《いつか見た夢》第33章
ズキズキとまだ拳が痛む。すでに二十分ほど拳をさすりながら俺は、無言で流れていく夜の街をぼんやりと眺めていた。
「落ち著いたか?」
「……ああ。まぁしはな」
「そうか……」
そんなやり取りをしながら、エリナの運転する車の中で俺は一人、後部座席に座っている。トランクには、縛った伊達を放りこんである。怒りにまかせて奴を毆ってしまい、気を失わせてしまったのだ。
田神に止められなければ、そのまま毆り殺しにしていたかもしれない。それほど、我を失っていたのだ。
その頃には、すでに伊達は気を失っていた。多分、顎先にイイのがいってしまったのだろう。そうそう毆られたくらいで、人間は気を失ったりはしないものだ。戦意や敵意といったものを喪失させることで、生存を優先させようとする本能が働くためだ。
だからこそ、俺達のような人間は拷問なんかの訓練もけさせられる。俺はその訓練の過程で、骨折させられたりもしたが決してはあげなかった。まぁ、そのおかげで鬼教共からは、最高の評価を得たわけだが。
だが、その戦意や敵意というのを失ってしまった狀態で、拷問などをけてしまうとその痛みたるや、何倍も強くじてしまう。
いくら素人といえ、これは人間という生に備わっているものなので、プロだとか素人だとかはあまり関係ない。もしかしたら、その防衛本能のために気を失わせたのかもしれないが。
まぁいい。田神は後で自白剤も使用して、さらに聞き出すつもりなのだという。俺としても、まだ聞きだせるものがあるのならその方がいいとも思う。今の俺が尋問をやろうものなら、聞き出せるものも聞きだせぬまま、確実に伊達を死なせてしまうだろう。
どのみちそのつもりなのだから手間は省けるにしても、やはりそうもいかないのだ。よって、ここは田神に任した方がいい。尋問としての腕前も披してもらったのだから、そこに文句などつけようもない。
「ところで、君はこれからどうするつもりだ?」
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「ひとまず、このファイルに書かれている場所に行ってみるさ。何かしら、得られるものがあるかもしれないしな」
「ならば今から行くとしようか。それと例の製薬會社の件は、俺が調べておこう。先のTビルのこともあるからな」
「ああ、頼む」
田神は頷きながら、また黙った。どんな目的があるのか、俺には想像もつかないが、そのために頭をかし始めたのだろう。
俺は外からってくるに照らされながら、ファイルを拡げた。そこにある、痩せたが寫った一枚の寫真をじっと眺める。
とにかく、ここに書いてあるところに行かなくてはならない。アルファベットと數字で書かれたそれは、俺には暗號か何かと思ったが田神がいうには、商品の仕れ伝票か何かではないか、という話だった。
なるほど。となると、そこに行きさえすれば、それらもなんとか摑めるかもしれないわけだ。
気を失う前に伊達が口走った場所に、俺は早く行きたくてたまらなかった。
伊達の家から、途中、首都高速を使うこと約一時間半。ようやく、伊達の言っていた場所に訪れることができた。
さすがに今回ばかりはエリナの奴も、一緒に行くとうるさかった。まぁ、このもプロなので、そこらへんは気にする必要もないだろう。
時刻はすでに二十三時を回っているためか、倉庫街は薄気味悪いほど靜まりかえっている。海岸線に沿って、遠くにはやはり、倉庫街と思しき影が後ろの街からのにより、うっすらと分かった。
小説や何かではよくこういった場面が描かれているが、気持ちは分からなくもない。それほど、“何かをする”というのには、うってつけな場所だ。
「N番地の倉庫か……ここはLだから、もうし先だな」
車の中から番地を確認しながら、目的の倉庫へ進み、N番地のブロックに著いた。
「ここだ」
車を倉庫の間に停めて外に出た。この倉庫街は埠頭になるため、海からの風が吹く風にのって、の香りが鼻をつく。
俺達は、倉庫裏手のドアから中に侵した。中は當然真っ暗で、などないに等しかった。
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その時、唐突にがあらわれた。田神がペンライトをつけたのだ。全く、用意のいい男だ。
