《いつか見た夢》第40章

朝、いつものように沙彌佳に起こされた俺は、ようやく家に帰ってきたというのを実した。

たかだか一ヶ月そこらだが、もっと長く家から離れていたようにも思えるのが不思議だ。同時に、院生活がいかに自分にとって、非日常であったかがよく分かるというものだ。

それでも些細な変化はある。通學途中、駅まで妹と行き、いつもならそこで別れるところだが、今日は松葉杖ということもあり、沙彌佳がわざわざ駅の改札までついてきた。

もちろん、そんなのはさすがに恥ずかしくて斷った。しかし、怪我人は言うこと聞く、の一點張りで仕方なく改札までということになったのだ。はっきり言って、そのまま放っておいたら學校まで著いてきそうな気すらしたほどだ。

第一、今は駅の利便向上のため、怪我人や障害者用にきっちりとエレベーターが設置されているのだから、気にしすぎなのだ。そう諭すと、沙彌佳のやつはブーたれていたが。

それに松葉杖をついていると、満員電車の中であっても席を譲ってくれたりといたせりつくせりだったのは、しばかし気分が良かった。そんなことを思い出しながら、俺は教室に著いた。

「おおっ、九鬼じゃん!」

「本當だ、久しぶりだな」

「九鬼くーん、元気だったー?」

教室に著いたとたん、クラスメイト達が口々に挨拶してきた。その大半が、院中にわざわざ見舞いに來てくれた連中なので、久しぶりというわけではないがこうして學校で會うとなると、確かに久しぶりだ。

席につくと、皆が集まってくる。

「なんか刺されたって聞いて、もうすっごい驚いちゃったんだけどさ」

「ほんとほんと。もしかして、癡のもつれってやつー?」

「だったらまだ救われたけど、殘念ながらそんな沙汰じゃぁないな」

俺は、半ばクラスメイト達のマシンガントークにため息混じりに苦笑した。

自分でいうのもなんだが、嫉妬で刺されるほど、俺を好いているの子がいるとは思えない。まぁ、いるとしたら、それはそれで栄なことだ。

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「よっ九鬼、久しぶり〜」

「斑鳩か。久しぶりだな」

人垣を掻き分けるように斑鳩がやってきた。こいつとは本當に久しぶりだ。何せ院中、一度だって俺のところに來なかった。もちろん、そのことを薄だなんだと言うつもりもさらさらない。見舞いにくることが必ずしも深いというわけでもない。

クラスメイトと話すのは、確かにいい暇つぶしにはなったが、話すことしかない分、それはそれで力がいることに気付いたのだ。そんなことを知ってか知らずか、この男は一度も見舞いにくることはなかった。まぁ、それがこの男にとっての気遣いかどうかは、分かりかねるところではあるが。

「思ったよりも元気そうじゃん?」

「ああ、おかげさんでな。それよりも、あの時は助かった。ありがとうよ」

「あ〜別に気にしなくてもいいよ。おれとお前の仲じゃん?」

「親友ではないけどな」

俺は口をニヤリとさせ、先読んで言った。

「うわっ、前も思ったけど、マジひどくねぇ?」

「知ったことか」

苦笑混じりに斑鳩をあしらったところで、チャイムが鳴った。この音も久しぶりだ。チャイムが鳴り終わる前にドアが開き、

小町ちゃんがってきた。

「おまえたち、席に著け」

それとともに、俺の周りのクラスメイト達も自分の席へと戻っていった。教壇についた小町ちゃんと俺の目が合った。

「お、九鬼じゃないか。やっと學校に來れたんだな。久しぶりだなー」

「ども」

なんとなく気恥ずかしさもあって、頭だけで會釈した。

「うむ、ようやくこれで私のクラスも全員揃ったわけだな。それにしても、おまえは良いタイミングで院したな。今回學年で期末テストけなかったのは、九鬼くらいなものだったんだぞ」

