《いつか見た夢》第109章

地に足のつかない覚に、俺はどことなく落ち著かず目に映る窓からの景と反対側の通路を挾んで座席に腰かける男のほうを、何度も視線を泳がせていた。もっとも、周りからは視界を真正面にあるシートの背もたれを見つめるだけにしか見えない程度のものであるが。

窓から見える景はといえば、ただひたすらにどこか灰がかった白い雲だけがあり、これ以外は全くといっていいほど変わり映えのしない景ばかりがもう十數分に渡って続いていた。視界に映る雲が灰がかって見えるのは、雲の上と下に挾まれる形で切れ間をうように上手く飛行しているためで、このおかげでまるで雲の草原を進んでいるかのような錯覚に陥る。

飛び立ってからというもの、この景に一切の変化が見られないということは、その真下にある地表には大雨が降り続いているということなのだろう。通常、雲の上をいけば眼下に広がる雲海は真っ白に見えるものだが、やはり日本列島を覆う巨大な雨雲はそれを語るようにとてつもなく分厚く、この水蒸気の塊が萬遍なく列島に降り注ぎ大洪水をもたらしているのだということを実させる。そのためか、どこか雲の明るさは暗さを強調しているように思えた。

それにしても変わり映えしないといえば視界の反対側に佇む男についても同じで、この野郎は座席に著席してからというもの人形かロボットよろしく、全くく気配のないままこちらに銃口を向けたままだった。俺が落ち著かないのは地に足のつくことのない大空を飛行しているということもあるだろうが、それ以上にこの男から向けられる無言のプレッシャーによるところが大きい。

なんとかこいつを出し抜きたいと思う俺だけども、どう考えても勝算がなさすぎる。今はまだチャンスを窺うところだというのはわかってはいるものの、どうにも空飛ぶ檻の中に閉じ込められたことが集中力を鈍らせているのかもしれない。もちろん、この監獄から降りるときはすでにロシア領だということもあるだろう。

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代するわ」

ふと頭上斜め前での聲がかかる。それは俺に向けられたものではなく、隣にいる男へ向けられたものだった。

「……ふん、では代しよう。三〇分後に部下をやる」

「わかったわ」

どうやら三〇分おきに代要員を張り付かせるつもりらしい。俺が二人の會話に注意深く耳を傾けていると、こちらの行に釘刺すつもりなのだろう、ノーマンの野郎は客室の出り口に部下を一人ずつ張らせ二重三重で俺を監視しておくと告げ、奧へと消えていった。その影が視界から消えるのと同時に、肩からふっと力が抜けたのをじた。思っていた以上の張がを支配していたらしい。

「なに? ノーマンじゃなくなって余裕ってこと」

「いいや、あんたを侮っちゃぁない。だが、あの野郎の雰囲気は々と嫌なことを思い出させて仕方なかったんでね。気に食わないが野郎は間違いなく一流だ。それもただの一流じゃない。超がつくほどの一流だろうさ。認めてやるよ」

「やけにあっさりと認めるのね」

「仕方ない。本當のことだからな」

そんなどうでもいいやり取りに間をおいた俺は、わずかな間をおいて引っかかっていたことを単刀直に聞いた。

「それより畠ってのは本當にあんたの父親なのか」

「……関係ないでしょ」

「いいや、関係なくないね。それが本當で俺を追ってきたんだ。だとするならあながち無関係ともいえないだろう。違うか?」

そうだ。知らなかったとはいえ、本當に遠藤の父親だというのなら、それを殺してしまった俺が無関係のはずがない。もっとも、それを今知ったところでこれから両者の関係に大きな変化が見られることはないだろうが、ただなんとなく気持ちの上ですっきりしないものがあるのもまた事実だった。

「……畠と私が親子だというのは本當。だけど別にが繋がってたわけじゃない。養なのよ、私は」

遠藤はノーマンより手渡された銃と視線を一分の隙も見せずにこちらへと向けていた。それは間違いなく彼がきちんとした訓練をけたプロであることを確信させるには十分だった。そんな彼は淡々と自の過去を語り始め、そこで俺はまた奇妙な既視にとらわれる。遠藤の話す容は、それこそ過去にも誰かから聞いたような容だったのだ。

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畠は発言の通り義理の親の苗字で、本當は遠藤なのだという。遠藤は八歳の頃、本當の親より突然にして施設に預けられ、そこで六年近くものあいだ過ごしたある時、施設を訪れた一人の中年の男によって引き取られることとなった。職業刑事をする畠という男で、このよしみで遠藤は畠を名乗ることになったらしい。

この畠が施設の館長と知り合いであったことと、仕事一筋、結婚というのものに一切の縁がなかった畠が中年期に差し掛かり子供の一人くらいしくなったというのがその経緯だという。これは仕事以外に大した金を使わずにいたことで、男にも金銭的に余裕が出てきたということもあるだろう。近年のように結婚支援なんていうサービスもなかった時代なので、結婚を諦めて子供だけを引き取るという選択をしたのも頷けないことではない。ましてや、40代だったというからなおさらだろう。

