《いつか見た夢》第26章

スーツ姿の男達がせわしくき回り、れ代わり立ち代わり部屋を出りしている。ってきた男は大聲で新たにって來た報を読み上げ、また出ていった。時には新たに指示をけて出ていく者もいた。

そんな景がここ二、三十分続いている。

「おい、里見ぃっ! 何してるっ早く來い!」

喧騒にまみれた部屋の中で一際響く怒聲に、里見さとみと呼ばれたはビクリとを震わせた。その怒聲には、いつまで経っても慣れることがない。なんでいつもそんなに苛々としているのか、彼には理解できないでいた。

里見は書類を素早く持って、上司の後を追った。

「遅いぞっ」

「す、すみません。南部さん」

「ったく、おまえはいつまで経っても鈍臭いやつだな。もっとキビキビとしろ」

「は、はい」

南部なんぶと呼ばれた男は、里見の直屬の上司であり、歳の離れた先輩でもある。二人は警視庁に勤める刑事だった。

つい四日前にA県のN市で、政界の大である真田博之が暗殺されるというショッキングなニュースは、瞬く間に全國に広がり政界を混させた。

そして今夜は霞ヶ関で、新たに政治家が殺されたという報がってきたのだ。今回は前の真田ほどの大ではないが、ここ數年で急激に勢力を拡げつつある、若手議員だった。

今から二人は車に乗って、その現場に行くことになったのだ。當然ながら、運転するのは里見と呼ばれるだ。今回事件があったのは、近い場所なのであまり時間はかからない。

車に乗り込んで、サイレンを鳴らす。甲高い音が辺りに響いて、急事態が発生したことを告げる。車道を走る車は、二人を乗せて走る車を行かせるために避けていく。

里見は初めてそれを験した時は、思わず嘆の聲をあげそうになったほどだ。もちろん、常に行する上司の手前、それはおくびにもしなかったが。

今日はもう夕方の、それも殘業もなく一日を終えたような者達は、そろそろ帰り始める時間のために、道路が混み始める時間だ。

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數分もすると、殺されたという議員の死がある現場に著いた。まだ日のある時間に起こった事件というだけに、現場の周りには野次馬やマスコミが、足場のないほどに集している。

二人は近くに車をおくと、その人込みを掻き分けて現場へと急ぐ。

「おい邪魔だっ、向こうへ行けっ。どくんだ、どけと言ってるだろうっ」

南部が怒聲をあげながら進み、里見がそのすぐ後ろを著いていくという形だ。なんとか群集を抜けて、テープのバリケードをくぐる。青いビニールシートで、死のある場所は囲まれているため、議員そのものは周りには見えないだろう。

その中に二人の刑事がると、すでに南部と同世代の刑事と、その上司と思われる定年間近の刑事の二人がいた。

「おう、南部と里見ちゃんか。遅いぞ」

「悪いな、畠さん。ライフルでドタマぶち抜かれたって?」

「ああ、それも綺麗に眉間撃ち抜かれてるよ、仏さん」

畠はたと呼ばれた定年間近の刑事は、南部のストレートな言いに気にした風もなく、世間話でもするかのように返した。

長は大柄な里見よりも、十センチ以上も畠は小さい。申し訳程度に髪があるだけで、すでに頭は完全に禿げ上がっており、背も曲がって來ているが、その鋭い眼は未だ衰える気配はなく、初めて見た時、里見は足がすくんだ程だった。

畠の、男としても小柄な軀にベージュのコートというのは、まさに、ドラマか何かで見る中年刑事といった風貌だ。

「話によれば、今からに逢いに行く予定だったらしい」

「ま、政治家にゃよくある話だな」

南部の応答に、もう一人のまだ比較的若い刑事が肩をすくめた。それでも、歳の方は南部と同世代と言うのだから、四十は過ぎているはずだ。

畠や南部に比べるとどことなく優男風にも見える男は、佐々木ささきという。高級じさせるスーツを著込み、立ち居振る舞いも、いかにもインテリと言った風だが、やはりその眼には二人同様に鋭さがあった。

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K大卒で、キャリア組であるにも関わらず、未だ現場に留まっている変わり者でもある。里見には、し変わり者が多いというK大出と聞いて、思わず納得したものだった。