「君にも渡しておこう」
そういって、ポケットから一本のペンライトを俺に渡してきた。もし二手に別れるにしても、エリナは田神に著いていくからだろう。俺は黙ってそれをけ取りながらいった。
「さて、どこから調べるべきかな。この倉庫の全てを調べるにしたって無理があるぜ」
「いや、そこまでの必要はないはずだ。ファイルを見せてくれ」
田神は渡されたファイルを、何か考えながら見ている。そして何か思い付いたのか、一度軽く頷いて、ファイルを渡してきた。
「何か分かったのか?」
「ああ。確証はないが、多分間違いないはずだ」 そんなことをいって、田神は所狹しと荷が置かれた倉庫を歩き始めた。俺とエリナは何がなんだか分からず、黙ってやつの後を著いていく。
田神は歩いては止まり、また歩いては止まるということを繰り返しながら、俺達を先導する。一、何を考えているのか全く分からない。だが、止まった時に時折、周囲を確認しているようなそぶりを見せた。
「……多分これだ」
「なぁ、田神。一どうしたって言うんだ」
「なに、し見てれば分かる」
すると何を思ったのか、田神は目の前にあるコンテナを叩いた。いや、まるでノックするかのような仕種だ。まさか中は……。
エリナも同様に気付いたのか、張したようにゴクリと唾を飲み込んだようだった。
何も反応しなかったコンテナに、田神が今度は強めに叩いた。一拍おいて、中からコツンコツンという控えめな音がもれてくる。中に人がっているのだ、間違いない。
田神はコンテナの周囲をグルリと廻り、いった。
「中には間違いなく人がいる。だが、鍵が必要だな。かなり頑丈に施錠されているから、今の俺達の裝備では破れないだろう」
「あんた、よく気付いたな」
「ヨーロッパにいた時に、しね」
田神は苦笑しながら、行こうと告げ、また歩きだしはじめた。
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「倉庫のどこかに解錠するための鍵があるはずだから、それを探す。
それと九鬼。君は今から、トラックを一臺用意してくれ。このコンテナを運び出せるような、大きいのがいい」
「分かった」
それに力強く頷き、俺はトラックを探すべく倉庫の外に出た。
トラックを求めて倉庫街をうろついていると、三人の男達がたむろしているのが見えた。恰好から、ただの作業員のようだ。どうも連中は、互いに愚癡を吐き出しあっているようだった。
俺は、いくつものコンテナが置かれた場所にをひそめながら、連中の言葉に耳をかたむける。
「にしても、いきなり過ぎるよな。今日の作業も終わったってのに、また呼び出すなんてよ」
「こんなことになるって分かってたら、さっさと帰っておくべきでしたよ、ほんと」
「まぁそう言うな、ヤス。特別手當が出るってんだ、こいつを逃す手はない」
現場の親方らしい五十くらいの中年に、ヤスと呼ばれた、まだ二十代後半と思わしき若者が相槌を打っている。それと親方よりも年季のいった、おそらくはもう定年間近の人が、若者を窘めていた。
「それより伊達さん、まだなんすかねぇ……三月とはいっても、夜の海はまだ冷える」
しめた。あのヤスとかいう若者のぼやきのおかげで、うまいこと事が運ぶかもしれない。連中は、幸運にも伊達を待っていたのだ。しかも、奴と顔見知りときた。あの老人ではないが、この手を逃してはならない。
場合によっては、トラックもそのまま丸ごと手にれられることができそうだ。しかも、あの三人には悪いが、伊達が今日この場に現れることはない。伊達は今この倉庫街にはいるが、手足を縛られて車のトランクの中なのだ。いや、もう今後二度と、連中の前に姿を現すことはないのだ。
俺は攜帯を手にし、田神に連絡をとった。
「肩かしな気分って、こういうことをいうのかな」
トラックを運転する田神の橫で、エリナがぼやくように言った。
「おいおい、君は何をんでいたんだ」
「全くだぜ」
この、何を言い出すかと思えば……。せっかく人が穏便に済ます方法を思い付いたと言うのに。
「おまえはそんなにドンパチしたかったのか?」
「そのために今日、行してたんでしょ?」
