《いつか見た夢》第43章

寒い……。

この日、俺は寒さに起こされた。就寢のときには部屋の暖房は止めているので、この時期は朝目覚めると、とても寒い。

いつも枕元に置いてある時計を見れば、まだ午前六時を回ったばかりだった。この時間は、まだ外は真っ暗だ。

凍てついている部屋の中に息を吐き出すと、うっすらと白くなっているような気がする。季節はすでに冬になっているわけだが、今日はどうも本格的な寒さになっているようだ。まだ冬は始まったばかりだが今日は、この冬一番の寒さであるのは間違いないだろう。

それでも外では早くも鳥が鳴き始めているのが聞こえ、おまえも早く起きろといった合に、催促しているようにも聞こえる。

いつもなら、こんなに寒いと再び寢てしまいたくなるが今朝は何を思ったか、布団からのそのそと這い出て、カーテンを引いた。寒さのためか、遠くに街のビルの赤いライトがはっきりと見えている。

しのあいだそうやって、まだ眠りについて人の気配をじさせない住宅の棟を、瞼の重い目で見ていたが寒さに負けて、再び布団の中にもぐり込んだ。ついさっきまでっていて殘った、自分の溫の溫かさに気持ち良さをじながら、沙彌佳が起こしにくるのを待つことにしたのだ。

布団を自分のに巻き付け、ただ何も考えることなくぼんやりとしていると、カチャリという小さな音を立てて、部屋のドアが開いた。こんな時間に部屋に訪れるのは、沙彌佳以外にいない。

「……」

沙彌佳は足音はさることながら、息をも殺しているのか、ゆっくりとこっちに移してきていた。

「あーあ、こんなに包くるまっちゃって」

俺を起こさないように小さな聲で、囁くように言った。

「おにーちゃーん」

一拍置いて、俺が起きていないのを確かめると、ギシリとスプリングを軋ませた音とともに、俺の橫にきた。多分ベッドに手を置いて、上半から俺を覗きこむようにしているのだろう。なんとなくだが、顔の上に沙彌佳がいるような気配をじる。それと沙彌佳がってくるまでなかった、の子特有の匂いがすぐそこにじられたからだった。

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「ん……」

かすかに沙彌佳のを鳴らす聲が聞こえた時、俺は目を開けた。

「……よぅ」

「え! あ、え、その」

目の前にいる沙彌佳は暗がりの中で、俺の聲が突然したのに驚いたようで、を大きく震わせた。薄ぐらい中でも、それだけは良く分かった。

あたふたとし始めて、何か言い訳をしようとしているのがその影のきでわかる。俺が起きていることは予想外だったのか、まともに聲にすらなっていない。

「どうした、こんな朝早く」

気付いていたとはいえ、起きていたと言うのはなんとなく可哀相なので、この際伏せておこう。

「え、えっと、その、あはは……な、なんか寢ぼけてたみたい。っていうよりもお兄ちゃん、もしかして起きてたの?」

自分でも心苦しい言い訳と思ったのか、それをごまかすように聞いてきた。心で苦笑しながら俺は、包まっていた布団を開けてやった。

「仕方のないやつだな。また一緒に寢たいって言いたいんだろ。……ほら早く來いよ、こっちも寒い」

「い、いやいいよ、き、気にしなくて」

俺が自分かられてやろうとすると、いつもこいつは遠慮する。不思議なやつだ。

「……本當にいいのか?」

やや寢ぼけ気味に言うと、沙彌佳はどうしようか迷ったみたいだったが結局は、布団にもぐり込んできたのだった。

「全く、おまえってやつはいつまで経っても子供な」

「うう、私、子供じゃないもん」

「子供じゃないんだったら、ちゃんと自分の部屋で寢るもんだ」

そう言いつつも、こうして甘えさせている俺も俺なんだろうなとぼんやり思う。こうやってこいつを甘えさせてやれるのも、今だけだろう。こいつも來年には高校生になり、多くの奴から告白なりなんなりをけることになるだろうし、そうなると必然的に付き合うことになるような男も出てくるだろう。こんな風にしてやれるのも、その時がくるまでなのだ。

