《いつか見た夢》第44章

新しい年になって、早くも二ヶ月近くが過ぎ暦はすでに二月も終ろうという今は、その最後の週末になっていた。元旦に初詣のために訪れた神社で、音信不通だった斑鳩を見つけてから、俺はどこか不安な日々を送っていた。

不安とは言っても、別に何かに怯えているというわけではなく、ふとした時に、妙な違和を覚えていたのだ。それが何であるか、それは全く分からない。とにかく、何かが違うような気がしてならなかった。

綾子ちゃんは、週末になると泊まりがけでうちに來るのはもはや恒例だし、その間にも何か特別なことがあったわけでもない。沙彌佳の紹介で綾子ちゃんと知り合ったのが去年の十月後半だったが、瞬く間に四ヶ月以上が過ぎたということになる。

この四ヶ月は俺にとっても劇的で、數えてみればまだ四ヶ月、というほど々とあったのだ。そのせいもあってか、無駄に敏になってしまっているのかもしれない。

そんな中沙彌佳と綾子ちゃんは年が明けてからというもの、週末には俺を連れだって、近くの図書館やカフェなんかに立ち寄り験勉強をしている。それも毎週だ。

わざわざ俺を駆り出す必要などないと思ったのだが、言うが早いか沙彌佳がいうには、高校生なんだから中學生の勉強くらいみてよ、とのことだった。ついでに、春からは後輩になるんだから、と付け加えて。

そんなこともあって、授業が早あがりとなった金曜の午後、久しぶりに訪れたキシマイ堂で俺達は揃って勉強していた。

「お兄ちゃん」

「ん? どうした」

「ここなんだけど」

「ああ、ここはな……」

こんな合に俺が沙彌佳に教えつつ、沙彌佳が綾子ちゃんに勉強を教えてやっていた。もちろん、俺は綾子ちゃんのものも見るわけだから、二人の勉強を見てやっていることになる。

まぁ、そんな俺も來月の初めに控えている、試験勉強にを出している。昨年の學期末テストはけていないので、今回のテストである程度の點を取らないと、散々なことになりかねない。赤點を取ろうものなら、春休みは返上しないといけないのだ。

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「んっ……はあ。なぁ、し休憩しないか?」

攜帯で時間を見ると、すでに午後の六時になっていた。ここに來たのが二時くらいだったから、四時間近くいたことになる。さすがに、椅子に座りっぱなしで勉強というのも疲れてくる。俺はぐっと背びしながら、二人にそんな提案をした。

「ん、そうだね。あれ、もう六時なんだ。早いなー」

まず沙彌佳がシャーペンを置き、それからし遅れて綾子ちゃんもシャーペンを置いて、背びした。

「どうだ、はかどったか?」

沙彌佳と違って、験に不安のある綾子ちゃんに聞いた。彼には、俺が二年前に実際に使ったものや、去年の問題に出されたものを獨自に集め、それを手渡してあるのだ。二年前のであれば、出題されるものもある程度は似てくるだろうと踏んでだ。

「はい。前まで良く分からなかったものも、これのおかげで隨分理解できるようになりました。ありがとうございます」

「そんなに畏まらなくたっていいよ。言うなら、お古みたいなものだしな。それより、何か注文しよう」

テーブル脇のメニューを取って、二人に渡した。

「あやちゃん、どうする?」

「どうしようかな……さやちゃんは決めた?」

「うん。良かったらさ、前のと同じのにしない?」

沙彌佳のやつが、またとんでもないことを口にした。こいつは人を財布か何かと勘違いしてるんじゃないだろうか。

「で、でも」

綾子ちゃんはそんな俺の都合を察してか、こちらを窺うように視線をやった。

「あ、大丈夫大丈夫。二人でじゃなくて三人でって意味だよ」

「三人で一つのを食うってのか?」

「そう。だったら安上がりになるでしょ?」

「まぁそうだが」

結局、そんな調子で沙彌佳に言いくるめられながら、前にも頼んだ特大パフェを頼むことになってしまった。

そんなこんなで、運ばれてきた特大パフェに舌鼓をうちながら、楽しげに雑談をしている沙彌佳達を眺めながら、俺はついでに頼んだコーヒーを飲んでは、ぼんやりと他のことを考えていた。

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考えているのはやはり、元旦に會った斑鳩のことだった。俺がようやく退院できた良く週末、斑鳩と街中で出會い、やつが企畫したと言うパーティーに參加させられそうになった。しかし、その日を最後に忽然と姿を消した斑鳩は、元旦の參拝客のごった返した神社に姿を現したのだ。

