《傭兵と壊れた世界》第百四話:ねじれた運命

ベルノアが闘する一方で、ナターシャとイヴァンはかにノブルス城砦の敷地へ侵した。

中央の門が突破されたことで瓦解すると思われたローレンシア軍だが、予想とは裏腹に彼らの防衛は堅牢である。南門の防衛を手薄にして中央に専念し、防衛範囲が狹まったおかげで戦力が集中した結果、なだれ込んでくる解放戦線を食い止めることに功した。

敵味方がれる中、第二〇小隊は二手に分かれた。

ソロモンとミシャは「解放戦線に協力する」という裁を守るために殘り、イヴァンとナターシャは本來の目的である潛作戦のために南門を目指す。

「協力者が南門付近にいるって話は本當なの?」

「ああ、向こうから合図があった。裏切ってなければいいがな」

「特徴は?」

「赤のスカーフを巻いた金髪のらしい。まずは協力者の部隊を襲撃して邪魔者を排除する。數は十二だ、気を付けろ」

「了解。気を付けるのは前線に立つイヴァンだと思うけどね」

二人は敵兵に見つからないように進んだ。南門に向かう二人と、中央へ向かう敵兵が壁越しにすれ違っていく。

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「みんな必死そうね」

「中央が突破されたら終わりだからな。しかもホルクスが孤立している今、シモンだけでは手が回らないんだろ」

「中央の解放戦線を指揮しているのは誰なの?」

「ラチェッタだ」

「あのお転婆娘……不安になってきたわ」

そもそも彼に將を任せるのが間違いだと思うナターシャ。ユーリィは何を考えているのか。贔屓だったらぶん毆ってやろう。そんなことを考えていた時――。

「イヴァン、何か來るよ」

ナターシャが警告した。風に乗って大嫌いな甘い匂いがする。思考を狂わせ、人の尊厳を失わせる、悪魔の花の香りだ。

二人は気配を消していた。にも関わらず、廃墟の壁をぶち破って奇妙な部隊が現れた。一目で正気じゃないと分かる風態。虛ろな目をぐるぐると回しながら、時折ナターシャ達に焦點が合う。

「なに、こいつら」

「第三軍が抱える闇だ」

中毒部隊(フラッカー)。ホルクスが用意した狂人部隊。

彼らは痛みをじない。報酬として渡される大國の花(イースト・ロス)のために命令を遂行する兵士だ。それは大國がかつて主導した星の落とし子計畫と同じ手法である。第二〇小隊によって壊滅されたはずの忌が繰り返されようとしていた。

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「無視するか」

「いいえ」

ナターシャが表を歪めた。

裏切り者の甘い香りだ。

「ここで摘み取りましょう」

徐々に意識が覚醒する。最初に映ったのは薄汚れたテントの屋だ。首をかして周りを確認すると、自分よりも重癥な兵士であふれかえっていた。

「目が覚めましたか。リンベルが貴方を連れてきたときはびっくりしましたよ」

「エメか。リンベルはどこだ?」

「中央で戦う仲間の元へ向かいました。謝は要らないからさっさと治して集めを手伝え、とのことです」

パタパタと忙しなくきながら會話をする衛生兵のエメ。戦いが始まってからずっと働き詰めなのだろう。普段は凜とした彼もどこか疲れている様子だ。

ベルノアは第四拠點の地下でけなくなっていたところを、リンベルに救出された。ホルクスとの戦いが終わったら迎えに來るように頼んでいたのだ。もっとも、けなくなるほどの怪我を負う予定はなかった。おかげでリンベルがヒィヒィ言いながらベルノアを運ぶ羽目になったのである。

「せっかちな奴だぜ。北はどうなったんだ?」

「こう著狀態ですよ。シモンが頑(かたく)なに離れようとしません。中央の突破が功するのを待つしかなさそうです」

「お前も參加したら良いのに」

「解放戦線は衛生兵が足りていないのです」

第二〇小隊のベルノアと、第三六小隊のエメ。二人は古い顔馴染みだ。ベルノアが第二〇小隊に所屬してからは流が減ってしまったが、以前は肩を並べて戦ったこともある。

「無茶をしましたね」

「する予定じゃなかったんだがなあ。計算がずれちまった」

「貴方は研究者ですから戦場には向きません」

「俺だってずっと研究に沒頭していたいが、殘念ながら金がないんだわ。働かねえとやりたい事もできない。てめえだって人を救いたいから衛生兵をやっているんだろ?」

「まあ、そうですが……世知辛いですね」

ルートヴィアに生まれたベルノアにとって好きな事をするのは非常に贅沢なことだった。斡旋という名の強制労働を課せられ、書は厳しい検閲によって取り締まれる。知識も技も手にらない。り上がるには國を出るしかなかった。