「ああ、言われて見ればそんなのもありましたっけ」

「そんなものっておまえなぁ……」

それから、久しぶりの登校だというのに、朝っぱらから小町ちゃんの小言が始まった。やれやれ、相変わらずだな。そんな風に思ったことが顔に出たのか、小町ちゃんは後で職員室に來るよう言い付け、ホームルームを終えた教室から出ていった。

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毎度思うが、なんで俺ばかりがいつも呼び出されなければならないんだ……。そもそも、こっちはテストなことなんか、そんなこと程度で片付けられるほどの狀態だったのだ。不公平なことに俺は小さくため息をつきながら、今日、藤原真紀と會えるかを考えていた。

晝休みというお世辭に長いとは言えない休み時間が半分ほど過ぎたころ、俺はようやく小町ちゃんの小言から解放された。

要は追試も終わったため、俺のテストは今までの期待點という形で績に反映されるということ、俺が院した理由が理由のため、警察への協力やその狀況の説明を言わされたのだ。

そのあたりは、院中に一通り説明はしたので改める必要もないと思ったが、呼び出されたのだから仕方ないことだ。

「失禮します」

軽く頭を下げて職員室を出たところ、ばったり真紀と出くわした。今日はいつかと違って一人のようだった。

「あら、久しぶりじゃない」

「よう。良かった、実はあんたに話があったんだが、いいか」

「今は無理よ」

そう言って職員室を指差した。俺は頷いた。

「分かった。放課後いつものところで良いか?」

「いいわ。それじゃあね」

真紀は俺のなりなど気にした風でもなく、さっさと職員室へとっていった。相変わらず無想なやつだ。

「それより、今は飯だ」

俺は歩きにくい松葉杖をつきながら、大急ぎで教室へと戻っていった。

帰りのホームルームも終わり、松葉杖をつきながら技棟へと向かう。それにともなって、青山も一緒だ。この男には隨分と世話になったし、別に問題はないだろう。

「すまなかったな。呼び止めて」

「ううん、別に良いよ。実際気になってたしね」

気になっていたというのは、朝のことだろうか。それが本當だとしたら、わざわざ俺や周りに気を遣う必要もないだろうが、これが青山のスタンスなのだから、あれこれ言うつもりもない。

「でも、皆も言っていたけど、本當に驚いたよ。まさか刺されただなんてさ」

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バツが悪くなって苦笑した。青山は、得てしてなったわけではないが半ば引き込む形になったわけで、一応は概要を知っている。その中で、気をつけた方が良いと警告してくれていたのだから、こうなることは予想していたんだろうが。だとしてもまさか、こんなことになるとまでは思わなかったのだろう。