そこまではまだ良い。疑問は々とあったが問題はその後だった。

木のに隠れた俺は、車の中で何か喋っている斑鳩らを注視した。何か喋っている斑鳩はえらく興しているようで、運転席に座っている人にまくし立てている。

俺の場所からは影になっていて、運転席にる人が男なのかなのか、それすらも分からない。

どれほどそうしていたか分からないが、そのうちに、斑鳩は何か吐き捨てるように何かを言って、車から降りた。興のため、その顔は紅している。力任せに叩きつけるように閉められたドアは、奴のをあらわにしていた。

斑鳩はそのまま車を後にして、こっちの方へ向かって歩き出した。黒塗りの車の方も、斑鳩の態度が気にらなかったのか、暴に急発進して去っていった。

まだ距離はあるが、こちらの方へ歩いてきた斑鳩にどうすれば良いか分からずにいた俺は、そっと大木の元にをかがめて、息を殺した。

幸いにも、元は非常に太く盛り上がっているため、をかがめながらでも移することはできそうだ。近くに斑鳩の歩く足音が聞こえを強張らせたが、その足音は徐々に遠ざかっていった。

俺はため息をついて、肩から力を抜いた。それでもしばらくはそのままかないでいたが、ようやくを起こして服についた土を払い落とす。

「……それにしても、今のはなんだったんだろう」

つぶやきながら駐車場の方へ戻る。しかし、そこで不覚にも林を迂回してきた斑鳩と鉢合わせてしまったのである。

「斑鳩」

「あれ〜九鬼じゃん? どうしたん、こんなとこで」

その顔には先ほどまでの険しいものは一切じられない。

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「こんなとこでって、おまえ……そういうおまえこそ今までどうしてたんだ」

語気を強めて問い詰める。斑鳩はほんの一瞬だけ怪訝な表をして見せたが、すぐにいつもの飄々としたものになった。というより、何のことか分からないと言ったような顔だったようにも思える。

「ああ、學校のこと?」

「それもあるが、わざわざおまえの家にまで行ったのに、帰ったじもしなかったしどうしてたんだ」

「ん、ああ、まぁ々? っていうか、おれんちまで行ったんだ?」

々って……おまえな」

「まあなんだっていいじゃん。そんなことより九鬼こそ、なんでこんなとこにいんの?」

はぐらかすように話題を変えた斑鳩は、よほど何をしていたか言いたくないようだ。

「別に。ただの初詣だ」

ぶっきらぼうに言い捨て、はぐらかすなと言おうとする前に、斑鳩が口を開いた。

「初詣か〜。そいや、そんな時期だっけ。そうそう、前は悪かったよ。パーティーやるとか言っておきながら流れちゃってさ」

「それは良い。第一、俺も妹達も行くつもりなんて、さらさらなかったからな。だから俺がおまえに斷りをいれようとしたら、次の週から來なくなったからわざわざおまえのアパートに行っただけの話だ」

「なるほどね、そういうことか。悪かったよ。実はさ、九鬼たちと會った次の日からちょっと旅行に行ってたんだよ、知り合い達と」

「學校にも言わずに、何週間もか」

どこまで本気か良く分からない答えに、俺もつい勘ぐってしまう。斑鳩はそうだよと一言だけ告げ歩きだした。

「おい、待てよ」

「うるさいな。今から人と待ち合わせしてるんだ。時間がないんだからほっとけよ」

そう言って斑鳩はこちらの制止を振りほどき、さっさと駐車場を離れていった。

人と會うだって? 噓つくなよ。おまえはたった今誰かと會ってたじゃないか。それとも、まだ誰かと會うつもりなのか。俺は去っていく斑鳩の背中を見つめながら、知らず知らずのうちに舌打ちしていた。

新學期になって斑鳩はようやく學校にやって來たが、その雰囲気は今までと違うものだった。もちろん、あのプレイボーイぶりは相変わらずで、やはり彼しくて群がっているような連中や、子達にも人気があるのも相変わらずだった。それどころかむしろ、の子には去年までよりも更にモテていたように思える。今まで斑鳩に興味のなかったような子すら、やつにうつつを抜かしているのを見たからだ。

だがそれでも、何かが違っていた。そういうのとは明らかに違う何かが。そいつがなんであるか、俺は分からない。ただ、明らかにどこかが違っている、そうとしか言いようがないのだ。それにはさすが年長者である小町ちゃんも気付いたようで、俺にわざわざ何かあったのか聞いてきたほどだ。