畠が親となったことで遠藤は畠佳を名乗り、その後は順調な人生を歩んでいたようだった。大學まで卒業させてもらっただけでなく、良い就職先への斡旋なんかもあったらしく、まさに順風満帆といってもよかったろう。しかしそんな彼が、なんだってこんな工作員なんてものをやり始めたというのか。

「……あなたは知らないかもしれないけどね、施設に預けられるってどういうことかわかる」

そういわれて俺はただ肩をすくめるだけだった。施設の館長だという男は反吐が出るほどの下衆野郎で、男関係なしに凌辱するような奴だったという。この男は夜毎に代わる代わる施設の子供たちを凌辱していたが、凌辱するのは決まって將來有形の男ばかりで、それ以外の子供たちにはそんなを渦巻かせているとは思えない好青年を気取っていたらしい。

「どこにでもある話だな。で、それがなんの関係があるんだ」

「畠は……父はそんな施設の実態をどこからか聞きつけて、そこで私を引き取ることにした……んだと思う」

「なんだ、曖昧だな」

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「仕方ないじゃない。あなたが父を殺してくれたせいよ」

そういわれてはこちらもそれ以上の追言はできなかった。遠藤はこれで話は終わりと再び沈黙を保つように口をつぐみ、銃口をきっちりこちらに向けなおす。俺もこれ以上はもう口を割りそうにない遠藤の様子に小さくため息をついて、顔を窓のほうへとやり視界に映る灰がかった雲を眺める。

「最後に一ついいか。その施設ってのは本當にあんたを、あんたらを辱めるためだけだったのか」

「どういうこと」

視線を向けずにつぶやいた質問に遠藤の表はわからなかったが、その反問からは疑念が浮かんでいるようにじられた。

「なに、単なる興味さ」

「……なによそれ。それだけで私があんたみたいな奴を捕まえようと志すと思う? それだけならとっくに警察にってるわ」

「ごもっとも」

その一言を最後に俺はただ黙りこみ、以前どこかで聞いた覚えのある話を思い出していた。施設に預けられたまま、決して普通とはいえない境遇を得て、裏世界に足を踏み込んだ人間の話を。

真紀が遠藤と似たような境遇だったはずで、あの狐は確か預けられていた施設で報工作や戦闘訓練をけていたんではなかったか。真紀のやつも組織では現場の報工作員としてその手腕を発揮している。遠藤が警察を飛び越して調の工作員になっているという事実は、を置く組織こそ違えど、非常に良く似た境遇だと思われるのだ。

いつだったか、俺がまだ真紀の素を良く知らない頃にその施設跡に囚われたことがあり、真紀が施設跡を破壊するためにその場を訪れたところ、危機をした記憶がある。そこは確かに普通の施設とは思えないほどの異様さを醸し出していた。遠藤の預けられていた施設というのも似たようなものだったのではないのだろうか。

ただ真紀と遠藤の差は、警察人の手に委ねられていたことで、そこから遠藤も知らない手引きがあって調への定が決まったのではないのだろうか。遠藤が俺を日本の敵だとかいうのは、もしかしたらそういった自のバックグラウンドからくる経験と、一度はテロリストおよびスパイとして指名手配されたらしい俺の柄が突如として除外されたことが、調の耳にもり、そこから俺をそのように認識したということは十二分に考えられる。俺が逆の立場でもやはり同様に考えたに違いない。

となると、施設の実態を知っていたかもしれないことを理由に遠藤を引き取ったらしい畠とかいう刑事は、どこか別のルートからそうした暗躍があるということを知ったということになる。遠藤による斷片的な報から、できうる限りの推理してみるとそう考えていいだろう。遠藤を引き取ったのも、そうした実態を知っていたからだというなら、刑事がその原因を調べないはずがない。

それに遠藤が俺みたいな奴を捕まえるためだけに調にはいったわけでないといった手前、なにかしら巨大な組織ぐるみの暗躍があるというのも確実だ。なにより、このは俺のことを日本の敵と呼んだ。つまり、俺が調においてテロリスト集団として位置づけられるような組織に屬しているということまで知しているに違いない。

だとすれば、一どこの誰を監視しているのか――考えるまでもない。それらに當てはまるのは俺の知りうる限り二人しかいない。ミスター・ベーアと武田と名乗る男の二人だ。こいつら以外にそれを指導するような人間など、広い日本を見渡してもいやしないだろう。

しかし、俺の推理、勘みたいなものだがミスター・ベーアは違うように思われるのだ。あの男は日本になんとも目立つ豪邸を持っており、日本の経済界に大きな影響力を持っているフィクサー的存在だ。そんな人間がテロリスト認定されるだろうか。ないともいいきれないが、現段階で判斷するならどう考えたって武田のほうがよほどテロリストといっていい立位置にいるはずだ。なんせ、ミスター・ベーアとは水面下で爭っているような奴なのだから、もしかしたらミスター・ベーアがなんらかの手を回したということも大いにありうる。

