《いつか見た夢》第29章

他の客が引けた後も、俺はそこからくことはなかった。どうにもの中で怒りの炎がおさまり切らず、きたくなかったのだ。

今の今まで舞臺の上ではの繋がった兄妹による強制近親相、さらには年すらも大男によって座を貫かれるという、反吐が出る最悪の見世が行われていたのだ。

しかもだ。それこそ、大男のモノは子供たちの腕くらいの太さはあり、というより拷問といったほうが近いかもしれない。そんな大男は、気を失った年を放り出し、ショックでかなくなった妹を磔にし、そこに何十発といわず鞭打ちの刑にしたのだ。

もはや酒などを通るはずもなく、俺は舞臺の上で行われているそれを、瞬きすることなくただ凝視し続けた。殘酷な仕打ちを目に焼きつけ、自の中に暗い愉悅を含んだ殘酷な本への供とせんためだった。きっと今いたら、あの変態大男やキザ野郎は當然、執事や黒服達を皆殺しにせずにはいられない。

しかし殘念ながらそいつにはまだ早い。そんなことをしようものなら、ここに潛った意味がなくなってしまう。そのため俺は、一人ここに殘り気を落ち著かせようとしているところだった。幸か不幸か、あの執事が持ってきたスコッチのおかげで、しだけ気が紛れているため、これなら後しばらくもすれば、行を起こせるほどには気を鎮めることができるだろう。

俺は、瓶に口をつけながら考えていた。先ほどの兄妹は、間違いなく売りされてここへ來た。だとすれば、ここのどこかに必ず“商品”としてここに連れてこられた、二人の伝票か何かがあるはずだ。

ここを経営している奴が、別の場所で取引しショーのためだけに連れてきたにしろ、何かしら、それを示す痕跡があるはず……俺はそう考えていたのだ。

(やはり、銃を手にれておいて正解だった)

ふいにそう思った。できれば一暴れせずに済ませたかったが、もうそいつは無理というものだ。これから起こるであろうの報復に、俺は歓喜せざるを得なかった。

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だが……それは、俺のどうしようもない考えと都合であって、あの兄妹の都合ではない。俺が勝手に、あの二人の代わりになって復讐するわけにもいかない。

確かめなければならないだろう。きっとあの二人では、何もできないかもしれない。だが、もし奴らにほんのしでも牙を剝こうものなら、君達兄妹に代わって、俺は奴らを、一人殘らず地獄に叩き落とすことをここに誓おう。

君らには、それをするだけの権利というのが與えられているはずなんだ。君らにだって、連中をいたぶる権利はあるはずなんだ。

何かをひたすら祈るだけは、全く意味のない行為だ。祈る神すら君らを見捨てたのだから。

神など存在していないと思っているが、奴らに一生分の責め苦を味わわせる地獄はあってもいいはずだ。俺はそう考えている。よって、もしその意志がしでもあるなら、俺はそれを盟約としてけ取ろう。

だから俺は、君らに確かめなくてはいけない。復讐の意志があるのか、それともないのか……。

にうちひしがれているだけでは、何も解決しないんだ。だから君らに問おう。

それを改めて頭に刻み込み、俺は椅子を立った。

ジャケットを羽織り、観覧席をステージに向かって降りていく。ステージに降りて、キザ野郎が出てきた方へ向かう。

観覧席からは見えなかったが、そこには、ステージ裏へと進む道があった。そこへっていくと短い階段があり、さらに下に行かなくてはならないようだった。ためらいなく階段を降り、奧へ進む。

數メートルほど進むと、先がT字になっているのが分かった。

(さて、どちらに行くか……)

そう思いながらT字にきた時、左の方でかすかに音が聞こえた。そうなると、もう迷うことなどなく、俺は左の道へと進んだ。

そこを真っ直ぐ行くと、先ほどの音に混じって、悲鳴のような聲が聞こえてきた。その聲は甲高く、悲鳴の主は子供のようだ。その悲鳴は進むたびに大きく聞こえるようになり、ついぞその聲が途切れてしまった。

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「……ちっ、もう終わりか」

通路が終わった先に部屋があり、そこから今までは聞こえなかった、低い男の聲が聞こえた。その中をそっと覗きこむと、一人の大男が背をこちらに向けたまま、何やらしているようだった。

