《いつか見た夢》第67章

幾度となく深呼吸を繰り返していた。

たった今の今まで、FSB部隊のボスだった男とやり合ったばかりのためだった。

數回の深呼吸のあと、俺は廊下にできあがった三つの死をよけて通って、ようやくターゲットのいるらしい部屋にたどり著くことができた。

俺は一度、閉じられたドアについている小窓から部屋の中を探ってみたところ、中では実に奇妙なことになっているのが判った。なんと、すでにターゲットらしいFSBの將校がくたばっていたのだ。

全くわけのわからない狀況になっている。俺は警戒しながらドアを開けた。

ドアを開けて中にって將校の男を確かめる。だが確認するまでもなく、ターゲットだった將校はすでに死になっているのはわかる。今しがた倒してやった佐と同様、この死にもぽっかりと額にが開いているためだ。

うつろな眼差しでどこかを見ている死は、口髭をたくわえ、まさしく一國のトップ局員といった服裝と雰囲気をじさせる。

いや、じさせていたというのが正確なところだろう。もう息はしていないのだ。死に歩みよろうとした瞬間、背後に何か気配をじた俺は銃をそちらに構えながら、素早く振り向いた。

振り向いた先には、一人の男がそこにいた。なりや雰囲気を含めその男こそ、この政司局員をただの塊に変えた張本人に間違いない。

意外だったのは、男が俺と同じ、東洋人らしいということだった。悍で、わりと整った顔立ちをしている。らしいというのは、東洋人というにはどこかイメージからは遠い顔立ちをしているのだ。

いうならば東洋人と白人のハーフ、いや、もっと近くてクォーター、そんなじだ。まだ若いようだが、なんとなく二十代半ばか後半のようにも見えなくもない。

部屋の窓は割られていている。當然、この男が外から室に侵した際にできたのだ。豪奢なVIP用の室に、たくさんのガラスが散らばっていることからも、それは明白だ。

廊下で部隊のボスとやり合っていたのは、せいぜい、ほんの二分かそこらだ。この男が將校をやったのは間違いないことだが、問題は部隊のボスが部屋から出て、俺が部屋にるまでの二分かそこらの時間で、部屋に押しって驚く將校を始末するまでの手際のよさだ。

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それだけのことだが、そこから目の前の男が工作員として、相當な腕前であることが予想できる。

「何者だ」

俺は銃を構えたまま低い聲でぶ。當然のことだ。ターゲットが死に変わっていたのだから中を警戒するのは當たり前であったにもかかわらず、男はそこに留まったままなのだ。

「……おまえが九鬼か」

同業者としてか、男はなかなかにいい度をしている。俺はぴったりと相手の心臓をとらえていて、何かあれば瞬きするほどの時間のあとには死に変えてやることができるのに、全くじる気配すらないのだ。

「だとしたらどうだっていうんだ」

銃口を向けているのはこちらの方だというのに、男はいたって冷靜で、思わずこっちがんでしまった。

なにより、初対面だというのになんでこの男は俺の名を知っている。まさか、もう俺の顔寫真がFSBの連中に知れ渡ったとでもいうのだろうか。

あるいは、他の対組織でもいい。この場合は後者の可能のほうが高いかもしれない。もし男がFSBだとすれば、自分の上司ないし組織での幹部を殺すなど考えにくい。

「そう構える必要はない。別に俺はおまえの敵じゃない」

「敵じゃないだって」

続けて、じゃあ味方だといいたいのかとぼうとした時、部屋の外からび聲とともに、この部屋に向かって走ってくる音がしたのだ。

「こっちもやられてるぞ」

そんな聲がした直後、開いたままになっていた扉にFSBの制服を著た二人が顔を覗かせた瞬間、その二人はを銃弾で貫かれて倒れた。

俺は現れた二人のうちの手前のやつしか狙っていない。つまり、もう一人は部屋にいた男が撃ったことになる。男のほうを見れば、何も持っていなかったはずの右手に、俺と同じマカロフがあった。

「あんた……」

そうつぶやくと、男は靜かに肩をすくめて言った。

「これでなくとも、今は君と敵対するわけにはいかなくなったな。俺もここからはうまく出しなくてはならないんだ。

どうだ。ここは一つ、出するまでは協戦にしないか。敵はあと、ざっと計算しても五十人からは乗っているからな」

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「五十人も……」

俺が軽く計算したときは二十人はいるとは思っていたが、さすがに一人であと五十人を相手にできる自信はない。どうやら、FSBはよほど重要なものを運んでいたらしい。

そう考えて、チラリと將校の死に目をやった。どんな理由なのかは知らないが、殺されなくてはならないほどの重要人だ。もしかすると、五十人、いや、もう今の二人もいれて六十人からの兵士が護衛しなければならないほどの人だった可能もある。

日本人の覚からするとあまり信じられないかもしれないが、歐米ではしばしば政府の重要人が死ぬことがある。當然、それらは全てといっていいほど暗殺者の手によってだ。殺されたとは一般には公表されず、事故という形で処理されるのだ。