そう思えば今くらいは、わがままを聞いてやろうという気になった。沙彌佳はそんな考えに気付いたかのように、俺のに腕を回して、ぎゅっと抱きしめてくる。

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「……ね、お兄ちゃん」

「んー……?」

「あの時のことなんだけど……ほんとにごめんね……」

「あの時?」

「うん」

唐突にあの時と言われても、なんのことを指しているのか分からない。

何のことか分からない俺に、沙彌佳は布団の中で、俺のパジャマの上著の中に手を差しれてきた。その手は何かを探るような手つきで、ゆっくりと今井に刺された腹の傷あたりにれた。その部分を探り當てると、何度も傷跡を優しくさすってくる。

「……これのことだよ?」

「ああ、そのことか」

今まで顔を首あたりに當て、うつむくようにしていた沙彌佳は頭をあげ、俺を見つめてきているようにじた。

「これ、私のせいだもんね……。あのとき私が皆から離れなければ、お兄ちゃん、怪我なんてしなかったかもしれないんだもんね」

「いいさ。別に気にもしてないし、もう終わったことだ。第一、あの時は自分がどうなるかなんて、あんまり考えてなかったしな」

「うん……」

「でもなんで今頃そんなこと言うんだ?」

「だって、ずっと言えなかったんだもん……。言いたくてもお兄ちゃん、院とかリハビリとかでそれどころじゃなかったでしょ。

私もなんていうのかな、タイミングが悪いっていうか」

「……そうか」

俺も沙彌佳の肩から後頭部の方へ、腕を回した。丹念に手れしているのであろうその髪は、絹のようとでも表現できるような、なめらかな手りだ。

「俺こそ、すまなかったな……」

「え……?」

「奴……あのストーカーを追ってる間、おまえにはすごく心配かけてたんだろ? その時は心配かけたくなくてやってた行が、実はおまえと綾子ちゃんを心配させてたなんて思ってもなかったんだ。

それにな、途中から薄々ああなっちまうんじゃぁないかって言うのはあったんだよ。それでも突っ込んじまった俺に非があるさ。たまたまそこに、おまえという人間がいたに過ぎないって俺は思ってる。だから、別に沙彌佳が謝るようなことじゃぁないんだ」

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「お兄ちゃん……」

傷跡をなでるようにっていた沙彌佳の手が、背中の方に回され、パジャマごしではなく、直に背中を抱きしめられる。背中にれている手が、とても暖かい。そして妹とはいえ、の子に直にれられると、なぜだかとても心地良くじる。

「それと……」

そう口にしながら言い淀む。今なら俺が気になっていたことも聞けるような気がしたが、聞かない方がいいような気もやはりしていたからだ。なんであの時、おまえはあんなに取りしたのか。それを聞きたくてしょうがなかった。

「それと?」

「……ああいや、やっぱなんでもない」

「なによそれ。そういうのって、聞かれたた方はすごく気になるんだから」

聞いてみてもいいだろうか。あんな態度をとった沙彌佳は、今まで見たことがなかったのだ。俺はしだけ考えたが、意を決してゆっくりと口にする。「あの喫茶店のこと、なんだけど」

「喫茶店?」

「ああ。俺とおまえと綾子ちゃん、それに斑鳩の四人で出かけて、俺が奴に刺されちまった日のことだよ。

あの日、なんでおまえが皆の前であんな態度をとったのか……ずっと気になっててな」

その時のことを思い出したのか沙彌佳は、今まで俺に向けていたであろう目を泳がせ、何か考えているようだった。明らかに

揺しているのが分かる。まさか、そのことを聞かれるとは思いもよらなかったんだろう。

「えっと……あ、あの時のこと、だよね」

「そうだ。ずっと心に引っ掛かってたんだ。……ああいや、もし言いたくないなら無理に言わなくてもいい。ただ、なんとなく気になってただけだしな」

「う、うん……」

沙彌佳はどうしようといった困した雰囲気をさせながら、何か言おうとしてはやめるという作を何度か繰り返していた。しかし結局その口を閉ざし、俺のに顔をうずめた。

「……あのね、言っても怒らない?」

「ん。ああ、分かった。怒らない」

「本當に本當?」

「本當に本當だ」

にその顔をうずめたまま、沙彌佳は何度もそう確認したあと、しあいだ、間があった。

「……あのね、嫌だったの」

「嫌?」

「うん……その、お兄ちゃんがね、誰か別のの子にすごく優しくしてるのが、すごく嫌だったの」

「他のの子って……綾子ちゃんにか」

沙彌佳はそれには答えず、ただ背中に回していた手に、しだけ力を加えた。

「……そうか」

「そんなのダメだって分かってるつもりだったけど、なんかね、あの時はそれが抑えられなくて……」

普通だったら何言ってるんだですんだのかもしれないが、俺は沙彌佳に対して、不思議と驚きも怒りも呆れも、なんのも沸くことはなかった。ただ、れている髪を軽くすいてやること、それだけだった。

