《傭兵と壊れた世界》第百三話:研究者の意地
拠點に激しい銃撃音が響く。戦っているのはホルクス部隊とベルノアだ。拠點の周囲は巨大な晶壁(しょうへき)によって囲まれており、逃げることも、救援を呼ぶことも出來ない。八方塞がりの中でベルノアの用意した罠が次々に発する。
「待ち伏せをするならソロモンだと思っていたぜ。まさかお前とはな!」
ベルノアの戦い方は基本的に「け」だ。事前、ないしは即席で罠を張り、自らは姿を見せずに敵を殲滅する。傭兵らしからぬ戦い方だが、彼はそもそも研究者であり、傭兵の型にはまる必要がないのだ。緻な計算の上に張られた罠は避けられない――。
「罠にはめれば俺を殺せると思ったか? あまいぜ研究者。うちの部隊は速いんだ」
普通の敵であれば。
ホルクスは迫り來る結晶の槍を傷一つ負わずに避け切った。初手こそベルノアに遅れを取ったものの、相手が分かれば対処ができる。
彼が率いる部隊もまた然り。負傷者をほとんど出さずに結晶の雨を耐えていた。ホルクス達は何度も第二〇小隊と戦ってきたのだ。當然ながらベルノアとの戦経験もあり、彼の手のは把握している。
「へへっ、この程度ならどうってこと、な、い……」
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もっとも、度を越した數でなければ、の話だが。一どれほどの罠を仕込んだのか。
ベルノアが仕掛けた罠は二種類だ。一つは種を地面に埋め、その上を人が通ると結晶化現象(エトーシス)を引き起こす罠。
そしてもう一つは、ベルノアが開発した結晶増幅裝置によって周囲の結晶濃度を上昇させ、急速に圧された空気が結晶化現象(エトーシス)を引き起こすもの。こちらが厄介だ。どこから結晶化現象(エトーシス)が始まるかわからないうえに、上空で発生した結晶が槍となって兵士を襲う。すでに裝置の周囲は立ちれないほど危険な狀態になっており、その効果範囲は今も広がっていた。
「數がおかしいだろが!」
ホルクスがたまらず飛び退いた。逃げた先にも當然のように地雷が設置されており、衝撃を知した種がみるみるうちに結晶化現象(エトーシス)を引き起こす。
ホルクスは舌打ち混じりに散弾銃を撃った。今の結晶化現象(エトーシス)で二人がやられたようだ。見覚えのある部下が失われたことに顔を歪める。
「イサーク、奴の居場所は見つけたか?」
「――申し訳ありません。まだです」
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「そう簡単に尾を摑ませないってか」
副イサークは周囲を囲む晶壁の壁面に張り付いていた。曲蕓じみた男である。あのような目立つ場所、普通の兵士なら撃ち落とされてしまうだろう。の義眼を持つイサークだからこそ高所を取れる。
そんなイサークの眼をもってしてもベルノアの居場所はわからなかった。なにせベルノアは戦闘が開始してから一歩もいていないのだ。く必要がない。座して待てば敵が勝手に自滅する。
「俺様は天才なのさ。戦わずして勝つ、まさにエレガント」
ベルノアはパイプを覗きながら笑った。彼がいるのは拠點の地下道である。かつて水路に使われていた場所を改築し、地上の様子が分かるように潛鏡式のパイプが埋められている。
パイプから見える景は阿鼻喚の地獄絵図だった。埋められた結晶地雷の數はベルノア自も把握していない。結晶槍と結晶地雷。天と地、二方向からの挾み撃ち。
「流石の犬っころも避けきれないだろ」
これだけの罠を用意できたのも、ひとえに研究の果といえよう。
ベルノアは長年の研究によって結晶のメカニズムを解明しつつあった。結晶化現象(エトーシス)は何を介にして発生するのか。恐らくこの世界の空気中に、もしくは人を含めた植のに力が存在する。歴史書にも記されぬほど昔、人々はそれを魔素と呼んだ。ベルノアが足地を巡ってようやく名を知った力だ。
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魔素は不可能を可能とし、神を引き起こす。訶不思議な現象の源だ。
きっと世界は魔素で廻っていた。それがどこかでズレてしまった。
西の最果てにある古都が原因だとベルノアは推測している。とある足地で手にれた文獻に記されていたのだ。いわく、西の古都が星天教の聖地であり、かの地から結晶が生まれたのだとか。まるで「お伽噺」の如し。ちなみに、文獻を読んだベルノアはすぐさま西の果てを目指そうとしたが、イヴァンに止められた。