一年くらい前までの俺なら、そういった報は全て鵜呑みにしていた。今となっては、その最前線に送り込まれたである以上、それらの事件に何かしら裏があったのだと見るようになったが。

ともかくだ。まだ最後の訓練中であるとしては、今ここで死ぬわけにもいかない。

「分かった。あんたが何者かは知らんが、ここは協定を結んだほうが良さそうだ」

俺は男の提案に頷いた。

「決まりだな」

提案を飲んだ俺に、男が薄く笑っていう。

「それで出はどうするんだ。話じゃぁ、この列車は終點のモスクワまでノンストップだ。まさか、そうなる前に飛び降りるとかいうんじゃぁないだろうな」

「安心するといい。きちんと出プランはあるさ。もちろん列車より、モスクワまで早く著くことができる。なんだったら君も一緒に來ればいい」

魅力的な提案だ。列車よりも早くモスクワに著けるなんて思いもしなかった。ずっとこの列車に乗っていても、モスクワに著くまでに途中下車しろなどと、なんとも無茶苦茶な指令が書かれていたのを思い出した。

「よし。俺についてくるんだ」

男は言葉のあとにすぐに部屋から出た。俺もそれに続く。

暗い赤の絨毯の廊下には合計で五つの死が転がっている。うち四つは俺の手によるものだ。

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全く、自分がまさか人殺しになるなんて、去年まで想像すらしなかったことだ。そして、昨日今日で初めてであったのに、すでに覚としては當たり前のように馴染んでしまっていることのほうが、俺としては驚いているほどだ。

男と二人で、一丸になって後方車両へ向かって走る。男の話では最後尾の車両まで行くという。さらには、乗り込むときはもっと後ろの方かとも思ったがターゲットのいた車両は、後方ではあったがまだ中腹といったあたりに位置していたらしい。

各車両には二人から三人の人員が配置されていて、一人一人はそう大したものでもなかった。思えば、昨日は國境で四人、今日も乗り込んで始めに遭遇した連中も六人だった。

いきなりここまでの複數を相手にしてしまうと、覚が麻痺するのかもしれない。それに俺にとっては、今回が初めての経験だ。こんなことが普通なのかどうかなんて知りえるはずもない。

「とまれ。どうもここが最後の難関らしい」

そういう男は、親指で扉についている窓から車両の中を指差した。そっと見てみれば、言う通り確かに難関かもしれない。中には九人もの男達がいたのだ。まだ俺達が扉の前にいることには気付いてないようだが、連中は全員が武裝している。

「九人か。なんとかできなくもない、といったところだな」

俺がつぶやくと、男が笑った。

「君はとんだ馬鹿なのか、それとも相當な自信家なのか」

「どちらでもないぜ。だが、なんとかしないといけないのは変わらないんだ、援護してくれ」

どちらとも知れずに息を合わせ、ドアノブに手をかける。

「待て。こいつを使おう」

踏み込もうとしたとき、男がポケットから何かを取り出した。タバコの箱程度の大きさのそれのスイッチを押して鋭くいう。

「目をつぶれ」

即座にそれがなんであるかを理解した俺は、中から顔を背けて扉のに隠れる。

男が扉を素早く開けて、黒い箱のようなものを連中に向かって投げる。次の瞬間、車で閃がほとばしった。

男が取り出したのは、閃弾だったのだ。中から何かび聲があがる。

「今だ」

男の聲で俺は扉を蹴破って中に突し、目前の男二人に向かって発砲した。

続いてその右隣にいる男のにも赤いが散った。

すぐさまを伏せて近くのをひそめると、直後に背後から銃聲が二回。男が発砲したのだ。

「これで後は四人だ」

通路を挾んで反対側のに隠れた男がぶ。

俺は大きく頷いて、から右手と右半分だけ顔を出して連中に二度撃ち込んだ。一発は外れ、もう一発は一人の左足に命中する。

足を負傷した奴が鋭くんでに隠れた。怪我をしつつも、しでもを護ろうとする姿勢はなかなかの心掛けだ。

今度は反対側にひそむ男が、連中に向かって発砲した。

ひどく醜い聲があがって、短く連音がする。こちらに向かって反撃しようとをだしたところを、男に撃たれたのだろう。

その隙に俺はから出て、し先にあるソファーの橫に移した。ここからなら、連中のうちの一人が出てきたときよく見えそうなのだ。

さぁ、早く姿をあらわすんだ。その瞬間、俺の弾丸でぶち抜いてやる。

いったん両者の撃ち合いがやんだ。いやな空気が流れていく。

俺は銃撃が止んでからも、隠れている一人のいる場所に銃口を向けたままだ。張から気付けば、握っているグリップに汗が滲んでしまっている。大丈夫とは思うがらないか心配になってしまった。