當然ながら俺にも分からないと答えておいた。多分俺に聞いてきたのは去年、斑鳩のアパートに行くから住所を教えてくれと、いったためだろう。

「……」

暗くなった窓の外を流れていく人や車を眺めながら、そんなことを思い返しているうちにぼうっとしていしまい、いつの間にか沙彌佳が隣に座っていることに気付かなかった。

「ふっ」

「うわっ!」

沙彌佳が突然俺の耳に息を吹きかけてきて、思わずを震わせてびっくりしてしまった。ついついうわずった聲も出てしまう。

「何するんだっ、おまえは」

耳を手で押さえながら聲をあげた。驚きのあまり、聲が大きい。沙彌佳はそんな俺などお構いなしに、頬をし膨らませるようにしていていた。眉を寄せて上目使いにした目は、明らかに機嫌をそこなっている。

「お兄ちゃん、さっきから何度も呼んでるでしょっ」

「え? あ、ああ、そうだったのか。すまん。それでなんだ?」

「もう! そろそろ帰ろうかって言ってるの」

沙彌佳が時計を指し示しながら言う。盤面を見れば、もう七時になろうというところだった。

「なんだ、もうこんな時間か。そうだな、そろそろ帰った方が良さそうだ」

「もう……だからさっきから呼んでたのに」

ぶつぶつと一人文句を言っている沙彌佳を一瞥し、テーブルに視線を移す。三人でという話で頼んだはずの特大パフェは結局、俺の口には一口も収まることなく綺麗に平らげられていた。

暗い夜道を、右から綾子ちゃん、俺、沙彌佳という順に橫に並んで帰路についていた。

つい一ヶ月ちょっと前までは考えられなかった構図だ。というのもそれ以前はと言えば、沙彌佳が俺の腕を組み、その沙彌佳の橫に綾子ちゃんが歩くというのが常で、二人の間を俺が歩くなんてことはなかった。こんなのも思い返してみると、初めてのことであった。それだけ沙彌佳も、綾子ちゃんにだけは心を開いているということなのだろう。

沙彌佳はこう見えて意外なほど対人関係には臆病で、特に、男に言い寄られたりするのがあまり好きではない。けれどその容姿のせいもあって、隨分とその辺りは苦労してそうだ。

そんな沙彌佳に変化が見られたのが、去年のクリスマスあたりを境にしてからだった。あの頃を境に、今までは綾子ちゃんといえど俺の橫には歩かせないようにしていた沙彌佳も、それを許容するようになっていたのだ。

沙彌佳の涙ぐましい努力と心を変えてしまう何かが、あの頃にあったはずだと思うが、それがなんであるかは、いまひとつ分からない。というよりも、どこか浮かれているような気がする。心當たりがあるとすれば、せいぜいクリスマスにプレゼントをやったくらいだ。

「ところでお兄ちゃんさぁ、さっき何考えてたの?」

「何が?」

「キシマイ堂で何か考えこんでたでしょ? お兄ちゃん、すぐ自分の世界にっちゃうから分かるよ。で、何考えてたの?」

前にも同じようなことを言われた覚えがあるので、今更反論する気はなくなっていた。

「たいしたことじゃぁないんだが、ちょっとな」

「當ててみようか。それって斑鳩さんのことでしょう?」

沙彌佳は悪戯っ子のような顔で、得意げに言い當てて見せた。

「シャーロック・ホームズもびっくりだ」

俺はしだけ驚き、肩をすくめながらおどけた。いくら顔に出やすいかもしれないにしたって、何を考えていたかまではそうそう分かるものでもない。

「ふっふっふ、そうだろうそうだろうワトソン君」

沙彌佳の珍しく気を利かせた言いと口調、綾子ちゃんも笑っていた。

「で、なんで俺が斑鳩のこと考えてたのか分かったんだ?」

當然の疑問だ。それにまさか妹の口から、斑鳩の名前が出るとは思わなかったというのもある。

「うん、半ばあてずっぽうだったけどね。実はさ、昨日斑鳩さんと會ったんだ」

「昨日? どこで?」

沙彌佳と斑鳩が? どういうことだ。

話によれば、街中でばったり斑鳩のやつと鉢合わせたのだという。それも両手に花の狀態でだ。その際に俺とのことを口走っていたらしく、それでなんとなくそう思ったらしい。全く、拠なんてないのに、そういうのにやたらと敏の勘というのには、ほとほと恐れった。

