《いつか見た夢》第36章

「……まだ諦めたつもりないですから、か」

「どうした、九鬼」

「ああ、いや、なんでもないさ」

今流行りのハマーに乗り込んで移すること、すでに一時間半以上がたっている。このペースなら、後二十分といったところだろう。

俺はあらかじめ指定された場所に、十分ほど前には著いていたが、すでに用意は整っていたようで、いつでも出発できる狀態になっていた。さすが田神だ。

出発の前に打ち合わせをし、研究所の見取り図を頭に叩き込んで、ようやくアジトを出たのが十六時半を回るし前だった。向こうでは、田神について松下も同行するはずになる。田神に松下がつくことになるのは良いことだと思うし、俺に松下がつくというわけにもいかないので當然のことだ。

それと裝備もだ。車の中にはロケットランチャー含め、アサルトライフルやサブマシンガンといった武が積み込まれていたのだ。これは、かなりの重裝備といってもいい。もちろん、手榴弾なんかもある。

正直なところ、一日二日でここまでものが揃うとは思わなかった。普通であれば、一人でこれだけのものを取り揃えるには、よほど強力なコネクションがあるか、もしくは事前にこうなることを予想していたかのどちらかだ。

田神なら、後者の可能もないとも言い難いが、田神がゆえに、前者であるかもしれない。

まぁ、いい。最上の親父が死んでしまった以上、これほどまでの得を調達してきたことにたいして無理に詮索はしまい。どのみち使うとなれば、そんなことなどどうでも良くなるのだ。

そんなことより、俺としては田神がハマーなんぞをセレクトした理由の方が不思議なくらいだ。ハマーは元々軍用車だったというから、裝備の持ち運びと、もし途中で銃撃戦になった場合を想定すれば、これならちょっとやそっとでは機能を停止されないという點を考慮してのセレクトのはずだ。

機能を重視する田神の格上、デザインで選ぶことなどまずないので、そう考えてまず間違いない。むしろ、もしデザインで選んだんであれば、そちらのほうがセンスを疑うというものだ。

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それにこれは偏見かもしれないが、田神がハマーというイメージが、どうにも湧かないのだ。

「そろそろ、松下薫との待ち合わせ場所だ」

萬一に備えて松下との待ち合わせ場所には、松下の母が院している病院に程近い、空き地を指定しておいたらしい。確かにそこであれば人目もあまりないだろうし、現在は、いたるところに監視カメラがあったりするので、空き地であればその心配はない。相変わらず田神らしい、合理的な指定場所だ。

そろそろだと言う田神の言葉通り、その空き地はすぐだった。お末な木の囲いだけがされた場所に、ポツンと一人佇むがいる。松下薫だ。

俺達がハマーで來ることを知っていたのか、松下はすぐにそこから移し、空き地脇に停めたハマーに近付いてきた。

「すごいわ、時間ぴったりね」

「早く乗ってくれ」

「ええ」

田神に促されながら、松下は車に乗り込んだ。ハマーを停止させ、またき出すまでわずかに二十秒と経っていないだろう。

「あなたの言う通りにしてきたわ」

「良し。研究所までの道案は頼む」

「分かったわ。ここから地道で三十分くらいよ」

松下の指示で研究所へと車を出す。それをぼんやりと聞き流しつつ、この後のことを考えようとしていた。そうでもしないと、晝間のことばかり考えてしまうからだった。

無理に頭から晝間のことを隅におしやり、今夜もまた一暴れしてやろうと渇いたを舐めた。

その研究所は小さな山の中にあった。松下を乗せてすぐに県道を外れ、だんだんと田舎らしい風景へと変わっていった。そのまま道を十分も行くと、小さな山の山道へとっていったのだ。

松下の話では、この山そのものが島津の土地だという。確かに、そうやってまとめて買い占めておいた方が、々と融通がきくのだから當然ではある。つまり、この山道も、島津が研究所に行くためだけに作らせたものということになる。

その山道をひたすら行くと、お世辭に広いとは言えない道がさらに狹くなっていき、ハマーでは橫の剝き出しになっている巖に、ぶつかってしまいそうになるほどだった。

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研究所にし手前で車を停め、田神と松下が運転を代わる。そして俺、田神、エリナの三人は、荷臺の方へ移った。話によれば、研究施設にるためにはどうも、門番付きのゲートをくぐらないといけないということだった。