もっとも、武田の野郎もどういう繋がりを持っているのか知れたものでもないのも確かだった。奴は俺が警察にテロリストとして認定されたところを、どういうわけかそれを撤回させている。つまり奴には奴で、そういう圧力をかけることのできるだけの太いパイプを持っているということに他ならない。あの頃の俺の立位置は、まだミスター・ベーア側ということになっていたので、組織でそれを覆すことが可能なほどの太いパイプを持った人と武田は繋がっているわけだ。

多分、調が俺を調べるに當たってその原因となったのが、このときの出來事が要因になったと見ていい。テロリストと呼んだ以上、そう呼んだにはそれなりの理由があってのことだろうから、原因はこれ以外には見當たらない。

けれども、だとしたらなぜここに調の人間である遠藤がロシア野郎と共に行しているのか。このとガルーキンの會話のやり取りから判斷するに、ロシア側の尋問のあとに日本に引き渡すということであるはずだが、あのアレクセイ・ガルーキンは作戦に支障がないから遠藤の同行も許したといった。

……なんなのだろう、この違和は。遠藤は調という日本側の人間で尋問後、すぐにでも俺を引き渡せるようロシア野郎と行しているのだとしたら、それはおかしな話ではないか。ロシアのいう尋問が決して生易しいものでないことくらい、調のスパイという遠藤なら知っていておかしくない。なのに、その尋問後に引渡された俺を再度逮捕しようというのだろうか。

……狀況を組み立てて考えると、どう考えてもそんな狀況はおかしい。ロシアが俺を逮捕するのだって、數年前、俺がロシア國境警備隊の連中と一戦えたことが連中の記録にあるはずなので、それが元で俺を逮捕しようというわけだが、それも果たしてそれだけが第一目的ではないだろう。連中にとって、俺の逮捕はあくまで二次的なもの、現作戦の遂行のついでというのが本音だろう。なくとも、前後の狀況からはそう判斷できる。

やはり、調のスパイとして送り込まれた遠藤がここにこうしているのはおかしい。武田が俺を指名手配容疑から外したという事実を元に俺の存在を確認したというのなら、それに近い人が何かしらの理由で再度監視の目をらせているということになるのではないか。

調とて、一度決められた側の決定に逆らえるほどの権力は持ち合わせていない。だというのに未だこうして調の人間が目の前に現れるということは、明らかに監視の目を緩ませていないということに他ならない。調とて決して一枚巖ではないだろうから、非公式に俺の柄を拘束したいと考える輩の一人や二人いることだろう。

ただそうなってくると、今目の前にいる遠藤という人間の存在はますます違和だらけになってくる。ロシア領に踏みったりすれば、その時點で俺を拘束する手段はなくなる。なくとも、ロシアにとっても敵である以上、拘束された挙句の果てに死刑に処されることくらいは簡単に予想がつくはずだ。やはり、遠藤は何か別の意思をもってこの場にいる、そう考えたほうが良さそうだ。

もし俺がこのまま日本國外に出ることになれば、柄を引き渡すにしてもわざわざ外ルートでの非常に面倒なことになるのは目に見えている。今の俺は、世界中のスパイが眼になって探している今をときめく存在であるわけだから、そんな人間が國にいて、かつその所在すら摑めているというのにそんな國家間のやり取りなどという面倒なことをするはずがない。

遠藤が俺に対してただならぬ恨みを抱いていて、それが行理念だというのならそれこそ私刑のためにこの連中と行していると考えるのが自然だろう。だが、こうして落ち著いて考えを纏めていくと、決してそれだけでいていないことがよくわかる。遠藤は間違いなく俺を日本に送るためについてきているわけではない。むしろ、ロシアの地で葬ろうとしていることだけは火を見るより明らかだといっていい。つまり今の俺にとって、このままロシア行きになるのは非常にまずい。なんとしてでもこの場から出し日本國に留まらなくては、生き殘れる道はなさそうなのだ。

(だが……)

忌々しいことに、今俺を輸送するこの飛行機にはロシアのスパイ野郎どもしかおらず、さらにそれに組みするも私怨を持っていて俺に敵意をむき出しにしているときた。文字通り、敵だらけなのだ。さすがにどんな一流のプロであろうと、それらを掻い潛ってスカイダイビングをできるほどの奴などいないだろう。俺の知りうる限りでもそんな奴は存在しない。

おまけに飛行機の真下は非常に分厚い雲が日本列島を覆い、そこをかつて記録のない壊滅的な打撃を與えている大雨が降り続いている。仮に飛行機を出できたとしよう。うまく地表にたどり著けたとしても、萬一そこが水位の高く危ない場所であれば、出もなんの意味もないことになる。しかも、そこからどうすれば東京に戻れるか、その手段すらないというなかなかにエキサイティングな狀況が待っているのだ。

こんなとき、田神のやつならどう切り抜けるだろうか。ほとほと困った俺の脳裏にふと、そんなことが思い浮かぶ。田神なら、きっとどんな困難であれ、涼しげな表のまま俺にこうするからこうしてしいとでも言ってくるに違いない。あの男はそんな男だ。だからこそ俺も信頼をもてるし、なによりプロフェッショナルとして俺以上に理的かつ行力もある。

俺はそんなことを考えつつも、小さくため息をつく。

(何を弱気になっているのだ、俺は)