「斑鳩のやつ、何か言っていたか?」

「ううん。なんか良く分からないこと言ってたよ。意味深ってやつなんだろうけど、全然分からなかった」

昨日のことを思い出したのか、綾子ちゃんも二度三度と頷いている。

「そうか」

俺もそれ以上は追及することなく頷き、一言短くそえた。

週が明けた翌週、學校で珍しい組み合わせと出會った。藤原真紀と斑鳩だ。

「よう。こいつはまたえらく珍しい組み合わせだな」

二人を見かけた俺は、冷やかしついでの挨拶をした。

「よっ九鬼。もしかして真紀ちゃんと知り合い?」

「まぁな。そういうおまえは真紀をナンパか?」

「そそ。っていうか真紀だなんて、二人ってそういう関係? だとしたら止めといた方がいいかな」

相も変わらず下世話なやつだ。だが俺はこのは気にらない。そんなと関係など持てるはずがない。

「まさか。このと、おまえの考えているような関係であるはずがない。ナンパするんだったら好きにすりゃぁいい。俺は止めない」

「なに、隨分な言い草だねぇ」

ケラケラと笑っている斑鳩と対象的に、真紀はいつもと全く変わらない無表だ。おまけに久しぶりに會ったというのに、挨拶の一つもなしだ。

「言っておくけど、私はこの人のことなんてなんとも思わないわよ」

顎で斑鳩に向かって示しながら言う。無表と思ったが、聲にはどことなく不機嫌さが滲んでいるように思えた。

「そうか。ま、選択権はあんたにあるしな。あんたの好きにすればいいさ」

俺は言うだけ言うと、さっさと二人から離れた。別に俺はあの二人がどんな関係であろうと、これからそんな関係になろうとどうでも良いことだ。まぁ、あの狐が斑鳩を選ぶことはないだろう。

そう考えてみると、真紀の好みのタイプはどんな奴なのだろうかとふと思う。それこそ下世話なことかもしれないが。

「九鬼は今日もお姫様二人のところに行くんだな〜」

「何、あなた好きな子ができたの?」

斑鳩の何気ない一言に、真紀がこれまた珍しく食いついてきた。

「そうだよ。こいつ一匹気取ってるわりに、意外とヤリ手なんだよ。すごい可い子捕まえたんだよな?」

ニヤリとしながら俺に聞いてきた。こいつ、まさかさっきの冷やかしの応酬を……。

ありえないことじゃない。この斑鳩という男はそういう人間なのだ。こいつのやることすことには、何かあると薄々考えてはいたが、これからはもっと気をつけるべきだと改めて再認識させてもらった。

「ふん、別にいいだろう、そんなことは。それに一人は妹だ」

「くくくく、そう怒るなよ」

全く、なんだというんだ。俺は舌打ちしながら足早に二人の前から消えた。その背中に、真紀の視線が抜いているのに気付くことはなかった。

校門を出たところで、綾子ちゃんが一人で待っていた。最近は學校が終わってから勉強會をやるというので、良くこうして二人して學校前で待っていてくれているのだ。

「待たせたな。沙彌佳は?」

「先生とし話があるみたいです。待ってようとも思ったんですけど、先に帰っていいよと言われたので今日は私だけです」

「なるほど。しかし先生と話ってなんなんだろう」

「多分、進路のことじゃないかな」

すこし曇ったような顔で綾子ちゃんは言った。

「さやちゃん、先生からもっと上の學校に行くべきだってずっと言われてるんです。今週までは変更もギリギリで間に合うそうなので多分、それで……」

そういうことか。確かに教師としてはその方が良いと判斷するのは當然だろう。しかし、そんなのにまで一々口出しするのは間違いではないのか。本人が一番行きたいという所に送り出してやることが、本當の教師ではないのだろうか。まぁ、かく言う俺自、沙彌佳にもっと上に行けと進言したこともあったわけだが。

「沙彌佳はどこに行けと言われたんだろう?」

「N校って話も聞いたことがありますけど……どうなんでしょう?」

「N校って……マジか」

N校と言えば、全國トップクラスの進學校だ。ちなみに関西のN校とは違って、共學の公立校だ。

それにしても、あいつの績が良いのは知っていたが、まさかそこまでのレベルとは初耳だった。我が妹ながらとんでもない奴だ。

「詳しくは私も知りませんけど、そういう噂が流れたことがあったのは本當です」

「そうか……」

しかし、妹がもし本當にそのレベルだとしたら、それはそれで兄としての威厳が……。いや、そんなことを気にするようなやつでないことは俺が一番良く知っていることであるが、そうとは分かっていても不思議な嫉妬のような気持ちを覚える。

なんにしても、このことは多分両親も知っているはずだ。父さんや母さんはどう思っているのだろう。俺の知らないところで、そういう話をしていたのだろうか。それはそれで構わないが、家族だというのに何も知らされていないというのは関係ないとしても、それはそれでなかなかに寂しいものだ。

「九鬼さん?」

「ん……?」

「あ、いえ、なんでもないです」

「おいおい、気になるぜ」

笑いながら綾子ちゃんに続きを促した。綾子ちゃんは勘の良い子だから、何か俺の気持ちを悟ったとも考えられる。

「はい……あの、さやちゃんはきっと、九鬼さんのことを考えて何も言わなかったんだと思います。もしそういうこと言ったら、絶対に上に行けって言われるのが分かってたからだと思うんです。だから」

