされて、けなくも、けをとることなく倒された。
いや、力をれたくてもれられないのだ。だんだんと俺のを、灼熱の痛みが支配していく。撃たれたのだ。
だが、そんなことを考えてももう遅い。あれほど暗闇には気をつけるべきだと言い聞かせたのに、この様だ。
暗いために分かりにくいが、辺りに不自然に黒い雫のような跡が見える。きっと俺のだろう。
腹……いや、背中か。あまりの熱さと痛みで、どこを撃たれたのかすらよく分からない。とにかく、ドロリとが溢れ出ていっている覚だけが分かった。
まずい……今、ここで意識を失ったら……その思いだけが俺を支え、なんとか立ち上がろうとする。
だが、は全く言うことを聞いてくれない。もはや下半には、つゆのほども力がなかったのだ。
そんな俺を見下しながら、さっきまで俺とやり合った奴と撃った不粋な不屆きな奴……それに他にも數人、どこから現れたのか、俺の周りに集まってきていたのだ。
その中に夜目がきくとは言え、はっきりと分からないが、あのタコ野郎と思わしき奴の姿もあった。
「……殺すんだったら……今……殺しておけ。……さもないと……俺が……おまえ……らを……かな……ら……」
その言葉を最後に、俺は地面にぶち倒れる。それでも、せめて奴の……俺とやり合った奴の顔だけは見てやろうと、顔をあげていた。
スコープを飛ばされた奴は、フードもとりはらわれており、目元と同時に髪もはだけ出されていた。
もう、意識が混濁している俺には、はっきりとその顔までは分からなかったが、それがやはりであったということだけは、理解することができた――。
……なんだ? 音が聞こえる。複數の男の笑い聲だ。誰かが笑いをとっているのだろう。
リアルだが、どこか無機質に聞こえるのは、きっとそれがテレビからの流されているからだ。
「う……」
まだ目は開けなかったが、をかそうとすると、ひどく背中が痛かった。
……そうか。確か俺は撃たれた後、意識が……そこまで考えると、即座に意識が回復した。
そうだ。俺はあろうことか、一対一の闘いの最中に背中を撃たれるという、なんとも笑えないことになっていたはずだ。
「ん? どうやらお目覚めかな」
俺の意識がはっきりしたのを誰かが悟ったらしく、誰かがそれを告げている。ゆっくりと目を開ける。どうも、俺はベッドに寢かされているらしい。軽く手足がかせたことから、拘束されているわけではないようだ。
「……ここは、どこだ」
ベッドの脇からやや離れたところに立っている男を、半ば睨みつけるように問う。
「いきなりだな。あんたを助けたのは俺だっていうのに」
「そんなの知ったことじゃぁない。元々お前たちが撃たなければ、こんなことにはならなかったんだ」
怒気をこめながら、俺は喚きたてる。
「……ま、確かに違いないな。だが、放っておいたら、あんたは間違いなく死んでたのも事実だけどな」
顎髭をたくわえた男は、笑いながら皮を言ってきた。命を救ってくれたのだから、敵ではないのかもしれないが、素が知れない以上は信用するわけにもいかない。
まだ敵ではないと決まったわけでもないのだ。はっきりと正が分かるまでは、敵と思っておいた方がいい。
「それより、ここはどこなんだ? さっきの廃工場というわけではなさそうだが」
「ああ……さっき、ではないよ。もうあんたが擔ぎ込まれて來てから、四日経ってる」
「……なん、だと?」
俺は耳を疑った。あの廃工場で撃たれてから、すでに四日も経っているだと? あまりに現実がないため、信じることができない。
「ふふ、信じられないって顔してるな。ま、當然といえば當然か。誰も好き好んで四日も寢たりしないしな」
どことなく、人を小ばかにしたような男の喋り方は、それが真実であることを告げている。どうやら、四日経っているという事実をけれるしかなさそうだ。
「で、ここがどこかというと、俺の経営してる病院だ。ちなみに、あんたがいたという廃工場は、俺達の訓練場の一つでね。N市に一番近かったから選ばれただけだ」
「訓練場……」
「そうだ。ま、ようするに、あんたは俺達に試されたというわけさ」
「試すだと? 一なんの話をしてるんだ」
俺は男の喋り方に、苛々しながら暴に聞き返した。
「おいおい、落ち著けよ。別に俺達と言っても、俺が決めたことじゃないし、そもそも俺はあんたなんて知らないんだ」
「どうもあんたとは話が噛み合わないようだな。俺の何を試したっていうんだ」
苛々を募らせながら、目の前の男に噛み付くようにいう。
「俺もいまいち話が噛み合わんな。あんたは、俺達の仲間になるんだろう?」
「なんの話だ。俺はあんた達の仲間になりたいだなんて思ったことは、一度だってない!