そんなのお構いなしに、しばかり痛め付けてやればいいと言ってはみたが、一時間ごとに番頭が代するため、それは無理だった。そんなわけで、仕方なしに狹い荷臺に、大人三人でうずくまっているというわけだ。おまけに武と一緒なのだから、狹いことこの上ない。

「もうゲートに著くわ」

「なるべく自然にするんだ」

「ええ、任せて」

すると、すぐに車のスピードが落ちていくのが分かった。おそらく、もう目の前なんだろう。

「ご苦労様」

「どうも松下さん。今日はハマーなんですか? 確か、以前來られた時はスカイラインでしたよね?」

松下が窓を降ろし、門番の男に聲をかけた。門番の男はどこか軽薄そうな聲で、まだ若い男であることが分かった。

「ええ。実はこれ、彼氏に買ってもらったのよ」

「ああ、確か実業家の方でしたっけ。いやぁすごいなぁ」

「ふふ、それじゃあお願いね」

「あ、はい。どうぞ」

門番の男がそう言うと、鈍く低い音を立てながら門が開いていっているようだった。一拍おいて、また車がき出す。それでも俺達は、しばらくの間微だにしなかった。

「もう大丈夫よ」

松下のその聲を合図に、俺達はシートをはがした。ゲートを抜けるまで、黒っぽいシートを上に被せてあったのだ。

俺は用に、荷臺から後部座席へと移した。目の前に、一面真っ白な壁をライトアップした建が飛び込んできた。

「これが研究所か……」

「そう。島津の製品は全て、ここで研究されたものが世に出るってわけ」

どことなく自嘲気味に松下は言った。本人も辭めたいと言っていたのだから、思うところがあるのだろう。

それにしても……ここがあの研究所か。失蹤した沙彌佳が連れてこられた場所。まさに俺にとっては、因縁ともいうべき場所。中では、狂気じみた実験が今なお行われている場所……。ここさえなければ……そんな様々な思いが高速で過ぎっていく。

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そんな研究所は、俺が想像していたよりもずっと大きく、もっと暗そうな雰囲気を想像していたが、とんでもなかった。

取り扱っているだけに、施設そのものも新しいものだった。おまけに、ライトアップされているその様はまるで、新設されたどこかの大學か何かみたいだ。

「良し。では手筈通りに」

荷臺から田神が聲をかけた。頷きながら松下は、研究所をぐるりと迂回し、研究所の裏側にあたる場所に駐車した。地下に侵する、俺とエリナのためにこの場所が選ばれたのだ。そして、その間田神と松下が、上の研究施設で潛工作を行う算段になっていた。

本來なら、俺が松下と組むべきなのだろうが、松下が言うには、自分の権限では地下施設にはいけないとのことだったので、仕方なくこの組合わせになったのだ。

おまけに田神も田神で、何やら知りたいことがあるそうで、その方が良いと言ったのだ。それだったら、もう何も言うことはない。それに俺もこういうやり方が合っているので、それはそれで構わなかった。

「準備よし。では行くとしようか」

「田神、気をつけてね」

「ああ。君もな、エリナ」

そう言って準備を整えた田神と松下は二人、研究所の中へとっていった。

「よし、俺達もさっさと準備して行くとするぜ」

「うん」

エリナの相槌に、ほんのしだけ驚いた俺は思わず準備する手をとめて、エリナの方を見た。

「……何よ」

「いや、まさかおまえさんに相槌される日が來るとは思わなかっただけだ」

「ちょっと、それどういう意味よ」

「そのままの意味さ。おまえ、俺のこと嫌いだろう? だからな」

「べ、別に嫌いってわけじゃ……そりゃ、気にらないとは思ってるけどさ」

こいつはまたえらく殊勝な態度だ。考えてみればこの何日もの間、田神と合わせて何度となく顔を合わせてはいるが、あまり攻撃的な態度ではなかった。ただ無視していただけだと思っていたが、何かあったのだろうか。

