《梨》

私はある男を殺すべく、飛行機に乗り込んだ。その男は沖縄の米軍基地に務める青年である。私の妹が旅先で死んだのは海難事故のためだと公表されたが、調べるとその男が妹を殺した事件であった。彼は妹に暴行を加え海につきおとしたのだ。

関係者たちは國際問題への発展を恐れ、事故として事実を隠してしまった。妹の死をまじめに見つめるのが私だけならば、その男を殺せるのも私だけである。大切なものの命を末に扱われた怒りと憎しみが海のように広がる。ふつふつと煮える海だ。誰が何を言おうとも、私は男を殺してしまうだろう。

著陸し、男が通うバーへ向かった。しばらく待つと、仕事終わりのあの男が1人でやってきた。私はそれとなく話しかけ、酒を勧める。張がほどけ、し酔ったあたりで散歩へと連れ出した。

空は分厚い雲でフタをされている。この夜には私とこの男の二人だけだ。もうじき私の海が彼をのみこむだろう。

「いやあ、ここも今日で最後なのですよ」

浜の巖場に腰をおろした男が言う。波をかぶった石たちがぬるりと黒くる。

「明日の晝には母國へ帰るのです」

この男の帰る母國が、それを待つ者の姿が頭をよぎる。しかしそれをさえぎるように、私の手は男の背中を空へと押した。彼がのみこまれていく。徐々に熱を失う海が男を隠す。

途端、雲のフタがあけられた。ゆるりとした三日月が、にたにたと私を見る。私も殺されるのだろうか。涙とも汗ともつかぬ何かが、晴れた空に浮かぶ三日月を閉じこめた。頬をつたう月がまだ笑っている。私はふらりと誰かの海へとびこんだ。

波音が聞こえる靜かなバーで、ラジオが流れた。

〈県の海岸で外國人と日本人のがひきあげられました。警察は海難事故として、ひき続き調査をしています〉

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