たいして時間は流れていないはずなのに、妙に時間の経過が遅くじた。口の中はカラカラに渇いていて、なぜだか鼓の音が大きく聞こえた。

その時、銃を向けていた辺りから影がいた。そこに向けたままの銃口から、一発の弾丸が発砲されて影にぶち當たる。

それを皮切りに再び俺の後方から、二発の銃聲があがって止んだ。

靜まり返った車には列車の走行する音と、揺れて車の金屬がきしむ音だけが響いている。

背後に人がきた気配をじた。男がやってきたのだ。

「なかなか良い腕をしてるな」

顔をあげて男を見ると、九人もいた車の靜けさになにを思っているのか、どこか遠い目をして、俺達以外誰もかなくなった車を見回している。

「そういうあんたこそ、すごい腕してるじゃないか。これまでのところ、百発百中だ」

そうなのだ。この男が全ての敵をみんな一発で沈めてきていることは、決して並大抵のことではない。一人につき一発。これをほぼ正確にこなしているのだ。

撃は結構得意なんだ。だが、君のように一瞬で二発も三発も撃てないがね」

は何十発もの弾丸が飛びったせいもあって、硝煙の匂いがたちこめていた。俺はそうかい、といいながら肩をすくめ立ち上がる。

次の車両へ移を始めた矢先、死のすぐ橫にまだ一人、息があるものがいた。顔面を蒼白とさせて、足からはとめどなく出が続いている。そのせいか、眼窩がこころなしかくぼんで見える。

俺が足に當てて、に引っ込んだ奴にちがいない。

「出がひどいな。多分、うちももにある脈を傷つけられたんだろう」

男が説明する。確かに想像以上の出で、辺りにはの池ができている。もちろん心臓がき続けるあいだ、出は続くのだから當然ではある。ましてや、脈を傷つけられているのだ。

いや、傷つけられた程度ではここまでの出はしない。完全に、脈をぶち切ってしまっているはずだ。そうでもなければ、ここまでの出はないだろう。

自分で招いたこととはいえ、こんなのを見せ付けられるとさすがの俺も気分が良くない。だというのに男は、倒れている奴にとどめをさせと促してきた。

「別にいいだろう。もう、こいつは助からないはずだ。だったら、わざわざとどめをさす必要はないはずだ」

俺は男にたいして苦い顔で睨み返した。

「確かにそうだ。しかし、この男が何かしら、こちらに不利になるようなダイイングメッセージをさないとも限らない」

この世界の道理として、男の理論はもちろん正しい。俺とてそう思う。だが、もうほうっておいても死ぬのは確実という奴に、俺はどうにも引き金を引く気にはなれない。

そう思って戸う俺に、男は倒れてもう意識もまともになさそうな男に対して、無言で銃口を向けた。俺がそういうのなら、自分でやるということだろう。

俺には止める権利などない。今一度いうが男の言い分は、俺達の世界ではこうすることが當たり前のことなのだ。教だった服部もやはり、同じことをいっていた。

乾いた音が車に短く響く。そして再び車は、列車の走行音と金屬のきしむ音だけになった。

「……君は優秀なやつだが、詰めが甘いな。こんなことでは、いずれ死んでしまうぞ」

「……かもな」

俺は男の言葉に肩をすくめて、ぶっきらぼうに一言そういうだけしかできなかった。

「行こう」

そんな俺をどう思ったのか知らないが、男はまた車両を移し始めた。俺は言わなくなった死を一瞥し、ため息をついた。そろそろ、列車の最後尾にきていてもおかしくないはずだ。

俺に先行する男を追って車両を移すると、車両の雰囲気が今までと変わってじた。

今までであれば、扉から車ってまっすぐ目をやると視線の先に扉の小窓から隣の車両が見えたのだが、今回はそうではなかった。向こうにはただ暗闇があるだけだ。ようやく最後尾にまで來たのだ。

俺が車ったのとれ違いに、男が先の扉を出たところだった。俺も男を追って足早に移する。

「ここからどうするんだ」

から出た俺が、一足早く出ていた男にむかってぶ。走行音と風をきる音が大きくて、普段の聲量では相手には聞こえないのだ。

外はすでに真っ暗で、列車かられるによって、線路周りの雪が反して輝いている。

「今から屋にあがる」

男が短くいう。俺が反問する前に男は、橫に取り付けられている出り口を開けて、外に出ようとしていた。

俺が乗り込む時に行った逆の行程をして、起用に屋にあがっていく。男があがりきり、見えていた足が出り口の上、外側に消えていった。

「くそ、またこいつをやらないといけないのか」

乗るときもそうであれば、降りるときもやはり同様に危険が孕んでいた。全く、降りる時くらいは普通に降りたかった。

心で毒づきはするが、しのごのいっていられる狀況ではない。意を決して、男に続いて出り口から顔を出して、男が消えた上のほうを見る。

なるほど。うまくすれば、上に上がれそうな作りになっている。屋には手がかけられやすそうになっている出っ張りがあり、扉も風の影響で勝手に閉まることもない。後は自分のやり方次第といったところだろう。