南部はおもむろにしゃがみ込む、すでに被せられているシートを剝がして死を拝んだ。里見もそれに釣られて手を合わせる。

その後に南部と二人で眉間を撃ち抜かれ、もの言わぬ死となった若手議員を見た。政治家ということもあり、目立たないがかなり高級な作りをじさせるスーツを著ていた。きっと十萬や二十萬では買えないだろう。

見たところ、死には數十萬ったキャッシュとカード、後は會員制と思われるクラブの會員カードが數枚だけだった。

「……かなり腕のいい奴だな、ぶち抜いた奴は」

南部が小聲でポロリとこぼした。それに佐々木が応える。

「事件発生當時は無風だったらしいが、ここまで綺麗に眉間を撃ち抜くには、かなりの訓練が必要だ。非公開になっているが、先日起きたN市の真田の暗殺事件と、同じ銃が使われている可能が高い。

向こうの仏さんの狀態も、やはり綺麗に眉間だったそうだ」

「同一犯……ですか?」

里見は思わず聲にした。

「斷定はできないな。同じ銃を使った別人の可能も否定できないからね。ただ、その方向で見た方が良いとは思う」

佐々木はインテリらしい、可能が高いというだけで必ずではないという言いで、里見を混させる。

「ま、とにかく同一犯の犯行という線でいった方がいいのは間違いないだろうが、佐々木」

「ええ、まぁ」

畠に言われて、佐々木はしバツが悪そうに肯定する。

「今、他のもんが関係者に聞き込んでる。一旦それを待つとしようか」

畠に言われると、いつもはあんなに怖いなしであるはずの南部も、大人しいものだった。

里見は死にシート被せ、これからしばらくは、またあまり眠れない日々が続くだろうという予に、小さくため息をついた。

俺がようやく外を歩き回れるようになったのは、利の病院で目が覚めて二日後のことだった。

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本當なら、目が覚めたその日のうちに抜け出すつもりでいたのだが、四日もベッドに寢たきりでいたためか、足が鈍ってしまって歩くのに苦労したのだ。まだ筋が萎えたわけではなかったが、くに苦労するのはいただけないので、せめて後一日はリハビリを兼ねて厄介になるつもりだったのだ。

だが次の日、醫者として利がまだ完全に治っていないというのを理由に猛烈に反対し止めたため、さらにまた一日病院にいるはめになった。

だが、利の言い草にはひっかかるものがあった。まるで命令か何かで、俺を引き止めようとしているようにじたからだ。何かある……俺の本能がそれを告げていたため、タイミングを見計らって病院を抜け出したのだ。

それがつい昨日の夜の話だ。利の病院がどこにあったかは知らないが、街をうろつくにここが俺の住む街から離れてはいるが、なんとか帰れそうな場所であることがわかったのだ。

攜帯も銃も、おまけに財布もないまま抜け出さなくてはならない狀況だったのだから、なんとも幸運なことではあった。もちろん、利の病院から抜け出す際に、いくらかの金をくすねてきたので、贅沢さえしなければ、なんとかなるはずだった。

くすねた金で簡単になりを整え、やっと一心地つけた。しかし、利はなぜあんなにも俺をあそこに留まらせようとしたのか、それだけは依然として、俺の中でひっかかってはいたが。

まぁ、いい。どんな理由であれ、いつまでも病院なんぞに縛られているわけにもいかない。まだ傷の痛みはあるし、足もどこか鈍くじるが、いて回るには十分なほどには回復した。

それに、利の言っていたコミュニティとやらの実態も気になるし、不粋にも後ろから俺を撃った武田とかいう奴のこともだ。

そして……あの。あののことだけが、やたらと俺の脳裏をちらつくのだ。理由など自分でもわからない。だが、どうしてもあののことだけは、知っておかないと俺の気がしれない。

病院を抜け出した後に、もっと利からいろいろと報を聞き出しておくんだったと後悔したが、そのために抜け出したところに戻るなど、そんなけないことなどしたくはない。

よって、いつも通りに俺は俺のやり方でつついてみることにしたのだ。コミュニティを利用することは大いに賛できるが、かと言って馴れ合うつもりもない。

とすれば、やはり自分のやり方でやった方がしっくりとくるし、コミュニティを使うのは、無條件で奴らの傘下に下ってしまったような気がして、どうにも気に食わなかった。

それともう一つ。俺がコミュニティのネットワークを使えば、武田とマリアとか言うを調べているというのがすぐに広まってしまう、といった可能が高い。コミュニティとは言っても、連中は殺し屋のコミュニティなのだ。