閑話休題。
「研究者だって戦えるのさ、ホルクス――」
彼は潛鏡を覗き込んだ。そして表から笑みを消した。
目が合ったのだ。結晶が突き立つ戦場の真ん中で、狼がこちらを睨んでいた。見つかるはずがない。向こうからすれば、ただのパイプが地上から生えているだけ。
だがホルクスはんだ。
「下だァ! 奴は地下にいる! り口を探せ!」
「まっずい!」
ベルノアはすぐさま駆け出した。逃げる判斷の早さはピカイチである。なにせ彼自は非力な研究者だから。
こんなこともあろうかと出経路を複數用意して正解だった。ホルクス達が地下に潛った今、逆に地上が手薄となっているはずだ。ベルノアは「流石は俺様、準備がいいぜ」と自畫自賛をしながら出用の大パイプにろうとする。
「へへっ、必死こいて探している間に俺は地上へ避難っと。すまんなホルクス、これが戦ってもんよ――」
すとん、とホルクスが降りてきた。一拍の沈黙。ベルノアの顔がサァーッと青くなる。
「見つけたぜクソ野郎!」
「なんでここにいるんだよ……!」
「腐った格の匂いがしたからなァ!」
二人は同時にいた。ベルノアの晶壁と、ホルクスの散弾銃。コンマ數秒の差でベルノアが勝り、二人の間を結晶が分かつ。
「しゃらくせぇ!」
なんの意味もなかった。一瞬の間に晶壁のもろい箇所を見抜き、二丁の散弾銃を同じ箇所に放ったのだ。舞い散る結晶の粒の奧、ホルクスの瞳が獲を狙っている。この狼、正面での戦いに関しては無類の強さ。
(だから、嫌なんだよ、こいつは!)
ベルノアは次々と晶壁を生み、結晶化現象(エトーシス)で天井を崩落させ、即席の結晶地雷を地面に設置した。
その全てをホルクスが撃ち砕く。
「おらァ! 遅えよ!」
最後の晶壁が砕け散った。ホルクスは勢いのまま跳躍してベルノアに急接近。バネのような力でベルノアの背中に蹴りを叩き込む。
「カハッ……!」
人とは思えぬ馬鹿力だ。ベルノアが地面を転がった。ここが地下道だったのは幸いである。もしも地上で蹴り飛ばされていたら、傷口から結晶がり込んでいた。
「らしくねえなベルノア。お前が前線で戦うなんて何の冗談だ?」
「適材適所だぜ……ソロモンは、まだ駄目だから、な」
全が痛い。特に左肩が滅茶苦茶痛い。蹴られたときに上手くけを取れなかったからだろう。これは恐らく折れている。
(天下のベルノア様がなんてみじめな姿だ、ったく)
口の中は錆びたの味がにじみ、土にまみれて髪はぐしゃぐしゃ、折れた左肩はピクリともかない。これでは研究に支障をきたしてしまう。
壁に倒れ込むベルノアを、奴は勝ち気な笑みで見下ろした。本當に腹が立つ顔だ。立ち上がる元気があれば右ストレートを叩き込んでやるのに。
「お前、うちに來いよ」
「頭がイカれたか犬っころ」
「マジのいだっつの。お前は傭兵にこだわってないだろ。うちに來たら好きなだけ研究ができるぜ。シザーランドじゃ出來ない研究も大國の資金力なら可能だろうさ。どうだ、いい提案だろ」
「ハッ、そりゃ魅力的な提案だ。後ろの奴らがすごい顔をしているぜ」
ホルクスが突飛なことを言い出すのはいつものことだ。彼の部下達は怒りにプルプルと震えている。
「落ち著けお前ら。ったく、こいつは格こそ腐っているが知識は本だ。爭いが終わった先に必要なのはこういう人材なんだよ」
ホルクスは未來を見據えていた。大國が領土を広げるにも限度がある。いずれ爭いの世は終わるだろう。各國が力をつけ、結晶に関する研究が進み、競うように地上へ進出しようとする。そんな時、國を守るのは武力ではなく技力。
「分かっちゃいねえ……どいつもこいつも、俺を勘違いしてやがる。たしかに俺は國籍にこだわらねえ。飯を食って研究が出來ればどこでもいい」
話すだけで左肩に痛みが響いた。他の場所に散っていた狼部隊も徐々に集まりつつあり、いよいよ逃げ場が無くなっていく。
「そりゃあ俺はルートヴィア人だが、大國を恨んでいない。俺が子供のときはずっとパルグリムの屬國だったし、ローレンシアに支配されたのだって國を出てからだからな。祖國解放だ革命だってのは実が湧かねえ」
ベルノアはいつも一歩引いていた。彼にとって研究が全てであり、傭兵になったのも機船の縦技を活かすのに丁度良かったから。