まぁいい。仕事で組むことになった以上、そこに私でチームをすわけにもいかない。これは鉄則だ。そのせいで自分の命を落としていった奴もいるのだ。

「そうか。まぁ、短期間とは言え、頼むぜ、相棒」

「あんたなんかに言われなくても分かってるわよ」

相変わらずツンケンした態度だが、こうして意志の疎通ができるようになったのだから、良しとすべきだろう。

準備の整った俺達は、田神達に一足遅れて研究所にった。とは言っても向かうのは地下だ。

あえて人気ひとけのない場所に車を停めた理由も、侵するための空気ダクトの幹がある空調室がすぐ近くにあるためだ。

幹のある場所だけに、地下に直接通じている空気ダクトが存在してはいるが、殘念なことに、ほぼ垂直になっているため、そこに降りることは不可能だ。あらかじめ、専用の降車機かなにかでも用意されていれば可能ではあっただろうが、ないものは仕方ない。

よって、そこには黒いクッションを下ろし、その上に銃火を下ろすという作戦だ。正規の作戦でない以上、用意にも限界がある。

俺とエリナは、空調室から松下の権限でもることができないという地下施設のエントランスへ行き、そこからエレベーター、という手順で地下に降りることになっている。

後は最低限の裝備だけで進み、最後には地下に下ろしておいた武を使って、地下施設もろとも、研究所をみじんにしてやるというのが俺の今回の作戦だ。

俺達は必要なものを擔ぎ、空調室の口まで來た。念のため、鍵が開いていないかノブを回してみるが、やはり鍵がかかっていた。

「ま、當然か」

だが、ピッキングの訓練もけた俺には、あまり意味のないことだ。

ピッキング用の道を取り出し、鍵に差し込む。訓練時代やその昔見たピッキング技を駆使しながら、鍵を開けた。

「よし」

カチャリという鍵が開く音がし、開錠される。すかさず中へと侵し、地下に繋がっているダクトまで進む。

「ここだ」

そう言って、道を使ってビスで留められたダクトの蓋を開けた。下を覗いてみたが、當然何も見えない。ただ暗闇が下に向かって、ひたすらに続いているだけだった。まるで奈落の底に通じているようにも思えなくもない。

「まずはクッションを落とそう」

クッションを落とすべく、クッションに空気をれる。これは最新式のもので、ボタン一つですぐに空気が送り込まれるため、ものの數秒とかからず膨らむ。そいつを何個かダクトの中に落とした。當然ながら音は聞こえない。

続いてシートに包くるんだ武を落とした。サーッという音とともにダクトの中をり落ちていった。その音が聞こえなくなったのを確認し、俺達も移を開始する。

確かエントランスに通じているダクトは、地下ダクトから、ほんの二、三メートル離れた場所にあったはずだ。となると……。

「あれかな」

エリナがそれに指差した。

「ああ。間違いないだろうな」

そう言って、そのダクトの蓋を開ける。

「君が先に行くんだ」

「……何か変なこと」

「さっさと行けっ」

検討違いもいいところなことを言おうとしたエリナの言葉を遮り、小さくんだ。別にそんな下心などありもしない。ダクトの幅は、先ほどの地下に繋がっているものと比べ、し狹くなっているのだ。

こういう時は、細であるを先に行かせた方がつっかえ難い。ただそれだけだ。エリナは割りと人だが、俺は誰彼構わず発するようなやつではない。ましてや、今は作戦中なのだ。

俺の態度を悟ったのか軽く頷いて、エリナはダクトの中へとっていった。それを見屆けると、今度は俺の番だ。

中はやはりというか、かなり狹い。その中を、口にはペンライトをくわえて、なんとか手と腳を使って這いながら進んでいく。

エリナは俺に比べて細であるためか、比較的スムーズに進めているようだ。俺はといえば、エリナよりが大きい分、かせるスペースがないために進むのが遅く、先行するエリナに追い付こうとすると、余分な力がってしまって肘や膝が、壁に當たって痛い。最近、こういう貧乏くじばかり引いているような気がしてならない……。

しばらく行くと、しばかり急な下り坂になった。ここからはさらに慎重にいかなくてはならなかった。

それでもエリナは、用に坂になっているために生み出される推進力をうまいこと使って、先ほどよりも早いペースで進み始めた。

俺も負けじと、それを見よう見真似でしてみると、全に力がりすぎているためか、エリナ以上の速さになってしまって危うく蹴られるところだった。なんとか踏ん張りをつけ、ところギリギリで當たるのを阻止したが、やはり俺は自分のペースで、