「……囮作戦とか言って、お兄ちゃんと綾子ちゃんが二人になることになった時ね、自分でも驚くくらい嫌な気持ちになったの……自分の中にこんな嫌ながあったのって。でもそんなの嫌だったし、噓だって思いたかったけど……お兄ちゃん達が帰ってきて、なんか今までと違う雰囲気になってて……私、もうどうしていいか分からなくなっちゃったの……」

沙彌佳の話す聲が、次第に弱々しく震え始めていた。それで謎は解けた。あの數日あいだ、登校時にも俺の腕にしがみつきながらもあんな態度だったのは、相反したがそのまま表現されていたということだろう。

「あの時はね、お兄ちゃんに綾子ちゃん紹介しなきゃ良かったなって……本気で思ったんだよ?」

「そうだったのか……。でも、沙彌佳はその時でも綾子ちゃんには普通に接してたろ?」

「ううん。本當はね、お兄ちゃんにそれ以上、馴れ馴れしくしないでって言いたくなったこともあるよ。だけど、あやちゃん見てたらやっぱりそんなの言っちゃ駄目だって思ったの。だから、せめて表面だけでも普通にした方がいいのかなって思ったから……。

でもあやちゃん、多分……ううん。きっと気付いてたと思う。私があやちゃんに対して、どう思ってたか……きっと。あやちゃん、すごく勘が良いから……」

どうしてとは聞かない。沙彌佳は生粋のブラコンなのだから、そんな風にヤキモチを妬いていたとしても、決して不思議はない。

ただ、そこまで想われていたのはし意外だった。ましてや綾子ちゃんに対しても、そこまで思っていたなんてのは。

「もしかして、綾子ちゃんがうちに來た時からずっとなのか」

額をに當てながら、二度三度首を振った。

「その時はまさか、自分がそんなこと思うようになるなんて、思いもしなかったんだよ。いつくらいからは分からないんだけど、あやちゃんがうちに來てからなのは間違いない、かな……。だんだんと自分の中で、もやもやとしたものが溜まっていって……。

だから、お兄ちゃんがあやちゃんに髪留めをあげた時、それが一気に発しちゃったじだったんだと思う」

沙彌佳のいっているのは、四人でった喫茶店での出來事だ。話を聞いたうえで考えれば、沙彌佳の行にも合點がいくもので、その結果沙彌佳は、あんな行に出てしまったんだろう。

「……だったら、俺の責任かもしれないな」

沙彌佳のとった行の原因は、あの時先に綾子ちゃんに渡したことだった。と同時に俺があの日買ったまま、渡しそこねていたものがあったのを思い出した。

「ううん。一人で勝手に嫉妬してた私が馬鹿なだけだよ……だって私はお兄ちゃんの妹で……」

「なあ……」

「え、な、なに?」

「……俺はあの數日間、沙彌佳が不機嫌だと知って、それをどうすればいいのか悩んでたんだ」

「うん……」

「でだ、おまえに何かプレゼントしてみたら良いんじゃないかって、そう思ったんだ。だけど……ほら、家族に、というよりも、人にプレゼントなんかしたことないから、どうやって渡せば良いか分からなかったんだ。それこそ、タイミングってのがな。人前で家族に贈るなんて、こっ恥ずかしかったしな。