いや、もしかしたら俺が死ぬ可能も考えていたとしても不思議じゃない。事実、俺自がそう思ったのだ。

「すまん、心配かけたな」

「それはいいけど。でも結局、例の人はどうなったの?」

「そこんとこなんだが、実際のところ、俺にも良く分からないんだよな。気付いたら病院のベッドで一週間も寢てたってんだから」

「そう。だとしたら、今からどうして屋上に?」

「それを知っているかも知れない奴に會うためさ。

……おまえには々と世話になった手前、言っておこうと思ってな。実は刺されて気を失う瞬間、そいつに助けられたと思うんだ」

青山はしの間考えたような仕種を見せた後、おもむろに言った。

「ねぇ、それってもしかして……」

「ああ。あの狐のことだ」

なんであの場にいたのか。気を失う前にあのは助けは呼んでいるというのも、まるで奴とのことを見ていたみたいだ。

考えすぎな気はしないでもない。しかし沙彌佳は、救急車が來るのが早いというようなことも言っていた。それは間違いないことだろう。

だから、あのがもし俺と奴のことを見ていたとしたら、それはつじつまの合う話なのだ。

「來たわね」

気付けばすでに屋上への扉の前だった。真紀は俺達よりも早く著いていたようで、手の中で鍵の束を遊ばせている。

「どう? 久しぶりの屋上は」

「ああ、悪くない」

壁にゆっくりと松葉杖を外し、寄り掛かった。これだけでも大分楽になる。

「それで? 話って何?」

「……もう言わなくても分かっているんじゃあないのか?」

「公園でのこと?」

「ああ。あんた、なんであんなに都合良くあそこにいたんだ? 拠なんざないが、あんたとあの男、もしかして知り合いか何かだったんじゃないのか?」

「そんなわけないわよ。殘念だけど知り合いではないわ」

「……本當か?」

俺は疑いの眼差しで真紀を見據えた。真紀はそんなものには全くじる様子もなく、相変わらずどこか人を食ったような態度で、微笑をたたえていた。

「私の何を疑っているのかは知らないけど、私はたまたまあそこにいただけよ。あの辺り、家が近いから」

「つまり、あんたは散歩をしていたところ、俺とあの男の格闘しているところに出くわした、こういいたいわけか」

「まあ、そんなところね。あなたが私の散歩コースにいたことの方が驚いたわよ。おまけにあんな狀態でね」

真紀は手を口元にやりながら、クスリと笑う。

「で、やばそうになった時、あんたがあらかじめ救急車を呼んだというわけか」

「ま、そういうことになるわね」

人を小ばかにしたような笑いは消え、真剣そのもので俺を見た。そんな顔をされると自信がなくなる。悔しいが、この狐は、俺よりもはるかにポーカーフェイスがうまい。

しかし、そうだと分かっていても、俺が間違っているみたいに思えて仕方ない。拠はなくても、俺にはこの狐が何か隠しているように思えるのだ。それが何かは分からないが、とにかくそうじるのだ。

何か、何かこのを切り崩せそうなものは……。

「…………なぁ、あんた、今あの男とは知り合いではないと言ったな。知り合いではなくても、あの男のこと自は知っていたのか」

「……なんでそう思うの?」

「……俺が助けだされた時、あの場には俺一人しかいなかったと聞いた。あの男とあんたは、もうすでにいなかったらしいな。

だとしたらだ、俺が気を失ってどれくらいの時間があったのかは知らないが、あまり長くはないはずだ。たかだか、數分だろう。つまり、あんたがあの男を連れて行ったとしか思えないんだ。それも、お仲間が二人か三人いたんじゃぁないのか?」