それを嗅ぎ回っているとなれば、自分のが危険にさらされないという保証などない。できればそんなことにはなりたくない。そう考えれば、俺の取るべき選択もおのずと見えてくるというものだ。

そんなわけで、俺は丸一日近くかけて寢座ねぐらに戻ってきたのだ。寢座に戻った俺は、すぐさまベッドにもぐり込んだ。このベッドにを橫たえると、なんとも言えない安心が俺を包んだ。

たかだか、一週間以上留守にしていただけだと言うのに、もっと長らく離れていたようにも思える。

俺の家はここではなく、ただの寢座としか思っていなかったはずなのに、なんだかんだで、ここが自分の家なんだとじている自分に、思わず苦笑しながら目を閉じた。とにかく今は寢ることだ。明日からはまた忙しくなるだろう。

沙彌佳に繋がるかもしれない報を持っているかもしれない奴が、もしかしたらあのコミュニティにいないとも限らない。なんせ、皆がなんらかの殺しの技を持った連中ばかりなのだ。沙彌佳を繋ぐ手掛かりくらいは得られるかもしれない。

そのためにも、別口から調べられそうなことは調べておくべきだろう。目を閉じたまま、明日以降やることを考えながら、睡魔が襲ってくるのをじた。

俺は、それに抗うことなくをまかせていった。

翌朝、まだ朝霧が街を包む頃、俺は目が覚めた。また例の夢を見るかとも思ったが、そんなこともなく泥のように寢ていたようだ。

だというのに、あの夢を見なかったら見なかったらで、心のどこかで殘念に思っている自分がいるのだ。

のデジタル時計を見ると、まだ午前七時になったところだ。昨晩は、正確に何時に帰って來たかは覚えていないが、間違いなく午後十時は過ぎていなかったはずなので、なくみても九時間は寢ていたことになる。だが、個人的には七時間から九時間という睡眠時間はちょうど良く、寢起きでも頭がすっきりとしていた。

洗面所に行き、顔を洗う。當たり前であるはずのことなのに、この場でこんなことをしているのが、どうにも懐かしくじてしまう。

けれど、そうじさせるほどに佐竹の事件から始まり、この約二週間は気を張り詰めっぱなしだった。こんなのは俺の殺し屋人生の中においても、そうそうあるものではない。

しかも仕事だけならまだしも、思いもかけない再開があったり、思いもかけない出來事との繋がりなど、そんなことが立て続けに起きれば、懐かしむような気持ちになるというものだ。

俺は鏡に映った自分の顔をながめながら、それでもお前は生きている、と短く言った。

昨晩は帰って來てそのまま寢てしまったので、俺はシャワーを浴びた。頭から足の指まで、久しぶりに全をくまなく洗う。

考えてみれば、病院にいた時も湯浴みをした覚えがなかった。熱めにした湯がを流れ落ちていくのが心地良い。同時に、武田とかいう野郎に撃たれた銃創に滲みた。

ふと、シャワーを浴びながらあることを思い出していた。ベッドにいた四日間に、なんとも言えない不思議な験をしたような気がするのだ。

気がするというのは、俺自が夢うつつで、そのことが夢だったのか本當にあったことなのか、分からずにいたからだ。

被弾したことにより、全が全く別の何かになったかのように熱く、絶え間無く汗が流れ出ていた俺に、誰かが獻的にを拭き、さすれば冷水で、の熱をしでも和らげようとしてくれていたのが、ぼんやりとではあるが記憶にあるのだ。

それは夢の中にいるように、とても浮遊をもっていたうえに、斷片的なためにいまいち実がなかった。そのため利には聞かなかったが、それが夢だったのではないかと思えて仕方なかった。それほどあやふやなものだったからだ。

萬に一つもないとは思うが、もしそれがあったことだとして、それが利だったとすれば、なんとも恥ずかしい話なので、聞けなかったというのもある。

しかし夢か現実か分からない、そんなあやふやな中でもらかな指がどこか懐かしむような、切なさもじさせるきで、俺のに何度もれていた記憶はあった。

あれがとてもではないが、利であるはずがない。だが、確信が持てないために何も聞かなかったのだ。

しかし、あれは一なんだったのだろう。あのをなぞるように優しくれる覚は、のもののはずだ。しばらくの間、シャワーの噴出口から流れ落ちてくる湯を見つめながら考えていたが、かぶりを振って湯を止めた。