「だが俺にだって信念がある」
「信念?」
「あぁ――勝つことだよ」
ホルクスが表を歪めた。この狀況で、勝利にこだわる男の態度がこれか。
「思通りに作戦が功した日は酒が味いんだ。頭が妙に冴え渡って、研究が上手くいく。次から次へとアイディアが浮かんでくる。世の中ってのは勝者がまわすもんだからよ、俺は勝ち続けたい。もう二度と、敗者の生活には戻らねえ」
子供の頃、自由に本を買うことが出來なかった。街はルートヴィア人とパルグリム人で明確に區分けをされ、仕事の自由、言論の自由、ありとあらゆる自由が規制された。街を出るにも許可が必要だ。研究に関する書は武に応用できるという理由からほとんど手にらない。
歴史の敗北者達。き頃のベルノアは自分達をそう呼んだ。
「……なら、大國に來るべきだよな?」
ベルノアは答えない。満創痍な姿で、強がりのような笑みを浮かべるのみ。
「へへ、なんで地下に隠れていたと思う?」
「そりゃあ俺たちに見つからないためだろ」
「違うな。俺が見つかるのは分かっていた。計算外だったのは、思っていたよりも見つかるのが早かったことだ」
ホルクスは怪訝な様子で再度、「大國に來る気はあるか?」と問うた。ベルノアは答えにならない返答をする。
「知っているかホルクス。ここは水路に使われていたんだ。昔の話じゃねえ。つい、最近の話さ」
大きく地面が揺れた。どこかで結晶化現象(エトーシス)が起きたのだ。同時に水の流れるような音が聞こえてくる。次第に音は大きく、強く、何かを壊しながら濁流となって迫るように、低い音を響かせた。
「――四番隊と十三番隊の連絡が途絶えました!」
「イサーク! 狀況は!?」
「パイプから水が突然溢れ出し、後方の部隊が飲み込まれています……!」
「ちっ、こいつ――」
ベルノアが最後の晶壁瓶を投げた。両者の間に分厚い結晶が生まれる。
「大國にゃいかないぜ! お前らは勝ちすぎた! そんだけ勝ちゃあ後は落ちるだけだ!」
「ベルノアァ!」
ホルクスが晶壁を破壊しようとした。しかし、ハッキリと聞こえるほど濁流の音が大きくなっている。早く出しなければ味方もろとも溺れてしまうだろう。
「くそ……地上に撤退しろ!」
初めから自覚悟だったのだ。ホルクスが並み外れた嗅覚で地下にたどり著くのは計算の。あらかじめせき止めておいた地下水が時限式で流れるように罠を設置し、ホルクスが現れるのを待っていた。
いかれた男だ、とホルクスは愚癡る。研究にこだわるベルノアだからこそ、こんな作戦はしないと決めつけていたのに。
「狼が天才に勝てるかよ。計算外だったのは……この怪我か」
ベルノアは立ち上がろうとしたが、足に力がらなかった。たった一発くらっただけでこのざまとは、自分の貧弱さに涙が出そうだ。
帰還したらイヴァンの格闘訓練をけてみようか。そうしたら次はマシな戦い方ができるかもしれない。彼の訓練は実踐よりも過酷だと聞くが、ナターシャが耐えられたのだから自分だって平気なはずだ。
「痛っ……へへ、まあ、問題ねえな」
徐々に大きくなる黒水の音に混じって、トントンと走ってくる足音を聞きながら、ベルノアは遠ざかる狼の背中を見送った。
《書籍化&コミカライズ決定!》レベルの概念がない世界で、俺だけが【全自動レベルアップ】スキルで一秒ごとに強くなる 〜今の俺にとっては、一秒前の俺でさえただのザコ〜
【書籍化&コミカライズ決定!!】 アルバート・ヴァレスタインに授けられたのは、世界唯一の【全自動レベルアップ】スキルだった―― それはなにもしなくても自動的に経験値が溜まり、超高速でレベルアップしていく最強スキルである。 だがこの世界において、レベルという概念は存在しない。當の本人はもちろん、周囲の人間にもスキル內容がわからず―― 「使い方もわからない役立たず」という理由から、外れスキル認定されるのだった。 そんなアルバートに襲いかかる、何體もの難敵たち。 だがアルバート自身には戦闘経験がないため、デコピン一発で倒れていく強敵たちを「ただのザコ」としか思えない。 そうして無自覚に無雙を繰り広げながら、なんと王女様をも助け出してしまい――? これは、のんびり気ままに生きていたらいつの間にか世界を救ってしまっていた、ひとりの若者の物語である――!
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