まずドアノブに左足をかけ、反をつけて一気に屋の出っ張りを摑んだ。懸垂の要領でを持ち上げていき、肩が屋の出っ張りよりも高くなったところで、右足を大きく振って出っ張りにまでやった。

今度は左手を逆手に出っ張りを摑み、同様に右手も逆手にする。後は再び、出っ張りにかけた右足と両手の力でを持ち上げていき、屋にあがることができた。

「こんな、途中、下車もっ、二度と、ごめんだっ」

息が荒くなってしまっているために、言葉もとぎれとぎれになってしまった。屋にあがると、その風圧にがよろめいて落ちそうになる。

一瞬、全からの気が引きそうになったとき、俺の襟首が摑まれた。見上げると、男がしっかりと俺の襟首を摑んでくれていた。

「気をつけろ。もうしの辛抱だ」

男がぶ。俺はただ頷くばかりで、何も言葉にはできなかった。さすがに今のは冷や汗をかいてしまった。

しかし、大勢の敵を相手にするときはそうでもなかったくせに、こんなときに冷や汗をかくなんて、我ながらおかしな話だ。そう思うと、思わず苦笑してしまう。

「なんだ。こんな狀況で笑うなんて、やはり君は普通じゃないな」

「いや、なんだか自分がおかしなことになってると思うとな。それに、そういうあんたも笑ってるぜ」

俺が指摘すると、男は一瞬だけ真顔なったあと、再びふっと笑った。張り詰めていた張から解放されて、らかいものごしをした笑顔だった。

「君にあてられたのかもな」

一言だけそういい、男は摑んでいる襟首を一気に引き上げた。

「ここからあと數分のところに、急カーブする箇所がある。そこにきたら、ここから飛び降りるんだ」

「飛び降りるだって」

何を馬鹿なことをと言おうしたところ、すかさず男が口を開く。

「急カーブになるため速度が落ちるんだ。そこで俺の仲間が待機している」

「なるほどな。だから最後尾まできたってわけか」

俺が男の作戦を聞いて力強く頷く。飛び降りるにしたって、危険のある中腹よりも最後尾で飛び降りたほうが無駄な力を使う必要もなく、列車のく力を利用して飛びこめるというものだ。

相當に用意周到だったようで、男に続けざまに言われた俺は、ただだまって頷く以外になかった。まぁ、いい。そういうのであれば、俺も付き合うしかない。

どのみち、モスクワに著く前に途中下車しなくてはならなかったのだから、これはこれで悪い條件じゃない。モスクワまでの足は、他で調達すればいいだけの話だ。

俺は、屋の上で中腰になって列車の先頭付近を見つめていると、男のいう急カーブの地點にきているのがわかった。気付けば、列車の速度も落ち始めている。吹きつける風の勢いも、しずつおさまりかけていた。

「そろそろだ。心の準備はしておいてくれ」

「大丈夫だ。いつでもいける」

互いに頷きあい、張した面持ちでカーブの辺りを待っていると、下が騒がしくなってきているのに気がついた。今までは風をきる音で気がつかなかっただけかもしれないが。

「どうやら殘りの連中も気がついたらしい」

男が言い終えるのと同時に、すぐ下、つまり俺達の真下に連中が走ってきている音がした。

俺達は黙って息をひそめる。ほんのわずかな音も、もしかすると下に響かないとも限らない。車は、外からの音はシャットダウンしているが、そのぶん直に響く音はすぐに気付かれてしまうかもしれないのだ。

生唾を飲み込んで、連中が気付かないことを祈るばかりだ。いや、気付かれるのも時間の問題だろう。なぜなら、ここまで上がるさい、列車の扉を開けっ放しなのだ。気付かないはずがない。

開けっ放しの扉のおかげでここまでこれたのだから、それを責めることはできないがとにかく、しでも時間を稼ぐ必要はある。

俺は、あがってきた辺りを睨んでいると、男が肩に手をおいた。

見上げれば、立てと合図している。どうも出ポイントまできたらしい。列車はカーブを曲がろうと、さらにスピードが落ちる。

「同時に跳ぶんだ、いいなっ」

男がぶ。

頷くと同時に、下で連中が騒ぐのが聞こえた。男がんだのが聞こえたのかもしれない。

「後もうしだ、後し……今だっ」

男はんだと同時に列車の屋を蹴る。俺も続いて屋を蹴って、下が暗闇で見えない空中へ向かって飛び降りた。

「くっ」

半ば釣られる形で跳んだだけに、いざが中空を落ちていくとしばかり後悔がある。下が見えないというだけでこんなにも竦み上がるものなのかと、そして、そんなところに飛び降りて、本當に助かるのかという後悔だ。