さも當たり前かのようにいうに、俺も田神も、心底呆れたようにため息をついた。このの戦闘力は並外れたものであることは知っているつもりだが、この言いようはまさに戦闘狂と言っても過言ではない。全く、騒なことこの上ない。
そんな俺達の後ろの座席には、縛られ、いまだ気を失っている伊達が放り出されている。さらにトラックの荷臺には、先ほど倉庫で見つけた子供達を乗せたコンテナだ。
俺たちは今、昨日のように、再び田神と親という人のとこれに赴くべく、首都高速を移中だった。
思わぬ幸運に、俺は作業員の三人に伊達からの使者だと噓をつき、倉庫にあったコンテナをトラックに移した。コンテナの中は、俺が作業員たちとやり取りしている間に、確認したらしい。田神らしい手際の良さと言えるだろう。
おかげで、トラックを調達でき田神たちのところに戻ってきた時には、何事もなかったかのようだった。そのトラックに、伊達を乗せなくてはならなかったのが癪だが仕方ない。
「それはそうと九鬼」
「なんだ?」
「エリナ、あれを」
エリナが黙ったまま、俺にある資料を渡してきた。
「これは?」
そういいながら俺は、その資料に目をやった。そこに書かれていたのは、奴隷たちの出荷先だと田神はいう。その中に、どこかで見たことがあるような伝票コードが目にる。
それを記憶の中から引っ張り出す。
つい最近、見たことがあるはずだ……。確か……。
その時、俺は伊達の家から出してきた、あのファイルを取り出し、沙彌佳のページを開いた。そう、その伝票コードは、沙彌佳のページに記載されていたものと同じだったのだ。
「こいつは……」
「倉庫の事務室に、過去十年分の出荷先が記録されたものがあった。それはその一部だが、もしやと思ったんだ。それに見てみろ」
田神が伝票コードの隣の欄を見るよう促すと、そこにはどこかで聞き覚えのある製薬會社の名があった。
「これは……つまり、ここに沙彌佳が連れていかれた、そういうことか」
「ああ。それに、その島津製薬はY市にある製薬會社だ」
「まさか……こいつが、伊達の言っていた製薬會社なのか?」
「まだ確証はないが、そう思ってほぼ間違いないだろう。製薬會社などそういくつもあるわけでもないからな」
確かにそうだ。六年半前に起こった、俺にとっても沙彌佳にとっても、忌まわしいあの事件とも繋がりがあったかもしれない、島津製薬。もしここに、沙彌佳が連れ去られたのなら、俺にとってはまさしく因縁といってもいいだろう。
「九鬼。まさか、またすぐに特攻をかけようだなんて思っていないだろうな?」
「……まさか」
本當はそのつもりだったが、それはよせといわんばかりの田神の言葉に、お茶を濁した。
だが、もはや避けては通れなくなったのだ。いつまでも、のんびりとしていられないのも事実なのだ。ここにたどり著くまでに、実に六年もかかってしまったのだ。悠長に構えていられるはずもないではないか。
沙彌佳は、今どこで、何をしているのか……そればかりが気になるのだ。それとも……。
最悪なことが浮かんだ俺は、かぶりを振った。それだけはあってはならない。それだけは何がなんでも否定したことであり、否定しなければならないことだ。それは詰まるところ、俺が生きてきた全てを否定することにほかならない。
「とりあえず、この島津製薬とかいうのの調べはあんたに任そう。頼むぜ」
「ああ、任せてくれ。ツテに製薬會社に勤めているものがいる。業界全に顔のきく男だから、調べは早くつくと思う」
「分かった」
田神の言葉に、俺は一縷の希をかけて、力強く頷いたのだった。
俺が寢座に戻ってきたのは、すでに空が明るみだしてからだった。新聞配達をしている者たちとすれ違いながら、ようやく、ここに戻ってきたのだ。が鈍ってしまって妙につらくじていた。
それもそのはずで、一日のうちに、車で何時間も移してはまた移、それを繰り返していたのだから、當然と言える。もちろん、それに見合った報も手にれることができたのだから、それ自はなんとも思わない。
けれど、それはそうにしたってが疲れてしまっているのは変えようもない事実で、俺は寢座に戻ると、すぐさまベッドにったのだ。るというよりも、倒れ込んだというのが正しいが。
ともあれ、遅くとも今日の夕方までには、田神が島津製薬のことを調べあげてくるはずなので、それまではしっかりと睡眠をとっておくべきだろう。全くの寢ずでは、いい仕事もできるはずもないのだ。