ゆっくり進んだ方が良さそうだ。

そんな坂もどれほど進んだだろうか。いい加減息苦しくなり、苛々もしてきたところ、先行していたエリナが水平な場所にきたのか、

スルリと目の前から消えていった。水平になってし行くと、目的の出口がある。どうやら、終著地點が近いようだ。

ようやく狹いダクトから抜け出すと、今度は無駄に広いエントランスに降り立った。しかも、広間全が白い壁になっていて、まさしく研究所という無機質さを表していた。

俺達が降り立った地點後方に、口があった。本來であれば、あそこからこのエントランスにってこないとならないだろう。

「あそこがエレベーターだ」

頷くエリナを背にし、小走りにエレベーターに向かってスイッチを押す。周りを警戒しながら、エレベーターが來るのを待つ。時間にして十數秒といったところだろうが、こういう時、なぜだか不思議と長くじる。

殆ど音もなくエレベーターは到著し、やはり音もなく扉が開いた。エリナに先に乗るよう首を振り、続いて俺も乗りこむ。ボタンを押すと、すぐに無音で扉が閉まり、下へとき出した。

エレベーターの中で、ようやく俺達は得を手にした。俺は最上の親父のところで手にれたワルサーを、エリナは意外にも、投げナイフだった。

「わたしはこう見えても、ナイフが得意だからね。銃を使うのも好きだけど」

「そうか。ま、銃だと響くからな」

そう言いながら、俺はサイレンサーを銃口に取り付ける。

このワルサー88は舊シリーズと違い、汎用のサイレンサーを取り付けることができるのが一つの魅力だ。舊シリーズでは、専用ないし汎用の低いものでないと取り付けは難しかったが、こいつはそれを必要としないので、その點、わりと使い勝手は良い。

そんなことをしているうちにエレベーターは下に到著し、やはり無音で扉が開かれた。

先ほどこの地下施設に武を落とした時や、エレベーターの降りるスピードから判斷すると、ここはかなり深いところにあるようだ。なくとも、地下五十メートルはあるだろう。

そうなると、先に落としておいた武し心配になったが、クッションもあるのだ、おそらく大丈夫だろう。

エレベーターを降りると、さっきの無機質なエントランスと比べ、無機質さに紛れて、確かに生きの気配をかすかにじた。きっと研究に攜わっている人間や、実験に使われてしまう人間や、さらに目の前にある、場違いなジャングルを思わせる、緑林のためだ。

とは言っても、壁は相変わらずシミ一つない、真っ白なままだ。ここから見ても、いくつか部屋があるのが分かるが、それらには、一切窓が取り付けられていない。それがまた、ここは実はダミーか何かじゃないのかと思わせてしまう。それほどこの空間は、不気味なほどに無機質なのだ。

「ここからどうするの?」

エリナが問いかけてくる。エレベーターを降りてからは確か……。

「こっちだ」

記憶の中にぶち込んだ見取り図を引き出しながら、目的の部屋へ走りだす。

松下の話では連れてこられた人間は、データ管理されているということだったので、連れてきた人間を収容するための部屋がある。

あの見取り図に、それらしい部屋が書かれていたので、まずはそこに行ってみることにしたのだ。

「……こんな場所で、今まで何人も実験臺にしてきたのか」

エリナが呟くようにいう。全く同だった。施設全を覆う、なんとも言えない無機質なじが、実験に使われた人間達がいたことすらもないことにしているかのようだ。

その中に、なくとも俺の妹もいたわけだから、向かう足が自然と速くなってしまう。

もしかしたらここで、俺は知らない方が良かった事実にぶちあたるかもしれない。

もしかしたら次のヒントが與えられ、新たなる紹介狀が屆けられるかもしれない。

つまるところ、ここが終著地になりうる可能すらあるわけだ。そう考えると、背筋を嫌な覚が襲う。あってはならない可能

それでいて、頭のどこかで冷靜にそう見ている自分がいるのが分かる。そんな自分を追い払うように、俺は軽くかぶりを振った。

無駄にだだっ広い施設を、走ること數分。ようやく目的の部屋と思われる場所に著いた。

「ここだ」

カードキーか何かが據え付けられていた場合どうしようか思いもしたが、幸いに鍵といえるようなものはつけられていなかった。ノブに手をやり、一気に捻ってドアを開ける。

中は相変わらず白い部屋だったが、真正面には大きなガラスが張られている。蛍燈のおかげでガラスにが反しているため、それがガラスだと分かったのだ。

そのために、一瞬ようやく窓のお出ましかと思ったが、どことなく期待を裏切られたような気分になった。ガラスの向こうは、やはりシミ一つない、真っ白な壁だったのだ。ここまで白一だと、頭がどうかなってしまいそうだ。