確かに田神という人間がどこか神がかったようなやつであることは確かだが、考えてみれば俺とてどんな形であれ困難にぶち當たっては切り抜けてきたではないか。まだ諦めるには早いというもので、まだロシアまでは時間があるのだから、それまではギリギリまで考えて行すべきだろう。

そういえば、田神のやつは今一どうしているんだろう。結局日本に戻ればなんらかの形でやつの跡を追跡できるだろうと踏んでいたものだったが、実際に日本に戻ってみれば、跡をたどるどころか、まともに行すらできずにいたのだ。念のため、バドウィンに田神という男の探索を頼んではおいたが、あの狀況では田神追跡の果はほとんどあがっていないと見ていい。あの男のことだから、うまく追跡できないようにしていてもなんら不思議はないけれど、今は逆にそれが恨めしくも思える。

ともかく、これまではバドウィンたちと行するべく仕方なく従う部分があったのも事実だが、ここから切り抜けることができたら本格的に田神の追跡をしなくてはならない。あの男のこれまでの言や行などから察するに、今度の件について何か摑んでいるに違いない。田神の目的と俺の仕事はどこかで互いにリンクしているようなことを節々に口走っていたからこそ、俺にとって有益な報を提供してくれるに違いない。

だとすれば、やはり何がなんでもこの飛行機から出し、ロシア行きだけは免れなくてはならない。俺は目的がしっかり定まったところで、脳みそをフル回転させ始める。まず飛行機からの出には、空中を飛ぶ算段になるだろうからパラシュートの保持が絶対條件になるが……俺の記憶が確かなら、セスナなどの飛行機を除き、ジャンボなどの重航空機などにはパラシュートが搭載されていないのではなかったろうか。

一言でパラシュートとはいうけども、実際には一個あたり四〇數キロもあるようなものを何百個も搭載できるはずがない。一個四〇キロとして、二〇〇個搭載していれば単純に八トン以上もの重さになる。どんなに大きな飛行機であっても、荷を運ぶ上で載せうる重量の上限はあるはずだ。事故が前提に作られていない飛行機だから、そんなかさばるを恒常的に搭載しているわけがないだろう。記憶が曖昧ではあるけども、まずパラシュートが積まれていることはないと考えるべきだろう。

となると、まずここで空中からの出は不可能ということになる。あと考えうることができるのは、映畫やなんかで見られるハイジャックが最も安全でかつ確実な方法といえる。だが、この方法で一番厄介なのはロシアのスパイ野郎ども全員を相手に立ち回る必要があるということだ。うまくそれができるとしても、まず目の前に銃口を向けている遠藤を先にどうにかし、その後に通路の両端に銃を構える男二人もなんとかしなくてはならず、二重三重に張り巡らされたトラップをくぐり抜ける必要があるということだ。

まだある。仮にそれらを全部クリアできたところで、パイロットにまで辿り著き、ハイジャックされたこの飛行機を近くの飛行場にまで不時著させなくてはならない。連中を上手く出し抜いたとしても、あまりに問題が山積している狀況では、どんな手段もあまりに非効率的な手段だと言わざるをえない。

俺は考えを巡らせたところで盛大にため息をつく。そんな俺の様子を訝しげに見つめていた遠藤が、眉をひそめてみせる。

「なんなの」

「いいや。いろいろと頭が痛くてね、ため息が出た」

「なによそれ。もしかして出のための考え事かしら?」

「ああ、そうだ」

どういうこと――そういいかけた遠藤の顔が視界から一瞬のうちに消える。遠藤からは見えない位置にある座席の背もたれを下げるためのスイッチを押して、背もたれを限界まで押し下げそのまま後方席のほうまで転がったのだ。まさかの行に遠藤はほとんど反応できておらず、それまで一部の隙もなく構えていた拳銃を持つ手から力が抜けたのを俺は見逃さなかった。

「あうっ」

後方部へと転げた俺はその勢いのまま通路へと転げ落ちるように著地したところ、すかさず拳銃を持つ遠藤の右手を蹴りつけその手から銃を弾き落とす。遠藤は手に走った衝撃に耐え切れず、き聲をらしながらその場に蹲ろうと腰をかがめる。腰をかがめながらも手放して落ちた銃へ視線が泳いだのを止めるべく、さらに遠藤がき出すよりも早く上を戻して飛びかかる。

「くっ……やめなさい」

「悪いな、あんたに銃を渡すわけにはいかない」

飛びかかられて通路にを投げ出された遠藤は、俺にマウントポジションを取られまいと必死の抵抗を見せるがそんなことお構いなしに遠藤の顔やを手や膝でもみくちゃにしながら投げだされた銃めがけて進み、最後は遠藤を足蹴にして跳躍し銃を摑みとった。俺たちの異変に気づいたガルーキンの部下たちも遠藤同様にほとんど反応できた様子はなく、俺たちの取っ組み合いが終わったところでようやくその手にある機関銃をこちらに向ける。