「……ぁ、ぁぁ、ぁあ、あああああああああ!」

その時、俺からは見えない位置にもう一人いたようで、子供の聲で泣きぶような、怒りの遠吠えともつかない聲をあげた。

推測するに、さっきのい兄妹だろうか。だとすれば、あの大男は二人に折檻した、さっきの大男ということになる。俺は無意識のうちに、ジャケットの中に吊されているワルサーのグリップを握っていた。

(待て、待つんだ。まだ早い……)

そう自分に言い聞かせ、グリップから手を放した。

「くっくっくっくっ。そうぶなよ、後でお前もきちんと可がってやるからな」

もう一人に向かって、大男は下卑た聲で喋りかけた。その姿は間違いなく、さっきの大男だ。そう言うと大男は、下卑た顔でこちらに向かって歩き出した。

俺はとっさにに隠れた。俺には気付くことなく、大男はその橫をのしのしという擬音でも付けたくなるような足取りで、俺の來た方へ去っていく。

もちろん後を追うつもりだが、その前にあの兄妹の様子が気になった俺は、から出て部屋へとっていった。

部屋にった俺は、その中の様子を見て驚いた。なんと、そこには何人もの子供達が、檻の中に閉じ込められているではないか。

先ほどの兄妹のように、の淺黒い東南アジア系は當然として、完全に黒いをした黒人系の者いれば、中東方面の出と思われる者、ラテン系、ゲルマン系、北歐系……さらには、中國人と思われる見慣れたをした者もいる。

そして、奧には隅で倒れ込んでいて、生死は判別できないが、日本人と思われる者もいたのだ。

しかも、それぞれには必ず男のペアで檻にれられているのを見ると、やはり兄妹なのだろうか……。俺は下を噛んでいた。まさかこんな悍おぞましい景を見ることになるなんざ、思いもしなかった。

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大男にれ代わりでってきた俺に、子供達は怯えた表をして、震えている。さっきの兄妹はショーの後、さらにあの大男から責めをけたようで、先ほどより痣がひどくなっている。

たった今、その責めをけていたのは、どうやら妹の方だったようだ。目を開いてはいるものの、意識が混濁しているようで、俺が視界にっているはずなのに、まるで見えていないかのようだった。

もしかしたら、目を開けたまま失神しているかもしれない。兄の方も、目を見開いたまま涙を流し、瞬き一つしようとしない。

(……泣くな、泣くんじゃない。君が妹を護れなかった気持ちは分かる。だが、まだ終わりじゃない。君は復讐するんだ!)

俺は無言でい兄に語りかけ、顔を伏せた。

改めて部屋の中を見回した。とても不衛生な中で、まともに寢るスペースも與えられず、窓すらない。まともに食事を與えてもらっていないのだろう、肋骨が浮かんでいる者もなくない。

中には、ちゃんとした裝に、十分な食事を與えれば、瞬く間に人目を引きそうな者もいた。それとは逆に、もはや子供というより、幽鬼のようになっている者もいる。

くそっ、なんて糞悪い場所なんだ……。俺は後悔していた。仕事のためなどと思わず、あのショーの時に、連中を一人殘らず皆殺しにしておけば良かった。

こんなのを見せられて落ち著いていられるほど、俺は冷靜な人間ではない。それでも、復讐する権利は俺にではなく君達にある。そう簡単に、連中に鉛玉をぶち込むわけにもいかない。

だが……だが、君らと同じ兄妹として生まれた俺だ。もし誰か一人でも、反抗の意志を示したなら、俺が奴らを裁く。

さっきの兄妹だけではない。君ら全員だ。君ら全員の復讐なんだ。だから、それまではしばらく待っているんだ。また必ずここへ來る。

部屋にってきたのに何もしない俺に、子供達は怯えながらも、どこか怪訝な表をして見せた。

とにかく、いつまでもここにいるわけにもいかない。子供達を一瞥し、俺は頷いた。

「必ず……必ずだ」

そう言って、俺は部屋を出た。

部屋を出た俺は、急ぎ足であの大男の後を追うと、すぐに先ほどのT字のところにきた。ここにきて今更ステージの方に行く意味はない。

無視して、さっきとは反対に右側の通路を行く。例のキザ野郎も、おそらくここから來たのだろう。どのみち奴には、人売買のリストやら何やらを吐いてもらうつもりだが、何よりそんな連中を痛めつけてやれるとなると、どうしてか、思わずが歪んでしてしまう。