で、練習の意味も込めて、綾子ちゃんに先に渡そうと思ったわけさ」

「うん……」

「まぁ、何て言うのか……ちょいと良いか」

そう言って俺は布団から出て、機の中にしまったはずのそれを取り出した。沙彌佳は上半だけを起こし、両手をベッドについてスプリングを軋ませる。

「ほらこれだ。……本當だったらあの日、あの後にでもおまえにも渡すはずだったんだけど、隨分遅くなっちまったな」

「お兄ちゃん……」

「すまなかった」

謝りながら、あの日見つけた指を渡した。もう一月半以上も前のものだが、沙彌佳はそれをけ取って包みを開ける。

「これ……」

包みの中から現れた箱を開け、中にあった指を見てその目が大きく開かれたのがわかった。気付けば、沙彌佳のそんな表が分かるほど、だんだんと空が明るんできていた。

「人生初の指がまさか、妹に贈ることになるなんて思いもしなかったぜ、全く」

肩で笑いながらベッドに腰かける。

「どれ、貸してみ」

俺は沙彌佳から箱をとって、中に収まっている指を外した。

「えっと……こういう時はどの指にはめるんだっけか」

「特別な意味がないならどの指でもいいけど、そうじゃない時は左手の薬指だよ」

沙彌佳が左手を差し出しながら言う。俺はその薬指に、指をはめてやった。相手は妹だというのに、なんだか変な気分だ。

「ありがとう、お兄ちゃん。……これ、一生大事にするね」

「一生だなんて大袈裟だな。そのうちおまえにも大事なやつができたら、そうでもなくなるかもしれないぜ?」

くつくつと笑いながら茶化す。本當はそんな風に言ってもらえるなんて思わず、嬉しさの照れ隠しに過ぎない。

寒さに起こされた時にはまだ夜だった外も、東の空から太が一日の始まりを告げるべく昇ってきている。そのが部屋の中にってきていて、俺達を照らしだしていた。

沙彌佳は嬉しそうに目を細めながら、その指のはまった左手を何度もかざしてみせた。

その頬に、かすかな赤みを帯びていることに俺は気付かずに、窓から見える一気に明るんでいっている空を眺めながら、沙彌佳の長い髪にれていた。

昨晩から急激に気溫が下がったこともあり、クリスマス本番である今日は、昨日までの朝に比べてさらに寒い。しかも、まだ誰も起きていない朝というのは、さらに寒くじるのだからなおさらだろう。

俺は一階に下り、床暖房のスイッチをいれてソファーに座った。父も、今日は日曜ということもあってまだ寢ているため、母も揃って寢ているのだろう。

休日にまで、朝から飯を作ってくれなんて要求するほど子供でもないので、寢かせておこう。俺はすでに著替えはすませ、顔も洗って眠気も飛んでいったところだ。

「お兄ちゃん、コーヒー飲む?」

「ああ、いれてくれ」

俺と一緒になって下りてきている沙彌佳も、すでに著替え終えている。もちろん、昨日あげたニットをインナーとして著ていた。

「それ、早速著てみたんだな」

やや派手な使いのニットを指差して言う。そのには細いネックレスが吊り下げられている。

「うん。著てみちゃった。どうかな、ここまでピンクなのは初めて著るけど、似合ってる?」

「ああ。やっぱ、おまえなら似合ってると思ったが、予想通りだったな」

「ありがと。お兄ちゃん、將來はファッションコーディネーターなんか向いてるかもよ」

冗談めかしてそんなことを言った沙彌佳に、俺は苦笑しながらかぶりを振った。そんな他もない話をしているうちに、綾子ちゃんが下りてきた。

「お二人とも、おはようございます」

「おはよう」

「おはよう、あやちゃん。あやちゃんもコーヒー飲むよね?」

「うん、ありがとうさやちゃん。あ、それ著たんだ。似合ってるよ」

「えへへ。ありがと、あやちゃん」

綾子ちゃんはそのニットの品評をしながら、帰る時はアウターを著て帰るなんて話を沙彌佳としている。過去のこととはいえ沙彌佳も沙彌佳で、綾子ちゃんに鬱屈としたを抱いたとはとても思えないほど、いつも通りだった。

「九鬼さん、どうぞ」

「すまん、ありがとう」

カップに注がれたコーヒーを綾子ちゃんに手渡され、そいつを一口飲んだ。朝、こうしてコーヒーを飲むと、なぜだか気分が落ち著くのは不思議だ。中に含まれている分のおかげだと言うのは分かってはいるのだが。