俺は中にって、そっとそのガラスの壁へ近寄った。

「うっ……」

ガラスの壁の向こう。そこはおおよそ考えもしなかったことが行われていたのだ。

「どうした?」

「……」

俺は無言でエリナを制止しようとしたが、好奇心の強いこのはそんなことお構いなしに近寄り、驚愕した。

「なっ……こ、こんな……ひどい」

俺も気付けば下を強く噛んでいた。それほどまでに、強烈な景だった。

そこで繰り広げられていたのは、人実験という名の、処刑だった。

合計六つのブロックに仕切られたフロアは、それぞれのブロックに猛獣であったり、わけの分からない機械であったりはするがれられており、その中に年端もいかない子供達がれられているのだ。

ある者は虎に食い破られ、またある者は、機械から発された銃弾によってズタボロの塊へと変えられる。

俺やエリナのように訓練されている者ですら、勝ち目は限りなく低いというのに、まだというべき子供が、敵うはずもない。

「なんだっていうんだ、これは……」

常軌を逸している。こんなのが、新薬の実験とやらに関係しているというのか。だとしたら、一なんのためだ? こいつが、

不死だとかそんなことに必要なことだと? とてもじゃないが、そんなこと信じられるわけがない。もちろん、不死の研究というのも、

眉つばと思っているが。

「……ねえ、なんなの、これ」

エリナの問いに、俺は首を振るだけだった。當然だ。俺にだって分かるはずがない。

六つのブロック全てで、死ができると猛獣は捕えられ、殺人機械はきを停止させる。

なんの意味があってこんなことをしているのかは知らないが、ただの嗜しぎゃく趣味を満たすためとしか思えない。

こんなのを見ていられなかった。糞悪くて仕方がない。俺は部屋の中へ向き直り、今見たことを頭から振り払うかのように、部屋の中をし始めた。部屋は広さの割りにがなく、探すのには手間どることはなさそうだ。

俺が部屋の中をき回りはじめると、エリナもようやくガラスの向こうから視線を戻したようだった。

「ねえ……」

「なんだ?」

「あんたって結局、何を探しにここにきたの?」

「別になんだっていいだろう。君には……」

関係ない、そう言いかけてやめた。確かにこのは関係ないが、こうやって付き合っているのだ。目的くらいは教えてやってもいいだろう。

「……簡単なことさ。人探しだ」

「人探し?」

「ああ。もう六年も前になるけどな。以來、ずっと探してる。殺し屋になったのも、その方が々と好都合だと思ったんでな」

「……そうだったのか。その人がもしかしたらここに……?」

「もしかしたらではなく、ここに連れてこられたんだよ。で、それに関する資料があるはずだから、こうしてるってわけさ。……ちっ、この部屋じゃぁなかったか。おい、次の部屋に行くぜ」

舌打ちしながら、次の部屋に行くようを促した。

「あ、うん」

手早くドアを開けながらも、音は立てないようにする。とは言っても、ドアはによる音さえも出ることはなく、無用な気遣いだったかもしれない。

俺達は、再び真白い廊下を小走りに次の部屋へと向かった。記憶の中の見取り図を頭の中で広げてみると、怪しそうな部屋はこの階を一つ下ってまっすぐ、一番端の部屋だ。

俺は逸る気持ちを抑えながら、階段を降りていった。

結局のところ、俺が探していたものは下の階の部屋にあった。今となっては後の祭りだが、初めからここに來ておけば、さっきのような景は見ずにすんだかもしれない。

そんなことを考えながら、俺は沙彌佳が連れてこられたと思われる、六年前の夏頃に録られたデータ類を、手當たり次第探していた。

「ねえ、人探しっていったけど……その人のこと、大切?」

俺が何も言わず、黙々とファイルされた資料に目をやっているのを見兼ねたのか、エリナが話しかけてきた。

「そりゃぁな。そのためだけに俺は、こんな薄汚れた世界に飛び込んだんだ。そんな理由でもなきゃ、誰だってこんな世界に足、突っ込まないだろ? ましてや、今日明日、いつ死んでもおかしくない世界だ」