俺は苦笑いを浮かべながら、綾子ちゃんの言葉を遮るように頭に手をやった。

「大丈夫だ、分かってるよ」

その通りだろう。実際に俺はそんな話をせずとも、それを促したのだ。あいつとしては、余計に話にくくなったことだろう。本當に話すつもりがあったのならの話だが。

これは自惚れかもしれないが、要するにあいつはまだ俺から離れたいとは思っていないわけだ。他に何かやりたいと思えることができた時、必然的に俺からも離れていくことだろう。

「っと、すまん。つい癖で」

慌てて綾子ちゃんの頭から手をのけた。相手は沙彌佳ではなく綾子ちゃんだというのを、すっかり忘れてしまっていた。

「いえ……九鬼さんにそうされると、なんか気持ちが良いってさやちゃんが言ってましたけど、本當かも」

「そうなのか?」

はにかむような顔で笑いながら、綾子ちゃんは頷いた。今までにない新しい表だった。彼のそんな新しい部分を見つけるだけでこっちもまた嬉しい気分になるのはどうしてなんだろう。

「な、なぁ。これからし遊ばないか?」

「ええ? 今から、ですか?」

「ああ。勉強勉強ばっかりじゃぁ息もつまるだろ? 息抜きも必要だと思うんだが、どうかな」

「で、でもさやちゃんが帰ってきたら……」

「なに、ほんの一時間かそこらだ。それに、今日は家に帰るんだろ? だったら沙彌佳に気を遣う必要もない」

し考えた綾子ちゃんは、一時間だけならというのを條件に、申し出をけてくれた。

「良し、それじゃぁ早速行こう」

「あっ」

俺は綾子ちゃんの手を引き、駅に向かった。

綾子ちゃんは小さくくような聲をらしながらも、その手に力をこめて俺の手を握り返してくれたのだった。

電車に乗って降り立ったのは、繁華街にほど近い一畫にある公園にいた。ここは一ブロック隣にある神社の祭り事のため、それを狙って、屋臺などの店商が軒を連ねているのだ。この催しは毎月、月末に行われており、何年か前までは毎月沙彌佳と二人で訪れていた。

沙彌佳をのけ者にするつもりがあるわけではないが、たまには良いだろう。それに、俺だって健全な一男子なのだから、の子とこういうのに來てみたいという気持ちもある。

「わあ、平日でもこんな風に屋臺が出ることってあるんですね」

「そりゃぁそうさ。祭り事に平日も休日も関係ないと思うぜ。まぁ、休日にした方が人が多く集まるのは間違いないだろうけど」

綾子ちゃんは屋臺といえば夏、というイメージがあるらしく、あまりこういったものとは縁がなかったらしい。今まで親の都合に付き合わされていて、人並みに催し事を楽しんだことのない彼にとっては、これだけでもかなり新鮮なのだろう。