「いいのか。ここでそんなのぶっ放して流れ弾一発でも機のあらぬ所に當たれば、機はあっという間にバラバラだぜ。それでもいいならやってみるんだな」

俺はまだ混する連中に向かって言い放ち、躊躇って銃を向けたまま何もしようとしないのをいいことに、暴にされて通路にき聲をもらしながら倒れたままの遠藤を、背後からの撃に備えて盾になるように強引に立たたせる。続けざまに著ている防弾チョッキの下に手をり込ませ、そのを思い切り鷲摑みにし抵抗させないようにする。遠藤は思い切りを摑まれて苦悶の表を見せる。

今は手を組んでいるとはいえ、元々は敵同士なのだから遠藤を人質にしたところで大した効果はあまりないだろうが、それでもないよりはいい。なにより、俺がしかったのは一瞬の隙なのだ。そう、この間抜けどもの見せる戸った表。これこそが俺のしかったものだった。

俺は遠藤を立たせたと同時に構えた銃を前方にいる間抜けの額めがけて弾丸を撃ち込むと、その後方に赤い花を散らせて男が倒れこんだ。殘った後方の男もさすがにプロというもので、一人がやられるとすぐに意識を切り替えて、こちらに向かって機のことなどお構いなしに引き金を引いてきた。

遠藤を盾に、付近にある座席のに飛び込むと後方のデッキに流れ弾が當たり、客室のライトが非常用に切り替わる。どうも奴の撃った弾はとんでもないところに當たったらしい。俺は飛び込んだことで良くない勢になったため、これを正そうとすぐに起き上がろうと遠藤のを強引に押しのける。

「くっ……待ちなさいよ」

「そうもいかないね」

キャビンの通路に敷かれた化學繊維のカーペットの上を、野郎がつかつかと足早に踏みしめながらこちらに近寄りつつあったのを音で確認した俺は、近くで喚き立てる遠藤を無視するように近づく野郎に向かって銃口を向けながらキャビン後方へと後退していく。座席のから飛び出た俺に數発の弾丸が通り過ぎ、向かって前方の壁や座席の背もたれに當たっては銃創を形していった。

監視していた片割れの男の死を飛び越えて走ると、座席ブロックの端にまでやってきたのでをかがませてり込むように最後部座席のに飛び込む。そこはトイレや客室乗務員室、給湯室などがあるブロックにあたり、その目と鼻の先には、狹い通路の壁に簡単な機図がかけられており、それを一瞥し容を把握したところで隠れたところのすぐ脇にある小さなキャビネットの中に消火が収納されているのを見つけた。

通路からは、もはや機のことなど気に留める様子もなく、男が小走りになりながらこちらへ向かってきており考える暇を與えない。俺はキャビネットにかけられた取り出し口にかかった施錠を迷うことなく発砲し破壊すると、中から消火を摑み取って向かってきている男へと思い切り投げつける。

突然座席のから赤い消火が投げられたことで男はそれを薙ぎ払おうとしたものの、投げられた何キロとある鉄の塊に勝てるはずもなく、払った手を思い切り鉄の塊に打ち付け苦悶のき聲をあげた。あるいは、消火栓の部分に打ち付けたのかもしれない。手を押さえて男がをかがめようとしたところを見た瞬間、俺はすぐさま座席のから腕だけを出して床に転がった消火めがけて弾丸を撃ち込む。その直前に耳を塞ぐのも忘れない。

弾丸を撃ち込まれた消火は周囲に聞き覚えのない強烈な炸裂音を響かせて破裂した。消火は破裂の勢いによって大きく床を打ち付けながらその反で、をかがめようとしていた男の顔面あたりにピンポン玉よろしく思い切りぶち當たる。いや、反でぶち當たったというより、破裂したことによって勢いよく男の顔面に向かって突進していったのだ。男にぶち當たり、その反により床面に落ちた、そんなじだった。

倒れた消火の底あたりを狙って撃ったため、よりい部分が顔面に直撃したのだろう、男はき聲をあげるのを止め、床に仰向けに倒れ込んでいる。俺は隙なく男に銃口を向けたまま足早に近づき、狀態を確認する。顔面部を覆う裝備めちゃくちゃになって原型を留めておらず、顔面に食い込んでいるのが見てとれた。食い込んでできたからは、だくだくと量ながらも鮮が流れ出ており、もはや男の生死を確認するまでもない。

消火の炸裂事故は日本でもしばしば起こっているが、炸裂した際に消化が頭部や顔面、あるいは元に當たったことでい部分が思い切りぶち當たって死亡するということがあり、まさにそれを思い出して実踐してみたのだがまさかここまで上手くいくとは思いもしなかった。全く、消火の炸裂というのは走行する車との衝突にも匹敵するというのだから、考えようによっては時にとんでもない弾にもなりうるということだろう。事実、ここにもそれを験し命を落とした者がいるわけだから、そう考えて差し支えない。

それにしてもすごい炸裂音だった。耳をふさげるだけふさいだつもりだったが、周囲に響く非常用アラームの音がどこか遠くに聞こえる。まだ床には遠藤が鬱屈したように伏せている。手で耳元を塞いでいるところを見ると、大きな炸裂音に耳をやられたのかもしれない。耳を塞いでいた俺とてまだ耳奧で殘響があるくらいなのだから、耳を塞ぐことが間に合わなかった遠藤はなおのことだろう。