まぁ、いい。分からないことをいつまでも引きずっているわけにもいかない。こういう時は、いつものように夢だったのだと決めるように俺はしているので、今回もそう思うことにしたのだ。

もし真相が分かれば、その時にそうだったのだとくら替えすればいいだけの話だ。

の水滴をバスタオルで拭きながら、部屋に戻った俺は、この一週間ほどのあいだ、真紀と連絡をとっていないことに気付いた。N市にいる時に一度連絡してみたが、繋がらなかったのを思い出したのだ。

それに、あの作戦の後に捕獲したのことも気になる。多分あのは、利が言っていた最近減った人員の一人なんではなかろうか? そんな漠然とした考えが浮かんだというのもある。

しかし、ここにきて俺は攜帯をとられていたことを思い出したのだ。ため息をつきながら、後で公衆電話に行くことにした。幸いにして俺は暗記だけは得意で、殺し屋になるための訓練をうけた際、それが完全に開花したように思う。

サイドボードの中にあるウイスキーの瓶が、俺をってくるがそれを無視して、服を著た。

朝食もついでにどこかでとるとしよう。そう決め込むと、簡単になりを整えて、いつまで経っても他の人間が住み著かないアパートを出た。

時間はもう八時になるところだったが、あまり人がいないように思った。とりあえず適當に喫茶店にるとしよう。俺は適當な店を見繕ってった。最近は公衆電話を置いていない店もなくないから、そういう店を選んだのだ。

店にるなり、まず電話を使わせてくれと言い、真紀に連絡する。短いコール音の後に、真紀が出た。

『もしもし?』

多分、攜帯の晶に公衆電話からという表示を見て、怪訝に思ったのだろう、その聲はどこか不審げなものが含まれている。

そんな真紀の様子が想像でき、俺は思わずを歪ませた。

「よう、元気にしてたか?」

『あなたっ……今まで何してたのっ? ずっと連絡とれなくて心配してたのよ!』

の向こうで、真紀が聲を高くして喚いた。そんな真紀の反応に、俺はし驚いた。きっと、皮を言ってくるものとばかり思っていたのだ。

「ああ、ちょっと面倒ごとに巻き込まれたんでな。おかげで攜帯をなくしちまったんだ。ま、そいつは別にいいんだが、ちょいと聞きたいことがある」

『別にいいってあなた……はぁ。あなたっていつもそう。なんで、そんなに面倒ごとに首を突っ込みたがるの? そんなの自己責任じゃない』

「別に俺は首突っ込みたくて突っ込んでいるわけじゃぁない。向こうから俺にトラブルをけしかけてくるだけだ。それより話の続きだ」

また小言を言われそうな雰囲気だったので、早々に話を切り上げさせて本題にった。

「あんた、田神の居所を知らないか? ちょいとやつに用がある」

『もう勝手ね、あなた。そうやって聞きたくないことは、いつも話を切り上げさせようとする。しは私のにもなって頂戴』

「だったら、さっさと俺をクビにすればいい。そうすれば、君の肩の荷も降りるというものだ。それで、やつの居所を知ってるか?」

『……知っているけど、それが何よ』

真紀は何を言ってもじない俺に、憤り半分諦め半分といった口調で言う。

「ああ、やつに聞きたいことがあるんでな」

『だったら、私を通せばいいわ。わざわざあなたが連絡をとる必要はないんじゃない?』

「まぁ、それもそうなんだが、デリケートな話なんでね。俺が直接やつと會って話をしたいんだ」

數秒の間、真紀は黙っていたが、深いため息とともに喋りだした。

『私も正確に田神の居場所を知っているわけではないわ。彼は仕事のたびに住む場所を変えるから』

そうなのだ、田神はちょくちょく寢座を変えるため、どうにも直に捕まえられない。おまけに、寢座を変えなかったと思えば、今度は連絡が取れなくなっていたりするのだ。

今回も、真紀に連絡をれる前に田神の攜帯に連絡をしてみたところ、見事に解約されていた。おかげで、真紀にわざわざ連絡しなければならないという結果になったのだ。まぁ、それを嘆くこともないのだが。