今日の屋臺はやはり食べ歩きができそうになっているように、様々な食べを売っている屋臺が多かった。この屋臺の列は、一ブロック先の神社の境の手前まで続いているのだ。

小學生の頃は、毎月この日が來るのが楽しみで仕方なかったものだった。この日のために、母の仕事を俺と沙彌佳二人で手伝い、小遣いを貰っていたのが懐かしい。

「あれ、なんだろう」

綾子ちゃんが指し示した先に、何かが焼けて煙りがもくもくとあがっている。

「ああ、串焼きだな、あれは」

「串焼き?」

目を輝かせながら綾子ちゃんは、俺の串焼きの説明を聞いていた。

「串焼きなんて、俺も隨分と久しぶりだな。一本買うか。

すみません、二本お願いします」

屋臺の前で止まり、店の親父に頼む。親父は気前良く、すぐにの塊が刺さったものを二本、目前の炭火の上に置いた。置かれた

瞬間、ジュウジュウという味そうにが焼ける音がでた。親父は、が滴っていくの塊に、特製のタレを刷を使って塗り、裏返しにする。

「はい、二本で八百円ね。毎度あり」

金を渡し、串焼きをけ取った。焼けた味そうな匂いを発している。

「ほら」

綾子ちゃんに手渡して、俺は早速一口で一個目の塊をほお張る。久しぶりに食べるせいか、とても味くじる。

「さあ、遠慮しないで食べてみなよ、うまいぞ」

「ありがとうございます。それじゃ」

控え目におちょぼ口でに噛み付いたのを見て、つい笑ってしまった。

「違うな綾子ちゃん。こういうのは上品にじゃぁなくて、こう、思いきってかぶりつくんだ」

俺は大口を開けてにかぶりついた。そのまま串をスライドして串からを外し、そのままを口の中へと転がした。

それを見ていた綾子ちゃんは、恥ずかしさからどうしようかと迷っていたが、彼なりに口を大きく開け、かぶりついた。

「そうそう、そんなじだ」

俺はニヤリとしながら、また一個をほお張った。綾子ちゃんもそれを見て笑みをこぼしている。

「どうだった、初めての串焼きは」

食べ終え、また神社の方へと人が流れていく中それにしたがって歩きながら想を求めると、おいしかったですと満面の笑みを浮かべた。それを見ればこっちも満足だ。

「そうか、良かったよ。それに、あそこのは普通のよりはが大きめだったな」

「へぇ、そうなんですか。でも確かに私には一個が大きかったです」

「ああ、君には確かに大きかったかもな」

「……そういえば」

「ん?」

ゆっくり神社に向かって歩きながらとめどなく話しているうちに、話題は沙彌佳のことへ移っていった。どうもあいつは、新學期になってからというもの、やたらと注目を浴びるようになったのだと言う。元々注目を浴びやすいやつではあったが、最近は特にそれが顕著らしい。

「でも確かにさやちゃん、し変わったような気がします」

「かもな。それは俺もなんとなくだが、そう思うよ。なんていうのかな、浮ついてるようなじだ」

「そうなんですよね。最近すごく元気だし、かと思えば上の空だったり……緒が激しいんですよ、さやちゃん。

でも、それすら人目を惹きつけてるようなじなんです。……私が思うに、そんな風になった原因って」

その時、によっておこった金屬がこすれるような大きな音と同時に、ゴムが思い切りれたような音の後に金屬やガラスが割れる耳をつんざく音が辺りに響いた。同時に何人ものび聲もあがる。俺も綾子ちゃんも、周りの人々も言葉を失い、何事かとその音のした方へ目を向けた。

「大変だっ、車が突っ込んできたっ」

誰かが事故が起こったというのを大聲でんでいる。

「事故?」

視線の先には徐々に人だかりが出來始めており、そこで事故が起こったのだと分かった。

事故が起こったのはほんの目と鼻の先で、距離にして二十メートルと離れていない。

「きゃあああああああああっ!」

「!?」

やじ馬の一人がさらに大聲でび、それがまた一人二人と伝染していき、それはまるで阿鼻喚だ。

「ど、どうしたんでしょう?」

今のび聲で何があったのか分からずにいたようだった綾子ちゃんも、不安げな顔で聞いてきた。

「……俺にも分からない」

その間にも、事故現場にいる人々からは悲痛ともとれるような聲が響いている。

「……行ってみよう」

「えっ?」

好奇心に負けた俺は事故現場に行こうとすると、綾子ちゃんは俺の裾を握って、行こうとするのを制止しようとするような行をとっていた。

「綾子ちゃん……?」

「あ、あのっ行くのは、止した方が……」

やや蒼白とさせた顔をしながら、止めようとしているが、どうも好奇心を刺激された俺は現場が気になって仕方なかった。

「すぐに戻ってくるからし待っててくれないか。どうにも好奇心が疼いて仕方ないんだ」

心の中で制止してくれた綾子ちゃんに謝りながら、俺は事故現場に向かって行った。

事故により車が橫倒しになっていて、路面にタイヤがスリップしたのを伺わせる跡が、くっきりと殘っている。

事故が起こる直前に甲高い音が聞こえたが、その跡がそうであったことを思わせる。

フロントと運転席橫の窓ガラスは完全に割れてしまって、辺りに細かく散っている。

幸いにも店には突っ込まなかったようだが、それらの破片は近くの屋臺に散ってしまっているようで、軽い怪我人が出ているようだ。

そんな中、俺が目を引いたのが車の姿形だった。

「この車……」

元旦に初詣の際に訪れた神社で見た、斑鳩が乗った車に似ているのだ。

形そのものは見るかげを失いスクラップになってしまっているが、黒っぽくやや大きめの空間をした普通車は、あの時の車だと思わざるをえないほど酷似している。

俺は人だかりを掻き分けて、やめとけばいいものを、中に乗っている人を確かめようとした。

騒然となったこの現場においても、それが分かる辺りはさらに酷い狀況になっていたからだ。

「うっ……」

なぜこんなにまで人がんでいるのか、なんとか人だかりを掻き分けた先、それを理解した。

開けた先には、一人の中年の男と思わしき人が死んでいる景が飛び込んできたからだった。

その人が死んでいるというのは素人でも一目瞭然で、瞳は真っすぐにこちらを正面を向いているのに、事故っていることには、全く気付いていないかのような顔をしているのだ。

それと額の真ん中に開いたが、なんとも不自然さを窺わせ、なによりも後頭部が、真っ赤なジャムに濃紅なトマトケチャップか何かを混ぜたようなものが、べっとりとついているように一瞬錯覚したほど、ぽっかりと無くなってしまっていた。