そうまくし立てると、真紀はしだけ驚いたような顔をしたのち、ふっと鼻で笑った。

「想像力かね。確かにそう思えたって仕方のない狀況かもしれないけど、違うわよ。私は一人だったし彼は私が出て來てから、すぐに逃げちゃったんだから」

「逃げた?」

「ええ。それも一目散にというじにね。私があなたを介抱しても良かったんだけど、あなたには可い妹さんがいたみたいだから」

真紀は、その景をつい今しがた見たかのように、目を細めて笑った。

「なるほどな。だがあんた、今ので墓掘ったな」

「……どういうことよ」

俺がそう言うと、それまで人を小ばかにしていた態度が一変し、鋭い、訝しむような目つきになった。

「あんたは今、あの男が逃げたと言ったな。それも俺が気を失ってからすぐにとね」

「だったらなに?」

「あの野郎は顎にカウンターをもろに喰らって、立ち上がることすらままならなかったんだ。だというのに、一目散に逃げるだなんてことはできないはずだ。

それにだ。人一人殺そうとした奴だ。いや、すでに殺人鬼なんだ、奴は。奴に逃げる力があったってのなら、目撃者であるあんたを殺さないはずがない。

だからあんたが言ったことは、どうにも信じられるわけがないんだよ」

真紀は俺の言ったことを黙って聞いていた。目はどこか、しまったという風に細めて、あらぬ方向を見ている。

いや、どちらかと言うとむしろ図星で、心舌打ちしていると言ったじだろうか。

先ほどから青山は、俺と真紀のやり取りを見て黙っている。真紀がどう切り返すのか見守っているのだ。

「……ふーん。まさか、そんな他もないことで、そこまで分かっちゃったなんて、正直言って驚いたわ」

「つまり否定しないんだな?」

そっぽを見ていた真紀が、また人をおちょくるような顔になって言った。態度から察するに、正解だったらしい。

「まあ、そこまで言われたらわざわざ否定する気もないわね。確かに、私はあなたの言うとおり、あの男を知っていたわ。それも、最初からね」

いや、それどころか、このの纏う雰囲気そのものが変わった。まるで、あの男に向けられた時のような雰囲気だ。

「最初からってのは、どこからだ」

「最初からは最初からよ。あなたがあの男と出會う以前から。

あの男はもう二年も前からマークされてたのよ。だけどその居場所は、全くといって分からなかったの。それが今年になってようやく、この近辺に潛伏していることが分かった」

「……あんた、一何者なんだ」

俺の疑問に、青山も頷いている。

二年も前から一人の人間をマークしているなんて、普通じゃない。映畫やドラマかなんかの世界の出來事としか思えない。まして、このはまだ高校生のはずだ。

しかし、この話が本當だとしたら、はっきり言って、その年齢すらも怪しいものだ。

「私が誰かって? 殘念だけど、それは教えられないわ。世の中、知らない方が良いということだってあるし。

……ただ、普通の高校生ではないことは確かだけどね」

「……あの男は危険人だったのか?」

「そりゃね。はっきり言ってあなた、相當運が良かったと思うわよ、彼と対決して生き殘っただなんて。おまけに初めてのことだったんでしょ、あんなことがあったの」

「いや、以前にも一度襲われたことがあった。ほら、俺が怪我した時があったろう? あの時にな。

それにしても、そんな危険な奴だったのか……」

「あの時で二度目だったの?」

真紀が珍しく驚いたようで、やや裏返ったような聲をあげた。

「なんだよ、別に格闘したくて格闘したんじゃぁないんだ。り行きでそうなっただけだ」

「あなた……今まで武の経験は?」

「そんなのあれば、あんなことにはならなかったと思わないか」

「……そう。そうよね」

真紀は口に手をやりながら、何か考えている。なんだっていうんだ、全く。

「まぁいい。あんたのことはこの際いいさ。だが、あの男のことは気になるんだ。教えてくれないか」

「知ってどうするの? もうあなたには関係のないことなのに」

「おいおい、俺はあの男に一度ならず二度も殺されかけたんだぞ? そいつを知る権利はあるはずだと思わないか。それとも、そんなことも知らない方がいいっていうのか?」

「あなたって見かけによらず、好奇心旺盛ね。まあ、いいわ。そこまで言うのなら教えてあげる。そっちの彼にもね」

そう言って真紀は、その食えない顔に微笑を作って青山の方を向いた。青山は思わずを震わせて、ただ直させるだけだった。

「彼……彼の名前は、今井克利と言うの」

「今井克利だって?」

俺と青山は、思わず顔を見合わせた。當然だ。今井克利と言えば確か、首を切られて……。

「今井は死んでるはずだ」

「ええ、そうね。でもそれはあくまで表向きの話よ」

「どういうことなんだ」

俺は興して、真紀の肩を摑んだ。しかし、そのために腹の傷に痛みが走る。