だいたい、あんた達は一何者なんだ? あの暗殺技といい、ためらうことなく人を撃てることといい、あんた達がそこらのチンピラじゃぁないことは分かってるんだ」
喚き立てている俺を、男は驚いたような顔で見ている。
「ふむ、おかしいな。あんたはうちへの団希者だという話だったんだが……どこで話が食い違ったのかな」
男はしばらく考え込んでいたが、再び何もなかったように話し出した。
「まぁ、いいか。あんたが団希者なのかそうじゃないかは別として、一応は説明しておくべきだな」
一人で勝手に頷きながら、男は俺が置かれた狀況を話し出す。
「その前に、まず自己紹介からだな。利貞治もうり さだはるだ。さっきも言ったが、ここで醫者をやってる。
そのまま仲間たちからもドクターと言われてる。あんたもそう呼んでくれ」
「分かったぜ、利。それでさっさとどういうことか説明してくれ」
利は一瞬唖然とし、わずかに苛立ちの顔を見せたが、すぐに元のどこか食えない態度をした表に戻った。
「ま、俺が知っているのは大したことではない。あくまで、新たに一人メンバーが加わるだろうというのを聞いただけだからな。
それが伝えられたのが五日ほど前の話だ。なんでも、何やら自分達を追っている奴がいるって話だったな」
「そいつがまさに、俺だったというわけか」
「ま、そうなるな。それでうちのトップ二人は、最近減ってしまった人員を確保するため、あんたを試したというわけだな……。それが、あの廃工場での出來事というわけだ。
とは言っても、俺はその場にいなかったからなんとも言えないんだが」
「……団試験というわけか」
「平たく言えばそうだな。だが、俺がさっきも言ったように、てっきり団希者と聞かされていたんでな、妙に話が食い違うはずだな」
利は肩で笑いながら、タバコを手にとって火をつけた。
「で、その団試験とやらには、俺は合格したのか?」
「立ち會った連中全員……いや、約一名渋ってたのがいたな。ま、文句なしの合格だそうだ。
まさか、うちの中でも、三本の指にる奴を寸前まで追い詰めたってな。聞いた時、さすがに耳を疑っちまったよ」
「追い詰めたどころか、勝負は決まってたぜ。その試験中にあろうことか、背中に銃をぶっ放した奴がいる。それがなければ、確実に殺してたさ」
「あいつのスピード……かなりのものだったろう? それをたったの二回で完全に見切ったって聞いた時は、ぶっ飛んだ。
そりゃ、満場一致にもなるわな」
そうか……ただ者ではないとは分かってはいたが、そこまでの手練てだれとは思わなかった。
まぁ、いい。それよりも、利の話を聞いているうちに、俺はある話を思い出していた。
「……最近、ある筋から謎の暗殺集団があると聞いたことがあったが、もしかして、あんた達のことだったのか?」
「……誰から聞いたかは知らんが、多分そうじゃないか? 暗殺集団が、そういくつもあるわけではないしな」
「そうか。……だったら、あんた、佐竹という男を知っているか? 多分、あんた達と関わりがあったと思うんだが」
「……なんであんたが佐竹を知っている?」
「……まぁ、いろいろとあったのさ。その様子だと知っているみたいだな」
利はどこか悲しげな目になった。半ばカマをかけたのだが、見事に當たったようだった。
「佐竹とはな、十二年ほどの付き合いになる。あいつのことを知っているとなると、執事をしていたってのも知っているな?」
俺は軽く頷いた。
「今井重工の末娘のところでだろう」
「そうだ。彼はな、襲撃された後も実は生きていたんだ。
佐竹が彼に解雇された話も聞いてると思うが、それを不審に思った佐竹は、屋敷に戻ったらしい。そこで彼を見つけたんだそうだ、死にかけだったがな。