こちら側の通路も、やはりT字の左通路と同じ造りで、真っ直ぐ行った先が、やはり部屋になっていた。

よもや、またも奴隷部屋なんてことはないだろうか……そうは思ったものの、今度はそうではなかったようだ。だが、代わりに面白いものを見つけた。

「ふん。連中、奴隷市の他にも武の売買もしてたのかな」

そう、そこは武庫だったのである。この平和ボケした國で、なんだってこんなに武が必要なのかというほど置いてある。

もの拳銃、數としては同じくらいある機関銃に手榴弾、ライフルもあったし、ロケットランチャーまである。まるで、戦爭でもおっ始めたいがために置かれているかのように見える。

この武庫の向こうには、さらに部屋があるようだ。俺は簡単に武庫の中をし、持てそうなものを持っていくことにした。機関銃や手榴弾なんかは、十分に役に立つだろう。

だが、機関銃は目立ちすぎる。そこで俺は、とりあえず手榴弾を三つ四つばかしジャケットのポケットに突っ込んだ。

殘りの手榴弾は、適當にあった袋に全部れた。見つかりにくそうな場所に、その袋を隠しておく。後は拳銃をもう一丁持っていくことにした。これ以上は、持って行っても邪魔になってしまうだけだろう。

その拳銃をジャケットの下、右側の脇に吊るした。予備のマガジンも持って、準備萬全だ。俺は軽く頷くと、武庫を後にした。いよいよ、奴らにものをいわせてやる。

庫を抜けた先は、どうも連中の詰め所か何かのような部屋だった。食べかけの料理や酒、コーヒーも飲みかけでおいてある。タバコの吸い殻は、いくつも山を作ってあった。その他、雑誌や新聞といったものも投げ出されていた。

空気清浄が備え付けてあり、一応は今もいているようだったが、それも全く意味はない。それほどまでに空気は淀み、タバコのヤニ臭さが染み付いている。壁も本來なら白かったのだろうが、黃ばんで本來のなど見るかげもない。

俺はそんな部屋の中を、売買リストがないか探した。こんなこと言うのもなんだが、決して子供達のためではない。もちろん連中は、一人殘らず地獄へ落とすべきだと言うのは言うまでもない。