エメも、ベルノアも、銃を握る以外にやりたいことがあった。だが金も地位も無い人間に選択肢はない。傭兵とは夢追い人たちの最後の居場所なのだ。

「結構前の話ですが、貴方のとこの新人に會いましたよ」

「ナターシャと? あぁ、そういえば一緒にナバイアへ行ったんだったか」

「彼、ジーナに似ていますね」

「そうか?」

「ええ。嫌だ嫌だと言いながら、損な役回りを引きけるところとか。しいて言うならばジーナよりも人間味がじられます」

ベルノアは脳裏に二人を思い浮かべて「そうか?」と再び首をかしげた。

「気を付けなさい。ああいう子は一人で抱え込んで無茶をします。ちゃんと見ていてあげないといけませんよ」

「見てあげる、ねえ。その役割は俺じゃないと思うけど」

むしろ俺の面倒を見てほしいぐらいだ、とベルノアは愚癡る。仲良しこよしのアットホームな小隊ではないとエメも理解しているだろうに。へそを曲げているとエメに患部をつねられた。怪我人に対して恐ろしいだ。

「エメ様ァ! お下がりください! 下賎(げせん)な匂いがします!」

「誰が下賎だ変人」

研究者はうんざりとした様子で眠りにつく。

ディエゴは困した。突然、中央の防衛にあたるよう指令が來たからだ。そもそもノブルスは大きな要塞都市であり、遠く離れた南門の彼らは中央の慘劇を知らない。しかもホルクス軍団長から南門の死守を厳命されているのだが、件のホルクスが未だ帰還せず、そんな混狀態の中でシモン軍団長の命令が屆いたものだからディエゴが首を傾げるのも無理はない。

「いったい、どうなんてんだかなあ」

バタバタと走るローレンシア兵に紛れながらディエゴは呟いた。わからないことばかりだ。

「中央へ向かう前に本部へ戻りましょう。弾も殘りないですし、今の狀態では戦えませんよ」

「中央にだって資があるだろ。分けてもらえばいいさ」

「解放戦線の主力と戦っているのですから、補給が間に合っていない可能があります」

「くどいぜサーチカ。シモン軍団長が中央に來いって言ってんだ、命令に従うのが軍人だろ」

「そうですか……じゃあ、せめて隊長だけでも本部へ――」

「あほか」

のサーチカは納得していない様子だ。まるで今から起きる出來事からディエゴを遠ざけたいような言い方である。だが現実とはままならないもの。彼は一瞬だけ視線を落としたあと、決心したように赤いスカーフをたくし上げた。

「……ディエゴ隊長、向こうから銃聲がしました。敵がいるのかもしれません。念のため確かめに行きましょう」

「本當か? 俺には何も聞こえなかったけどな」

「そりゃそうでしょう。隊長はいつもぼーっとしていますから」

「はあ!?」

ディエゴの部隊だけ中央行きの波から外れて、サーチカが示した方角に向かった。

「……ままならんものですね」

また一つ、歯車が進む。一度すれ違ったはずの歯車が、ノブルスで噛み合おうとする。

「銃聲はこっちか?」

「そうですよ、そのまま真っ直ぐ――」

ディエゴの前にローレンシア兵が落下した。

奇妙な格好をした兵士だ。ぼろぼろの歯で猿ぐつわを噛み、正規兵と思えないほど汚れた軍服をまとい、そして、頭部から結晶化した花が咲いている。否、正確にいうなれば、頭を撃ち抜かれて噴出したが結晶化し、赤い花のように固まっているのだ。

「うっ……!」

ディエゴは吐き気が込み上げたが、部下の前であるため我慢した。

「ほら、いました」

サーチカの聲につられて顔をあげた。廃墟の奧に二人組の男が立っている。

片方は黒い傭兵服を著た男だ。いたって変哲のない傭兵に見えるが、どこか底知れない力がじられる。そうだ、存在が薄いのだ。まるで亡霊のようにゆらりと銃を握り、生気の薄い目でディエゴを見據えていた。

そしてもう一人、隣にがいる。

白金の髪を後ろで緩く結び、やけに長い狙撃銃を攜えた彼は、隣の男と同様にどこか希薄な瞳を向けた。丈の長いコートがばたばたと風にたなびく。戦場の熱気が蜃気樓を生み、二人の姿をじんわりと歪ませる。

「ルーロの亡霊……」

と、誰かが呟いた。

「ヒィッ、白金の悪魔が出たぞ……!」

「やつらは南の戦場じゃなかったのか!?」

「誰かホルクス軍団長に報告を……!」

する部下の聲が聞こえているにも関わらず、ディエゴは自分が隊長であることを忘れた。なぜ戦っているのか、自分が誰で、ここはどこか、硝煙に混じって綺麗さっぱり飛んでいってしまった。

ディエゴの放心はいわばだ。人(・)は(・)本(・)當(・)に(・)(・)(・)す(・)る(・)と(・)涙(・)を(・)流(・)す(・)前(・)に(・)言(・)葉(・)を(・)失(・)っ(・)て(・)立(・)ち(・)盡(・)く(・)す(・)の(・)だ(・)。待ちんだ再會が様々なを吹き飛ばした。

を探そう、彼の生存を信じよう、と「今」のことで頭がいっぱいだった。ディエゴは考えるのが苦手だから、ヌークポウから落ちてどこに向かったかなんて分からない。よもや敵である傭兵になっているなんて考えもしなかった。

「ナターシャだ……」

自分がディエゴだと気付いているのだろうか。目が良い彼ならきっと気付いているはずだ。なぜ駆け寄って來ないのだろうか。もしかして照れているのか。それともヌークポウでの嫌がらせをまだ怒っているのか。

そうだったら、何て言って謝ろうか。

隣の副張した面持ちであることにも気付かずに、ディエゴは白金のだけを見つめていた。

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