俺が真紀と田神ができているのでは?なんて思った理由が、そこにある。真紀は、そんな田神の連絡先だけはいつも把握していたからだ。田神は否定していたが、やはりそんな疑念が浮かばざるをえないのだ。

『とりあえず彼の連絡先を教えておくわ。つい二、三日前には繋がっていたから、問題はないはずよ』

そういって真紀は、田神の連絡先を教えてくれた。

「そうか、分かった。すまないな」

『謝るくらいなら、最初から手間をかけさせないで』

そんな真紀の言い草に思わず苦笑し、短く禮を言った。普段なら、このに禮など言う俺ではないが、たまには良いだろう。

『……べ、別にあなたにお禮を言われるようなことは言ってないわよ』

どうも、今日の真紀はの突起が激しいようだ。怒ったり、突然照れたようになったりと忙しそうだ。

もう何年もこのと付き合っているおかげで分かったが、真紀は突然、をあらわにすることがある。初めてそれを見た時、不覚にもドキリとしてしまったものだった。

このも、もうちょっと素直になれば、もっと男達にも言い寄られるだろうに。

「それじゃぁな。朝から突然電話して悪かった」

『え? ちょっと』

「なんだ?」

『……ごめんなさい、なんでもないわ。田神に何を聞きたいか知らないけど、厄介ごとには首を突っ込まないようになさい』

「……善処するさ」

をニヤリと歪ませながら、電話を切った。続いて、今しがた真紀から聞き出した田上の連絡先に電話したのだった。

喫茶店で朝食をとった後、地下鉄を乗り継いでJRに乗った。

田神が指定した駅まで、快速を使っても一時間以上はかかる。今までの寢座は、もっと中心の方にあったはずだが、今度はえらく辺鄙な場所に居著いたものだ。

まぁ、あの男のことだから、何かしら理由があってそんなところに移り住んだのだろう。

朝もいい時間な上、中心の反対方向ということもあってか、車は隨分すいている。ラッシュが過ぎれば、こんなものだろうが。

中、俺は今日やるべきことを再度整理していた。まず、今向かっている田神に會い、Tビルの地下で捕らえたと會うことだ。一つ確認したいことがあるのだ。

次に、失った銃を手にれなければならない。ついでに、攜帯も調達しておいた方がいいかもしれない。

そして、あの。今なお、俺の中で引っ掛かっていた。なぜこうも、あのにこだわっているのか自分自理解できないが、とにかく、あのとは一度會わなくてはいけない気がするのだ。

それに真田暗殺の件も、後ろ髪を引かれる。この辺はおいおいということになるかもしれないが、やれるところはやっておくべきだ。

そんなことを考えているうちに、あっという間に指定された駅についた。電車を降りて、足早に改札を抜ける。中心から見れば、どことなく古臭いのする町だが、昔住んでいた場所を彷彿とさせるような町並みだ。

駅の隣には、大きな桜の木が數本あり、淡いピンクに染めつつあった。考えてみれば、ここ數日間は二週間前と比べ気溫が高く、とても過ごしやすくなったと思う。

それに伴い、桜の木の存在は、日に日に増していっているのだ。俺としては、益々気が重くなるような話だが、仕方ない。桜の木に罪があるわけではないのだ。

駅近くに位置するアーケード街を抜け、し込みった一畫にる。そこは、何十年も前に建てられたような家並みが続く。ものによっては、戦後直後の復興の際に建てられたのでは、と思えるような家もなくない。

そんな中、これはまた古ぼけた三階建てのビルが見えた。あの古ビルが、田神によって指定された場所であった。ビルの前に來た時これが古ビルなどではなく、もはや廃棄されたビルなんではないかと思えたほどだ。

そう思えるほどこの建は老朽化しており、今の今まで取り壊されることなく、ここにあったことの方が不思議なほどだったのだ。

怪訝には思ったが、指定された住所や建の特徴は、間違いなくここであるので、ためらうことなく建の中にった。まず一階を覗いてみると、埃だらけで何も置かれていない。軽く肩をすくめ、二階へと上った。