だが、まだその復讐者ともいうべき子供達は、それをしようと行しない。理屈ではないのだろうが、やはり、自分でやるべきことに橫槍をれるのは良くないことだ。

それにもしかしたら、その売買リストに沙彌佳に繋がる何かが見つかる可能だってあるのだ。そのために今こうして、それらがないか探しているわけだ。

ざっと部屋の中を探して回ったが、それらしいものはなかった。まぁ、詰め所のような部屋にそんな重要なものがあるはずはないか。

その時、下卑た笑い聲をあげながら、部屋に向かってくる奴らの足音が聞こえた。足音と聲から察するに、人數は二人だ。

俺は咄嗟にに隠れ、今しがた手にれた拳銃を抜いて、サイレンサーを素早く取り付けた。

「はははは。それでそのったらよ」

部屋にってドアを閉めた瞬間、下卑た笑いを浮かべた奴の一人の側頭部に弾丸をぶち込んだ。

何か言いかけながら、そいつは床に倒れ、もう一人には立て続けに両方のふとももに一発ずつぶち込む。

「げあっ!?」

けない聲をあげながら倒れたそいつに、銃口を向けながら近づいていく。

「なっ、なっ、」

あまりの突然なことに、そいつは何が起こったのか、まだ理解できていないようだった。

「いいか、これから俺の質問に三秒以に答えるんだ。無駄なあがきはするな、時間の無駄だ」

俺は低い聲でそう脅しつけ、そいつを椅子に無理矢理座らせる。よくよく見ると、そいつは例のずんぐりとした門番だった。

「お、おまえはっ……なんでこんな所にぎゃあっ!?」

男が悲鳴をあげる。そいつが混した頭で質問しようとしたため、俺はそいつの小指を摑み、へし折ってやったのだ。

「おまえに質問する権利はない。俺のいうことにだけ素直に喋ればいい。分かったな?」

「ひ、ひどい……指が……があっ!?」

今度はその隣にある薬指を摑んでぶち折る。その手に、鈍い音とがあった。

「聞こえなかったか? おまえには、俺が質問して答える以外に、口を開く権利はない。それ以外を喋れば、こういうことになる」

そいつを、ゴミでも見るかのように見下ろしながら言う。男は涙を浮かべ、必死に何度も頷いている。

「良し、では質問だ。まず、この館のオーナーは誰だ」

「……だ、伊達聡一郎だて そういちろう様……」

伊達聡一郎……どこだかで聞いたことがあるような名だ。まぁいい。知っていれば後で思い出すこともあるだろう。それにしても、様付けだなんて、隨分と下への教育が行き屆いているようだ。

「どんな奴なんだ」

「……か、かなり格好良い人だ……。どこだかのロックスターに似ている……」

ロックスター……もしや、さっきのプレスリーに似た奴だろうか。

「そいつは白いタキシードを著込んだ奴か」

「……そうだ」

そいつは足を撃たれたうえ、指の骨を二本もぶち折られたためか、荒い呼吸をしながら答えている。

まだあの子供達と約束したわけでもないのに、すでに一人地獄に突き落としてしまったが、この男にはそれが達されるまでは、きちんと生きていてもらわないといけない。

「では次の質問だ。お前たちはもう何年もあんな商売を続けているのか?」

「……あ、ああ。ここができた最初の時から」

「ここができたのはいつなんだ」

「ろ、六年前……」

「六年前……」

男の答えに、俺は引っ掛かった。沙彌佳が行方をくらましたのも六年前だ。だが、ただそれだけで偶然とも言えなくもない。まだまだ探りをいれる必要がありそうだ。

「ここに、商品として買いれた子供達のリストがあるはずだ。それはどこだ」

「し、知らん……」

「そうか」 短く言った俺は、直ぐさま男の指をへし折った。今度は中指だ。

「っ!??」

男はもはやび聲すらあげずに、目を大きく見開いて、顔を引き攣らせている。

「もう一度聞くぜ? リストはどこだ」

「はっ、はっ、はっ……聡一郎、様しか……知らないんだっ……本當だっ」

痛みに顔を歪ませた男は、へし折られていく指を見ながら、息も絶え絶えに言葉を絞り出した。

「聡一郎の部屋はどこにある」

手短に吐かせようと、人差し指に手を延ばそうとした。それを見た男は反的に怯え、早口にまくし立てた。

「ち、地下一階だっ、一番大きな扉だからすぐ分かるよっ」

「良し。それと次にここに誰か降りてくるのはいつ位だ」

「さ、三、四十分後……くらいだと思う……」

それを聞いた俺は、部屋の中にあった何に使うかは知らないがロープを取り出し、男の手足を縛った。次にテープで口を塞ぎ、聲を出せないようにする。それも何重にも巻き付けてだ。

ことを終え、俺は早速部屋を出て地下一階に向かった。ここに來る時エレベーターに乗ったが、どうやらここは地下二階になるらしい。部屋を出ると、數メートル先に階段があるのが分かった。

どうも上へ行く階段のようだ。音は立てないようにしながら、小走りに階段へ行き、誰もいないことを確認して一目散に上へと昇った。

昇りついた目の前に扉があった。扉を開け、周りの様子を見る。廊下の先を3人の黒服が見えた。そいつらが見えなくなると、そこをすぐに移し、目的の部屋を探す。

目的の部屋と思われる扉は、わりとあっさり見つかった。今までの扉と違い、観音開きの二つ扉になっていたからだ。扉はやはり特別製を意識してか、壁が凹んでくり抜かれ、を隠すにはちょうど良さそうな、三十センチほどのくぼみがあった。