それであいつは當時開業醫になってまだ日の淺い、俺のところに駆け込んできた。彼を救ってくれってな」
一旦話を區切って、利は指に挾まれているタバコを口に含み、肺に思いきり紫煙を吸い込んで吐き出した。
「結果は、ご存知の通りだ。醫者としては、あまりいうべきではないんだろうが、彼はすでに手の施しようがなかったんだ。全、何箇所も弾が食い込んでいてな……。
はっきり言って、あれでよくもまぁ屋敷からここまでの間、生きていられたものだと、逆に驚かされたほどだったよ。
……戦場で兵士達を何人も診てきたが、あそこまで酷いものは、あまりお目にかかったことはないな」
「あんた、軍醫だったのか」
「ああ。日本の病院の、腐った派閥爭いに嫌気がさしてね。
それでも醫者そのものをやめようとは思わなかった。だったらと、戦場に行ったのさ……連中はゲリラだったんだが、戦闘技はそこで習った。全く、皮なものだよ……醫者である以上、戦場だろうとなんだろうと、傷ついた人間を治療するために現地に赴いたというのに、闘うための訓練をけたんだからな」
自嘲気味に笑いながら、再度タバコを口に含んで、その煙りを盛大に吐き出した。
「ま、おかげで日本でやってるより、はるかに技はについたがな。……と、脇道にそれたな。
とにかく、それが俺と佐竹の出會いだ。死んだの顔を見たときのあいつは……いや、よそう。もう本人も死んでしまったんだしな」
「……それで、あんたが佐竹を紹介して訓練したのか?」
「本人がどうしてもと言ったんだから、仕方がない。俺は醫者という立場から、どこを攻撃すれば即座に相手をけなくなるか、そんなことを教えただけだ。ま、元々佐竹自、そっち方面の才能もあったんだろう」
利はどことなく優しげな目になって、佐竹のことを語っていた。俺と田神がそうであるように、利と佐竹は、親友だったのかもしれない。歳が近いというのもあったろう。
仕方のなかったこととは言え、どことなくバツの悪い気分になった。それに話から推測するに、どうも俺が佐竹と一戦えたことは知られていないようだ。
無駄にあれやこれやと言って、掻きさない方がいいだろう。そう判斷した俺は、そのことは話さないでおいた。いずれ知られることになるかもしれないが、その時はその時だ。
だが、となると、佐竹を撃った奴は誰なのか……それは依然として謎のままだ。まさか、同じ集団の仲間同士が殺すわけもないだろう。
どこか別の組織に恨みを買われたために、依頼されたフリーの殺し屋という線が強くはなるが……。俺にはそれでもなお、あのスハイパーの行にどこか納得できずにいた。
「ま、俺が知っているのはこれくらいだ。確かに俺達は殺しの集団だが、特別組織だっているわけでもないんだ。個々の理由のために徒黨を組んでいるにすぎないのさ。とは言っても、まとめ役はいるけどな。
後はわりと、自由気ままに殺しなりなんなりとしている奴らばかりだ。現に、俺はこうして醫者をやっているからな。ま、殺し屋たちのコミュニティと言った方が近いかもしれん」
「コミュニティ……」
「ああ、そうだ。だから、連中にとって誰が何をやっているかなんてのは、別の誰かは知らないってのも、ある話だ。もちろん後で、大知られるんだがな。
だから、俺があんたが団希者だと言われて、そう思い込んでいたとして不思議な話じゃない。伝言ゲームみたいに、どこかで話が食い違っていったりするものなのさ。
ま、あまりその辺は気にしないことだ。例えそうだとしても、基本的に我関せずな連中ばかりだからな」