この景を見た人の一部は、そのグロテスクな景に吐き気を催したようで、その場で戻してしまっている者もいる。さすがにじっと見ていると気持ち悪い気分になってきたため、その場を離れた。

騒然としていた現場に何臺かのパトカーが來て、徐々に場が落ち著きだしていた。俺はパトカーが來たのを見屆けると、綾子ちゃんを連れて公園を出た。もう縁日なんて楽しむような雰囲気ではない。

綾子ちゃんの制止を聞かずして事故現場に行き、そこから戻った俺を見た彼はやや心配そうにしていた。ふと窓ガラスに寫った自分の顔を見て、その理由が分かったのだ。

(顔面蒼白ってこんなことをいうんだな)

ぼんやりと自分を見ながらそんなことを思っていると、綾子ちゃんが自販機で買ってきたココアを差し出してきた。禮を言いながらそれをけ取り、一気にに流し込んだ。きっと、ココアやコーヒーといったものには高ぶった気持ちを鎮める効果があるということなので、ココアを選んだんだろう。一気に飲むと、そのの熱さで火傷しそうになるが構うことはない。

「すまん、し落ち著いた」

「いえ。大丈夫ですか?」

綾子ちゃんの問いに、肩をすくめながら苦笑するしかなかった。當たり前だ。事故の狀況など見たがらなかった彼に、どうして後頭部がなくなっているから、などと言えるだろう。そんなこと言えるわけがない。

「行こう」

自販機橫の空き缶れに缶を投げれ、駅に向かって歩き出した。一応時間も一時間だけだと言ったことだし、頃合いだろう。こんなこと言うのもなんだが、一時間なんて守るつもりもなかったのだが、奇しくもその通りになってしまったのだ。

これは別に俺のせいというわけでもないが、った手前、なんだか悪いことをしたような気になったというのもある。

「あの九鬼さん。あまり気を落とさないで」

「ん、ああ、大丈夫だ」

やはり顔に出ていたのか、綾子ちゃんがそんなことを言った。俺が単純なのか彼が鋭いのか、それとも両方なのは分からないが、こんな風に察してくれて気遣ってくれると嬉しいものだ。

帰りの電車の中、揺られながら先ほどの事故現場のことを掻き消すように綾子ちゃんと話していた。

しかし、それももう終わりだ。綾子ちゃんの降りる駅が近づいてきたのだ。車のアナウンスもそれを知らせ、スピードも落ちはじめ、駅に到著した。

「それじゃぁ、またな」

「はい。あの……も、もし良かったらまたってくださいね。それでは」

途中から早口になり、顔も赤くなっている彼は、お辭儀して足早に電車を降りていった。

ドアが閉まってき出す電車をホームで見守っていた綾子ちゃんは、いつか見た輝いているような笑顔を浮かべていた。

いつもよりも遅れた帰宅途中、地元の駅の帰り道でも俺は、さっきの車のことが頭から離れないでいた。あの車、ほぼ間違いなく神社で見た車だ。あの時斑鳩と會っていたのは、さっき死んでしまっていたあの人なのだろうか。

第一、死に方が普通じゃない。明らかに事故で死んだわけでないことが素人にも分かったし、後頭部の狀態が本か何かで知った、銃によるものであるような気がしてならなかった。もし銃によるものだとしたら、走行中に狙撃されたことになるし、そんなことをやらないといけないような理由があったというのか?

そこで、去年のクリスマスに起こったという、暴力団による抗爭なんかのためだったのなら、というのは? 確かあの事件にも、銃が使われていたとか言っていたのが思い出される。

もし、もし仮りにだ。それらが正しいとしたら、それに関わっていたかもしれない斑鳩は一何者なんだ。どことなく変わった雰囲気。唐突に姿を消した三週間。何か、そしてその斑鳩に何かしたら関係があったかもしれない、黒塗りの車に乗った人……。

一度考え始めると、どうにもそれらのことに首を突っ込みたがるのは、俺の分なのだろうか。気付けばすでに家の前でそんなことを考えていた俺は、かぶりを振って家の中へった。帰ったことを告げても反応がなく、誰もいないのかと思われたが沙彌佳の靴があるので、妹だけは家に帰っているようだった。

「やれやれ、反応がないから寢てるか音楽でも聞いてるのかと思えば……」

階段をあがって自室へ戻ると、俺のベッドの上で俯せになって沙彌佳が寢ていた。この季節にも関わらずスカートをはいていて、そのスラリとした腳がめくれたスカートから投げ出されている。