そこにを隠して扉に耳をあてる。しばらくの間、耳をあてていたが中から音は聞こえない。サイレンサー付きの拳銃を手に、豪華そうな取っ手を摑んで扉を開けた。

予想通り、中は誰もいなかった。素早くり込ませ、靜かに扉を閉める。

「さて、どこからいくか……」

やはり、まずは大統領でも気取っているのか、大きな黒塗りされた機からだろう。が隠されているとすれば、最も怪しい。

俺は大で機まで行き、それの一番上の引き出しを引いた。その中には大きさの割りに、ほとんどっていなかった。

引き出しを戻し、その下の引き出しを開けた時、俺の見たかったものらしいものが見つかった。それを手に取って中を見てみる。

まとめてファイルされたリストには、“今月の仕れ”と簡潔に書かれている。

……間違いない。これが商品となる子供達の仕れリストだ。名前、別、年齢、出國、健康狀態、いつ仕れたかなどかなり事細かに書かれ、それにその子供の寫真が添えられている。

中には、さっき奴隷部屋で見た子供もいた。そう、先の拷問ショーに出演させらせた兄妹だ。兄の方は八才で、妹が六才だとここには書かれている。

(俺達と同じ年齢差か)

ざっと見てみたが、リストに示された子供達は、皆、の繋がった兄妹であることが判明した。もちろん、すでに実を見ているので、予想していたことだ。だが、中には姉弟もいるようだ。まぁ、なんにしてもい子供達に近親相を犯させようという魂膽は、手にとるように分かる。

だが、これには肝心な仕先が書かれていなかった。俺はそのファイルを手に、部屋の中を探してまわった。

その時、扉の向こうで話し聲が聞こえた。聲の主は、間違いなくあのキザ野郎だ。

(まずい!)

俺は隠れることのできそうな場所を探した。だが、隠れられそうな場所などありはしなかった。

俺は銃を手に、扉の脇に背をつけた。こうなっては、なりふり構ってなどいられない。って來た瞬間に、連中をやるしかない。

だが、例のキザ野郎だけは殺してはいけない。奴には、喋ってもらわないといけないことが山ほどあるのだ。

息を殺していると、思ってもみないことが起こった。いつまで経っても部屋に奴がってこないので、侵がバレたのかと思ったのだが、どうも違ったらしい。

ボソボソとうまく聞き取れないが、分かった、すぐに行く、という言葉の後に、部屋を離れて行ったのが気配で分かった。もう扉の前に誰もいないことが分かると、深くため息がでた。

再度、部屋の中を、仕先が書かれたものがないか確かめてみたものの、やはり見つからなかった。

俺は舌打ちした。仕れリストがあれば、肝心の仕先が分かると踏んでいただけに、なからず落膽があった。まぁいい。これを元手に調べることもできるだろう。

そう思い俺は、そのファイルを服の中に仕舞いこんだ。それにこれは場合によっては、あの子供達の役に立つかもしれない。

再び扉を開け、廊下に人がいないか確認する。案の定、廊下には誰もいない。

來た時と同じように、小走りに來た道を戻る。だがその時、後ろの方で、何やら慌ただしく黒服達が喚きたて始めた。

上で何があったのだろうか。一瞬、見つかったかとも思ったが、違うようだ。

しかし、こっちとしては都合がいい。今は、誰もこっちへ來る気配がないのだから當然だ。

下へ通じる扉を開け、俺は下へと降りていく。例の詰め所のような部屋に來た瞬間、俺は一瞬何かに気付き、床を転げ、振り向き様に銃を撃った。

サイレンサー付きのため、パシュッという控えめな音がする。一何なんだと見てみれば、俺がここで絞り上げておいた奴だった。きつく拘束しておいたはずなのに、抜け出していたのだ。

縄抜けの技でもあったというのだろうか。

なんにしても、そいつの心臓あたりをぶち抜いたようで、すでに絶命している。拘束していた椅子を見ると、その下に、明らかに切られた跡のあるロープが落ちていた。

しかも、手と足を縛っていた両方のロープに、その跡があった。つまり、誰かがここに來て、この男の拘束を解いたということになる。

となると、さっきの黒服達の騒ぎようは……俺は忌ま忌ましげに舌打ちし、部屋を飛び出した。

隣の武庫で、隠しておいた手榴弾の詰まった袋を引っ張りだした。武庫を見る限り、銃などはそのままになっている。

これはもしかしたら、俺以外の第三者が潛り込んだと見ていいかもしれない。袋を擔いで、薄暗く二、三メートル先もまともに見えない通路を、例のステージの方かられる、わずかなを頼りに突き進む。そこがステージに通じているT字路なんだろう。