が逆さまになろうとしていたとき、どさりと妙ながして落ちた。不思議な覚に、俺はすぐさま勢を整えようとするが、地面がぶよぶよといてうまく姿勢を保てない。

「行ったようだ」

ぶよぶよとした地面の覚に、なんの疑問も持たない男が橫で、上を見上げながらぽつりとつぶやいた。

男の視線を追って俺も上を見上げると、列車は急カーブを越えてそのまま走り去っていった。音から察するに、止まる気配はないようだ。

「それよりなんなんだ、この地面は」

気が転していたのか、俺は小さくわめき立てた。手を使ってぶよぶよする地面に力を加え、揺らす。そうすると、余計に地面が揺れた。

「簡単なことだ。ただのクッションさ」

わめく俺に男は、雪の下に隠れたクッションに力を加えて撥ねさせながら、冷靜に答えた。白い雪の下に隠れて見えなかったが、言われたように確かにクッションのようだ。撥ねて、雪がぽろぽろと落ちていく。

「おい、早くしろっ」

男とのやり取りを中斷するように、後ろの暗闇から新たに男の聲がする。非常に低く、野太い聲だ。俺は思わず聲のしたほうに、しまっていた銃を一瞬で摑み銃口を向けた。

「待て。やつは仲間だ」

制止する聲に、俺は銃口をさげた。しかし、いくら仲間だといっても、俺にとってはただ利害が一致して行をともにしただけであって、まだこの男達を信用しているわけではない。そのため、俺は銃はまだ握ったままにしておく。

「早く、そいつをしまえ。さっさとずらかるぜ」

暗闇から出てきた男は、長はニメートルに屆きそうなほど大柄な黒人の男だった。イメージに違わず、ずいぶんとマッチョな型をしている。

「とにかく、証拠は殘したくない。このクッションをしまうから手伝ってくれ」

男が俺に向かっていう。黙って首を縦に振って、クッションをおりようとする。今気付いたがこのクッション、かなりの大きさがあり縦も幅もはゆうに十メートル以上はある。いや、二十メートルはあるかもしれない。とにかく、かなりの大きさだ。おまけに雪に紛らわせるためか、も白かった。

クッションは単純に空気をいれて膨らませてあるだけのものだが、ここまでの大きさに膨らませるのには、かなりの時間がかかるのではないかと予想できる。となると、仕舞うのもまた然りだ。

すると、新たに現れた男がクッションから空気を抜き始めた。俺達は急いで巨大なクッションからおりる。巨大に膨らんでいたはずのクッションは、目の前でみるみるうちにしぼんでいく。

「このクッションは便利にできていてね。ボタン一つで膨らますこともできるし、中の空気を抜くこともできるんだ。ただし、欠點を一ついうと」

「一回きりしか使えねえってことさ」

男の言葉を引き取って、黒人の男がいう。なるほど。確かにそれは大きな欠點かもしれない。

「ボタン一つでって、どんな仕組みなんだ」

「今この場にはないが、このクッション専用の空気れみたいなものがあるんだ。そいつをボタンのある裝置に取り付ければ、後はすぐに出來上がる。判りやすくいえば、圧された空気を一気にクッションの中に送りこんで膨らませるんだ。

小型のものであれば、クッションそのものにも取り付けられてあるものも、すでに我々の世界では実用化されている」

「なるほどな。しかし、こんな巨大なものを一瞬にして膨らませる機械なんて、使い方次第じゃぁ、兵としても応用できるんじゃないのか?」

俺が嫌味っぽくいうと、男はニヤリとして続けた。

「もちろんさ。むしろそいつは、弾の発の要領を応用したものなんだ」

……どうも俺が思っている以上に、この世界の技は進歩していたようだ。

「おい、話すのはあとにして手伝ってくれ」

黒人の俺がしぼんだクッションをしまおうとしている。

「わかった。さあ、君も手伝ってくれ」

俺は肩をすくめて、クッションをしまうのを手伝うことにした。

上空から見るモスクワの街は、思っている以上に近代化されニュータウンのほうは、東京にも負けないんではないかというほどの高層ビルが立ち並んでいる。さすがはヨーロッパ第三位の都市だと関心した。

俺がモスクワの街並みを慨深げに眺めていると、パイロットがそろそろ降下するとぶ。俺達は今、ヘリコプターに乗っていた。高速に回転するローター音は大きく、普段の聲の大きさでは何を言っているのか分からないのだ。

パイロットの聲に俺は大きく頷き、隣の男は大聲でわかったとんだ。男が、今まで外を眺めていた俺に大聲でいう。

「そろそろだ、準備しよう」

「どこに降りるんだ」

俺がそうぶと男は、ある一點を指差していう。

「あのニュータウンの一畫に、我々組織が管理しているビルがある。そこの屋上だ」

大聲に負けない、力強い頷きで返した。つまり、そろそろ俺の最終訓練も終わりを迎えるというわけだ。

結局、ここまで素の知れない男と行をともにし、モスクワにまでたどり著いたのだ。しかし、移手段は特に何か言われたわけではないから、これはこれで構わないはずだ。

俺達は列車から出したのち、男の仲間が待機していた地點から車でヘリまで、暗い森のなかを移した。全を白に塗った4WDで、あれだけ大きかったクッションも、楽々積み込むことができた。