「そうだけど……そっか。大切な人なんだ。それってもしかして彼?」

「はっ、言うと思ったぜ。まぁ、男が単この世界に飛び込むんだから、そう思われるのも當然かもな」

「なに、違うの?」

「ああ、殘念ながらな。

ところでおまえにはいないのか? そういう大切な人間というのは」

「……よく分からない」

「分からない? 人に限らずいるもんだろう、心から気の許せるような友人だとか、家族だとかさ。いないのか?」

「……私、昔の記憶がないから」

記憶がない? つまり、記憶喪失者ということか。

聞けばエリナは、十六歳より以前の記憶がないのだという。気付けば、に濡れたナイフを片手に一人、道なき道をさ迷っていたらしい。

そのため、家族や友人といった人達の記憶はおろか、自分の名すら覚えておらず、そんな狀態で街に出たエリナは、結果として警察に保護された。

持っていたナイフからは、エリナ以外の指紋は検出されず、その時に著ていた服と、そのナイフに付著していた複數の人間のがそれぞれと一致したため、彼は保護という名目で、重要參考人として警察に厄介になった。

警察は彼にどんな経緯で人を殺したのか、もっぱらそのようなことばかり言ってきたという。自分が誰かも分からない狀態で、そんなことなど分かるはずがないのは當然であるはずだ。

警察は口にはしなかったらしいが、エリナが記憶を失っているということを、ほとんど信用していなかったということだろう。

警察というのは一度疑いをかけ、そうだと思い込んだら、是が比でもそれを相手に強制させようとする節がある。その辺りは人にもよるだろうが、エリナを擔當した刑事はなくとも、エリナが犯人であり、噓をついていると判斷したわけだ。

「で、そんな時に私を救ってくれたのが」

「武田というわけか」

「そう。……どうやって私の疑いを晴らしてくれたのかは知らないけどね、教えてくれなかったから。

で、とにかく私はそのまま、たけちゃんに著いていくことにしたの」

「殺しの技も武田から教わったのか?」

「そうよ。教え方も上手だったし、私のことも本當に理解してくれた。だからかな。この人のために私も早く上達しなきゃって、そう思って訓練に訓練を重ねて……ようやく私も一人前として認めてもらえるかなって思ってたのにあの

最後の、“あの”という部分にだけ、やたらとをこめていった。

「あの……確か、おまえは“ブラッディ・バートリー”とか呼んでいたな。そいつのことか」

「……そう。あのと私は、ほぼ同時にたけちゃんのもとで訓練されてたらしいけど、たけちゃんの橫にいるのを許されたのは、あのの方だった。

……たけちゃんは、私のこと本當に理解してくれていたし、気遣ってもくれた。だけど……あのを見る目は、私とは全く違ってた。私はそれが……」

気付けばエリナは頬を紅させ、嫉妬にまみれたの顔をしていた。何時間か前に見た、レイミと同じ貌だ。それに気付いたのか、エリナは我を取り戻したようだった。

「って、なんでこんな話、あんたにしなくちゃいけないのよっ!」

「……こんなこと言うのもなんだが、それで良かったんじゃぁないのか? おかげで田神と知り合うことができたんだしな」

ニヤリと含み笑いをうかべると、途端にエリナの顔が焦りの表に変わる。

「なっ、なんでそこで田神の名前が出てくるのよっ!」

「なんだおまえ、自覚なかったのか」

「だ、だからなんの話をしてるのよっ」

「くっくっく、俺はてっきりそうとばかり思ってたんだがな。まぁいい。田神も満更じゃぁなさそうだしな」

「あ、あんたねぇっ」

そう言ってしかめっ面で顔を赤く染めているエリナを見ると、どことなくだが沙彌佳のことを思い出させてくれる。

そういえば、沙彌佳もこんな風にからかわれたりして怒ると、よく顔を赤くして頬を膨らませていたな……。昔のことに思いを馳せていたからかどうかは分からないが、沙彌佳と思われるファイルが飛び込んできた。