二階には、以前ここにテナントがっていたことを窺わせる荷が、いくつか置いてあった。それが何なのかは分からなかったが。

そして三階に著いた途端、人間が暮らしているというのを匂わせる空間にきた。間違いなく田神はここに住んでいる。苦笑しながら、俺は歩を進めてドアをノックした。

程なくして、赤をした鉄製のドアが開かれる。たかだか一週間ぶりの再會だと言うのに、やけに久しぶりに會うような気がしてならない。

「よう、なんだか久しぶりだな」

ドアを開けた田神に、俺は気さくに聲をかけた。

「久しぶりというほど、長く會わなかったわけではないだろう?」

苦笑しながら田神は、部屋の中に招きれた。だが、中は住居というよりやはりテナントといった風だ。そんな空間に無理矢理、家やらが置かれており、そのために、なんとも言えない不自然さが滲み出ている。

それでも家はきちんと機能的に置かれており、たかだか數秒の移にも無駄がないような配置になっていた。それがこの田神という男の人間なのだ。 ずぼらの俺とは似ても似つかないが、なんでこんなにも気が合うのか、おかしな話だ。

「それにしても、どうしたんだ? 急にこっちに來たいだなんて、珍しいじゃないか」

「ああ、ちょっと面倒ごとに巻き込まれちまってな。それで、あんた前に捕獲したまだかこってるんだろう?」

俺がそういうと、田神はしばかし顔を強張らせた。あまりを必要以上に出さない田神としては、珍しい反応だ。

「……」

「そんなに警戒しないでくれ。別にあんたがあのをかこっていようと、俺には興味のないことなんだ。それよりも、に確かめたいことがあるんだ。で、どうなんだ?」

「……いるよ」

し間をおいて、田神はこっちだと短く告げた。あのに関して、田神はよほどれてほしくないらしい。田神の案で、部屋の奧へと行く。

「あ、田神っ。 ……誰?」

部屋の奧にいくと、が俺を田神と勘違いしたようで、一瞬嬉しそうに顔を綻ばせ、違うと分かった途端に険しい表になった。

しかし俺には、このの豹変ぶりに驚いていた。地下施設での彼は、まさに手負いの虎といったじだった。だというのになんなんだ、この落差は。

この一週間、田神と彼のあいだに何があったのか、興味が沸いてしまった。まぁ、それは今は置いておこう。まずは聞いておかなくてはならないことがある。

「一週間ぶりだな。俺のこと、覚えてるか?」

「……誰だ」

は険しい表はそのままに、ぶっきらぼうに再度尋ねてきた。この様子では、本當に俺のことは覚えていなさそうだ。

「……君を捕らえた奴だと言えば分かるかな?」

し間をおいて、は何か思い出したような顔をした後、親の仇でも見るかのような表を見せた。

「おまえっ!」

俺が誰かわかると、は俺に飛び掛かろうとしたが、田神に止められた。

「放せっ、田神!」

「落ち著くんだ、エリナ!」

そうか、彼はエリナという名なのか。必死に飛び掛かろうとしている、エリナと呼ばれたとそれを押さえている田神を、俺は冷靜な目で見ていた。

田神の必死な抵抗により、エリナというはようやく鎮まった。

「まぁ、俺を許せとまでは言わない。あんたにちょいと聞きたいことがあるんだ」

「うるさい! おまえなんか私の仲間が必ず殺しにくるぞっ」

「殘念ながら、俺がその連中の仲間だと言ったらどうする?」

「えっ?」

俺の言葉には暴れてさせていたを止めて、俺の顔を見た。

「だから、俺が君の仲間だということさ。まぁ、まだりたてだがな」

実際には、こののいう仲間とやらと仲間なのか分からず、それを確かめに來たのだが、カマをかけてみることにしよう。

「う、噓だっ! おまえなんかが私たちの仲間だなんてっ」

「殘念なことにそうなのさ。きちっと試験もけたしな。もう、後は分かるだろう?」

「う、噓……本、當……なの?」

「ああ。だから君は不本意かもしれないが、俺は君と同じということになる。おまけに武田って奴のお墨付きだ」

最後はやや裝飾したものだが、これでこのがどうでるか……。

しかし、俺にはこのエリナというが語る仲間というのが、例のコミュニティだという確信があった。

「た、たけちゃんが……」

一瞬唖然とした。たけちゃんだと? それが武田の稱だというのか。だとすれば、なんとも可いらしいニックネームではないか。

「ぁ……わ、笑うなっ!」

顔に出ていたのか、は顔をし赤くしながら吠えた。だが、むくれっ面になって怒っている姿は、あまり迫力をじない。俺はそれがまたおかしく、笑ってしまった。

「お、おまえ私をなめてるのかっ」

そうやって必死に取り繕おうとしているは、手負いの虎というより小生意気な子貓といったじかもしれない。俺は、なぜ田神がこのを未だかこっているのか、納得できた。確かにこんな奴なら、一人くらいいてもいいかもしれない。