そのままリビングのテーブルに無造作に置かれたテレビのリモコンに手をのばし、スイッチを押した。

テレビはちょうど良くニュースをやっていて、俺はコーヒーを飲みながら畫面を眺めていた。

『次のニュースです。昨夜午後七時半頃、東京都N市で二臺の車が暴走行為を働き、うち一臺が道を外して転落するという事故がありました』

「あれ、ここって確かお兄ちゃんの學校近くらへんじゃない?」

「ああ。どうも高臺の道から落ちたらしい」

畫面に映し出されている場所は、學校のほど近い國道だ。元々あった道や鉄道の上に道路がしかれているため、道が橋のようになって続いているのだ。しかし畫面には、その脇のガードレールを突き破り、一臺の黒い車が下の道に落ちていた。どう考えても、時速八十キロや九十キロなんかでは、ガードレールを突き破っていくことはない。通常ガードレールというのは、普通車であれば時速八十キロくらいまでなら突き破っていかないように設計、設置されていると聞いたことがある。

つまりこの車は、百キロでも生易しいようなスピードを出していたとしても、なんら不思議はないスピードで走行していたということになる。

「あれ、この車……」

転落した車に、どことなくだか心當たりがあった。昨日の夜、俺が商店街から帰ってくる際に、家の近くを猛スピードで通り過ぎた車に似ているような気がしたのだ。

まるで追い、追われるように走り去って行った二臺の黒っぽい車。そのイメージと、畫面に映っている事故の狀況が結びつく。

「まさか、な」

俺は小さくかぶりを振って、思い浮かべたことを否定した。仮にそうだとしても、そんなのは自業自得だ。何が楽しくてあんなことをしていたのかは知らないが、こうなたっておかしくないのは運転していた奴が一番良く分かっていたはずなのだ。そいつに同なんてできるはずがない。

めちゃめちゃになってしまった車は、中の人間も助からなかっただろうと、容易に想像できる。

『また、車には銃弾によるものみられる傷があり、警察は暴力団同士の抗爭によるものである可能があると見て――』

キャスターは淡々とニュースを読み上げているが、その近場に住む人間にしてみたら、とんでもない話だ。俺個人の考えとしては、周りの人間にさえ被害が及ばなければヤクザ同士、好きにやってくれですむ話だ。

しかし、そのために周りの関係のない人間に被害が及ぶかもしれないとなると、とたんに話は違ってくる。連中にだって、罪を償わせる必要はあるはずなのだ。

畫面は変わって、天気予報のものになった。

『次は全國の天気です』

天気予報士が今日、雪が降るほどは寒くならないと伝えている。

「あーあ、今年も雪降らないのかぁ」

予報を聞いていた沙彌佳がぼやく。綾子ちゃんも、し殘念そうに表を崩している。

「なんだ、雪が降ってほしいのか?」

「そりゃそうだよ。ホワイトクリスマスなんて、すごくロマンチックじゃない」

「ま、確かにそうだが」

適當に肯定しておいたが実際のところは、日本でホワイトクリスマスになるのは、せいぜい東北より上の地域くらいなものだ。その東北地方にしたって、必ずしも毎年雪が降って積もるというわけでもない。事実上、毎年のようにホワイトクリスマスを験できる都市は、北海道の都市くらいだ。その土地の人々にとっては、また嫌な時期がきたと愚癡りたくなるかもしれないが。

実はクリスマスの前後數日間は、気候の変化をもたらす季節風の問題もあって、一時的にだがしだけ寒気が和らぐようになっているらしい。だからほとんど雪が積もることがない。せいぜい、ちらつく程度だ。