しかし、いつまでもそれを理由にこの場に留まっているわけにもいかない俺は、倒れた男から所持していた銃と弾倉を摑み取ると、客室乗務員室へとなだれ込む。目的は一つだ。乗務員室には急の際に、キャビン下の貨室に通じている小さなエレベーターがついている場合があるというのを教わったのを思い出していたためだ。

乗務員室にると、せいぜいエレベーター程度の広さしかない室を素早く見回しそれらしいものがないかを探してみたところ、案の定、運搬用の小さな昇降機があった。ドアを開けるように開閉式の小さな扉を開けると、人が一人がれるかどうかの狹々しい昇降臺を備えたエレベーターが見つかった。

子供であれば十分にれるスペースのそれは大の男では々きつそうで、仮にれても本當に機能するのか不安にさせるものがあった。小男ならあるいは可能だろうが、一八〇センチになる俺が果たして本當にることができるのか、あまりに不確かすぎる不安があるにはあるが室外では騒ぎを聞きつけてこちらへと走ってくる數名の足音が響いていて、もはや選択の余地はない。捕まりたくないならやるしかないのだ。

狹い臺の上にを乗り込ませると、やはり肩や頭はもちろん、腰や背中、足先と全のいたる部分が中の壁に當たって、とても運搬できそうなものでないことだと思わされた。おまけに、俺が乗ったことで臺がこちらの重を支えきれないのだろう、キシキシと軋ませる音を立てながら下に凹んむのがわかった。周囲の四方を囲むステンレス製の壁にを無理やり押し込められているので、その分の加重が全て臺にかかったのだ。引っかかりそうになった銃もしでもスペースの邪魔にならないよう、のあいだに挾み込んで下降ボタンを押した。

中國雑技団にだって負けないほどの窮屈な姿勢にさせられた昇降機の中は、まともに息をすることすら今は無駄な加重になると考えて呼吸を止めた。ゆっくりと下がっていく昇降臺からは乗務員室の風景が徐々に上へと切れていき、ほんの三、四秒で完全な真っ暗闇になったかと思うと、それもわずか二、三秒というところだったろう。次第に窮屈に押し込められている腰や足から薄ぼんやりとしたによって照らし出されつつあった。

で臺のきをじていた俺にとっては、わずかなきや振ですら妙に大きくじられるもので、下に到著した際の振がきつく思われた。だとしても、服を巻き込まれるわけでもなく無事到著できたことを今は運が良かったと思うべきだろうか、キャビン床下のスペースには貨室や飛行機の制を行うための電子制室なんかがあるため、そこにこうして逃げることができただけでも良しとするべきかもしれない。

昇降機の真下は乗務員が客にサービスするための様々な食用品、道が揃っている部屋になっていて、周囲には日常的に見慣れたアイテムが數多く用途別に並べられていた。臺から窮屈な姿勢から卻すべく壁に全を打ち付けながら昇降機の中から這い出た俺は、部屋を出て機前方へ向かって移する。

室の通路は、本來であれば乗客の荷や貨があるため所狹しとなっているところなのだろうが、今はハイジャック犯たちのものだと思われる荷品がいくつか置かれているだけで、ほとんど荷が積み込まれていないため広々としたものだった。これほどのスペースなら移はもちろん、ここで一戦おっぱじめるにも持ってこいだ。

室前方には例の冷卻裝置が積み込まれているはずなので、そこに向かって移しようとしていた俺はあることを思いついて野郎どもの荷品であるらしいそれに近寄って、それらを強引にこじ開ける。連中が今回のためにちょっとずつ數度に分けて日本に潛したというのであれば、そのために必要な武しずつ小分けしたに違いない。しかし、最後に一挙に出するというのなら當然武もまとめて運び出すのは當然だ。そう考えて荷の中を確認してみると、推理した通り、何ものライフルや機関銃が収められてあった。中にはダイナマイトらしいも確認できる。

俺はそれらから使えそうなものをいくらか選び出し、そばにあった作業用の布袋にれるとその場を移した。上ではそろそろガルーキン兄弟が気づいててんやわんやしている頃に違いない。連中のことだから、ここに俺がいることを突き止めるのも時間の問題だろう。

そう思っているとし進んだところで、すぐに目的のが見つかった。連中が積み込んでいた例の冷卻裝置だ。コンテナに積まれてはいるが、中が見えるようコンテナは観音開きになっていて、一部はむき出しになっている。あまりまじまじと見たことがなかったのでこの際、どんなものか見ようとしたところ、背後でハッチが開放されたような音が響き、急いでコンテナの中に隠れた。

「コクピットにいないなら必ずここにいるはずだ。徹底的に探せ」

厄介なのがきたものだ。怒聲を浴びせながら命令しているのはガルーキン兄弟の弟、ノーマンだった。ノーマンがきたとわかった瞬間、俺はなかば無意識のうちに布袋の中から今しがた連中の荷品から頂戴した弾を取り出していた。ちょっと知識があるならどんな素人でも簡単に作できる、簡易型の弾だ。決して大きな発が期待できるわけではないが、この機発させようものなら、連中とて決してただではすまない。最悪、な電子機の集合である飛行機そのものに甚大な影響を及ぼしかねないのだ。