その4WDで移すること約十五分。ヘリのある地點まで移し、そのヘリに乗り込んで一旦、サンクトペテルブルグ・モスクワ間にあるヘリポートまで移した。そして、そこに待機していたヘリに乗り込んでようやく、モスクワにまで著けたというわけだ。

ちなみに黒人の男とは、そのヘリポートで別れることになった。黒人男の仕事はどうも、男を回収し、ヘリコプターのある地點まで送ることだったらしい。

その間、最初のヘリの移に約三時間。その後、待機していたヘリに乗り込んで、次の中継地點にいくまでが約二時間半。そこでは燃料の補給と、ここまでのあいだ、ほとんどゆっくりと寢ることのなかった俺に休息するよう言われて、約六時間ほどの休息時間がもうけられた。

そして、起きて軽い朝食をすませたあと、ようやく最後のモスクワまでの行程を、一気にヘリできたことになる。列車に乗り込んでからここまで、約十五時間といったところだ。もう殘り時間は二時間をきっている。

男が指差したビルの屋上にヘリを降下させ、飛び出すようにヘリからでて、急ぎビルを降りていく。

俺は早く赤の広場にまで行かなくてはならない。というのも赤の広場が終著地にしたって、そこにいる人に會わなくてはならないというのだ。

おまけにその人のことは、なに一つ知らされていないときた。となると必然的に、足も速くなるというものだ。

そんな俺に付き合う必要もないはずだろうが、男も俺に付き合うといって、一緒に赤の広場まで行くことになった。どうも、俺とこの男の目的は同じである可能が高い。

一緒に行していて分かったが、どうやらこの男は、俺と同じ組織の工作員であるらしいということだ。そうでもなければ、俺が片付けるべきターゲットを始末する必要もなかったろうし、いつまでも俺に付き合う必要もない。

昨晩の作戦はもしかすると、準備の用意周到さから考えても、本當はこの男が指令をけたエージェントだったと見るのが自然だ。

俺の腕をみるために列車に乗せ、もう一方で別のエージェントを、保険として列車に送り込む。これを立案した奴は、なかなかに頭が切れるようだ。そして、その人こそ、俺が會わなくてはならない人間なんだろう。

高さが百五十メートルは確実にあるビルを、エレベーターのあるところまで階段を使って駆け降りていく。

モスクワに來る前の休息地點で、俺は著替えを渡されて一般的なモスクワ市民の服に著替えるよう言われていた。ヨーロッパ上陸時の服はボロボロになってしまっているので、俺としてもありがたいことだった。

向こうとしては、たんにビルから抜けたあと、たった一日二日で薄汚れてボロボロになった服をしたアジア系の男がいれば、すぐに不審に思われるからだろうが。まぁ、なんにしてもこんな街中で列車で手にれた、FSBの制服を著込んだままでいるわけにはいかないのは確かだ。

いくらここが組織の所有しているビルとはいっても、中にっている企業はそんなこと何も知らない普通の企業なのだ。

エレベーターのある階までおりた俺達は、何食わぬ顔でエレベーターホールまで突っ切っていき、降下ボタンを押した。ちょうどよくし下の階に停まっていたエレベーターが、ほどなくして到著した。

一階のボタンを押すと、エレベーターが下にさがり始める。昔、舊ソ連時代のエレベーターなんかは、なかなかにおんぼろで、乗り降りするのに時間がかかっという話を教の服部がいっていたが、近年のロシアの近代化は、そういったことはもはや一昔前と言っていいほどになっているようだ。

そんなことが、このエレベーターの降下速度からなんとなくだがうかがえる。まぁ、そんなのも世界中で暗躍している、同業の先輩であるスパイどものおかげでもあるというのも、この世界にを置いて実できた。

「著いたぞ」

男の聲に頷き、扉が開いたと同時に足早にエレベーターを降りて、ロビーへ移する。スーツしか著ていない人々の中を、私服を著込んだアジア系の顔をした男二人が突っ切っていくと、幾人かが、不思議そうな顔つきでこちらを見ていたのが分かった。

「気にするな、大丈夫だ。多分、私服を著ていることに不思議がっているだけさ」

なんとなく男もその視線に気付いたのか、そんなことを言ってきた。俺はただ肩をすくめるだけで、何も言わなかった。

赤の広場は、思っている以上に閑散としたところだった。メディアからのイメージでもそれなりに人はいても、決して多いわけではないのは知っていたが、思っていた以上に人がいない。