「あら、あんた達もう起きてたの?」

テレビを眺めていた俺の後ろから、母の遙子の聲がした。母が起きたということは、そのうち父も起きてくることだろう。

「あ、お母さん。おはよ」

「おはようございます」

「おはよう。朝ご飯の準備するわね」

「いいよ。私もう準備始めてるから、作っちゃうよ。トーストで良いよね?」

沙彌佳はコンロの前に立って、卵を割ろうとしていた。今日の朝食は珍しく、和食でないようだ。

「たまにはそれもいいわね。……あら、なに沙彌佳。あなた、指なんてしてるの?」

「あ、うん……」

母の言葉に綾子ちゃんも気付いたようで、俺に視線をやった。その指に見覚えがあるからだろう。

「なぁに、お兄ちゃんからもらったの? それ」

「うん。昨日ね」

沙彌佳も満面の笑みで、頷いている。本當はついさっきだが、まぁいいだろう。昨日まではなかったものなのだから、同じようなものだ。

「しかも左の薬指……人ごっこも今のうちだけか」

小聲で呟くように言う母の心中に、何を思ったのかは俺には分からない。けれど、それに対して沙彌佳は、どこか困したような顔を、しの間だけ見せたのだった。

目まぐるしく季節のイベントが移り変わっていき、すでにクリスマスから一週間が経って正月になっていた。

「あけましておめでとうございます」

「ああ、あけましておめでとう」

「あけましておめでとー」

元旦の晝過ぎに、綾子ちゃんがうちを訪ねてきたのだ。年末ということもあり、綾子ちゃんの親父さんが久しぶりに家に帰ってきたというので、昨日の大晦日とその前日は自分の家で過ごすということになったためだ。その親父さんは、明後日にも早速ヨーロッパで仕事があるため、早々に出かけていったという。

娘があんな目にあったというのに、よくもあんなに淡々としていられるものだと怒りを通り過ぎ、もはや呆れてしまった。

「九鬼さん、この振り袖どうですか?」

「良く似合ってるじゃぁないか。いつもと違った雰囲気があって良いと思う」

「むー……私も今年は振り袖にすれば良かったかな」

振り袖の綾子ちゃんに対し、沙彌佳は普段通りに洋服だった。こいつは正月でも毎年洋服で、俺の記憶が正しければ最後に和服なんてものを著たのは、七五三の時が最後だったはずだ。

「あら綾子ちゃん、あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます。おじ様、おば様」

「あけましておめでとう」

屆いた年賀狀を読んでいた父も、綾子ちゃんに挨拶して軽く雑談をわす。この様はもはや、綾子ちゃんがうちの新しい家族になっているようにも思える。いや、そう思ったのは別に今が初めてというわけでもなく、常々そう思ってしまうこともあるほどに彼はうちに馴染んでいるということだ。

事実、綾子ちゃん自もだだっ広い家にいるよりも、うちにいる方が落ち著くと言うし、母の遙子も、いっそのことうちの養子に

なる?だなどと言う始末だ。

「あやちゃん。もう初詣行った? 私達今から行くんだけど、行ってないなら一緒に行こうよ」

「うん、そうだね。お邪魔じゃないなら一緒に行くよ」

そんなわけで俺達は、家族総出で初詣に行くことになったのだった。

「すごい人だな」

車で二十分とかからない場所にある神社に著いた俺達は、人の流れにを任せながら境に向かって歩いていた。

「本當だね。でも、初詣でこんなに人の多いところに來たの初めてだから、ちょっと楽しいかも」

「私も、こんなに人が多い日に來るのは初めてです」

「そうなのか?」

俺だってこんな人込みの中、初詣に行くのは初めてなので、必然的に沙彌佳もそうなのは分かるが、綾子ちゃんも験したことがないというのには、し意外だった。それが偏見であることは否めないが。