俺は潛り込んだベッドの上で、服をぎ捨て下著だけになった。ベッドのスプリングの軋んだ音が、妙に心地良く聞こえる。
それにをあずけながら、意識が沈みこむ前に、先ほどの出來事を思い返す。そう、伊達聡一郎の最期を……。
昨日と同じく、とはいっても、俺には初めて來る場所だが、子供らを預けるために俺達がやってきたのは、話に聞いていた児施設だった。
「昨日、凰館から連れ出した子供たちはここに預けた。いったと思うが、ここの館長は信頼できる人だから安心していい」
「やあ、田神君」
田神の説明を聞いていた時、施設からこれはまた大柄な男が出てきた。縦も橫も文字通りの大男だ。その長は間違いなく、百九十センチに達しているだろう。橫も、それに負けないくらい殘念な型になってしまっついる。
しかし、そんな型とは裏腹に、なんとも溫和そうな人柄をしているというのが分かった。というのも、あのエリナすら打ち解けていて、俺には絶対見せない顔をして微笑んでいるのだ。まぁ、初対面が初対面なだけに、それは無理もないことではあるが。
「やあ、エリナちゃんも。で……君は初めまして、かな?」
「ああ、そうなるな。九鬼だ」
「ああ、ああ、君が九鬼君かぁ。話には聞いてるよ」
俺は知らないのに、向こうは知っていたらしい。そういう挨拶をされると、こちらとしても対応に困る。
「ははは、意外と照れ屋なんだな。っと、自己紹介がまだだったな。僕はここを経営している小林という者だ。よろしく」
差し出された手に、一瞬だが躊躇した。なぜかは分からない。だが、なぜだか手を取るのを躊躇ったのだ。
「ああ、こちらこそ」
向こうは他意はないだろうし、こちらが勝手にそう思ったにすぎないのだから、俺は構わず手を握り返した。
「……うん。君はとても熱いものを持ってるんだねぇ。田神君と同じだ」
「……?」
「ああ、いや、こっちの話だ。すまないね」
突然変なことを言われ、怪訝な顔をした俺に、小林という男は謝りながらも、しきりと頷いていた。
なんなんだ、一……。
「九鬼、気にする必要はない。彼はいつもああなんだ。気にするだけ損さ」
「なんだい、その言い草はー。
……とまぁ、それはさておき、トラックの荷臺のコンテナが例の?」
俺と田神が同時に頷く。小林はそうかとだけいった後、コンテナを開けさせた。中には様々な人種の子供達がれられている。さすがの俺も、この景には息をのんだ。というのも、乗せられていた子供は、凰館で見た時よりも數が多かったのだ。
おそらくはこのうちの半分ほどが、凰館に、殘りの半分が島津製薬に送られるのだ。そしてその末路は、どちらに送られても、変わることはないのだろう。
「……人間というのは、全く……」
小林のつぶやきをよそに、中にいた子供らは一様に、怯えた表を俺達に向けている。きっとそんな仕種が、昨日の大男や客達の加心をそそらせるのだろう。俺には全く理解できないし、したいとも思わないが。
「さぁ、おいで。大丈夫だ、恐がる必要はないよ」
小林は、開けられたコンテナに近づき、つとめて優しく、語りかけるように子供らにいった。その様はまるで、どこだかの聖人君子のようにも見える。
最初こそ戸いと困のを見せていた子供達ではあったが、小林の自分達の態度を和らげようとするその態度と行に、困げにではあるが次第と態度を化させはじめたのだ。
この児施設に來て、わずか一時間足らずでここに送られてきた子供達は、たどたどしいながらも、互いにコミュニケーションをとり始めていた。
全く、田神といい、この小林といい、俺にはとても真似できるような蕓當ではない。俺は、小林やその子供たちの様子に心していたところ、小林が近寄っきた。
「昨日連れられてきた子供も、元はといえば、君が救い出したんだってね。田神君から聞いているよ」
「なに、ただのり行きさ。田神と違って、俺はそこまでお人よしじゃぁないんでね」
「ははは。そんなこと言っていても、なんだかんだで十五人を超える子供を助け出したんだ。君は自分で思っている以上に、お人よしだと思うよ。