今がたんに時間的にそうなだけなのか、やはり見た目通りなのか判斷しかねるところではあるが。

俺はGPSを使ってで時間の確認をすると、殘り時間はもう後數分しかない。

「どうやら、時間ぎりぎりで間に合ったみたいだな」

隣にいる男が、遠くを見てつぶやいた。男の視線をおったところ、その先には俺の見知った顔の人が悠然とした足どりで、こちらに向かってきていた。

「あいつは……真紀、なのか」

「ああ、藤原真紀。一応、君の上司ということになるらしい」

「上司だって? あのが?」

俺は驚いて男のほうを振り向いた。どうやら、もう配屬先もすでに決まっているらしい。しかも、よりによってあの狐が上司になるなんて……。

俺はこれから先、何かと思いやられそうな予がしてならず、思わずため息が出た。

「ふふ、彼はまだ若いがやり手だ。お小言をいわれないように気をつけた方がいい」

人ごとだと思って、男が茶化すように笑う。

「時間通りね、二人とも」

「久しぶりだな、真紀」

「ええ、久しぶりね。あなたの活躍ぶりは聞いているわ」

どうやら、真紀と男は知り合いだったらしい。二人は、どちらからでもなく握手をわした。握手がとかれたあと、真紀が俺のほうを見ていった。

「あなたも久しぶりね。しばらく見ない間に、ずいぶんと印象が変わったわ」

「変わっただって? 俺がか」

「ええ。半年ほど前までとは比べものにならないくらい鋭い顔つきになったわ」

「……そうかい。それで? 俺は最終訓練に合格なのか」

とりあえず必要なのかわからないが、サンクトペテルブルグで出會ったドミトリー・ボーリンから貰った紙を、真紀に半ば投げるように渡した。

真紀はその紙を見たあと、男のほうを見た。

「どうだった? あなたから見て彼の働きは」

「技、行力、頭の回転、どれをとっても問題はないだろう。なにより、作戦中における冷靜さは、かなりのものだと思っていい」

「おい、どういうことなんだ」

真紀と男のやり取りを中斷させ、會話に割ってった。

「つまり彼は、あなたの行を見るために私が使いに出したってわけよ」

「噓つけ、それだけじゃぁないだろう。あの列車の作戦、もし失敗したときの保険をかけたな」

「あら、気付いていたの。確かに頭の回転も悪くないわね」

ああいえばこういうとは、まさしく、こんなことを言うのだろう。真紀は平然とした態度で、淡々としたものだ。

何がおかしいのか、男は俺と真紀のやり取りを黙って眺めて、薄ら笑いを浮かべている。

「ともかく、現場の第一線のエージェントがいうなら、あなたは文句なしの合格よ。おめでとう」

まだ々といいたいことはあるが、よく考えてみれば、別に俺をはめようとしたわけではない。いちいち真紀に突っ掛かる必要はないのに、なんでか、こののやることなすことには、何か言っておかないと気が済まない。

「さて。作戦も終了だ。俺はここでお暇いとまさせてもらう」

俺と真紀のやり取りに一區切りついたとき、男がそういって背を向けた。

「待ちな。そういえば、あんたの名前をまだ聞いてなかったな。

俺の名前は知っていたようだが、こっちがあんたの名前を知らないのはフェアじゃぁないぜ」

「別に隠すつもりもなかったさ。単に君が聞かなかっただけだからな。

まぁ、いい。俺の名は田神だ。君と同じ、組織の工作員をしている。現在は、主にヨーロッパを中心にいている」

それだけいうと初めて會った時同様に、気配をじさせることなく颯爽と俺の前から消えていった。

「田神、か……。なんだか、不思議な男だな」

「ええ。彼は他のエージェントからも一目置かれた、一流のエージェントなのよ。彼の素はよく分かってないけどね」

「分かってない?」

「そう。ある日、突然私たちの前に姿を現して、仲間になることを志願してきたらしいのよ。

上も使えるのならということで置いているけど、どういうわけか経歴を一切無くしてるみたいで、どんなネットワークにも引っ掛からないの。言うなら、彼は明人間みたいなものね」

明人間……」

田神の消えたほうを見たまま、俺は力無く答えた。確かにそれはおかしな話だが、データだけが全てではない。なくとも俺は、あの田神という男のことを悪い奴だとは思えなかったことに間違いはない。

こうして何か納得がいかないような、むずい気分のまま、俺は最終訓練を終えたのだった。

東ヨーロッパを、西ヨーロッパへと向かう國際鉄道の列車の窓から、流れていく景を眺めていた。

食堂車両で、ヨーロッパの雄大な景を眺めながらの食事は、なかなかに気分のいいものだった。

食事を終え、食後のワインに舌鼓をうつというのがより優雅に過ごすためのものなのかもしれないが、アルコールの味なんて大してわかりもしない俺には、どうでも良いといえばどうでも良いものではあった。