(こいつ、思ってたよりも腳が長いんだな……)

スカートに隠れて下著は見えないが、あとほんの一、ニセンチかすだけで見えそうな際どいもので、ふとももとのラインはしっかりと見えている。それがやけに扇的だった。

俺はどういうわけか、その様子をいつしかベッドの脇に立って、じっと見つめていた。手を恐る恐る、ゆっくりと沙彌佳の右足にやった。指先を軽くれる程度のものだが、起きてしまわないかと妙ながあった。

起きる様子のないのを見て俺は、大膽にふとももにれた。指先で軽くれるようなものではなく、そのをしっかりと摑む。きめ細かい、張りがあるが、手に吸い付いてくる。ゴクリと生唾を飲んで、そのまま手をゆっくりと足のつけの方へとかしていく。

指先がスカートにかかった時、さすがにこれ以上はまずいと思いとどまって、手を止めはしたものの、こんなことをしてもまだ起きそうにない沙彌佳を見ると、後しくらいならと再び手をかしはじめた。

指先をスカートの中にれると、すぐに下著にれたのが分かった。手はふとももから完全にれている。

再び生唾を飲む音が聞こえ、さらにその奧へと手を進めた。の表面は、とてもすべすべしていて気持ちが良い。

(何をしているんだ、俺は……)

俺は何を思ったのか左手で、沙彌佳の左足のつけあたりをまさぐった。

(このままスカートと下著を取っ払うのか……)

左手でスカートの裾をめくると、下著とその布地に隠れきれていないが現れる。下著はピンクをした、を半分ほど隠すタイプのもので、が半分ほどはみ出ている。いや、はみ出ているというよりも、そのサイズが小さめなのか。なんにしても、下著はもっと可い子供らしいものかと思っていたので、その予想が大きく外れたのは意外だった。

というよりも、つい一ヶ月くらい前までは、こんなタイプの下著を穿いていなかったような気がする。洗濯として干されているのも、見たことがない。妹が最近、よく人から注目されるようになったと綾子ちゃんが言っていたが、これもその顕れなのだろうか。

(もしかして、誰か好きな奴ができたのか?)

ありえなくもない話だ。したの子が下著の趣味まで変わるというのは良く聞く話だし、最近の沙彌佳の態度から考えれば、それは十分に考えられる。

ここは普通であれば、兄として良かったじゃないかですみそうなものだが、不思議と妹にこんな、今までに穿くことのなかったタイプの下著を穿かせるまでに変えた奴のことが、無に気にらなくなった。

サイズがし小さいため、ピッチリとに張り付くようになっていて、割れ目までくっきりと浮き出ている。いつしか部屋に荒い息使いが聞こえはじめていたが、俺は気にすることなくの割れ目に食い込んでしまっている下著の上から、その部分にれた。

(ここが沙彌佳の……)

もっとガキの頃、一緒に風呂にっていた頃には妹のそこを見たことはあったが、風呂にらなくなってからというもの、こうして見たのは初めてだ。

食いるようにその部分を見ていると、目前に下著ごしに沙彌佳の部が迫っていた。顔を近づけすぎていたのだ。それでも俺は、その食い込んでしまって浮き出た筋を、何度もなぞるように往復せた。その部から沙彌佳の溫をじる。

直にを摑んでいた右手を、さらに割れ目に向かってかそうとした時だった。

「ただいまー」

「!」

突然、玄関のドアが開かれる音とともに母の遙子が帰ってきた。我にかえった俺は、急いで沙彌佳の下半から手をどけて、スカートを戻す。

「あんた達、いないのー?」

下から俺達を呼ぶ聲が聞こえる。

「お、おかえり」

平靜を裝いながら下に降りていった。母の手には病院の薬がぶら下がっていて、病院に行っていたのが分かる。

「何、ちゃんといるんじゃない」

「ああ。俺も、つい十分かそこら前に帰ってきたばっかだから」

「そうなの。沙彌佳は?」

「相変わらず俺の部屋で寢てた」

肩をすくめながらそんなやり取りをしているうちに、沙彌佳が降りてきた。

「ぁ、お兄ちゃん、お母さんおかえり」

「ただいま」

今しがたまで寢ていたのが分かるような雰囲気で、俺がしていたことには気付いていない様子だ。沙彌佳の様子を見た俺は、小さく安堵のため息をついた。

(あんなのがバレちまったらおしまいだ)

母と何か話している沙彌佳を見ながら、俺はなんであんな行をとったのか自分でも分からずに、ただただ、妹が気付かなかったことに安堵していたのだった。

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