助けたいと思ってはいても、いざそれを目の前にした時、どうしようもなくなるなんてのは良くあるだろ? ましてや、そんな中で君は子供たちを助けた。君は子供を助けるようなお人よしで、そして、それを実行できる力を持った人間だ」
「ご高説どうも。だけどな小林さん、あんたが田神からなんて聞いたかは知らないが、俺はれっきとした人殺しなんだぜ? そんな人間が、あんたのいうような“お人よし”とはいえないと思うぜ。丸っきり、そこには程遠い人種なんだ」
確かに俺はお人よしな気けがあるのは否定しない。しかし、それはあくまで、こんな暴力の世界においての話であって、決して一般的にいうお人よしとは、言い難いだろう。そんな人間が、人殺しなんざするはずがない。
「……うん、まぁ確かに、君や田神君が殺人者であることは否定しないよ。殺人というのが、とてもいけないことだとも思う。でもね、僕は君らが尊くも見えるんだよ」
「俺や田神がか?」
小林が靜かに頷く。その視線を俺から外すことなく。
「……九鬼君、僕は昔ね、それこそ九鬼君くらいの歳の頃に、フランスの外人部隊にいたんだよ。……一年のほとんどを、アフリカで過ごしたこともあったっけ」
意外だった。この小林という人は、縦も橫もでかいが、とても包容力のある優男といった風貌だ。そんな人間が、かつてはフランスの外人部隊という、ある意味でそこら傭兵の方がまだ良い待遇をけているといわれるフランス軍の底辺に所屬していたなど、想像もつかなかったことだ。
「外人部隊は、確か所屬した部隊によっては、ただの特攻同然の扱いもけることがあると聞いたことがあるが」
「幸い、僕はそんなことにはならなかったけどね。そんな中、僕が部隊にいた時、最後に派遣されたのは混の中東だった。
戦中は報道規制がされるから、あまり知られないけど本當にひどかったよ。子供の浮浪者が毎日、何人も増加していってたんだ。
だからかな。それで、このあまりに戦爭とはいえない戦爭を生き殘ったら、部隊をやめて、こういうことをやろうって決めたんだ」
「……そうだったのか」
「ああ。毎日、お金のやりくりに悩まされはするけど、それでも彼らを放ってしまういるよりはマシと思ったんだ。
それに戦爭なんてのは、たとえどんな大義名分があろうとも、大人達のエゴに過ぎないからね。哀しむのはいつも子供ばかりだ。本當にどうしようもないよ。
だから君が連れてきた子供たちも、狀況は違えど大人達のエゴで売られた子達なんだから、似たようなものだろ?
いうなら、彼らは皆孤獨なんだ。兄弟がいたとしても、やはり親というのは必要なんだよ。彼らの寂しいと思う時、それを埋められるのは、どうしたって親しかいないんだから。
そして君もだ、九鬼君」
「俺が?」
「ああ、そうさ。君自が孤獨であり、本當は誰かを頼りたいのに頼れない、それが破壊的な衝をうみ、時にはとてつもない寂しさをじたり……違うかい?」
俺は何も言えなかった。確かにこの男のいっていることは一理ある。だとしても、それを簡単に肯定するわけにもいかない。まして、俺が孤獨に苛まされているかのような言いにだ。
「でも、だからなのかも知れないな。君は誰よりも子供達の気持ちを理解できる。だから、優しくできるんだろうな」
小林は、なんとかコミュニケーションを図ろうとする子供達を見ながら、一人呟くようにいった。俺が優しいだって? とてもじゃないが、そんな風には思えない。言うほど子供達の気持ちが理解できるわけでもないはずだ。
だというのに、この小林のいう、“優しい”という言葉がやけに引っ掛かった。ただり行きで助けただけで、それ以上でも以下でもないはずのことに、妙な疑念をじたのだ。
「生なことを言ってすまなかったね。でも、君のそんなところ、きっと分かる人には分かるはずだよ」
俺は何も言うことなく、苦笑まじりに肩をすくめ首を捻った。
「あの……」
小林とそんなやり取りをしていると、後ろから話しかけられた。聲のじからまだとても若い。子供だろう。
振り向くと、そこには昨日あのステージで責めをけていた兄妹がいた。
「昨日はどうもありがとう、おじちゃん」
兄妹はぺこりと頭を下げながら禮を言ってきたのだ。妹の方は、一歩後ろに引いて兄のに隠れてはいたが、それでも、きっちりと兄にならって頭を下げていた。
(日本語を喋れたのか)