しかし目の前のは違うらしく、目をつぶって一口二口と、ゆっくりワインを口に含ませている。

「で、いい加減、話をしてもらってもいいかな」

目の前の――藤原真紀に話しかけた。

「……ん。そうね」

本當にじっくりと味わうように、口の中のワインを飲み干した真紀は、小さく何度も頷いている。俺にはわからないが、わりと良いワインだったのかもしれない。

「それで、どこまで話したかしらね」

「あのがどうなったか、だ」

「ああ、そうだったわね」

あのとは、香織を名乗るのことだ。 俺がこの世界にる、直接的な原因にもなったで、はじめはネット上にkaolというハンドルネームで、その存在を知っただった。

「彼は監されているわ。シベリアにね」

「シベリア……」

あんな荒涼地獄ともいうべき土地に監されるなど、もはや生きてこの世に出られることなどできないのではないか。そんな予をさせるような土地なのだ、シベリアという地域は。

は、組織反逆罪という罪でそこに送られた。俺が組織にる前にあった、真紀たちと香織たちの派閥爭いで、たまたま俺はそこに首を突っ込んでしまうことになった。

そして真紀達が香織達のアジトに踏み込むさい、首を突っ込んだために捕われのになった俺は、突した真紀と鉢合わせする結果になった。

この二つの派閥による爭いは、最終的に、真紀側の勝利だったというわけだ。

ちなみに俺が香織側に捕らえられたのは、真紀が俺を勧しようとしているのをあらかじめ知っていたためらしい。敵対している連中が手元に引き寄せようとしている人間ならば、香織達にとってこの上ない、脅迫材料にもなるかもしれないと考えてのことだったそうだ。

真紀たちがしがっているのなら、手元においておきさえすれば、あとはどうとでもなるというものだ。もし邪魔になれば、始末すればいいだけの話なのだ。

あるいは、本気で仲間にしていることも考えていただろう。事実、香織は俺を仲間に引きれようとしていたことを思い出す。

それと、今井の話も聞くことができた。

今井は元々、組織のエージェントだったらしい。それが、奴は組織にたいしてなんらかの不満を持っていたらしく、他のエージェントを殺害し行方をくらましたのだという。

今井は組織を抜ける當初、ヨーロッパを主に活拠點においていたようで、抜けたあとの後継として現在は、田神がそのポジションについているということになる。

もちろん他にもエージェントはヨーロッパに存在しているが、やはり外國人だからこそのメリットもあるのだろう。

今井は、組織の張った罠を巧妙にかい潛って、再び日本に戻ってきた。その直後に、奴はK県にあった製薬會社のトラックを襲撃し、中から例のカメラなど、いくつかの重要なものを盜みだした。

青山から聞いた、警察が來る前に到著した不審な人間達は、組織の調査員達だったらしい。

まだある。今井は組織を抜ける前まで、工作という仕事柄、大金を稼いでいた。直前に、必要があるからと組織の力を使って自分を死んだものにしたらしく、稼いだ大金で生から戸籍を買ったのだ。

いや、正確には生の戸籍を質にれたようなもの、といった方がいい。今井は必要がなくなれば、生に戸籍を戻すとでもいい包めたにちがいない。また、生が金にがめついた格をしていたのも、今井が生を選んだ理由だろう。

そして首を切って一応、理的にも死となったことで今井は組織の目をかい潛ったというわけだ。もちろん、そんなのは一時的な効力しかないだろうが、組織の目を欺くことができたのは凄いことだ。

その虛偽の死亡書類を作りあげたのも、その筋の人間だった。そいつをやはり金の力で買収した今井は、その人間も口封じのために殺している。

全く、金まで払っておきながら殺すなんざ、ずいぶんと金遣いのいいことだ。まぁ、波風立てずに口封じするには、もってこいと言えるのは確かだが。

それと、今井が殺して回っていたのは、すべてが組織の末端の人間だったということ。

組織が世界をにかけて活するには、やはり金が必要になる。その金を稼いで納めるための要員が彼らだったというわけだ。

今井はその連中、果てには組織を裏切らなければならないほどの理由があったのかもしれない。こんな組織を裏切らなければならないほどの理由……俺には想像もつかないが、奴にとってはよほどのものだったんだろう。

「だが、もうその今井も、もういないということか」

「ええ、そうよ。彼は二年近くも前に死んだわ。今度は正真正銘、ね」

今井がどうやって始末をつけられたのかは聞くまい。こんなことを言うのもなんだが、せめて楽に死んでいてほしいと、なぜか思ってしまった。奴とはいい関係だったとは言い難かったが、不思議ともう憎む気持ちなど全くなかったのだ。

真紀が再びワイングラスに口をつけた。紅が、しずつグラスから減っていっていた。俺はそんな真紀を目に、流れていく雄大な景に目をうつした。

ともかく、世界をにかける巨大な組織なのだ。これからはせいぜい、そのネットワークを使わせてもらうとしよう。そのためにこんな苦労をしてまでったのだから、そいつを使わない手はない。

を眺めているうちに、窓の外がごつごつとした巖ばかりしか見えなくなっていて、列車はいつしか渓谷へとっていた。

真紀との會話に區切りがついたところで、とりあえず目の前に置かれていたグラスを手にとって、中にっている大して味も分かりもしないワインを嫌なものでも飲み干すように、一気に飲み下した。

ぶどう特有の匂いにまじって鼻孔にはアルコールの匂いが、舌にはぶどうとアルコールの滲みるような味が拡がるのをじつつ、俺は今後のの振り方について、真剣に考え始めていた。

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