「こいつだ」

思わず聲に出た。しかし、あまり嬉しいという気にはならない。もしかしたら、ここに書いてあることが最悪の結末を迎えるかもしれないのだ。

『ニ○××年六月××日、新たに送られてきた十五歳の日本人の、九鬼沙彌佳を、これより、D‐8號と呼ぶことにする。』

そんな書き出しで始まったファイルに、苛立ちを覚えながらも先を読み続けた。

『××年七月×日、D‐8號の適正検査を行う。まだ結果は出ていないものの、今までの同年代の子供達と比べ、面は良好。』

適正検査? つまり、例の実験の適正検査ということだろうか。

『××年八月××日、検査結果。D‐8號は同年代と比べ、すべての面で基準値を上回っていた。しかし、神的に虛弱な面あり。』

『××年九月××日、D‐8號の訓練開始。驚くべきことに、通常數カ月かかる訓練項目全ての合格ラインを、たった一度でクリア。今後數カ月間は、段階的に度を上げるべくD‐8號の訓練を継続。』

『××年十一月××日、これまででは考えられないほどのスピードで度を上げてきたD‐8號に、神的な疲労が見られる。原因不明。』

『××年十二月×日、D‐8號の神的な疲労が、ついにピークに達する。とうに限界にきていたはずだがD‐8號には、強靭な神力が備わっているようで、回復次第、次の段階へと以降すべき。』

ファイルには名前を奪われ、わけの分からない実験のモルモットにされている沙彌佳の様が、ぎっしりと書き込まれている。専門用語が多すぎて俺には分からないが、一つだけいえるのは、沙彌佳がその訓練とやらのせいで、神を病んでいったということだ。

やはり、この研究所にいる連中は、皆殺しにしてやろう。前までは、ここを破壊してしまいさえすれば、それで良いとも思ったが気が変わった。奴らは一人殘らず地獄に送ってやる。

たとえだろうが、この時はまだ研究所にいなかった奴だろうが同罪だ。どうせ生き殘ったら、また狂ったような研究を繰り返すに決まっているのだ。だったら、今ここで全員を地獄に送ってやる方が、生贄にされた者や、これから死んでいくかもしれない者達のためにもなるだろう。

今回ばかりは、俺にも復讐する権利が與えられたのだ。俺は容赦しない。たとえ命乞いしようとも、笑顔で引き金を引いてやる。

ファイルがパキパキと音を立てて握り潰されはじめたので、慌てて手を放した。気付かぬうちに、ファイルを強く握りこんでいたのだ。

そんな様子の俺を、エリナがひどく困したような眼差しをしている。

「……大丈夫、か?」

「ああ……」

しばかり、怒りのボルテージが上がり過ぎていたかもしれない。掌にうっすらと汗がにじみ出している。気を鎮めるため、俺は二度三度軽く深呼吸をし、再度ファイルに目をやった。

とにかくその後、沙彌佳は意識を取り戻し再びモルモットにされたようだった。そして、それには“NEAB‐2”と呼ばれる、新薬を投與されるということだったらしい。

の知れない薬を、沙彌佳は一月に一度か二度、投與されていた。効果は良好で、これまでにあった副作用が出ていないとも書かれている。

また、それまでD‐8號としか呼ばれていなかった沙彌佳に、新たに別の呼稱が付けられた。

『EVE』

イヴ……。確か舊約聖書に出てくる、ユダヤ人が考え出した最初のだ。

全く日本人というのは、自分がユダヤ教やキリスト教の信徒でもないのに、むやみやたらとこんな名前を付けるのが好きだ。

俺から言わせれば、そんな名などナンセンスもいいところだ。第一、こんな呼稱を付けられて喜ぶ奴はまずいないだろうし、その家族からしても、ただただ腹立だしいだけだ。

『××年三月×日、とんでもないことが起きてしまった。絶対にあってはならないことだ……。EVEが施設を走した。これから私達はどうすれば……いや、それよりも彼は今危険な狀態なのだ。非常にまずい……』