「っつ……」

「あまり興しないほうがいいわ。あなた、まだ病み上がりなんでしょ。それに焦らなくても、きちんと説明してあげるから」

真紀は摑まれた肩にある俺の手をゆっくりと外していう。

「今言ったように彼、今井克利は生きていたのよ。世間的に死んだということになってね」

「世間的に」

まるで人が人としての権利を奪われたかのような言いに、青山が呟いた。もちろん俺も、青山が言わなければ呟いていただろう。

「そう。彼はね、世間的に死ぬことで、第二の人生を手にれたのよ。自分をこんな目にあわせた人達に、復讐するために」

「復讐……そう言えば、生の家であいつと會った時、邪魔するなら殺すと言っていたが、あれはそういうことだったのか」

「そう言えば、そんなことを言っていたね」

「ああ」

「彼は、自分の復讐すべき対象が、実は自分の取り巻く人間達であったことに気付いたのよ。

きっと彼にとってそれはよほどのことだったんでしょう。だってその人達は皆、顔見知りだったんだもの。でも復讐しなければならない、よほどの理由があったのよ、きっとね。

結局、半ば途中でそれは頓挫してしまったわけだけど」

「……その中に、綾子ちゃんの親父さんや生もいたということか」

生の家であの男、今井が見せたあのは、まさに烈火のごとく凄まじいものをじた。邪魔するなら殺す、今井が俺にあそこまで忠告したのには、逆に言えば、黙って自分の進むべき道に行かせてくれと言う風にもとれる。

そう考えると、なんともやり切れない気持ちにはなるが。

「一ついいかな?」

「なに?」

「君は世間的に今井克利という人間は死んだと言ったけど、気になってることがあるんだ。生という人のことなんだけど」

生義則のこと?」

青山の気にしているのは、多分、生が本當に死んだかどうかということだろう。予想していたかのように切り返した真紀は、ゆっくりと語り出した。

生義則は間違いなく死んでるわ。今井克利がその手で殺したのよ。その死の首を切ってね。

世間的に死んでいることになっている今井は、そうすることで新たに、生という人間の戸籍を手にれたの。いえ実際には、別に生でないといけなかったわけではないでしょうけど。たまたま、生がそれに選ばれただけに過ぎないわ」

「ちょっと待て。死んだ人間の戸籍なんて手にれたって、意味のないことだろ」

「そうね。だから彼は、生から戸籍を買ったのよ。それも何億というお金を條件にね。大金を得て羽振りの良くなった生は、隨分と嫌われたようだけど。

正確には、戸籍を手にれた時までは生は死んでいたわけではなかった。その後に、戸籍上で生は死亡したということに書き換えられたのよ。生はそんなことも知らず、暢気に毎日過ごしていたみたいだけど。

それから數カ月して、生本人は今井の手で殺された。つまり、首を切られて殺されていたのは、本當は生義則だったのよ。すでに死んだことになっている今井は、そこで初めて自分が世間的、的にも死んだことになった。

そして、生という人間も、今井という人間が死ぬ前には死んだことになっているんだから、今井本人にとって復讐すべき相手達は、さぞ恐怖したでしょうね」

「だが、そんなことできるのか? 戸籍については分からなくもない。実際にそういうこともあると聞いたことがある。とは言っても、それが日本でも行われてたってのには驚きだ。

なにより本當に生きてる人間を死なすことができただなんての方が、はるかに信じられない話だぞ」

「ええ、普通であれば無理よ。だけど、今井はここでも賄賂を使ったそうよ。ある僚にね」

「……金の力は偉大だな」

ため息混じりに皮めいて言った。日本という國は、他の先進國に比べてそういったのには厳しいはずだが、やはり日本は日本か。

「まあ、その僚ももうこの世にいないけどね」

「つまり、今井の手にかかったということか……」

「そういうこと」

今井はかつてのビジネスパートナーである生から戸籍を買い取った。それも何億という大金でだ。

生は獨りだった。世間的には生でありながら記録では死んだことになり、すでに死んでいるということになっている、今井という人間の公式な死として、首なし死となった。後は、生の前に死んだということになっていた今井本人の記録を提出し、見事、宙ぶらりんになることができたのだ。

僚というエリート組を買収しておけば、DNA鑑定なんかもなんなく切り抜けられる。そして最後には、それに手を貸した僚を殺してしまえば良い。今井の計畫はそういうことだったのだ。

それに真紀の話によると生は、ある事業の責任を負わされて金銭的に苦しい狀況だったらすい。首をくくるしかなくなった狀況になったとき、何億という金が手にるとしたら、戸籍なんて売ってやったっていいと思っても、なんの不思議もない。