「そうか……だが、もう一ついっておくが、俺はこんなコミュニティにりたくてったわけでもないし、コミュニティの一員になったつもりもない」
「ふむ。……その辺は、トップと話をつけてくれ。俺にはなにも言えんよ。あくまで、擔ぎ込まれたあんたを治療するまでが、こっちの仕事だったからな。だが、この集団に席を置いておくのも、悪いこととは思わないがね、俺は。
さっきも言ったように、このコミュニティには様々な奴がいる。俺のように醫者をやってる奴もいれば、職業一徹で殺ししかしない奴。中にはモデルをやりながら、このコミュニティに參加している奴もいるって話だ。
ようするに、あんたが何者かは知らんが、決して悪い條件はないってことだ。一組織にいたんでは、手にらない報が転がり込むこともある。コミュニティ同士なのに、互いに知らずに殺し合うなんてのも、もしかしたらあるかもな。逆にいえば、後腐れがないとも言えるかもしれん。
だから、あんたはせっかくのコミュニティへの參加する権利をもらったんだ、そいつを無下にすることはないんじゃないか?」
俺は黙ったまま利の話を聞いていた。
確かにこの男のいう通りだ。組織にいはしたがあの連中は俺の知りたい、している報なぞ、これっぽっちも提供しない。だとすれば、さらにこの世界の奧へと行くべきなのかもしれない。
今までは人売買などの方面は、知りたくてもなかなか手は出せなかった。雇った報屋連中が皆殘らず死になったからだ。
人売買……日本のような先進國家ではそれを行うというのは、バイヤーにしろ顧客にしろ、諸刃の剣なのだ。そのため、たいていは発展途上國なんかで行われる。だが、當然ながら、日本でもそれを裏に行っている奴らはいるのだ。
日本などの先進國家では、発展途上國で買い付け、それを自の國に持ち帰るのだ。當然、金と権力がものを言うが、それを持つ連中からしてみれば、奴隷のパスポートやなんかは簡単に手にってしまう。
それにだ。俺の組織にだってその権力を傘に、それを行っている奴だっていないとも言い切れない。
この集団は、規模がどれほどのものかは知らないが、々と知りたいものが出て來るかもしれない。どうせ殺し屋という職に就いているなら、スパイになってしまうというのもいいだろう。現在も似たり寄ったりではあるが。
別に組織なぞ、いずれはおさらばする気でいたのだ。今は様子を見ながら、有益であるならこっちに完全にくら替えすればいい。
「腹は決まったという顔だな」
利が俺を見ながら、ニヤリとしていた。そんな利の態度に舌打ちしながら、聞いてみた。
「このコミュニティには、々な人種がいるのか?」
「ああ、表向きは至極真っ當な奴らから、いかがわしさ全開の奴まで、な。
ただ、基本的には個々の目的だけでいているから、どんな連中がいるのかまでは分からんよ。ま、その中でも醫者というカテゴリーにいる奴はほとんどいないようだがな。……というか聞いたことがないな。だから俺を、皆ドクターだなんて呼んでいるんだろうが。
つまり、専門職に就いている奴というのは、ほぼ、このコミュニティでは獨占市場になってるんだ。とにかくだ。そのおかげでコミュニティにると、自然とある程度は、々な噂が流れ始めるからな。
元々は、そいつが屬す世界の裏報だから、信憑は高い。どうだ? あんたみたいな人間には、魅力的だろう?」
「……そうだな。だが、まだると完全に決めたわけではないぜ。まぁ、それでも利用価値はありそうだ」
「ふふ、そんなもんでいいさ。いきなり、仲間になれなんて言われても、大の奴はそんなものだろうしな」
「もう一つ聞いておきたいんだが、さっきメンバーの補充がどうとか言っていたよな? この集団の連中は、皆殺しの技を持っているんだろう?