それを最後に、ファイルの記録はなくなっていた。最後の言葉は、観察者の心のであるようだったが、これを見る限りでは沙彌佳は、幸運にもここから逃げ出すことができたらしい。だが、その行き先は不明だ。

「……クソ、ここからが一番知りたいことだってのに」

その時だった。

ビービービービー

そんな音が鳴り出した。

「こいつは?」

俺達が何かヘマをやらかしたのか? いや、そんなことはないはずだ。警備員らしい人員も配備されていなかったし、もしやらかしていたとしたら、とっくの昔に警報が鳴っていたはずだ。

「田神たち、かな?」

エリナも同じことを思っていたのか、そんなことを聞いてきた。

「……かもしれない。だが、あいつに限ってそんなことがあるとは、俄かに信じがたいがな」

「うん……」

「とにかく、武を回収しに行こう」

俺は手にしたファイルと、それと共に置かれていた、沙彌佳に関する映像資料等も収めたと思われるDVD‐ROMを、

袋の中に全てぶち込んだ。

もしこのデータがハズレだとしても、この記録をファイルしたと思われる、『坂上』と書かれた人を締め上げてやればいい。

とにかく今は、武の回収と一刻も早く田神達と合流した方がいい。

「良し、行くぜ」

そう言って部屋の外に出た時、異変に気付いた。

「まずい、走れっ!」

エリナもそれに気付き、すぐさま走り出した。

理由は分からないが、シェルターが降り始めていたのだ。

俺達はとにかく走った。

幸い、すぐそばに階段があったので、助かった……と思ったのが間違いだった。すでに上の階はシェルターが降りていたのだ。

まだけたたましく警報は鳴り続けているが、一何が起こっているのかさっぱりだ。

「クソ! 一なんだっていうんだっ」

シェルターを両手でたたき付け、んだ。

俺達を閉じ込めるためか? 実は、俺達が侵しているのがバレていたのかもしれない。

有り得ない話ではない。思えば、ここからはかつて、あの高能のカメラが盜まれている可能があったのを思い出した。

あれほどの高能のものなら、侵者に気付かれないように、廊下なり部屋なりに取り付けられていた可能は否定できない。

他にも細かい疑問がないわけではないが、こういう時は、最悪を考慮していた方がいいに決まっている。

しかし、上の階もやはりシェルターが降りていて、移のしようがない。俺達は完全に閉じ込められたのだ。

「どうする? 私たち完全に閉じ込められたみたいだけど……」

「ちっ……ああ、そうみたいだな」

俺はシェルターを睨みつけながら、階段に座り込んだ。

このクソッタレなシェルターは、どう考えても俺一人で持ち上げられるようなものではない。しかも表面はツルツルとしていて、とてもではないが俺やエリナ二人でどうにか出來るようなものでもない。

何か、破壊できそうなでもあれば……。

「……そうだ。ロケットランチャーがあったはずだ」

そう思い立ち、俺は立ち上がる。

通気ダクトは、さっきいた階のすぐ下の階……ようするに、あの処刑場の端にあるはずだ。階段を降りればすぐだが、問題は、そこにシェルターが降りているかもしれないということだ。

まぁいい。ともかくけるうちに行はしておかなくてはならない。

「エリナ。確か下に武を落とした通気ダクトがある。そこへ行ってみよう」

「でも、シェルターが降りてないか?」

「……かもしれんが、とにかく行ってみるだけ行ってみよう。可能に賭けれるうちは、賭けておいた方がいい」

「ん……分かった」

エリナもいつまでもこんな所にいたくはないはずだ。彼は力強く頷く。

互いに頷きあい、俺達は階段を下へと降りていく。

そして、俺達はそこで悟った。何故警報が鳴り、シェルターが降りたのか。

階段を下りきると、まず脇にガラス窓がついているのが分かった。そこから例の処刑場のようなフロアが見える。

俺達は息を飲んだ。そこには、見る者全てを釘付けにしてしまうほど、訳の分からないがいたのだ。

いや、ではない。き回っていることから、それが何らかの生命であることが分かる。

分かりはするが、それが一なんであるかは理解できなかった。

だが、それでも一つだけ言えることがある。それは、あれが自然界で生み出されたものでないということだ。

「……ば、化け

かすれるような小さな聲で、エリナが言った。

そう、あれはそれ以外に、呼びようがないものだったのだ。

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