そのT字に向かうにつれ、再び悲鳴が聞こえた。俺は悪い騒ぎを覚えながら、そこへと向かう。

壁を背に、そっとステージを見ると、例の大男がまたもい兄妹を責めていた。今度は、さっきのフィリピン出の兄妹とは別の兄妹だった。き通るように白く、髪も金髪だ。

白人、それもおそらくは北歐辺りの出だろうか。俺は思い出したように、先ほど伊達の部屋でくすねたファイルを取り出し、ステージかられるだけでは分かりにくいかもしれないが、夜目のきく俺はかろうじて、ファイルの字を読むことができた。

すると、やはりあの二人は北歐の出で、出荷國フィンランドなどと書かれている。俺は下を噛みながら、その景を一瞥し、ファイルを擔いでいる袋の中に突っ込んだ。

その時だった。ほんの三、四メートルほどのところに、一人の子供が立っていたのだ。怪訝に思って眉をひそめたが、なんとそれはさっきステージで責められていた、あの年だった。

薄暗いはずの通路であるはずなのに、やけに瞳がくっきりと見えた。その瞳は暗がりの中でも、大きく見開かれ、まるでガラス玉のようにもじる。そこには生気というものはじられない。

年は、おそらくは人形でもまだマシな歩き方をするはずだと思わせる足取りで、ふらりふらりとステージの方へ歩んでいく。

ホールでは突然現れた年に、ざわめきを起こしたようだった。だが俺には、なんとなくだが予想できなくもない景ではあった。もしかしたら、彼は自らの復讐のために現れたのかもしれない。

だとすれば、妹の方は……そこまで考えた時、年に向かって大男が怒聲をあげ、俺はステージの方を見た。

ゆっくりと年に近寄る大男は、きっとこれから起こるかもしれないことなど、想像すらしないだろう。

(……いいぞ。それでいい。君は當然の権利を主張するんだ。奴に、ものいわせてやれ)

年に俺の願いが通じたかは分からないが、大男が指の先まで筋なんではないかと思わせる手を、年に延ばした時、それは起こった。

「ぐあぁっ!?」

大男のけない聲があがり、ホールにいる客共からはざわざわと、戸いのが含まれたざわめきが起こる。

そう、延ばされた大男の手に、の淺黒い年は、思いきり噛み付いてやったのだ。それも力の限り、渾の力をもってだ。

大男は反対の手で、年を思いきり毆り付けた。腰から力のいったパンチだ。年は數メートルも飛ばされ、壁に激突する。

毆られた瞬間、何かが潰れるような嫌な音が聞こえた。も飛び散り、それが致命傷を與えたということは、考えるまでもない。

だが俺は、ついにスイッチがった音が聞こえた。待ちに待った音だ。いつも自分が極限まで怒り、どうしようもなくなった時にのみ起こりうる、頭蓋の中でカチリとスイッチのったような音が。

は怒りには湧き、は歓喜に震え躍るのだ。だというのに、それとは別に氷點下にまで下がってしまったかのように、ひどく冷靜にもなるのだ。

俺は拳銃を抜き、大男のふとももに狙いを定める。

無駄に発達した筋の塊は、照準を合わせるには、俺にとっては目をつぶってでもできるほどだ。

引き金を引き、パシュンという音の後に、大男が倒れる。ホールに響いていたざわめきが、一瞬にして消え、今度は靜寂が訪れた。

きっと、なぜ大男が倒れたのか、連中は理解できていないに違いない。もしかしたら、何かの余興とすら思っているかもしれない。

俺は軽く舌なめずりしながら、ホールの方へと歩みだした。

年との契約はわされたのだ。俺は、ここにいる奴らを君の待つ、地獄の道連れにするための死神になろう。

年への盟約を誓って、俺はホールに威風堂々と躍り出た。

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