だったら、わざわざ俺みたいな奴をれる理由はないんじゃぁないのか? そこら辺は気になるぜ」
俺にそう聞かれ利は、腕を組みながらたくわえた顎髭に片手をばした。
「ふむ、なかなかの察力だね。あんたの言う通り、確かに皆、何かしらそういった技を持ってはいるが、大半は護程度の者もなくないはずだ。もちろん一人二人に囲まれたとしても、死ぬことはほとんどないだろうし、返り討ちが関の山だな。
だが當然ながら、我がコミュニティでも己の技では、どうにもできないことがあるんだ。そんな時にはそう言った、“濡れ事”の専門家がコミュニティにはいて、その連中がくことになるんだ。対組織の時なんかが、まさにそうさ」
濡れ事というのはとの事ではなく、この業界においての業界用語で、ようするに諜報活や破壊工作といった作戦上、人を殺すことも厭わないことをさす。
利の話を聞いて、俺はもう一週間近く前になる、Tビルでのことを思い出していた。確証など全くないが、あの時ビルの地下施設に潛したのは、この男の言う専門家の一人ではないのか、と。
となると、この集団には確かに老若男、様々な人種がいるのだろう。そして、いつかニーロの言っていた暗殺者集団というのも、この濡れ事専門の連中のことなのだと、俺は理解した。
「っと、悪いがそろそろ診療の時間なんで、行かないとな。とりあえず、他の連中にもあんたが目を覚ましたことは伝えておこう。その、誰か見舞いに來るかもしれんぞ。
それと、まだ無理できるようなじゃないから、無理はするな」
「ああ、分かってるさ……」
そう言って利は、俺の橫からいてドアへと向かった。
「……待ってくれ。最後にもう一つだけ聞きたいことがある」
「なんだ?」
顎髭の男は、ドアの取っ手に手をつけたまま、こちらに振り向いた。
「……俺を撃った奴ともう一人、のことだが、そいつらのこと知っているかい?」
「……ああ、まぁな。あんたを撃った男の方は、この専門家達のリーダーで、コミュニティでも発言力を持っている奴だ。
コミュニティにおいて、権力なんてのは存在しないが、あえて言うなら、この男は間違いなく三本の指にる……まさにトップ・スリーといっていい存在だ。
もう一人はここ數年で、コミュニティでもずば抜けた暗殺能力をもって、ナンバー・ワンの殺し屋の稱號をしいがままにしただ。どちらも仲間じゃ有名だ。
ま、の方は、何を考えているのか俺達仲間にも、理解できないことがあるがな」
「名前はわかるか?」
「男の方は、武田という。の方は……」
「なんだ?」
「いや、マリア、というらしい」
「らしい?」
「ああ。他にも々と通り名があるんだ。
その仕事ぶりから、ヴァルキリーだとかイシュタルとも呼ばれたりすることがある。ああ、後アルテミスだなんて呼んでいた奴もいたな。俺が知らないだけで、他にもあるかもしれない。それ以外に俺は知らない。
元々、武田の紹介でったことになったと聞いたくらいだな」
「そうか……。引き止めて、すまなかったな」
「なに、いいさ。とにかく、今はゆっくり養生することだ。診療が終わったらまた來る。ではな」
利は今度こそドアを開け、自分の仕事場へと消えていった。誰もいなくなり、俺は張していた肢からどっと力を抜いた。
全く、予想もしない方向に話が進んでいる。まさか、こんなにも早く連中と接することができりなんて思わなかった。そしてあのが、ニーロから聞いた暗殺者集団の一人だなんていうのも、マスカレイドにいた時からは想像もしなかったことだ。
不思議と俺には撃った奴よりも、もう一人のあのの方が気になっていた。あのクラブにいたと、四日前に俺とやりあった奴は、間違いなく同一人だ。なぜだか、俺はそう思ったのだ。
そして、あのと俺は、どこか深い部分で関係しているんではないかという、漠然とした思いが沸き起こったのだ。
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闇墮ちした聖女の(ヤンデレ)戀物語______ 世界の半分が瘴気に染まる。瘴気に囚われたが最後、人を狂わせ死へと追いやる呪いの霧。霧は徐々に殘りの大陸へと拡大していく。しかし魔力量の高い者だけが瘴気に抗える事が可能であった。聖女は霧の原因を突き止めるべく瘴気內部へと調査に出るが_______ 『私は.....抗って見せます...世界に安寧を齎すまではッ...!』 _______________聖女もまた瘴気に苛まれてしまう。そして黒騎士へと募る想いが瘴気による後押しで爆発してしまい_____ 『あぁ.....死んでしまうとは情けない.....逃しませんよ?』
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