そして、わざわざ日本から調達しようとしたこの荷すら破壊されかねないとなれば、それこそ連中は明日生きることすら絶的になる。ロシアというのは徹底した僚國家なので、連中のような稼業であれば、すぐにも別の暗殺者が派遣されるに違いない。もっとも、こんな高度で発があって飛行機が墜落しようものなら、その時點で死ぬのは確実だが。

連中はひとまずこのコンテナのある前方部ではなく、先ほどの乗務員室下にある部屋のほうへと向かったようだった。貨を徹底して調べ盡くすつもりなのだ。しかし、數名の足音が奧へと消えていき安心できたのもほんの束の間だった。連中とは別に、一人だけここに殘った奴がいるようで、そいつがこちらの方へ向かって歩きだしたのだ。

コンテナの中は冷卻裝置の他にそれを固定するための機材があり、人がれるにはれるが移するにはやや足場が不自由になるといった合で、ここで事を起こすにはあまりに不利な狀況だった。かといって向こうはこちらの狀況などお構いなしで、もしこの狀況を見たら嬉々としてこちらに向かってくるに違いない。

よって俺の取る行は一つしかない。この裝置を手玉にとって連中と取引するしか道はあるまい。もっとも、そんなのは一時しのぎにしかならないだろうが、そんなのは百も承知の上で、とにかくしでも連中と対等に持ち込めるようにするのが最優先というものだろう。今の日本に不時著するのは困難を要するが、ロシアに行けば末路は想像すらつかない悲慘な最期を迎えるのは目に見えて明らかだ。だとすれば同じ困難でもしでも可能のある方を選ぶのは當然のことである。

最悪、どちらも助からないというのなら刺し違える覚悟は持っているのでこの薬をもって、裝置もろとも飛行機を落としてでも連中をやるつもりだった。こんな連中に命を差し出してやる気など頭ないが、最悪の場合はそうするつもりだった。この裝置が納されずにロシア野郎どもの計畫に遅延が発生し、そこで誰かが責任を取らなくてはならなくてはならなくなったのなら、それはそれでいい様というものだ。

裝置を支えるためにボルトで締められた治の上に薬を起き、落ちないようそれなりの処置を施して固定する。これで急激な旋回や傾きがない限り、多の揺れでは落ちることはないだろう。俺は遠藤から奪っておいた銃を手に、裝置の裏にを沈めて呼吸を小さく落ち著かせる。貨に響く一人分の足音は確実にこちらに向かってきていた足音が不意に止まった。隠れているコンテナのすぐ後ろあたりだ。俺は息を咽む。

「ほう……まさか、まだネズミが隠れていたとはな。おまけにたった一人で潛するとは。クキを救出しにきたといったところか」

そう靜かに言い放った聲の主は間違いなくノーマン・ガルーキンのものだ。一瞬こちらが場所がばれたのかと焦ったが、どうもそうではないらしかった。意味合いから判斷するに、信じられないことではあるが飛行機には俺以外にもまだ誰か別の勢力の人間が隠れていたらしいのだ。もちろん、それが誰かというのは今の狀況からではまるで想像がつきそうにない。だがノーマンの野郎は、俺を救出するためにきたのかと言い放ったのを考えると、今現れた人は俺のことを知っているらしい。

「だがどうやって機に潛したのだ。乗組員は最低限の人だけ、それ以外は全員縛っておいたはずだが……まさか彼らがお前を手引きしたとも思えん。何より、こいつは始めから我々が乗るためにあらかじめ監視もつけておいたのだ。お前のようなネズミがれるような隙もないとは思うが……クルーに変裝していたのか。

いいや、それもありえんな。あらかじめ関わるクルーの報もこちらでは把握していたのだ。やはりお前がれるような隙はなかったはずだ。どうやってここへ潛した」

俺の隠れるコンテナにはノーマンの聲だけが響く。相対しているらしい人は一言も喋ることなく、ただじっとその場に留まっている様子が窺える。しかし、ノーマンの疑問も確かではあった。貨室後方から前方へと向かってきた俺ではあるけども、その間に人影などただの一度も見かけはしなかった。もしかするとさらに後方にいたのかもしれないが、だとするなら俺がここに移してくるのに合わせて移してきたことになる。となると、後方へと向かったノーマンの部下たちとかち合うハメになるが、これはどう説明するのだ。

確かにノーマンの疑問は改めて考えてみれば、あまりに不自然なことが多く、それどころかどう考えても異様に思えることだった。まさかたった一人で完全武裝したノーマンの部下數人を相手にほんのしの攻防もなく靜かに治めきったというのなら、なんともすごいものだ。ノーマンの敵だとするならこれ以上なく心強いものだが、それは同時にノーマンの後は俺が危ういということにもなる。

「隨分と華奢な奴だ。そんなナリで俺とやり合おうというのならやめておくことだな。こう見えてもそれなりにスピードにも自信がある。それに見たところ素手のようだが、俺は相手が誰であれ手加減するつもりもない」