「ええ。父の仕事の影響もあって、初詣に行くのは毎年、二日か三日だったので……。だから元旦に來るのは初めてなので、実を言うと、私もし楽しみだったんですよ」

綾子ちゃんの話を聞きながら、境る。ちなみに両親はといえば、子供たちのことなどお構いなしに、完全に自分達の世界にってしまっている。

「あ、破魔矢ある。ついでにおみくじも引こうよ」

「おいおい、まず先にお參りが先だろ。一応、それがメインなんだしな」

「そうだったっけ。じゃあ後で引こうね、お兄ちゃんも」

「分かった分かった。後でな」

沙彌佳の頭に手をやりながら、相槌をうった。綾子ちゃんも同じだったようで、いつものように忍び笑いをしている。

「あんた達、先に參って來なさいよ。お母さんたち、ここで待ってるから」

二人の世界にっていた両親が、俺達に振り返って先に行くよう促してきた。その間にまだ二人でいたいと思ってるのだろう。

「分かった。別にここで待ってなくてもいいぞ。攜帯もあるし、好きに見てきたら?」

「あら、いいの?」

明けけもなく母は喜ぶように言う。やれやれ。この二人は夫婦だが、未だ人気分全開のようだ。まぁ、別にそれは今に始まったことではないが。

「いいさ。どうぞごゆっくり。俺達は俺達で適當にやるからさ」

「そうそう。私たちは私たちで適當にやるよー」

「子供たちもああ言ってることだし、私たちもそうしようか、遙子」

「そうね。じゃあ、とりあえず一時間後にここで」

そう言うだけ言うと、二人はさっさと人込みの中に溶け込んでいった。

「あんなのがの子には理想なのか」

意地悪げに綾子ちゃんに言った。以前、あの親達が理想の夫婦像だと言っていたからだ。綾子ちゃんはただ、畏まるように笑うだけでなにもいうことはなかった。

「ま、とりあえず、先にすることしてからにしよう。あの二人に付き合ってたら、日が暮れちまいそうだ」

二人を促して本殿の方へ進むが、さすがに人が多くて思うように進めない。この人込みでは、気長に進むしかない。

「ところで、綾子ちゃんは高校はどこに行くつもりなんだ?」

「はい。実は、私もさやちゃんと同じ金城にしようと思ってます」

「そうなのか? 君ならもっと上行けそうな気がするけどな」

自分で言うのもなんだが、前にもどこかで言ったような臺詞だ。綾子ちゃんははにかむような笑いをしながら、そうでもないですよとらす。

「私はさやちゃんほど、績が良いわけじゃありませんから。頑張らないと厳しいと思います」

意外だった。沙彌佳の績が良いのは知っていたが、綾子ちゃんは頑張らないといけないというのはし驚いた。

「九鬼さん、今信じられないって思ってるでしょう?」

「え? あ、いや、そうでもないが……」

「ふふ、そう言っても顔に出てますよ」

指摘されてしまい、つい鼻の頭をかきながら目を泳がせてしまった。

「こんなこと言うのもなんですが、私、試験前なんかには、さやちゃんから良く勉強見てもらったりしてるんです。

だから、さやちゃんが同じ金城に行くって知った時、嬉しくもあったけど、驚いたりもしましたよ」

「だろうな」

綾子ちゃんの言う通りだった。最初、妹の口から金城にくるなんて聞いた時は、もっと上を目指せなんて言ったりもしたのだ。

「それに実を言うと、さやちゃんから九鬼さんのことも聞いてたので、ちょっと親近というか、憧れみたいなものもあったなぁ」

「憧れって……俺にか?」

綾子ちゃんは無言で俺の問いかけに頷いた。

「だって、あんなに可い制服著てる學校に、憧れないの子なんていないと思いますよ? だから九鬼さんが男の子であっても、金城に通ってるのがすごく羨ましかったんだと思います」

「なるほど」

ただ正直な話、俺は金城ではなく、別の高校に通いたかったとは言わない方が良いのだろうか。

俺の場合は、金城なんてここらじゃ有名だなんて知りもしなかったし、中學の時の擔任に、俺には厳しいかもしれない高校より、おまえならちょっと頑張ればれそうな金城にしたらどうだと言われたから、そうしたに過ぎない。事実、本當に行きたかった方は、倍率も相當なものだったと記憶している。