こうして考えてみると、なぜ奴がその手に掛けたと思われる連中が皆、うまいこと事故に見せかけて殺されていたかというのにも、納得がいく。

しかし、いつだったか青山に言ったことが當たらずも遠からずだったとは思いもしなかった。

「じゃあもう一つ。君は前、僕らに報が改ざんされている可能というのを示唆したことがあったよね? その後調べてみたけど、あのトラック事故のことなんだけど、あれも今井克利が起こしたことなの?」

「ええ、そうよ。ただ、本當に彼が盜み出したかったのは、高能なカメラなんかじゃないわ。あれはたまたまよ」

真紀は、腕を組んでその時のことを語る。

「私も詳しくは分からないけど、彼が盜み出したのはもっと重要なものだった。ある実験のサンプルで、あのカメラは彼が盜み出そうとした実験のサンプルを、しっかりと記録するためだったそうよ。

だからあのトラックには、それと一緒にあんな場違いにもカメラがあっただけどしょう」

そうか。だから製薬會社とカメラがいまいち結び付かないと思えたわけだ。どんな実験をしていたかは知らないが、結果として巻き込まれたとしては、はた迷な話だ。

「ざっとこんなところね、私が知っていることは。とりあえず、他に何か聞きたいことがあれば答えられる範囲で答えるわ」

「今井が復讐しないといけなくなったっていう機はなんなんだ?」

「殘念だけど、そこまでは知らない」

「そうか。だったらあの男が何か、持病のようなものを持ち合わせていたかどうか知らないか?」

「持病? 今井が?」

「ああ」

俺の言ったことがそんなに変だったのかどうか知らないが、真紀は眉をひそめて俺を見た。

「そんなの初耳。どういうこと?」

今までの、なんでも知ってますといったような態度が変わって、明らかに自分の知らない報をどうしてとでも言った態度になった。この調子では本當に知らなさそうだ。

「ああ、いや、なんでもない。やっぱあれは俺の勘違いだったのかもしれない。あんたが知らないなら、そうであるはずがないな」

「何それ。私だって彼の全てを知っているわけではないわよ」

「まぁ、そうだろうが本當に大したことじゃぁないさ。すまなかったな、変なこと聞いて」

「なんなの、そんな風に言われたら気になるじゃないの」

「まぁ、いいじゃないか。それと最後にもう一つだけいいか」

「……ごまかしてるんじゃないでしょうね?」

「ごまかしてなんかない。それよりも、今井はあれからどうなったんだ? 警察は目下、見つけられてないようだが結局のところ、あんた達がどうにかしたんだろう? どうなったんだよ」

そういうと真紀は一転して、目が鋭くなった。聞いてどうするのとでも言わんばかりの目だ。

「……さっきも言ったけど、知らない方が良いということもあるわ。まあ、それでも一つだけ教えておいてあげるわ。彼とあなたが會うことは、もう二度とない」

真紀は俺に、これ以上は何も言わせるつもりもないのか、強くそう告げた。

「あなたはきっと悪い夢でも見ていたのよ。そう思っておきなさい」

真紀はそれだけで口をつぐんだ。多分この件に関して、もう何も言うつもりはないのだろう。俺は真紀の説明に納得しつつも、まだ何か心の中でひっかかっているような気がしてならなかった。

あれ以上、何も言う気のないやつを問い詰めても意味はないと思った俺は、真紀を解放して一人屋上にいた。青山もすでに帰っている。多分、例の彼とやらのもとに行ったのだろう。いや、彼というよりも姉貴なのか……。

一人でここにいる理由もないが、何となくここにいたい気分だった。十二月の空はどんよりと曇っていて、雨にでもなりそうだ。晝までは晴れていたのに、空も人の心と同じで気まぐれだ。

しかし、今井克利という人間は、どんな理由だったかは知らないが、何かのために殺人鬼になってまで復讐をしたと真紀は言った。俺は、たまたまその渦中に飛び込んだ羽蟲のようなものだったのだろう、今井にとっては。