そんなことを思いながら、別にいいさとだけ言い、最後に一つ付け加えておいた。
「それと、おじちゃんじゃぁなくて、お兄さんだ。次からは気をつけるように」
兄妹はどう反応していいのか分からなかったようだったが、俺が肩をすくめて、さぁもう行くんだと笑いながら言うと、最期にもう一度頭を下げて、子供達のに戻って行った。
「だから言ったろう? 分かる人には分かるものなんだよ」
小林が微笑みながら、つぶやいた。
目の前には意識が混濁して、うつろな目をし顔の腫れ上がった男がいる。伊達聡一郎だ。
どこにしまいこんでいたのか知らないが、田神が自白剤を持ってきて投與したのだ。そのため伊達は、數分前からこの狀態だ。こんなことになるのをまるで予想していたみたいに、用意のいい奴だ。
「伊達、最後の質問だ、もう一度聞くぜ。このについてだ。お前は知っているはずだな」
田神に代わって、今度は俺が伊達に詰問した。先ほどとは打って変わり、不思議と落ち著いた気分だ。
「うぁあ……この、……?」
「そうだ。島津製薬の誰に売り飛ばしたんだ? 見たところ、島津製薬の誰かまでは書かれていない。だが、誰に売ったかくらいは覚えているはずだろう」
最後には再び語気を荒げたが、まだ冷靜そのものだ。今の俺なら、先ほどの田神のようにいい仕事ができるだろう。
「うぅ……そのは……島津製薬の……松下、というに……売った……すごく人……分かる……」
「松下……下の名は」
「薫……」
「松下薫まつした かおる……そいつに売ったんだな」
伊達が力なく頷いた。喋るのに必死だったため、顔は喋りだす前と比べかなりが悪くなっている。自白剤は何度も使うと、最悪死にいたらしめるものなので、當然と言えば當然なのだ。
「そのとお前の関係は」
「うあ……?」
「松下とお前の関係だっ」
「松下は……松平の紹介で、知り合った……験を橫流し、する、代わりに……」
「橫流しする代わりに? なんだ」
「うちが、クラブの……スポンサーに、……なってやると……」 
「それだけか。お前との関係はそれだけか」
「うぁああ……つ、月に一度、必ず會ってる……今月は、明後日」
「どこで會うんだ」
「……K駅、近くにある……シティ、ホテル……」
そこまで言った伊達は、がくりとうなだれ、意識を失ってしまったようだった。
「これで良いだろう」
「じゃぁな、伊達。俺はおまえを、はじめから許すつもりなんざなかったんだ」
誰もいない港で、気を失った伊達にいった。最後に聞きたいことを聞き出した俺達は、証拠隠滅のために港まで再び來たのだ。あとは運転席に縛り付け、後は海に沈めるだけだ。
気を失っている時に死なせてやるのが、せめてもの慈悲と言っていいだろう。正直、自白剤を投與した時から、俺の中ではこいつの生死など、どうでも良くなってしまっていた。
おまけに伊達は、自白剤の量を間違えたのかやけにぐったりとして、死ぬ間際かのように思えたのだ。いくらなんでも、一度の投與であんな風にはならない。そのためいっそのこと、今、楽にしてやろうということになったのだ。
それに子供達に誓ったのだ。伊達も必ず地獄に落とすと。その誓いを破らないわけにはいない。俺には俺のルールがあるのだ。それでもこういう時、自分が徹底したサディストでないことがいつも悔やまれる。
まぁいい。本來であれば復讐すべきは俺でなく、あの子供達だ。こいつを地獄に落としてからの処遇は、地獄に落とされた子供達の決めることなので、俺がとやかく言うべきではないだろう。
気を失った伊達にトラックのアクセルを踏ませ、俺達はすぐさまトラックから飛び降りた。転げ回りながら海に向かって走るトラックを見つめる。
トラックは一直線に海へ向かっている。アクセルと同時に、ハンドルも固定しておいたので、蛇行することはないはずだ。
俺達が見つめる中トラックは、宙を飛ぶかのように、風をきる音のした直後、水にぶつかって大きく弾けるような音を立てながら海へと落ちていった。
何トンものトラックが海に沈んでいくのは凄まじく、さながら映畫のワンシーンのようだ。
そして、これが伊達聡一郎の最期だった。
悪役令嬢の中の人【書籍化・コミカライズ】
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