「何にしても、もしかしたら今年の春からは、君と沙彌佳が後輩になるということか」

「まだ分かりませんけど、もしかしたら」

クスリと笑った綾子ちゃんに、俺ははにかむように笑いながら、肩をすくめるだけだった。

ようやく一年最初の參拝をすませた俺達は、人込みから離れ、甘酒を振る舞っているテントのあるところへ行った。

「ちょっ、お兄ちゃん。お酒なんて駄目だよ」

「無禮講無禮講。すみません、三つお願いします」

「はいよ」

威勢の良い聲をあげたおじさんから、紙コップにった甘酒を三つけ取った。

「わ、私たちも飲むの?」

「ああ、今日くらいいいだろ? ほら、綾子ちゃんも」

「あ、はい、いただきます」「あやちゃんまで」

「ごめんね、さやちゃん」

ペロリと舌を出して謝る綾子ちゃんだが、その顔は明らかに裏腹なものだった。

「おまえは変なところで堅いからな。俺は甘酒なんて、小學生の頃から飲んでるぞ」

「ええ? そんなに前から?」

「そうだぞ。知らなかったのか?」

テントから離れ、驚いている沙彌佳にニヤリとしながら、一気に甘酒を半分ほど飲んだ。こうすると、なんとなくだが大人になったような気になるのが不思議だ。

綾子ちゃんも一口二口と、しずつ口に含みながら飲んでいる。

「ほら、おまえも飲んでみろって。結構いけるぞ」

「むー……お兄ちゃんもあやちゃんも意地悪だ」

甘酒と俺達をにらめっこしていた沙彌佳も、しかめっつらしながらも一口飲んだのだった。綾子ちゃんの、おいしいよという後押しもあったからかもしれない。

「んー……んー?」

想像していたよりも大したものではないと気付いたのか、しかめっつらしていた顔も和らいでいった。

「……やっぱりお酒だよ、これ」

「そりゃな。甘“酒”だしな」

そう言いつつ、沙彌佳はまた一口と甘酒を口に含む。

「お酒で、良く分からないけど……悪くない、かも」

「だろう? 結構味いぜ、これは」

「ふーん」

相槌を打ちながら、ちびちびと飲んでいる様子を見れば、思ってる以上に気にったのかもしれない。

「ふう……もう一杯もらってくるかな」

「ええ? お兄ちゃん、もう飲んだの?」

「ああ。悪いが、しここにいてくれ」

二人を殘し、甘酒を振る舞っている場所に戻ろうとした、その時だった。

「あいつは……」

人込みの向こうに、見慣れた橫顔を見つけたのだ。先月のいつだったかに、人を呼んでおきながら、結局は音信不通になって行方をくらましていた、あの斑鳩孝晶だ。

「あいつ……何してるんだ?」

およそ三週間ぶりに見る顔だが、その顔はいつになく険しい。というよりも、斑鳩があんな顔をするのかと思ったほど、初めて見る表だった。あの男には、チャラチャラとしていつもを追いかけているというイメージしかない。それだけに、とても違和のある表だ。

斑鳩は俺に気付くことなく、本殿の裏の方へと姿を消した。俺は人込みを掻き分けながら、姿を消した斑鳩の後を追う。別に奴の後など追う必要もないのだが、勝手に足がいていた。

本殿の裏側の道は表の境と同じ砂利道になっているが、人気がほとんどないせいもあってか、砂利の量が表側に比べて多い。そんな場所を進むと當然ジャリジャリと音がなる。俺は無意識のうちに、なるべく音を鳴らさぬよう貓立ちのようになりながら進んでいた。

し行くといたるところに木々が立ち並び、どことなく、きちんと整備された林か何かのように見える場所に出た。そのすぐ先に駐車場があった。何臺もの車やバイク、自転車などが置いてあり、きっと関係者たちのものだろう。

ここにきても斑鳩の姿はなかった。途中、別の角を曲がったのだろうか。いや、多分それはない。角を曲がるにしたって、その先はまた表境に戻るだけだし、わざわざ裏側にくる意味が分からない。それ以外には、全くと言っていいほど曲がり角らしいものはなかった。つまり、奴はこっちの方へ出てきているはずなのだ。

「どこに行ったんだ」

誰もいない駐車場をくるりと見渡し、小さく呟いた。俺以外に人の気配をじさせない駐車場と周りの林の雰囲気もあってか、俺は冷靜になっていった。

なんだって俺はこんな行に出たんだ。別に斑鳩のことなど、放っておけば良いはずなのだ。勢いまかせに奴を追ってきた俺だが、とたんに馬鹿らしくなって、ため息をついた。

(戻ろう。二人も待ってる)

そう思って踵を返した時、林の向こうに何かくものがあった。俺はもしかしてという思いもあって、人の手のった林に足を踏みれその場所に向かう。

向かった先は大型の車も通れそうな幅がある道になっているようで、ちょっとした散策なんかができそうな場所になっていた。

(いた)

そのし先に斑鳩がいるのを見つけた。しかし斑鳩は、不自然に道に停まっている車の後部座席にいて、中の人と何かを喋っているようだった。それを見た俺は、とっさに橫にある大木のに隠れていた。

何を喋っているのかは全く分からないが、その表は俺の知っている人なのかと疑ってしまうほど険しい。おまけに、今奴が乗っている車には、なんとなくだが見覚えがあった。

そう、イヴの夜に猛スピードで俺の脇を通り過ぎていった車に、似ている気がしたのだ。同時に、翌日ニュースでやっていた黒い車の転落事故……。これらが頭の中で結び付いてしまってどうしようもなかった。

一度考えついてしまうと、次から次にあれやこれやと疑問がわいてくる。この數週間、行方をくらましていた斑鳩が、なぜこんな場所にいるのか。何をしに、ここに來たのか。あの車との関係は?

そして、あの車の連中は一なんなのか。そんな疑問の連鎖が頭の中を渦巻いて、俺はひどく混していった。

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