そうノーマンの奴が言い放った直後、ノーマンの位置より後方から數人の走ってくる足音がコンテナにも響き渡る。ノーマンの部下たちだろう。

「形勢逆転、といったところか。もっとも、始めから負けるつもりもないが。大人しく拘束されるというなら手荒な真似はしないでおこう。お前とクキの関係も聞かねばならんのでな」

「あなたには関係ない」

突如として現れた人は終始無言を貫き通していたが、ここにきて初めて口を開いた。意外なことにそれはだった。それも良く知る聲だ。

「いいや、関係あるさ。我が部隊の人間とガスパージャ・エンドウ以外には後はクキとパイロットだけのこの飛行機に、それ以外の人間が乗っているということはとても重要なことなのだ。お前とクキが何かしらの関係にあることは容易に想像できる。つまり、もう関係ないというわけにもいかん。なにより我らの計畫にしでも支障があったことを意味する。その潛がどんなものなのかも興味がないわけでもない。それらを全て話してもらう必要がある」

ノーマンの言うとおり、確かに俺も潛していたらしい人の潛というのがどういうものなのか気にならないわけでもない。だが、それ以上に俺にはこの人が誰なのかということのほうが興味のあることだった。場合によっては俺にとっても危険な人間である可能も否定できないのだ。

「やって」

が短くそう告げた瞬間、差し向けられていたろう銃口より何十発もの弾丸が雨あられのように発され、貨に激しい銃撃による反響が耳につき、俺は思わず耳を塞いでその場にを平服させる。

「ば、馬鹿な……貴様ら、なぜ……」

銃撃が止むと殘響がわずかに殘る室に、ノーマンの信じられないといった含みのある聲があがった。平服していた俺はゆっくりと頭を上げ、コンテナに當たった弾丸によってぶち開けられたより向こうで何が起こったのかを覗き見ると、予想だにしなかった景がそこにはあった。どうしたことなのか、床に伏していたのはのほうではなく、ノーマンの方だったのだ。部隊の指揮らしい恰好で人を見下すように偉ぶった態度でいたあのノーマンが奴の部下だろう連中に囲まれていた。今しがた行われた銃撃はに向けられていたものではなく、ノーマンに向けられたものだったのだ。

驚きの景を目にした俺は眉をひそめて、その景を見屆ける。苦悶にき、それでもなんとか立ち上がろうとしているノーマンの野郎の力とは見上げたものだが、中のあちこちに何発もの弾丸を食い込ませているのは明らかで、俺の位置からは見えないがきっと著弾による衝撃と痛みによって立ち上がることがままならない様子だ。

そのノーマンの前にがゆっくりと歩み寄り、一丁の銃を向けた。止めを刺そうというのだろう。だが、ここでもまた予想できなかったことが起きた。向けられた銃を反転させ、グリップをノーマンに差し向けたのだ。いや差し向けたというより、差し出したといったほうが近いだろうか。とにかく、ノーマンに銃を渡すという意思がそこにあるのは間違いなく、倒れる敵に銃を渡そうなどという行為はとてもこの業界で見られるようなものではなかった。

ノーマンの野郎も一端のプロなのだからそんな敵からの施しなどけるはずもないはずだが、撃たれたをのろのろと渾の力を込めて起き上がらせると、差し出された銃を手に取って銃口を自のこめかみに押し當てた。

まさか――ますます怪訝に思わせる景の果てに、ノーマンは自分で引き金を引き、俺の目の前で脳漿をぶちまけてその場に倒れ込んだ。信じられない景を目の當たりにした俺は、呼吸することすら忘れていただろう。それほどに異様な展開だったのだ。

「もういいわ。あなたたちは出て行って」

であるはずのノーマンを蜂の巣にした連中は、の一言にただ了解とだけ告げると、即座にその場を離れて貨室を出て行った。はそれを一瞥すると、今度はゆっくりとこちらに向かって歩き始める。その足取りは迷いや躊躇いといったものはじられず、明らかに俺の居場所を把握しているといった風だ。

俺はようやく忘れていた呼吸を取り戻し、小さく深呼吸をすると再び銃を構えなおす。ノーマンの野郎に追い詰められるのも癪だが、正不明の人間に追われるのも我慢ならない。一旦は裝置ごと破して墜落させるという案も考えた俺だけども、やはり依然として最後の手段として選択肢に殘しておくべきだと自分を納得させ、を迎え撃つことにする。

カツカツとブーツの足音が靜かに響く中、自然と俺の呼吸も定まり視界が明瞭になっていく。そんな適度なが全をめぐらせている心臓の鼓音をじさせる。正しく萬全の狀態といっていい。今の俺の狀態なら最高のパフォーマンスができるに違いない。

等速的に響いていた足音が止んだ。コンテナの前、もっといえば俺の隠れる裝置の前方あたりにやってきて止まったのだ。俺はすかさずを乗り出して銃をその人に向けた。

「待って」

こちらの行を予測していたのか、努めて冷靜にはそう告げた。完全に自然の無防備でいたその様子は、とても穏やかな佇まいを思わせる。そして、は俺の最も知る人だった。

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