今更ながら、あの男の目的を知りたいという気になってしまった。いや、今だからこそだ。もちろん、そんなの知ったところで何の意味もないのは分かっている。それでも、なぜか今井克利という人間の生き方に俺は、なにか、やたらと興味が引かれるのだ。

真紀はその理由までは知らないと言っていたので、もはやどうしようもないというのも分かってはいるつもりだ。それでも、もし俺が関わることがなかったら、と思ってしまうのだ。そんなのが意味はないとしてもだ。

(考えるだけ無駄か……もう帰ろう)

俺は小さくため息をついて、壁に立て掛けてある松葉杖をとった。

校庭へ橫切り校門を出たところで、思わぬ人達が待っていた。沙彌佳と綾子ちゃんだ。しかも珍しく人だかりもできていない。

「なんだおまえ、こんなところで何してるんだ?」

「むー何それ、ひどいよ。可い妹が寒い中、こうして待っててあげてたのにっ」

「別に頼んだ覚えは」

みなを言い終える前に沙彌佳は、俺の肩からバッグを取った。やれやれ、なんだっておまえはそんなに……。

「何? ちゃんと持ってあげるんだから、謝してよね、お兄ちゃん」

「全く、おまえってやつはいつもそう勝手に……」

と言いつつも、それに従ってしまう俺も俺なのか。

兄妹のやり取りを見ていた綾子ちゃんは、クスクスと忍び笑いをもらしている。

「しかし、なんだっていきなり學校にまで來たんだ? 別にそこまでしなくたっていいのに」

「そんなの當然じゃない、お兄ちゃんが心配だったのっ」

「心配って……どう考えたって、心配されるような謂れはないと思うんだが」

「……お兄ちゃん。それ、本気で言ってる?」

「ああ? そりゃぁそうだろう」

沙彌佳は盛大にため息をつき、何やらぶつぶつと獨り言を呟いた。なんだっていうんだ……。

「ふふふ。さやちゃんは九鬼さんのことが、すごく心配でたまらないんですよ。もちろん、私もそうでしたけど……さやちゃんは、特にですよ?

九鬼さんが病院に運ばれてからというもの、學校にいる時以外、ほとんど付きっきりだったんですから。それに學校にいてもずっと上の空で、ため息ばかりでしたし」

「あ、あやちゃん! それ言っちゃ駄目だって言ったのにっ」

「……そうだったのか」

思い返してみれば目が覚めてからというもの、こいつはそんなそぶりなんて全く見せなかったので、気にしたことすらなかったがこいつのブラコンぶりを考えれば、それもありえない話ではない。

「でも本當だもんね、さやちゃん」

「うう……」

言い返すことができないでいるのを見れば、図星のようだ。顔もほんのりと赤くなっている。

俺は松葉杖から手を外して、沙彌佳の頭をでてやった。

「あ……」

「ありがとうな、沙彌佳」

「う、うん」

勢も辛いので長くはでてやれないが、満足したのか満面の笑みを浮かべている。

「さぁ、遅くなっちまったが、帰るとしよう」

それを合図に俺達駅へ向かって歩きだした。

いつもより倍近い時間をかけて、ようやく家に辿り著いた。その頃にはすでに日は完全に落ちて、夜になっていた。

綾子ちゃんがうちに來るので、家は大丈夫なのか聞いてみたところ、今日は家に泊まるのだと言う。もちろん、俺は大歓迎だ。

気付けば綾子ちゃんが家にいるのが當たり前になっていたのか、退院して家に戻った時、綾子ちゃんが自宅に戻って行ったのは、なんだか妙に寂しくじたものだった。

本來、綾子ちゃんはあくまで事件が解決するまでの間だけ厄介になるという話だったので、そうであるのが當然なのだ。しかし、そうとは分かっていても気持ちは裏腹に、すでに綾子ちゃんを家族か何かのように認めていたのは否めない。いや、家族とはし違うような気もする。