ひとしきり笑った俺は、今度こそ真面目にに向き直った。カマをかけてみたところ、見事にひっかかってくれたのだ。

「……さて、そいつに俺はどうしてか合格を貰ったんでね。で、その武田ってのは、一どんな奴なんだ?」

「……それを知ってどうするんだ」

「別に。ただ、いきなり合格だなんだと言われても、なんのことだかさっぱりなのさ。向こうは俺のことをそれなりに知っていたようだが、こっちは全く知らないんだ。フェアじゃぁないだろう?」

そう言われ、は黙ったまま俯いたが、顔を上げて見下したような口調で話し出した。

「ふん、おまえなんかどうせ、たけちゃんにやられるんだから言ってやるよ。あの人は、私達の統率者なんだよ。頭も良くて、カッコイイし。おまえなんか足元にも及ばないんだよ」

「それは知ってる。俺が聞きたいのはそういうことじゃない。……単刀直に言おうか。どこに行けば會える?」

「え? ……」

「どうした……?」

「……ない」

「なんだ?」

「だから、知らないって言ってるの!」

は再び顔を赤くしながら喚いた。聞けば、會ったことがあるのは數回だけらしく、指示を出すのもいつも向こうからで、さらに作戦の指示を出す時も、連絡員をよこすのが通例なのだと言う。

直に顔を見せる時は、余程大きく重要な作戦の時だけであるらしい。また、誰かの団試験の際にも、必ず立ち會うのだとも言った。俺の時は、銃弾をけるという洗禮があったわけだが。

そしてもう一つ、重要なことを教えてくれた。新參者は、その力量を知るためなのか、ってすぐに行われる作戦には必ず投するという。その際にも、顔を合わせる機會はあるはずなのだそうだ。

だとすれば、奴との対面は決して遠いものではないだろう。武田には必ず、俺からの報復をけてもらうつもりだ。俺は殺そうとした奴には、必ず地獄にたたき落とすことを信條にしているので、どういう理由であれ、それを覆すつもりはない。

「まぁ、いい。それじゃぁもう一人の方だ」

「もう一人?」

「ああ。なんだが……確か、マリアだとか呼ばれている……」

「ああ、あのか。たけちゃんの腰ぎんちゃくだ。ちょっと顔が良いからってくっついて回って……」

どうやらこのは、マリアとかいうのことが気にらないようだ。隨分と刺のある口調で、武田を語るときとはえらい違いだ。

「つまり武田と會うことができれば、マリアとかいうとも會えるんだな?」

「だろうさ。それにあのは、元々たけちゃんが連れて來たやつなんだよ。おまえなんかどうなったっていいけど、一つ忠告しておくよ。

あのには関わらない方がいい」

「どういうことだ」

「あいつ、マリアと呼ばれてるけど私に言わせればブラッディ・バートリーの方が正しいと思うけどね」

「ブラッディ・バートリー?」

まみれバートリーという意味か。ヴァルキリーだとか言われているとも聞いたが、これはまた、隨分な言われようだ。

結局あのマリアとかいうに関して、エリナからはそれ以上たいしたことは聞き出すことは出來なかった。利からあの二人は有名だと言われていたので、もっと有益な報が聞き出せると思っていただけに、落膽は確かにあった。

だが、どうもここ數年間起こっている各國の要人暗殺事件は、かなり件數をこのが関わっているという。そうなると、これでほぼ間違いなく、何日か前に起きた真田暗殺もこのマリアというの仕業と見ていいだろう。

これは真田殺しの件について、まだ々と調べてみる価値がありそうだ。元々そのつもりではあったが、これは思わぬ収穫になりそうだ。

先程から一言も喋っていない田神を一瞥し、エリナというの前から移した。田神は、俺がさっきから何を言っているのか分からないといった顔をしていた。

この男になら、俺が巻き込まれた今回の騒を話してもいいだろう。拷問にかけられても、口を割ることはないような奴なのだ。

俺は田神に、今回のことを包み隠さず時間を追って、なるべく分かりやすいように話していった。

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