けれどそれは、沙彌佳や両親も同じだったようで、いつでも來たら良いということになったのだ。

綾子ちゃんの置かれた狀況を考えれば、お人よしな両親が追い返そうだなんて思うはずもないだろう。綾子ちゃんも綾子ちゃんで、一度家族の暖かみというのを味わうと、簡単に離れたくなくなるのも當然という話だ。ましてや、彼には家族がいるのにまるで家族として、それが機能していない環境なのだ。

おまけに彼の親父さんは、結局今井の手にかけられていたわけでもなく、単純に海外に行っていただけだった。だとしても、実の娘が大変な目にあっていたことを、全く知っていた様子もなかったそうだ。そのことが多分、俺達をそういう気にさせたのだ。

ともあれ、こうして週に一度だけでもこうして綾子ちゃんと一緒にいられるというのは、俺としても喜ばしいことだ。

「お兄ちゃん?」

「ん? どうした?」

「どうしたって言うか、お兄ちゃんこそぼうっとしてどうしたの?」

「ああ、いや。ちょいと考え事をな」

「お兄ちゃんってさ、昔から良く考え事するよね」

「そんなことないだろ」

「そうかな? だって今みたいにぼうっとしてる時って、いつも考え事してるよね」

そう突っ込まれて思い返せば、確かにそうかもしれない。だが、癖みたいなものなのだ、仕方ないではないか。

「別にいいだろ、そんなこと」

「うん、そうだけどさ。ただ……」

「ただ?」

「お兄ちゃんがあんなことになってから、また何かあるんじゃないかって思っちゃうんだもん」

顔を俯かせ気味に、沙彌佳は目を逸らした。しかしそれに同だったのか、綾子ちゃんも母も各々納得している。

母は俺が意識不明の時、まともに寢ていなかったというし、綾子ちゃんもやはり何かしら責任をじているかもしれない。そういう子だからだ、綾子ちゃんは。俺がまた考え事をしていると、また何か変なことに首を突っ込んだりしていないか心配なのだ。

俺が目を覚ました日、夜になって両親に包み隠さず病院に運ばれるまでの経緯を話したのだ。オブラートに話したつもりだったが、やはりというか當然ながら、顔面を蒼白とさせ母には最終的に泣かれてしまった。

そのせいもあってか、いつもはあれやこれやと気にしない母も今は本気で心配しているようだ。

「いや、學校のことを思い出してただけだ。院してる間に期末が終わってたから、そのことで小町ちゃんと話したんだ。だからだよ」

肩をすくめて、小町ちゃんに言われたことを伝えた。今までの期待點で績が出ることなど話すと、どことなく雰囲気が和んだ。心配されすぎるのも、々と苦労しそうだ。

そんな中、父抜きの夕飯をすませリビングでくつろいでいたところ、沙彌佳が一つの提案をしてきた。

「ねえ、お兄ちゃん」

「ん?」

「明日なんだけど、何か予定とかある?」

「明日? 全くの白紙だな」

「そっか。だったらさ、久しぶりにお出かけしない?」

やけに上機嫌だ。何かねだってるのだろうか。

「あ、もちろん、あやちゃんも一緒だからさ。駄目かな?」

「綾子ちゃんもか。まぁ、行ってもいいがこの様だから、そんなに歩き廻れないけどそれでもいいのか?」

「うん全然良いよ! じゃあ明日十時出発ねっ」

「ああ、分かった」

了承すると、上機嫌だった沙彌佳はさらに綻ばせながら、二階へと戻っていった。出かけるとは言っても、おそらくウインドウショッピングくらいなものだろうが、まぁいいだろう。

一ヶ月もの院で暇を持て余していたとしては、それだけでも十分な刺激は得られるはずだし、最後に沙彌佳と出かけたのは、斑鳩たちと一緒だったあの日を除けば、二ヶ月近く前だ。

それ以前は月に一度か二度、一緒に出かけていたことを考えれば隨分と久しぶりではある。俺がこのなりなので向こうもさほど、あっちこっちと行くこともないだろう。

久しぶりの休日というのを満喫できそうな予に、俺も心なしか気持ちが浮足だっているのをじた。

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